壁の花 【月夜譚No.271】
ダンスはいつも見ているだけだった。煌びやかなドレスに照明、音楽、笑い声……そのどれもがまるで別の世界のことのようで、ぼんやりと見つめるだけが常だった。
少女をダンスに誘う殿方がいないわけではない。毎回、数人の男性が綺麗な言葉を並べ立てて彼女と踊ろうとする。しかし彼女は興味のない様子で、いつも素気無く断っていた。舞踏会に何度も顔を見せている人物は、知った顔でもう彼女に見向きもしない。
ホールの奥の窓際。そこが少女の定位置になっていた。壁の花、と言えば聞こえは良いが、ただこの時間が終わるのをひたすらに待つだけの無為な存在だ。
綺麗に着飾ってくれる使用人には申し訳ないが、少女にとっては退屈な時間でしかなかった。
「――お嬢さん」
声をかけられ、またダンスの誘いかとうんざりしながら目を上げる。しかし、少女は相手の顔を見るなり目を丸くした。
「よろしければ一曲、お相手願えませんか?」
差し出された掌を見つめて数秒、少女は溜め息を飲み込んでそっと手を重ねた。
周囲の人間がざわめく。驚きたいのはこちらの方だ。まさか、一国の王子である彼がこの舞踏会に参加しているとは思わなかった。
彼が相手ならば、断るわけにはいかないではないか。
穏やかな笑みの裏に文句を隠した少女は、ホールの中央に導かれた。