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サンタさんが来ない家

掲載日:2022/12/24




 暗い空より、粉雪が舞い降りていた。

 大事に着用しているが、ややくたびれた外套に降り積もった。

 頭上の微かな冷たさが、刻々と増している実感が増す。


 この時期の街を闊歩すると、煌びやかなクリスマスツリーが飾られているものだ。

 それを見るといつも過去の記憶が掘り起こされ、途端に黒い感情が呼び起こされる。




「お父さーん! わたしお人形さんがほしーい!」


「おれはゲーム!」


「ははは。いい子にしていたら、サンタさんがクリスマスにくれるはずだよ」


 無邪気に親にプレゼントをねだる、はしゃぐ子どもたち。

 かわいらしい声が、少し距離が離れた私のところまで届いてくる。

 なるべくそれを見ないように、聞こえなくするために少し遠回りをして目的地へと向かう。




 いい子にしていても、サンタはこない。

 子ども時代、嫌というほどに思い知った。


 貧困家庭。

 自分は母子家庭で育った。

 クリスマスなんて来なければいいのに。

 冬が来る度にそう思うくらい、経済的に追い詰められていた。




 女手一つで私を育ててくれた母は、過労が祟って若くして死んだ。

 やっとの思いで私が就職してから、すぐのことだった。


 幸い当時の会社の同僚は素晴らしい人格の方ばかりで、私の境遇に同情して色々面倒を見てくれた。

 寿退社する時には、泣いてくれる人もいた。






「おはようございます。(そこからが、この人生の短い絶頂期だったな)」


「はい。おはよう」


 職場にたどり着いた私は、思考を切り替える。

 勤務先の店長に挨拶し、仕事着に着替えた。

 少し前に慣れてきた仕事を、淡々とこなしていく。


 ここ以外に働く当てのない私には、ミスは許されない。

 集中して業務に励む。




 社会に出るまでの私は貧苦に苛まれながら育ち、結果として必死に勉学に励んでいた。

 そしてなんとかある程度の大学に入学し、それなりの企業に勤められたのだ。

 勉学一筋で男っ気のなかった私にも、そこで運命の人と巡り会えた。


 そしていつしか結婚し、待望の子どもが生まれた。

 順風満帆とはいかなかった。

 鍵っ子だった私は、子育てのことなど全く分からず、何もかも手探りであった。


 そんな私を、懸命に支えてくれた夫。

 二人で悪戦苦闘しながら、育児に励んだ。




 時には喧嘩をしたこともあった。

 それでも確かな幸せがあった。

 夢見ていた暖かな家庭を、手にすることができていた。




「お先に失礼します」


「はい。お疲れ様」


 就業時間を迎えると、すぐにパート先から出る。

 子どもが寝たら、警備の仕事だ。

 深夜での業務なので、少しでも仮眠を取らなければ。


 歩く速度を速める。

 時間を無駄にしていい余裕などない。






「――――――――っ! 寒いわね……」

 



