トラさんとの再会
そうしてサーカスのフードカウンターで働き始めて数日、グレイは初日から変わらず、テント内、カウンターの外にある従業員の出入口に陣取って、番犬のようになっていた。
最初にそこに座りこんで問題ない事を学んだからなのか、すっかりそこが定位置になっている。
そして帰りが少し遅くなるのだが、グレイが一緒にいることもあり、今のところ安全に宿に戻れている。
初日は団長が一緒に宿まで来てくれて、おかみさんに話をしてくれたり、必要なら毎日送ると言ってくれたけれど、セルビアはそれを断っていた。
これがもし、森を抜けて帰る必要があるのならくらいのが怖いと思ったかもしれないけれど、遅いと言っても夕方だし、街の中だけならば灯りがなくても充分明るい。
それに明るいからか人通りも多い。
夜のお酒の入る前の時間なら一人で歩いて問題ないだろうと判断したのだ。
そうして仕事に慣れてきた頃、セルビアはふと気になって団長を呼びとめた。
「団長さん、トラさんの傷は、よくなりましたか?」
テントに毎日来ているので、トラがショーに出ているのは知っている。
でも首輪が苦しそうにしている時からきちんとショーはこなしていたので、正直その違いが分からない。
ここのトラは非常にいい子で優秀なことが分かったので、セルビアは心配になったのだ。
「ああ。もうすっかり元気だし、いつも通りに戻っているよ。そうだ、会っていくかい?」
セルビアがトラの事を気にかけていることが分かると、団長は嬉しそうに申し出た。
「いいんですか?」
トラはショーの時以外、普段は檻の中で生活していると聞いていたし、団員ならともかく、一時的に雇われているだけのセルビアが会いたいというのは我儘だと思っていたので、せめてどうなったかだけでも教えてもらおうと聞いただけだったので、まさか合わせてもらえるとは思わなかったのだ。
「もちろんだよ。むしろ気にしてくれてありがとう」
団長がショーのない間に案内すると言ってくれたので、ついていくため歩きだそうとすると、足元に違和感がある。
驚いて下を見ると、グレイがつま先に顎を乗せていた。
セルビアが下を見ると、グレイは乗せてた顎を上げてじっとセルビアを見上げる。
そんなグレイは体は、かなり大きくなっているけれど、置いていかないでと不安そうにする子犬のようだ。
「あの……グレイも一緒でいいですか?」
「くぅ~ん……」
セルビアが聞くと、グレイが続いて鳴いたので、どうやら一緒に連れて行けということだったらしい。
その様子を見ていた団長は少し考えてから許可を出した。
「そうだな……、あの時一緒にいたんだし大丈夫だろう。ここにいる間、他の動物も特に騒いでいなかったしな」
「ありがとうございます。グレイも一緒だよ。良かったね」
団長の許可が出たのでセルビアがそう言いながらグレイの頭を撫でると、グレイは嬉しそうに吠える。
「わうわう!」
「じゃあ行こうか。こっちだよ」
「はい!」
そう促されたセルビアは、先に歩き始めた団長の後ろをついていくのだった。
「トラさん、こんにちは」
檻の前に案内されたセルビアが、近くに立って声をかけると、トラが近くに寄って来た。
「ぐるう~」
そう喉を鳴らすと、格子に体を押し付けている。
大きい体をぶつけてくるからか、檻がガシャガシャと音を立てた。
「おいおい、落ち着いてくれ。あー、セルビアちゃん、中に入るかい?」
このままだと檻を倒しかねないので、セルビアに中に入ってもらった方がいい。
団長はそう判断して聞いたのだが、セルビアは怖がる様子を見せずに聞き返す。
「いいんですか?」
「あんまりこういうことはないんだが、こいつがセルビアちゃんに撫でてほしいみたいだからなぁ」
檻に体をこすりつけてるので、その隙間から団長がトラの体を撫でるが、それでは満足できないようで、やはり体をぶつけながら主張を続けている。
するとグレイも檻の側に寄っていって一鳴きした。
「くぅ〜ん」
そして檻の隙間から鼻先を突っ込んでトラを突っついている。
「どうしたの?」
グレイが何をしたいのか分からずセルビアがかがみこんでグレイを撫でると、団長が感心したように言った。
「お前たち、仲良しになったのか?」
団長の言葉を聞いたグレイは元気に返事をする。
「わうわう!」
トラからの返事はないけれど、威嚇されたりもしていないのでおそらく問題ないということなのだろう。
「そうだったんだね。道で会った時に仲良しになったのかな。もしかして私が仕事をしてる時退屈だった?トラさんと一緒の方が良かったかな」
さすがに仕事中はグレイに構うことができない。
サーカスの人の入れ替えにできる合間に少しだけ声をかけることはできるけど、基本グレイは放置されている状態になっているのだ。
だからグレイは動物たちと一緒にいた方がいいのではないか。
セルビアがそう思ってグレイに提案するとグレイは寂しそうにセルビアを見つめて鳴いた。
「くぅ~ん?」
グレイが落ち込んだような気がしたので、セルビアはとりあえずその件を保留にして、トラさんの方を見た。
その様子を団長は微笑ましいと思いながら眺めていたが、話が終わったとみて、セルビアに声をかけた。
「これから檻の扉を開けるけど、グレイと一緒なら怖くないかい?完全に中に入ってもらうことになるよ」
もし怖いのなら無理をする事はないし、今の感じからトラはグレイを避ける様子を見せなかったのでセルビアが一緒に入って安心できるのならそうしてもいい。
団長は心配して提案したが、セルビアは微塵も恐怖を感じていないという。
「大丈夫です。最初は大きくてびっくりしましたけど、道で会った時もいい子にしてましたし、怖いと思っていないので」
セルビアが言うと、団長は嬉しそうにうなずいて扉に手を掛けた。
「そう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ、開けるから中に入ってくれるか。開けっ放しにはできないから一旦閉めるけど、ここにいるから」
「はい。ありがとうございます」
セルビアのその言葉を合図に檻の扉は開かれた。
そしてすぐにセルビアと、グレイが中に滑り込む。
それを確認した団長は外から檻の扉を閉めると、そこに立って一人と二匹の様子を伺うことにしたのだった。




