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なぜか、ふわふわもふもふが、みんな私に使役する  作者: まくのゆうき


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おもてなしとサーカスの売り子

「おかわりですか?」


カウンターに来たセルビアに、売り子の女の子が気さくに話しかけてきた。

しっかりしているようだけれど、年齢はセルビアと同じくらいのように見える。


「はい。飲み物をひとつ、お願いします」


セルビアが答えると、彼女は奥の席を一瞥してから聞き返した。


「それだけでいいの?他にもいろいろありますよ?」


テーブルの食べ物がなくなっていることを気にしてそう尋ねてくれたようだけど、すでにかなりの量をお腹に収めた後だ。

もらっても残すことになってしまうので、とりあえず遠慮することにした。


「大丈夫です」


セルビアは断ったが、それを遠慮がちに言ったことで、遠慮しているだけかもしれないともっと食べてほしいと売りこんでくる。

お金を払う訳ではないので、ごちそうしたらした分だけ利益が減るはずなのに、彼女は随分と熱心だ。


「うちのトラがお世話になったんだもん。団長にもどんどんごちそうしてって言われてるし、遠慮しないで!」


確かに団長もそんなことを言っていた。

しかしそれが社交辞令であることくらい、さすがに子供のセルビアでもわかる。

当然彼女だって分かっているはずだ。

そう思ったけれど、彼女の言葉に嘘も感じられない。


「どうしてそんなに?」


思わずセルビアが疑問を投げかけると、彼女は笑いながら言った。


「だって、ずっと一緒にいる私たちは、あの子がよほどのことがない限り人に危害を加えないことは知ってるけど、街の人たちからしたら違うでしょう?トラなんて野生の子と区別もつかないだろうし。そうなったら危険だってみなされて団長が見つける前に殺されちゃってたかもしれないからさ。あなたがそばにいたことで、そうじゃないって思ってもらえて助かったんだと思うんだ。私たちにとっては動物も家族だからさ」

「そっか」


確かにサーカスには動物たちがたくさん出ている。

これだけ多くの動物達がいるのだし、皆が言うことを聞いているから厳しく躾をしているのだと思っていたけれど、ずっと共に過ごしている彼らからみれば、すでにそういう関係ではなく、動物も家族の一員として共に生活しているということだ。

本当の家族とは離れて生活しているかもしれないけれど、彼らには別の家族と呼べる人がいて、その人たちとは常に一緒にいられる。

セルビアはそんな関係を羨ましく思った。



セルビアが気持ちのやり場に困って少しうつむくと、ふとカウンターの下にある案内が目に入った。


「あの、これってお仕事の募集ですか?」


セルビアがそう聞くと、そこに何があったのか思い出したらしく、彼女が答えた。


「ああ、うん。そうだよ。ここで売り子する仕事だね。まあ誰か来てくれたらくらいの募集なんだ。サーカスで一緒に旅をしちゃうと、普通の人は家族と離れ離れになっちゃうでしょう?でもこの通り大盛況になると人が足りなくて、立ち寄り先でそこにいる間だけ働いてくれる人を募集するんだよ。興味あるの?」


彼女に聞かれたセルビアは素直にうなずいた。


「私働いたことないんだけど、できるかなあ?」


目の前にいる女の子は自分と同じくらいの年齢に見える。

彼女にできるのだから自分にもできるのではないかという気持ちと、彼女はずっとサーカス団の中で生活していて、ずっと手伝っているからできるのではないかという気持ちがぶつかって、これから始める自分にできることがあるのか分からない。

しかもここにいる間だけ働いてもらうということは、彼らが次の場所に移動するまでの短い期間で仕事を覚えないといけないということだ。

セルビアには少しハードルが高そうに思えた。


「大丈夫じゃないかな。とりあえず一日だけ試してみるとか」


不安そうにしているセルビアに彼女は気軽に来ればいいと誘ってくれる。


「そんなことできるの?即戦力が欲しいんじゃ……」


短い期間の募集はたいてい経験者が優遇される。

何となく働き口を探すために街を歩くようになってから多くの求人を目にしてきたので、ここにそう書かれていなくても何となくそうなんだろうなと感じて尋ねると、彼女は少し考えてから言った。


「確かに即戦力になればありがたいけど、こっちも短い期間しか頼めないから、そもそもすぐにできないような難しいことは頼まないんだよね。たくさん仕事を覚えさせようとしたら、教えただけで終わっちゃうから」

「そうなんだね」


だからこそ、教えることの少なそうな経験者を採用するのではないかと思ったけれど、どうやらここは最低限だけの事を手伝うような感じらしい。

短期間の仕事にもそういうものがあるのかとそちらに気を取られていると、彼女が再び尋ねてきた。


「それで何にする?飲み物がいい?おすすめはねぇ、カットフルーツかな。デザートにものどの渇きにもいいし、フルーツは前の街の市場で買ったのを、次の街で出すって感じだから、ここにはあまりない種類のものが入ってると思うよ」


食べ物に興味を示さなかったセルビアに、飲み物を尋ねた彼女だが、それを一瞬で違うものに置き換えた。

彼女のようにうまくできるのは経験からだろうが、自然に売りたいものを選ばせようとしているのが分かる。

その手腕に乗せられたセルビアは、思わず彼女のお勧めを頼んだ。


「じゃあ、それにします」


セルビアがそう言うと、いつ準備したか分からないが、飲み物を出すのと同じくらいのスピードでセルビアの前にカップを置いた。


「はい」

「二個?」


セルビアの前にカップが二個置かれたので、どうすればいいのかと尋ねると、彼女何やら準備をしながらそれに答えた。


「一人で三個持てる?一つは席まで運ぶよ。みんなで食べればいいじゃん」


お店の従業員ではないし、乗せて運べるトレイがあるわけではない。

だから持てない分は席まで届けるから、一つを持ってカウンターから出ようとしていたらしい。

言われてからそう気付いたセルビアは慌ててそれを断った。


「一個でいいかなって思って驚いただけだよ。分けて食べるから二個で十分。ありがとう」

「そう?食べ終わって足りなかったらまた来てね」


彼女はそう言って、カップのフルーツに、人数分のピックを刺してセルビアに渡した。

ここにピックが刺さっていなかったのは、彼女が持って行くついでに渡すつもりだったかららしい。

だから手元にピックがあったのだなと思いながらセルビアは返事をした。


「うん」


そうして、フルーツのカップを受け取って両手に持ったセルビアは、席に向かった。

今日が終わったら、しばらくこうして食事を分け合うことができないんだなと、席の方を見て、そんなことを思ったのだった。

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