八つ当たり
話を聞いてセルビアと別れたニコルは、団長の部屋に押しかけていた。
「団長!どういうことですか?」
「どうしたんだい、ニコル」
なかなかの剣幕で現れたニコルに、団長が尋ねると、ニコルは言った。
「セルビアちゃんのことですよ」
「ああ、その話か」
セルビアはどうやら自分でどうするのか決めたらしい。
そしてニコルの剣幕から察するに、ここに残る方向で考えているのだろう。
それならばまたご両親や牧場主とも話をしないといけないなと団長は考えていたが、ニコルの勢いは収まらない。
「その話か、じゃないですよ。何で教えてくれなかったんですか!」
自分に相談なく勝手に話が進んだことに文句を言うニコルを団長が諭す。
「教えたらセルビアちゃんが自分で決める前に反対しただろう。大事なことだから自分で納得いくまで考えて、自分で結論を出さなければならないものだ。それをニコルが横から意見したら、セルビアちゃんがご両親と住みたいと思っていても、今みたいにニコルが嫌だって言われたら、それを言い出せなくなってしまうかもしれない。それにこれはセルビアちゃんとご両親の、家族の問題でもあるからな。手伝いはしても、意見する方がおかしい話なんだよ」
そもそもセルビアは体質の関係でもともと住んでいた集落や宿を追われることになっただけであって、家族に不幸があったとか、不仲になったというわけではない。
孤児院育ちのニコルの場合は、そもそも一定の年齢になったら手に職をつけて孤児院から出なければならないという事情があったし、孤児院には同じ施設で育った兄弟と言える者も保護者と呼べる者もいて、家族のように身を寄せ合って暮らしているが、本当の家族ではない。
だからニコルには、本当の家族がいれば基本的に一緒に過ごすものだという概念がないのだ。
「でも……。牧場に住むようになったらセルビアちゃん、一人になっちゃうよね。この前のこともあるし、一人は危険なんじゃないかな?ここにいれば私たちみんなで助け合えるけど、それができなくなっちゃう」
「そうだな」
ニコルの言いたいことはわかるし、それは自分も懸念していると団長は同意する。
テントにいた時、不届き者が侵入してきた際、気の弱そうなセルビアは真っ先に標的にされた。
立ち寄った牧場の草原を借りてテントを張って過ごしているところでクマにも狙われた。
しかしそれらは基本的に大人たちが対処してくれた。
サーカス団には大人もたくさんいて、一人で対処できないことは助けてくれる。
でも一人暮らしではそれはできない。
いくらグレイがいても、人目の少ない牧場で女の子の一人暮らしなど危険にしか思えないし、誰かに助けを求めるのも難しい。
セルビアをそんな環境に置き去りにするのかとニコルは団長に訴える。
本人の決意がニコルの希望で鈍らないよう、団長はこの件をニコルに伝えることはしなかった。
セルビアに口止めをしたわけではないが、セルビアも、このままここに居続けるつもりなら余計な心配はかけたくないと、この話が出ていることを伝えなかったらしい。
とりあえず興奮しているニコルが、言いたいことをすべて吐き出すまで、団長としては特に否定はしないつもりだ。
「せめてもう少し大人になってからとか……。それにクマの報酬だって、ヒツジじゃなくてお金でもらえばよかったんだよ」
言っても仕方のないことだということはニコルもわかっている。
だから話を聞いた時、セルビアには言えなかった。
でも団長も知っていて何も言わなかったのは、何となく裏切られた気分で、ついその感情をぶつけてしまう。
「でももう話は進んでいるし、セルビアちゃんがそう決めたのなら」
さすがにずっとニコルに同意しているわけにはいかない。
そう判断して団長がなだめようとすると、ニコルは口を結んで鼻をすすった。
「団長、団長が余計なことするから!」
「いや、ヒツジに関しては正当な対価を要求しただけだよ。それに彼も牧場に関しては見てから決めればいいって言っていた。その上でセルビアちゃんが決めたことだ」
「そうだけど……」
あの時、ヒツジがセルビアちゃんの後ろをついて歩いていたのはニコルも見ていた。
その時微笑ましい光景だと思っていたのも間違いない。
そこで団長が、ヒツジがセルビアに感謝してるようだし、脱走して全頭取られたくなかったら、報酬として何頭かもらうだけで手を打とうと、そう交渉したのも事実だ。
それを聞いた時だって、セルビアやグレイの活躍が評価されたことが嬉しかったし、ヒツジに関しても、いつかは引き取ることになるだろうけど、連れて歩くわけでもなく、すぐに旅が再開されたので、まだ先のことだと思っていた。
それが突然この事態だ。
動揺するなという方が無理だろう。
「せっかくお友達ができたのに……」
街ごとに販売員として臨時的に来る子くらいしか同年代の子と接する機会のなかったニコルにとって、セルビアはずっと一緒にいられる唯一無二の友人だと思っていた。
幸い気が合って仲良くなれたし、セルビアがいることが当たり前になってしまった今、こんな形で離ればなれになるとは思わなかった。
言ってもらえなかったことに対する憤りもあるが、本当はその寂しさに耐えられないかもしれないという不安も大きいのだ。
「今すぐじゃないんだし、旅回りで近くを通ったら遊びに行けばいいさ」
自分たちは動き回るが、セルビアは定住することになる。
ならば手紙も出しやすいし、近くに来たら尋ねたっていい。
これまで知り合った同年代の何人かと同じように離れた友人としてやり取りは可能だ。
もしセルビアが別の団などに移籍して旅回りをするのなら別だが、そうではないなら連絡手段があるのだから疎遠にはならなくて済むはずだ。
「それもそうなんだけど……」
団長の言うことはもっともだ。
でもやはり、喪失感が大きい。
「ニコルの気持ちもわかるが、まだ時間がある。ここで興行している間は一緒にいられるんだ。ここで気まずくなってそのまま別れた方が後悔するんじゃないのかな」
「そうだよね。わかったよ」
確かにここで反対したりしてセルビアとの関係を悪化させるのは悪手だ。
もし喧嘩になって仲直りできなかったら、本当に友人を失うことになるし、じぶんがいちばんこうかいすることになる。
団長に言われてニコルはとりあえず大きく深呼吸して気持ちを落ち着けることにした。




