独り立ち
こんなことになるまで知らなかったけれど、父親はこれまでも、今回の件でも自分のために寄り合いで戦ってくれていたらしい。
だったら今度はセルビアが一人で頑張る番だ。
セルビアだって集落にも両親にも迷惑はかけたくない。
そのために必要な事も、できるだけ自分でできるようになろう。
セルビアはそう誓うように言った。
「わかった。頑張ってみるよ。あと、せっかく街にいるんだったら、その間だけでも働けるところを探してみる。だって家があるのに宿代を出さなきゃいけなくなっちゃうんでしょう?それに一泊や二泊だったらまだしも、いつ戻って良くなるかわからないんでしょう?」
集落の皆がセルビアを追い出したいと思っている以上、戻ってこられる保証はない。
セルビアが現実を見据えている事を察して、母親はうつむいた。
「それは……、できるだけ早く戻れるようにしたいと思っているわ。でも……」
当然これから先も寄り合いに出て掛けあっていくつもりだ。
しかしこればかりはどうなるか分からない。
それを言葉にしない母親に、もどかしさを覚えて、セルビアは自分からその言葉を口にした。
「もし、街の宿に、私の周りに動物が来るようなら、もうここには戻ってこられないってこと?」
そうはっきり言ったセルビアに、父親が代わって答えた。
「セルビア。残念だけどその通りだ。戻れない可能性もある」
「……そうなるわね」
二人の見解もセルビアと同じだった。
おそらくもう集落に戻ることはできない。
もし仮に、動物たちが宿に来なかったとしても、それが今後も動物たちを寄せ付けない事の証明にはつながらないのだから、彼らはきっとセルビアを受け入れないだろう。
受け入れたとしても、また似たようなことがあれば、真っ先に疑われるのはセルビアだ。
ここにいればセルビアは肩身の狭い思いをしなければならない。
しかしここで仕事をしなければならない父親は、収入源を失くすわけにいかないから集落内で働き続けることになる。
そして、父親がこの仕事をしている以上、少なくとも父親はこの集落から離れることはできない。
つまり離れ離れの生活になってしまうということだ。
「やっぱり……、そっかあ……」
これまでの話を聞いてセルビアはため息をついた。
「やっぱり?」
母親が聞き返すと、セルビアはそれに答える。
「だって、前は私が小さかったし、外に出せなかったけど、この年になったら、みんながお使いに行ったりしているし、街でお店の手伝いをしている子がいるのも見てるから、お使いができないなら、せめて私も働かなきゃなって思ってたんだ。でもこんな事情があったんならお使いに行けなかったのも納得だよ。仕方がないよね。それに、今はグレイもいるから、戻ってくることになったとしても、グレイと離れ離れになるのが条件だったら嫌だなって。それなら生涯家を出るしかないのかなって……」
一度集落を出たセルビアが、ここに戻ってくることを歓迎されないというのは明白だ。
そうなると、自分が出て独り立ちするしかないという、寄り合いでの結論と同じところに考えがいきつく。
つまりこれから先、グレイと一緒に過ごすことはできても、両親と一緒に過ごすことはできないし、生まれ育ったこの集落に足を踏み入れることは許されないということだ。
突然のことだから覚悟が決まったわけではないけれど、とりあえず両親の負担を軽くするためには、自分がここからいなくなるしかない。
ここにいたいと駄々をこねて、両親に迷惑をかけ続けるのはセルビアとしても心苦しい。
「わかったわ。でもできるだけサポートするようにするわ。私達が宿に毎日行くことはできるんだもの」
現状、セルビアは森を抜けた先にある宿に宿泊することになっている。
子どもが徒歩で日帰りできる距離なので、慣れるまで両親が通ってくれるという。
「そうだな。働いてくれるのはありがたいが、仕事が決まるまでは支援するし、困ったことがあったら、手紙でも人でもなんでも使って連絡してくれたら、すぐに駆けつけるからな」
自分たちもセルビアが心配だ。
それに離れたいとも思っていない。
父親からそんな思いが伝わってきたこともあり、このようなことに巻き込んでも、自分の事を考えてくれる両親にセルビアは感謝の気持ちを抱いた。
「でも心配いらないぞ?もし長くなるようなら、こっちが街に戻れるよう交渉すればいい。そしたらまた一緒に暮らすことができる」
元々街から派遣されて行っている仕事だ。
集落でトラブルになっているが、こちらはできる限りのことをしてきたし、はっきりいって落ち度はない。
むしろ今までこちらがされてきたことの方がよほど悪質なのだから、それを持ちだして、その解決策として配置転換を申し出ることはできると考えている。
それを口にすると、母親も同意する。
「そうね。だからそれまで少しの間、我慢してもらわないといけないわ。セルビアには家事の一通りは教えてあるから生活をしていくのに不自由しないと思っているけれど、女の子だから、それだけが心配よ」
今までろくに街に行かせてあげられなかったのに、急にそこに放り出すことになってしまった。
行きたいという願いを叶えるにしても極端だ。
それに仕事が決まっているわけでもないのに、一人、街で暮らさなければならないとなると、近くに頼れる人がいない。
もちろんきちんとした宿に滞在させるので、宿のおかみさんなんかは多少頼っていいのだろうが、限度はあるし、やはり親のようにはいかない。
それに宿の客は入れ替わる。
良い人ばかりが宿泊するとは限らないので、トラブルに巻き込まれないかも心配だ。
「それなら大丈夫だよ。グレイがいるし。ね」
「わうわっ!」
宿にグレイが一緒ならそれは心配ない。
小さかったころのグレイだとただの可愛い毛玉にしか見えないけど、今はそれなりの大きさのある犬だ。
番犬の役割はしっかりと果たしてくれるだろう。
セルビアに頼られたグレイも嬉しそうに声を出す。
「そうね、グレイがセルビアを守ってくれるわね」
セルビアに寄り添っているグレイを見て、複雑な気持ちでそう言う母親に、セルビアは少ししんみりした気持ちになった。
「うん。ありがとう」
両親がいかに心配してくれているかよくわかったセルビアは、不安を隠して気丈にもそう答えたのだった。




