サーカスのサル
サーカスの演目が全て終わって、セルビアたちも他のお客さんと一緒に席を立った。
用意された椅子と足元の隙間に収まるようにして、隙間から演目を見ながら大人しくしていたグレイも、人ごみではぐれないように足元にぴったりとくっついて移動についてくる。
そうしてテントの外に出ていくと、外にはまだ行列があった。
きっと次の公演を待っている人なのだろうが、セルビアたちもさっきまであの列に並んでいたんだなと思うと気が遠くなる思いだ。
でも並んでいる間、両親とゆっくり話もしたし、テントの中で見たものを考えれば、並んだ価値は十分あった。
でもあれを見ると現実に引き戻されそうだと思ったセルビアは、人の塊から目を逸らして両親を見上げた。
「いやあ、器用なもんだな」
父親が少し人ごみを抜けたところでそう言うと、母親もうなずいた。
「本当に」
セルビアも歩きながら二人に同意する。
「動物っていろんな事ができるんだね」
セルビアがそう言うと、足元にくっついているグレイが悲しそうな声で鳴いた。
「くぅ~ん」
セルビアがグレイの声に驚いて見下ろすと、声だけではなく、セルビアを見上げた表情にも哀愁が漂っている。
「どうしたの?」
セルビアが足を止めると、父親がグレイの様子を見て言った。
「自分がサーカスの芸みたいなことができないって気にしてるんじゃないのか?」
「くぅ~ん……」
父親に声をかけられたグレイは、その通りだと主張せんとばかりに落ち込んだ声で返事をした。
確かにグレイに芸は教えてない。
もしかしたらできるようになるかもしれないけど、グレイはどちらかと言えばセルビアの友達であり、番犬だ。
「グレイもいい子だけど、あの子たちもいろんな事ができるんだなってことだよ。私はグレイが一緒にいてくれるから宿でも安心して寝られるし一人でも頑張れてるんだ。頼りにしてるんだよ」
「わぅわぅ!」
セルビアが思ったままの事をグレイに伝えると、グレイは嬉しそうにセルビアに体をすりつけた。
「グレイは嫉妬したんだろうな。グレイの機嫌も直ったし食事だな」
「そうね」
セルビアがご機嫌を取ろうとグレイの頭を撫でているのを見ながら、両親は食事に向かおうと声をかけた。
そして二人が歩きだしたので、セルビアたちも慌ててついていくのだった。
そうして三人と一匹がサーカスの行われている広場から離れて食事処を探して歩いていると、突然目の前に小さな生き物が飛び出してきた。
そしてグレイとセルビアの前に立ちはだかるように手を広げて止まると、その恰好から何度もジャンプをしている。
まるで何かを訴えているようだ。
そう察したセルビアは足を止めて声をかけた。
「ん?サーカスのおさるさんだよね?どうしたの」
セルビアの声に答えるようにサルは甲高い声をあげる。
「キー!キッキー!」
聞いてもらえると思ってか一生懸命何かを伝えようとしていることは理解できたけれど、残念なことにこの子が何を言いたいのか分からない。
しばらく騒いだサルが疲れたのか動きを止めると、グレイが一鳴きする。
「くうーん……」
その声を聞いたセルビアがグレイも何か思うところがあるようだと感じて声をかける。
「おさるさん、グレイのお友達なの」
「くうーん……」
セルビアの問いにしょんぼりとした声を出したので、確認のために別の質問をする。
「え、違うの?」
「わうわう!」
今度は元気に答えたので、どうやらグレイのお友達だからここにサルが来た訳ではないようだ。
でもそんなやりとりを見たサルは、グレイを通してなら状況を理解してもらえると思ったのか、懸命にグレイに何かを訴え始めた。
「キッキーキッキー!」
「わうーん」
サルはグレイに必死に何かを訴えていて、グレイは時折セルビアの様子を窺いながらそれに答えているようだ。
けれど人間であるセルビアには何を話しているのかわからないし、本当に意思疎通が取れているのかも不明だった。
もしかしたら偶然出会ってしまって、互いに威嚇しているだけかもしれないので、セルビアが間に入るわけにもいかない。
しばらくそんなやりとりが続いていたが、二人の合戦のような鳴き声が一度止んだと思ったら、グレイがセルビアの足元にすり寄って、服を咥えて引っ張りだした。
「くうーんくうーん……」
服を噛んでいるからか曇った声だけれど、グレイが引っ張るので、どうしたいのかは察せられた。
「グレイ、おさるさんと一緒に行きたいの」
セルビアがそう言うと、グレイはセルビアを見上げて一鳴きする。
「わうわう!」
「でも街中でこれは外せないから、私も一緒に行くよ」
セルビアがリードを引っ張ってそう言うと、それでもいいようで、グレイはまた元気に吠える。
「わうわう!」
「キッキー!」
グレイだけではなく、サルが一緒に元気な返事をする。
そして返事をしたかと思うとサルは先頭に立って道案内を始めた。
グレイはそれに付いていこうとして勢いよく走ろうとするが、セルビアの足で犬のスピードには追いつけない。
「ちょっと早いよー、あんまり引っ張らないでー」
セルビアはそう言いながらもグレイに引きずられるように走る。
その様子を黙って見ていた両親も、グレイの様子から何かあったのだろうと察して、時折セルビアが転びそうになるのをそれとなく支えながら後ろからついてきてくれた。
そうして目的地も分からないまま、セルビアはグレイに引っ張られて走り続ける。
「ねぇ、どこ行くの?」
セルビアがそう聞いてもグレイは答えない。
ただ前を走っているサルがこちらを振り返る事もせず、セルビアの声に答えるように叫ぶだけだ。
「キッキーキッキー!」
そんなサルもこちらの様子は分かっているのか、曲がり角などではこちらが迷わないよう、見える位置で声をあげて待っていてくれる。
でも声をあげているので急かされていることもわかる。
グレイは息を切らせていないが、セルビアと後ろからついてくる両親は、ついていくのに必死だ。
正直目的地も分からない上、闇雲に歩かされているような感じで困惑しているし、休憩でする余裕もないので、疲れがどんどん増して足が重くなっているのだ。
「次はあそこを曲がるのね……」
サルの様子を見ながら、セルビアが息も絶え絶えにそう言うと、グレイは心配そうにセルビアを見上げるが、それでも引っ張るのを止めることはない。
普段のグレイは我儘を言わないので、それだけグレイにとっては大事な何かがあるのだろう。
セルビアはそんなグレイのためならと、もつれそうになる足を必死日動かしてどうにか彼らについていくのだった。




