団長からのお礼
「お礼と言ってはなんですが、サーカスにご招待させてもらえませんか」
団長はすっかりおとなしくなったトラを撫でながらセルビアたちに言った。
「サーカスは……」
そうつぶやいて三人はお互いの顔を見合わせた。
どう答えるべきか悩んだからだ。
その中で最初に口を開いたのはセルビアだった。
「さっき見てきたところなんです。その帰りだったからこの子がサーカスの子だってわかったんです」
団長の肩にいるサルが自分を案内してくれたけれど、この子がサーカスの子だと分からなかったらついていかなかったかもしれない。
どんなにグレイが引っ張っていこうとしても、身捨てた可能性がある。
けれどそこまで説明する必要はないだろうと、とりあえずセルビアがサルの方を見ると、サルは言葉をよく理解しているのか、自分のおかげだと団長の肩の上で胸を張った。
「ああ、そうなんですね。ご来場ありがとうございます。ではどうお礼をすればいいか……。お食事などは?」
団長が方の上で動くサルの頭を撫でながら尋ねると、今度は父親が答えた。
「食事はこれからですが……」
それを聞いた団長がすかさず確認する。
「ご予約などをなさって?」
「いえ、これから中心街に戻って適当な店を探そうと思いまして」
グレイがいるけれど、宿と同じように動物が一緒に入れる店がありそうだったので、そういったお店の中から、気になるところに入ればいいと思ってぶらつくつもりだったので店は特に決めていなかった。
それに事前に予約をしてしまっていると、時間が決まってしまう。
サーカスにどのくらい並べば入ることができて、どのくらい演目を見るのに時間がかかるのか分からず、時間になったら並んでいても列から外れなければならなかったり、見ている間に予約の時間が迫って焦ったりしては、落ち着いて楽しむことができなくなってしまう。
今日の最大の目的がサーカスだったため、食事は二の次だったのだ。
「もしよろしければ、サーカスのテントで販売されているものをご提供させていただけませんか。もちろんお代は不要です。少々騒がしいとは思いますが、ショーの始まった時間であればテーブルも空きます。テーブル席からショーも見えますが、一度ご覧になっているのなら、ゆっくりお食事を楽しんでもらえるでしょう。残念ながら私は長くご一緒できませんし、できることがそのくらいしか浮かばなくて申し訳ないのですが」
「まあ、そんな」
団長からの申し出に、母親が困惑したようにつぶやいた。
「どうする?」
次の公演まで時間があまりないはずだけれど、団長は何かお礼をしなければ気が済まないらしく、あれこれ提案してくる。
さすがにこうなるとそのお礼が軽いうちに受けた方がいいのではないかと父親は思ったのか、母親に受けるべきかそれとなく確認した。
その間に、団長は、当事者であるセルビアに質問を投げかける。
「お嬢さん、サーカスで何か気になる食べ物はなかったかい?」
話を振られたセルビアは、グレイを見下ろしてから顔をあげて答えた。
「えっと、どれもおいしそうだなとは思いましたけど、メニューは覚えてないです」
席で飲み物は飲んでいたけれど、セルビアは買ってきてもらっただけで、自分で買いに行ったわけではない。
だから分かるのは家族が飲んでいたものと、自分が座っていたところから見えた軽食っぽいもののことしか知らないのだ。
食べている人を見て、美味しそうに食べているなとは思ったけれど、それがどういう名前なのかなどは答えることができない。
「そりゃそうですね。でもおいしそうと言ってもらえたのならぜひ」
団長の言葉に同調するようにサルが声を上げる。
「キッキー」
目の覚めるような高い声にびっくりしながらも、父親は結論を出した。
「ここでこうしていても仕方がないな、お言葉に甘えようか」
「うん」
その言葉にセルビアは同意する。
そして功労者であるセルビアがそう言うのならと、両親は顔を見合わせてから、お願いしますと団長に頭を下げたのだった。
こうして団長はトラと、その後ろにセルビアたちを連れてテントに戻ってきた。
サーカスを見るために多くの人が列を作って待っている状態だったが、団長たちが前を歩いていた事もあり、関係者としてスムーズに中に入ることができた。
そうして中に案内されたセルビアたちは、団長付き添いの元カウンターで注文を出し、従業員に彼らにサービスするようにと念を押してショーの準備に戻って行った。
「まさか、サーカスを見ながらテーブルでご飯を食べられるとは思わなかったよ」
「本当にそうだな」
食べる方を楽しんでくれたらいいと言っていたけれど、用意してくれたテーブル席は非常に快適で、さらに演目もよく見える位置だった。
なので食事をしながら、演目を見ることができる。
さっきと同じ演目だけど、何度見てもすごいものはすごいわね」
動物たちはよく仕込まれているのか、技をきちんとこなしていく。
そうして三人が感心しているところに、団長が衣装のままやってきた。
「楽しんでいただけてますか?」
派手な衣装の団長に声をかけられたことに驚いたが、先ほどまでショーを見ていたので、この格好なのだと気がついた。
「はい。あと食事もおいしいです」
セルビアが答えると、団長は満足そうにうなずいた。
「それはよかった」
「団長さん、ここにきてて大丈夫なんですか?」
確かまだ、進行役としての出番があるはずだ。
来てくれたのは嬉しいけれど、そのせいでショーが中断することはあってはならない。
セルビアが尋ねると、団長は笑いながらその疑問に答えてくれた。
「しばらく出番はないから問題ないんだよ。それに次もこのまま登場すればいいからね」
だから出番になったら行くけれど、それまではこうして話していても問題ないという。
だからその間だけでも、こうして相手をさせてほしいとわざわざ席まで来てくれたのだ。
そんな団長に、セルビアは律儀なんだなと感心していたのだった。




