魔導学院に入学したがひとりだけおかしいやつ(物理)が居ます
俺の名はグレイ。
今年からレム魔導学院に通う事になった魔法使いの卵だ。
これまで俺が住むナダ共和国には魔導学院が無く、魔法を本格的に学びたい子は国外にある魔導学院へ通っていた。
それも金持ちなどではないと入れず、ナダ共和国の魔法使いはレベルが低いと言われていた。
レム魔導学院は元々地方に住んでいた平民魔法使いが開祖で、魔法の才ある者ならば学ぶ機会を得られ、奨学金制度もある。
小さい頃から魔法の才があった俺は必死に勉強し魔導学院への入学を果たした。
この学院で俺は1番の魔法使いになり世界に名を轟かせてみせる!!
聞くところによると今年は学園長の孫娘が入学して話題になっているらしい。
学園長の孫というからには相当な実力者なのだろう。俺のライバルに相応しい。
どんな奴かと聞きまわれば何とそいつは同じクラスに居た。
ジョセリンと言う大人しそうな少女がそうであった。
何でも『荒渦』という大層な異名を持ているそうだが教室の真ん中くらいでひとり大人しく縮こまっているだけの『普通の少女』。
「よぉ、お前さん。学園長の孫なんだって?」
「あっ、は、はい。そうなんです……すいません」
気弱すぎてとてもじゃないが『大賢者』『抑止力』と呼れる学園長の孫に見えやしない。
「拍子抜けだぜ」
勝手に断定した俺だったがこの後思い知る事になる。
この少女の『規格外』を。
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「それでは今日は物体を浮遊させる魔法を教えます。『浮空』!!」
呪文を唱えると教師の前に置いてある羽が浮き上がる。
「はい。それでは皆さんも自分の前にある羽を浮き上がらせてみてください」
物体に働きかけ操作する魔法。
簡単そうに見えて意外と難しい。
羽が浮き上がらず苦心する者もいる中、俺は何とか羽を浮かび上がらせる。
さぁ、学園長の孫はどうだ?
隣の席を見ると彼女は杖も持たず顎に手をやり何やら考え事をしている。
というか杖を持っていない。えっと、まさか忘れた?魔法の実践授業で!?
「あーうん。これはもう仕方ないわね」
絶対こいつ忘れたんだ。
やれやれ、やはり学園長の孫といっても大したことが……
「ふんっ!!」
瞬間、大きく息を吸いこんだ彼女の鼻息が羽を巻き上げ空中で制止する。
「先生、出来ました」
「いや待てよ!今の鼻息だっただろ!?ずるじゃねぇか」
「でもほら、浮いてますよ?そもそもか弱い私がそんな鼻息でずるをするなんて……酷い言いがかりです」
だって見たもん、鼻息でふんっ!って……いや待て。そもそもそれ自体おかしくない?
「グレイ。お前なんか煩いぞ?皆の邪魔になるようだから廊下に立ってなさい」
何か廊下に立たされたんですけど?
いやだって……なぁ?
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「今日は箒に乗っての飛行を実践してもらいます」
箒に乗っての飛行。
これも様々な術式を展開して行わなければならない高等技術。
俺は何とか浮くことが出来たがそれでも飛行はまあまだ難しい。
さてあの女、ジョセリンはどうだ?
見れば箒をじっと見つめるジョセリンは空目掛け箒を投擲……って投擲!?
俺が驚く中、彼女は飛び上がり自身が投げた箒に飛び乗るとそのまま飛行を開始した。
「いや、今の物理だからね!?魔法要素なかったよ!?」
「グレイ。あなたは何を言っているのですか?」
確かにすごいけどおかしいだろ!?
もうひとりだけ違うジャンルだぞあれ!?
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浮遊呪文の発展授業。
今回は魔法薬を注いだショットグラスを浮かび上がらせ中身を飲むというものだった。
「さすがに羽とはわけが違うな」
重さも違うので難しい。
かなりの集中力を求められる。
箒飛行の技術を応用して何とかショットグラスを浮かび上がらせようとするも上手くいかない。
さぁ、この授業。あいつならどうする?
見ればジョセリンはまたもや何をかを考えていたがおもむろに机をバンッと叩き浮かびあがったショットグラスをキャッチすると素早く中身を飲み干した。
「だからそれ物理じゃねぇか!!」
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更に発展の授業。
今度は水桶の中に入った水だけを浮遊させ飲むという課題。
これは要するに水を操作して攻撃魔法などに応用するためのテクニックなんだな。
今回はもういきなりジョセリンを見る。
彼女は困ったような表情で桶を見て何かを思考。
そして……
ぞぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!!
大きく息を吸い込むと同時に桶の水が空中へ吸い上げられ彼女の口へ消えていく。
嘘だろ!?こいつ、人間か!?
結局、彼女は全ての水を吸い上げて飲み干してしまった。
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決闘の授業。
互いに背中合わせになって3歩進んだところで振り返り杖を振って魔法を打つというものだ。
「えーと、それじゃあ適当な二人で組を作ってくれ」
あ、やべぇ。俺こういうの苦手なんだよな。
入学してからできた友人、ハレボッターとルンは既に二人で組んでいやがった。
ていうかあのふたり出来てないか?
「何だ、グレイは余っているのか?それなら、ジョセリンと組め」
はい、わかってましたよ。
そんな気がしてたんだよなぁ。
「よ、よろしくお願いします」
相変わらずおどおどするジョセリンだが正直俺の方が怖い。
これ、吸い込まれてバリバリと喰われたりしないかな?
