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はじめてのおつかい

「セルビア、ちょっと街まで買い物に行ってきてくれない?」


突然そう声をかけられたセルビアは、驚いて母親の近くによって母親の顔をじっと見上げた。


「珍しいね、私に買い物なんて普段頼まないじゃない。何かあったの?」


セルビアがそう尋ねると、急にそんなことを頼む不自然ではない理由が思いつかなかったのか、母親は目を泳がせて答えた。


「どうしても買い物に行く時間がないのよ。手が離せなくて」


少し挙動がおかしい母親を不思議に思いながらも、セルビアはあえて追求するのを止めた。

どんな理由であれ、一人で買い物に行っていいと言われた事の方が重要だ。

これを逃したら、次はいつそのチャンスが巡ってくるか分からない。

余計な事を言って機嫌を損ねて取り消されては困ると、とりあえず続きを促す。


「わかった。何を買ってくればいいの?」


セルビアが尋ねると、母親は財布と紙を渡した。


「買うものはそこに書いてあるから」


セルビアは母親から受け取ったメモを、財布に入れるために開けると、中を確認する。


「お金はこれを使っていいの?」


いつも買い物についていっているセルビアは、財布の中に少し多めのお金が入っていることを気にしながら聞いた。


「ええ。一人で行かせるのは正直不安なんだけど……。あ、買い物が終わったらすぐに帰ってきてちょうだいね。長い寄り道はダメよ。早く買ったものを持って帰ってきてほしいし。お願いね」


さすがにお使いだけでそのまま帰って来させるのは忍びないのか、お菓子を買うくらいのお金は使っていいらしい。

ただ、お店でゆっくり商品を見たり、食事をしたりして遅くなる、ということは避けてほしいとしつこく言われた。

お菓子などを買って帰り家で食べるか、それを食べ歩きしながら帰ってくるか、というのが許容範囲のようだ。


「わかった」


セルビアにとっては買い物に一人で出られることが一番で、お菓子は二の次だ。

街に着いて見て回っているうちに、そうしたくなる気持ちが沸いてくるかもしれないけれど、今はきちんと買い物をやり遂げる使命感の方が大きい。

これまで同年代の子供たちが一人で街に遊びに行ったりする中、何故かセルビアの両親だけはそれをなかなか許さなかった。

だから街に行くにも常に親がついていて、それについて何か言われるわけではないけれど、街で知り合いに会うと非常に気まずい。

それがようやく、一人でお使いに出してもらえることになった。

これは大きな一歩だ。


「いってくるねー」


セルビアはメモとお金の入った財布を斜めがけのカバンに入れると、初めてのお使いにワクワクしながら出かけていくのだった。



セルビアの家のある村から街までは子どもでも歩いていける距離にある。

ただ街はどちらかと言えば商売をするためにある場所で、住居が少なく、夜中まで騒がしい。

だから子供のいる家族は、街に店を構えていない限りは少し離れた村に移動して生活しているのだ。

そんな近い距離に商業の街があり、しかも夜遅くまで店が空いていることから、村には最低限のものしかない。

村でも必要なものは手に入るが、一定の年齢になればやはり多くのものの中から商品を選びたい。

セルビアも一応女の子なのだ。

親が買ってくれる可愛いものも嫌いではないけれど、自分で選んで自分で買ったり、友人と買い物に出かけたりしたいお年頃だった。

今回の買い物がうまくできたら、今度は友達と一緒に買い物に行きたいって言ってみよう。

一人で行けたのなら大丈夫なはずだ。

そうして意気揚々と村を出たセルビアの後ろを、ほどなく謎の影が後をつけ始めた。

けれどセルビアはその事に気がついていないのだった。



「ずっと色々脅かされてきたから少し不安もあったけど、さすがに何度も通った道だから迷うこともなさそうだし、いつもと変わらないし、ちょっと安心したかも」


明るい歩きなれた森の中を一人で歩きながら、思っていたより不安はない事に気がついた。

このままなら大丈夫だ、見慣れた景色が続いているし、順調だ。

森には危険もあるというけれど、今のところ危険を感じるような事もない。

歩いていると木漏れ日が温かく、風が心地いい。

そうして余裕を見せながら歩いていていると、突然足首に何かがくっついた。

驚いて見れば、そこには灰色のふわふわした毛玉のようなものがくっついている。

そして立ち止まるとより足首にまとわりついてきた。


「どうしたの?迷子?」


立ち止まって足首のあたりを見下ろすと、体をピタッと寄せたまま顔だけを上げて、灰色の毛玉が何かを訴えるかのように鳴いた。


「くぅ~ん」


鳴き声から犬なのだろうと判断したセルビアは、その子を見下ろして話しかけた。


「あのね、私はこれから街でお買い物しないといけないし、何もあげられないよ?」

「くぅ~ん」


言葉が分かっているのか分かっていないのか分からない。

ただ、置いていかれたくはないようで、灰色の子犬は、体をこすりつけてはしょんぼりしたような声で鳴いては、うるんだ目をセルビアに向ける。


「困ったねぇ……。でも振り払うのはちょっとなぁ……」


セルビアはそう言いながら、足にすり寄ってくる子犬を振り払うことができず、しゃがみこんで頭を撫でる。

撫でているとだんだん愛着がわいてくる。

わしゃわしゃとされている方の子犬は、セルビアに撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。

こうしてお使いに出かけたセルビアは予期せぬところで足止めを食らうことになるのだった。

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