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灰色の子犬

知らない間にすっかり懐いてしまった灰色の子犬は、セルビアが頭をなでるのをやめて歩き出すと、足元に近い距離をついてくる。

セルビアとしては近すぎて間違って踏んでしまいそうで不安だったが、子犬の方が器用に避けて歩いている。

そのためおっかなびっくり歩いていたセルビアも、それに慣れてきて普通に歩くようになった。

それだと子犬にはペースが速いらしく、今度は子犬が小走りするようになった。

本当ならそのままペースを上げて置いていけばいいのだが、どうにもそれは難しい。 試しにセルビアが走ってみると、子犬も走って追いかけてくる。

子犬はもともと走れば速いらしく、結果的に追いつかれてしまって振り払うことができないのだ。


「村にいる時はこんなことなかったんだけどなあ……」

「くぅ~ん……」


セルビアが立ち止まって話しかけると、セルビアに話しかけるように子犬も鳴く。

まるで一緒にいたいとせがんでいるように感じたセルビアは、とりあえず街の入口までなら良いだろうと子犬に言った。


「まあでも、一人でお使いは寂しいし、街まで一緒に行ってみようか!」

「はぅはぅ!」


セルビアが一緒にというと子犬は嬉しそうに吠えるような声を上げた。

今まで寂しそうにしていたのが嘘みたいだ。

まるで言葉が分かっているかのような反応をした子犬が可愛くなったセルビアは、手を伸ばして子犬の体をわしゃわしゃとなでると、再び街に向かって歩き始めたのだった。



セルビアが歩き始めた横を。子犬は足元に寄り添うように、せっせとついてくる。

小さい体で短い足を一生懸命動かしている様子が何だかかわいい。

そして体がぶつかると、その温かくふわふわしたものがセルビアの足首に当たる。

くすぐったいけれど、肌触りがよく悪い気はしない。

この子はどうやら毛並みがいいらしい。

森からずっと足元にくっついている灰色の毛玉みたいな子犬は、セルビアが街に入っても臆することなくついてきた。

街は人が多いから、きっと入ってこないだろうと思っていたけれど、この子はどうやら違うようだ。

かわいい鳴き声ですり寄ってくるから、人込みや大きな声を怖がるかと思ったけれど、どうやら度胸は一人前らしい。

とりあえず子犬がくっついてきていることを確認しながら、セルビアはメモにある買い物をこなしていくことにした。

買い物する際、店に入るのであれば子犬は入店できなかったと思うけれど、幸いにもメモにある商品は露店で購入できる日用品ばかりだった。

そのため子犬が足元にいても誰も何も言う事はないし、外なので気にされる事すらなかった。

買い物そのものも問題ない。

散々付き添いはしてきたし、街での買い物も見守りをされながらとはいえ、実際にやった事もある。

それが一人になっただけで、違いは足元に子犬がくっついて回っているだけだ。

セルビアは買い物を無事に終えると、子犬のことで時間を使ってしまったこともあり、どこにも寄り道をせず街を出て帰路を急ぐのだった。



街を出て、森を抜け、集落の近くに来ても犬はまだくっついていた。

たださすがに集落の中にまで連れて行くのはまずいだろう。

可愛いので一緒にいたい気持ちはありながらも、セルビアは言葉を理解してそうな子犬を説得するように言った。


「あなたのおかげで楽しかったわ!もうおうちへ帰りなさい」

「くぅ〜ん」


セルビアがそろそろお別れだと言うと、それを正しく察したのか、また寂しそうに子犬は鳴いた。

それでも心を鬼にしなければと、セルビアは子犬に自分からいなくなるように言う。


「ごめんね、村の中には入れてあげられないから……」

「くぅ〜ん……」


子犬はイヤイヤと駄々っ子のように両足をセルビアの足首にかけて離れようとしない。

蹴り飛ばせば簡単に飛んでいってしまいそうな子犬だけれど、それは良心が痛んでできない。

このままでは遅くなって心配させてしまうかもしれない。

無事に買い物は終えたけれど、思わぬところで手こずっている。

セルビアが集落の入口で犬と話をしていると、そこに父親がやってきた。

どうやら心配して様子を見に来たらしい。


「どうした?」

「買い物してきたんだけど、森からこの子がついてきちゃって……」


とりあえず買い物は無事に終わったと買ってきたものを父親に渡す。

父親はそれを受け取りながらもじっと子犬を見る。


「そうか……」


父親が困惑しているのを察したセルビアは再度父親に確認する。


「お父さん、どうしよう」

「そうだなぁ……」


父娘が子犬の扱いに困っていると、子犬は自分が捨てられると察してか、セルビアを見上げて悲しそうな鳴き声で一生懸命訴える。


「くぅ〜ん、くぅ〜ん……」


父親は灰色の毛玉のような子犬を見下ろして困った顔をする。


「動物を面倒見る余裕はないんだが……」

「くぅ〜ん」


父親を見上げていた子犬はすぐに視線をセルビアに戻して、どうにかしてほしいと訴える。


「すっかり懐かれてるな」


その様子を見て父親は再びため息をつく。

父親のため息で子犬から視線を戻したセルビアは、少し離れたところから様子を伺っている集落の人たちがいることの気がついた。


「ねえ、とりあえず連れて帰っちゃだめ?なんか人も集まってきちゃったし……」


セルビアが父親の後ろを気にして言うと、父親もそれを察したのか一瞬後ろを見てから言った。


「このままだと確かに目立つな。仕方ない。とりあえず連れてきなさい」


このままではいい見世物になってしまう。

大きな騒ぎになる前にこの場を立ち去った方がいいだろう。

そのためにはとりあえず子犬も一緒に連れ帰り、子犬はあとで森に返すことにした方がよさそうだ。

父親がそう判断して妥協すると、セルビアは嬉しそうに言った。


「ありがとう!」

「はぅはぅ!」


セルビアの足元にいた子犬も状況を理解したらしく嬉しそうに返事をする。

そしてセルビアと子犬は顔を見合わせてから、先を歩く父親の背中を追った。

けれど父親の方は、先が思いやられると、セルビアに見えないところで大きくため息をつくのだった。

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