それで能力をコピーされたり。
異世界にはそんな事が出来るピンク色の魔物が居ると図書室の本で読んだ気がする。
互いに背を合わせて歩みを進める。
早撃ちには自信がある。ここで俺の凄さをこいつに思い知らせてやろう。
最後の一歩を踏み出すと共に素早く振り返り杖を構える……が!
「ッ!?」
信じられない光景があった。
俺の身長は180cm。対してジョセリンはせいぜい160cm弱だ。
それなのに……『見上げて』いた。
え?何これ?巨大化?何が起きてるの!?
この威圧感。どういうこと!?
唖然としていると彼女は杖を振り上げる。
まずい!応戦しようと呪文を口にするが彼女は杖を思いっきり振り下ろす。
パシュシュシュンッ!!!
聞いた事もない音と共に凄まじい風が巻き起こり俺の身体は空中へ巻き上げられて床に叩きつけられた。
「す、すいません……」
見れば彼女の持つ杖は持ち手以外が消失していた。
ま、まさかあれって思いっきり降ったことによって風の渦が巻き起こった!?
もしかして『荒渦』の異名ってこれが原因!?
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その日の昼休み。
学食で俺はジョセリンを見かけた。
今まで気づかなかったが彼女はいつも一人だった。
かつてぼっちだった事を思い出した俺は彼女の前の席に腰を下ろす。
「ここ、開いてるよな?」
「あ、はい。すいません……」
やってることはダイナミックだが本人の気は無茶苦茶小さいんだよなぁ。
彼女の皿を見ると妙なものが載せられていた。骨と言うかなんというか……いや、骨だなこれ。
どう見ても食べかす。
「えっと、それどうしたんだ?」
ふと脳裏をよぎったのは『いじめ』。
だが彼女は恥ずかしそうに言った。
「えーと、特別に頼んで擁して貰った『特別メニュー』で魔法を使うモンスターの『背骨』です」
「は?」
「す、すいません。『髄』に豊富な魔力が蓄えられているので私それを食べてるんです」
いやいや、骨だぞ?
イマイチ呑み込めない俺だが彼女はそろっと背骨を手に取ると口に放り込み『サクッ』とかみ砕く。
おかしい。ゴリッじゃなくてサクッっておかしいぞ!?
「すいません。昔から歯が丈夫で、顎も人より少し強いんです」
えーと『少し』って何だっけ?どういう意味だったかな?
「すいません。変ですよね。昔からそうでみんな私を怖がって逃げていくんです。仲良くしてくれるのはいとこくらいで……」
多分、いとことやらも同じような生態なんだろうなぁ。
「祖母が学園長をしているのもあってみんな私に近づかないんです」
いや、どっちかっていうと授業でのインパクトが……いや、ちょっと違うな。
彼女は目立つはずなのに何故か影が薄い。
奇天烈な事をしようと皆、何事もない様に振舞っている。
ふと、彼女の足元を見て気づく。
あっ、こいつ物理的に『影が薄い』。
「あ、あの。気づきました。何か祖母によると『呪い』の一種らしいんです。家族や親しい人はきちんと認識してくれるんですけど他は……これが続くといずれはそう言った人たちからも認識されなくなるかもしれないらしいです」
思った以上にヘヴィーな状態じゃねぇか。
「その呪い、解く方法はあるのか?」
「わかりません。祖母が色々調べてくれているのですがかなりの高齢で体調もあまりよくなくて。その、すいません。何か家族や親せき意外とこんなにおしゃべりしたのって久しぶりで、どうしたらいいかわからなくて」
「……してやるよ」
「え?」
「その呪いを解く方法、俺が探してやる!それまでは何が何でも覚えててやるからな!!」
そんな孤独な人生を歩ませ辛い思いなんかさせやしねぇ!!
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あれから数年の歳月が流れ。
何やかんやあって彼女の呪いは何とか解かれ、皆に認識されるようになった。
ただ、相変わらずあの調子なので皆は恐れてあまり近づかなかった。
近くに居たのはやっぱり俺くらいだった。
学園を無事卒業。
俺は学生時代の功績を認められ学園の教師として働くことに。
そしてジョセリンはというと……
「すいません、何をぶつぶつ言ってるんですか?娘が怖がっていますよ?」
卒業後、猛烈なアタックを受けた俺は彼女の婿となった。
あの時、プロポーズにOKしたら『サバオリ』なる技を受けて死にかけたのはいい思い出だ。
彼女は今、俺との娘『シャンテ』を抱き微笑んでいる。
思えば俺は最初から彼女をきちんと認識していた。
これはある意味運命だったのかもしれない。彼女と子どもの笑顔を守る為、これからも俺は精一杯頑張っていこうと思う。
「ほーらシャンテ、たかいたかーい」
笑顔のジョセリンが空中へ娘を放り投げ……放り投げ!?
「あら?あらら……えーと……すいません、あなた。何だかフライフラーイになってしまいました」
「シャンテェェェェェッ!!?」
賑やかな日々は紡がれていく。
ラストに出てきたシャンテは昔書いた短期連載『信じていた仲間に裏切られ復讐に燃えて転生した剣王とそそっかしい大賢者のひ孫』のヒロインです。
この家系、ちょくちょく転生者をひっかけて取り込んでいるのでチートな子どもが高確率で生まれます。