サーカスの休演日
そうしてサーカスでお仕事を続ける日々を送っていたセルビアだったが、珍しくやることのない一日を迎えていた。
宿に来た当初はそんな日ばかりだったが、サーカスでの仕事を始めてから休みなく働いていたので、急に時間ができるとどうしていいかわからない。
グレイはベッドの下の足元のところで体を丸めてのんびりしているけど、働いている時間が楽しすぎて、のんびりする気にはなれなかった。
しかしすることがないので、宿で朝食をもらってから、部屋に戻って再びベッドに転がってぼんやりとしていた。
こうしていると体が重たくなってくるので、気持ちは高ぶっているけれど体は疲れているのかもしれないなとセルビアが感じていると、突然グレイが立ち上がって窓の方に寄っていった。
「ぐるるるるぅぅ〜」
グレイにしては珍しく、窓の方に向かって唸り声をあげている。
セルビアは重たい体を起こしてグレイのいるところまで行くと、いつもと違う様子のグレイに尋ねた。
「グレイ、どうしたの?」
セルビアがそう言うと、グレイは庭側の窓を鼻でツンツンと突っついてから、セルビアを見上げる。
硬質な音ではなく、ペタペタという音がしていたので大丈夫だとは思ったが、念のためセルビアがガラスを見ると、そこにはグレイが鼻をくっつけた跡が付いていた。
本当は足でガリガリしたかったのかもしれないけど、傷をつけたらよくないとわかっているらしく、そうしたようだ。
賢いなと思いながら体をかがめたセルビアは、そんなグレイをなでながら聞いた。
「グレイ、外に出たいの」
「わぅわぅ!」
ずっとベッドの足もとでくつろいでいたけれど、さすがに寝るのに疲れたか飽きてしまったのかもしれない。
「わかった。開けてあげるね」
グレイの元気な返事を聞いたセルビアはそう言って立ち上がると、グレイのところに近寄った。
暇だから外で遊びたかったのかと思ってセルビアが窓を開けると、グレイが庭に立っている木に吠え掛かる。
するとグレイに威嚇され、驚いた鳥たちが一斉にそこから飛び立った。
セルビアからは見えていなかったけれど、どうやら茂った葉に隠れるように、想像を超えるようなたくさんの鳥が止まっていたらししい。
そうして鳥たちがいなくなると、グレイは吠えるのをやめてすぐに戻ってきた。
「グレイ、もしかして鳥さんたちが来ないようにしたかったの?」
「わぅわぅ」
どうやら鳥たちが木に集まっているのが気になったらしい。
グレイは賢い子なので、セルビアにとって悪影響になると思ったのだろう。
「そっか。もしかして集落の庭にたくさん動物が来たから、また同じことになったら私が困るって心配してくれたのかな」
「わぅわぅ」
セルビアが褒めると、グレイが自分はとても頑張ってるとアピールしてくる。
しかし宿には他の動物たちもいるし、そういうことに理解のある人が泊まっているとはいえ、ずっと吠えた状態が続くと、さすがに他のお客さんからクレームが来るかもしれない。
そう考えて、セルビアはグレイに言った。
「ありがとね。でもあんまりたくさん吠えると、他のお客さんが驚いちゃうかもしれないから、次は他の方法を考えようか」
セルビアがそう伝えると、グレイは急にうなだれて悲しそうに鳴いた。
「くぅ〜ん」
セルビアのためを思ってやったのに迷惑になったと落ち込んだ様子のグレイに、セルビアは言った。
「怒ってないよ。何回もやらない方がいいねっていうだけだから」
「くぅ〜ん」
鳥を仕留める事もできなくはないのだが、ここでやると迷惑になると理解して自重している。
今のグレイにできるのはこのくらいのことしかないのに、それが役に立たないならどうしたらいいのかと、グレイは考えているようだ。
一方、そんなグレイの様子を怒られて落ち込んでいると勘違いしたセルビアは、グレイに何度もそうではないと声をかけた。
本当に大丈夫なのかと心配した様子のグレイの背中をセルビアがなでると、グレイはセルビアの足元にすりすりと顔を寄せてくる。
「グレイはとってもいい子だよー。これからもお願いね」
「わぅわぅ!」
グレイはいい子だと言われたのでとりあえず落ち込んだそぶりを止めると、セルビアの周りを歩きまわってあちこちに体をこすりつけるのだった。
そうしてグレイが鳥たちを追いだしたりしているうちに、午前中を終えて、午後になった。
すると今度は別の動物たちが気の上からこちらを見下ろしていたり、庭に入ってきて、何となく騒がしい感じになってくる。
動物が来るたびにグレイが追い返しているけれど、その動物が去っていくと、また別の動物がやってきてしまう。
その度にグレイは動物たちを威嚇しては追い返しているのだが、グレイは庭より先まで追いかけたりしないので、同じことが繰り返されるようになってしまっていた。
「ずいぶんと今日は庭が賑やかだね」
庭で吠えているグレイの声を聞いたからかおかみさんが部屋にやってきた。
「すみません、グレイが珍しく吠えちゃってました」
ここは家ではなく宿なので、他のお客さんからうるさいと言われたのかもしれないと慌ててセルビアが謝罪すると、おかみさんはグレイが庭の木に向かって吠えていたことに気がついていたらしく、手を左右に振って見せた。
「いや、いいんだよ。木になんかいたんだろうからさ」
おかみさんが再びグレイの方を見ると、グレイはおかみさんのところまで歩いてきてから、元気に返事をして見せた。
「わぅわぅ!」
「そう、みたいです」
グレイに押される形でセルビアがそう答えると、おかみさんはセルビアとグレイを交互に見た。
「あはははっ!本当にかしこい子だね。元気なのは何よりだ。せっかく休みをもらったんだからゆっくり過ごしたらいいさ。もうお昼になってるんだけど、ご飯はここで食べるかい?」
それを聞きに来たんだと笑いながら言うおかみさんの言葉に安堵しながら、セルビアはうなずいた。
「ご飯のこと、考えてませんでした。お願いします」
おかみさんはそれを聞くと、昼食の準備ができたら呼びに来ると言って部屋を後にした。
おかみさんがいなくなってから、セルビアはグレイと窓の外を見て、集落での事を思い出した。
そして、これが自分のせいでなければいいなと、不穏な兆候を感じながら、それを胸の奥にしまい込んだのだった。




