家族団欒
「ああそうだ。グレイ、だったな。これでいいか?」
そう言って団長はグレイの前にトレイを置くとその上に肉の塊を出した。
「わうわう!」
グレイは嬉しそうに答えてから、出された肉の塊を食いちぎるように食べ始めた。
「団長さん、ありがとうございます。グレイって普段、夜中にいなくなって勝手にご飯食べてきてるみたいで、何でも食べるけど、好みがよくわからなかったんです。飲み物はお水とかミルクとかあげてるんですけど、パンとかは少ししか食べなくて」
だから今も自分のもらってきたサンドのパンを少し食べさせて、お水を飲ませていた。
「くぅ~ん」
話を聞いていたのか、気にするなと言ったようにグレイがお肉を口から離してセルビアの足にすり寄ってきた。
そんなグレイの頭をとりあえずセルビアは撫でる。
「そうか。この子が好んで食べるのは基本的に肉だろうなあ。脂肪部分はあんまり食べないかもしれないが、骨があってもかみ砕けるだろうし、塊で出した方が喜ぶんじゃないかと思う。雑食だから何でも食べられるんで野菜やパンも食べるが、基本的に動物調味料の強いのはやっちゃダメだよ」
団長がセルビアにそう説明すると、グレイが団長に向かって元気よく返事をする。
「わうわう!」
それを聞いたセルビアも団長を見上げて尊敬の眼差しを向けた。
「本当だ。グレイがそうだって返事してる!」
セルビアの言葉に驚いたのは団長の方だった。
「お嬢さんはこの子と会話ができるのかい?」
そんなことあるわけがないと思いながら尋ねると、セルビアは首を傾げた。
「いえ、鳴き方が違うんです。わうわうって元気に吠える時は、そうだっていうことみたいで、違うと、唸ったりしょんぼりしたりするんです」
セルビアがグレイの吠え方が違ったり態度が変わったりするので、その反応を見て判断していると言うと、団長はかがみこんでグレイの頭を撫でた。
「そうか。じゃあ、使い分けてるこの子が賢いんだな」
するとグレイは団長を気に入ったのか甘えるようにすり寄った。
「くぅ~ん」
「はははっ。すり寄ってもらえるとは光栄だ。よしよし。せっかくだからたくさん食べていっておくれ」
「わうわう」
団長に食べてと言われたからか、グレイは再び肉の塊にかぶりついた。
グレイがお肉を貪っているのを確認すると、団長はセルビアたちにももっと食べることを勧めた。
「お嬢さんたちも、もうカウンターには伝えてあるから、好きなものを頼んで召し上がってください。おかわりも自由ですから」
「ありがとうございます」
美味しかったので最初のセットはあっという間に食べ切ってしまった。
もう少し入りそうだけど、今でもかなり満足している。
だからお礼を言いつつも、小休止という感じだ。
「それにしても大変ではないですか?場所を変えての興行というのは」
団長に余裕がありそうだと判断したのか、父親が興味を示して尋ねると、団長は嬉しそうに周囲を見回した。
「確かに常に団体移動ですから大変ですけどね、皆家族みたいなものですから、常に一緒にいられるのは嬉しい限りですよ」
ここで旅周りに参加しているメンバーには色々事情がある者も多い。
けれどあえてそれを問うことはしない。
それに常に移動しているので、知らない土地の知らない人たちの中に身を置くことになる。
それもあって結束が固い。
もしかしたら家族以上のものではないかと団長も団員も感じているのではないかと思う。
「家族がずっと一緒で、いろんなところに行けるなんていいですね」
セルビアは家族で遠出をしたことがない。
記憶を遡っても、せいぜいこの街に買い物に来るくらいだったし、それも最低限の用事を済ませたら帰らなければならなかった。
正に今が一番、家族で長時間外出しているし、遊ぶことを目的としたお出かけをしている状態だ。
だからどこまでも遠くまで旅をするなんてことが想像できなかった。
セルビアはそれを少し羨ましく思ったのだ。
「家族みたいなものってだけで、皆事情を抱えていて、家に帰れないだけだから、お嬢さんたちみたいに、家族で仲良くいられるならその方が幸せだと思いますよ。おっと、そろそろ行かなきゃいけないな。終わったらまた来るからゆっくりしてってください」
セルビアたちの事情を知らない団長からみた三人は、とても仲の良い家族に見えたのだろう。
仲が良いのは間違いないけれど、まさか彼らが離れて暮らしているなんて想像がつかなかったようだ。
でもそれをここで伝えても仕方がない。
「ありがとうございます」
セルビアが言葉を失っていたため、代わりに母親がそう答えて、舞台に戻る団長を送り出したのだった。
「大丈夫か?」
気落ちしているセルビアに父親が声をかけた。
「うん。大丈夫だよ」
離れて暮らすことになったのはセルビアのせいではないが、セルビアの体質の問題とされている。
幸いグレイが近くにいてくれるし、気丈に振る舞ってどうにかなっているけれど、寂しくないわけでも不安がないわけでもないのだ。
両親も察するものがあったらしく心配そうにセルビアを見ていた。
「そうだ。飲み物をもらってこようか」
お腹は満たされているので、食べ物をもらってきても残すことになってしまうかもしれない。
しかしここで何もせず座っているのは落ち着かないので、手元に何か欲しいと思ったのだ。
父親の申し出を断ってセルビアは立ち上がった。
「私が行くよ」
セルビアがそう言うと、母親は苦笑いを浮かべた。
「そうね、自分で選びたいわよね」
「うん」
セルビアは返事をすると、一人カウンターに向かった。
両親はそんなセルビアの背中を黙って見送る。
「あの子には辛い思いをさせてしまっているわね」
「そうだな。早く一緒に生活していた頃に戻りたいな」
二人はセルビアに聞こえない所でそんなことを口にして目を伏せた。
きっとセルビアも、ここにいると切り替えられないと思って離れたのだろう。
飲み物を持ったセルビアが戻ってくるまでに気持ちを立て直さなければならない。
また夕方には別れなければならないのだ。
せめて一緒に過ごせている今だけでも、楽しい時間にしたい。
両親はそれ以降、互いに無言になる。
その様子にグレイはくぅ~んと一度だけ小さく鳴いて、その場に伏せて、やはり大人しくするのだった。