 震えながら独り言ちる。

 空には暗い雲が多く、雪が降っている。

 そんな日には、あの日のことを思い出す。

 この子が生まれて、三年と少しが経った頃。


 夫の死を知った。

 ありふれた病だ。

 だがそんなことは、私の悲しみには関係がない。




 それからというものは、妥当な推移であろう。

 あの忘れたい記憶と同じような暮らしを、選ばざるを得なかった。


 この不景気で再就職先もなかった。

 子供の面倒を見なくてはいけない以上、さらに仕事は限定されてしまった。

 私も夫も、頼れる親族がいなかったことも不幸であった。




 暖を取ることすら覚束ない、ひもじい生活の連続。

 冬は嫌いだ。






「ママ! お帰りなさい!」


「ただいま。今から夕飯作るからね」


「うん!」


 ドアを開けると、眩しい笑顔。

 小さな男の子が、私を満面の笑みで出迎えた。


 それまで心を満たしていた暗澹たる気持ちも、この笑顔を見れば途端に吹き飛ぶ。

 笑顔が漏れ出て、しゃがみこんで小さな頭を撫でた。

 台所に向かい、生きる糧を作る作業に入る。




「ママ」


「どうしたの?」


 そして話題は次々と移り変わり、ある変化が訪れた。

 料理を食べ終えたころ、改まった口調で話しかけてきた息子。

 やけに固い面持ちで、私の瞳を直視している。

 きっと何かあったのだろう。


 この子らしくない、暗い表情。

 私は何を言われるのかと、心配になった。




 この子も小学2年生。

 ようやく学校にも慣れてきた頃だ。

 日々楽しそうに、近況報告をしてくれる。


 私は学生生活を懐かしみながら、この子の幸せな気持ちを聞いている。

 楽しんでくれているようで、本当によかった。


 この子にだけは、辛い想いはさせたくない。

 そんな想いをしないといけないのなら、私だけでいい。






「――――――――ねぇ……サンタさん。うちにも来るかなぁ」



「…………っ」



 ごめんね。

 そんな言葉が漏れそうになったが、口を噤む。

 涙腺を堪えながら、言葉を絞り出そうとする。


 だが何も出てこなかった。

 喉の奥につかえる、惨めな感情があったからだ。




「あのね。来週クリスマス会があるの。そこでクリスマスに何が欲しいか、発表することになったんだぁ」


「そう。そうね」


 先ほどまでとはまた違う、胸騒ぎがした。

 何を言うのか、この時点で分かったのだ。


 私も同じような経験をしていたから。

 周りの幸せそうにしていた子たちが嫌で、憎くて。

 そんなことを思った自分が、一番嫌いになったから。




 たまに食べることができたケーキも、周りの子が自慢していたプレゼントの話を聞いて、惨めになったから。

 その時の私と、おそらく同じ顔をしているのだろうと、目の前の歪んだ表情を見て直感的に理解したからだ。






「今日の帰りに、友達とその話をしたんだよ。でも僕……去年も一昨年もサンタさんから、プレゼント貰えなかったよね。でもね。その子はいろんなプレゼントを貰ってて。だから嫌な気持になって…………酷い事……言っちゃったんだ…………」



「それは……謝らなくちゃね」



「…………うぅ…………ふ……ぐぅ……!」



「よしよし。明日になったら、きっと仲直りできるわ。きっと…………」



 嗚咽を漏らすと、瞼から次々と悲しみの証が流れ落ちた。

 そのまま泣き疲れ、寝てしまった息子。


 その隣に寄り添い、その顔を見つめる。

 血を分けた我が子。


 ぷっくりと丸い顔。手も紅葉のように小さい。

 まだ守らなければならない、小さな命。




 こんなに愛らしいのに、こんなに愛しいのに、こうさせてしまったことへ惨めに思う。

 痛いほどその気持ちはわかるのに、私はその原因なのに。


 なんで、何もできないんだろう。

 無力感に打ちひしがれる。






 この子に幼い頃の記憶が、まだ残っているかはわからない。

 クリスマスプレゼントを3歳の時にサンタさんから貰った時には、拙い言葉で喜びと感謝の言葉を述べていた。


 その嬉しそうな声を聴くと、頑張ろう。

 来年もこの声が聞こえますようにと、私の方がワクワクしたものだ。

 今はこの子の大好きなハンバーグも、ずっと食べさせられていない。




 この子は父からプレゼントを貰ったことを、覚えているだろうか?

 心の底から喜んでいた、私たちの大切な記憶。

 それを一瞬、忘れてしまえばいいのにと思った自分を、心の底から自己嫌悪した。






「…………」


「ごめんね。ごめんね……!」


 あどけない寝顔に謝り続ける。

 ただの卑劣な自慰行為でしかない。

 それでも精神の均衡を守るためには、私にはそうするしかなかった。


 この子を泣かせてしまったのは、私だ。

 プレゼント自体がもらえないことの寂しさよりも、サンタにいい子だと認められなかったことが。

 みんなに置いてきぼりにされたような孤独感が、胸を苛むのだ。




 私は学生時代。

 幼き日の欠落を埋めるように、アルバイトをして自分へのプレゼントを買った。

 何の慰めにもならず、虚しさがこみ上げるのみだった。


 だから、年末が近づくにつれ、勉学に打ち込んだ。

 お金のない私ができることなど、それくらいしかなかった。

 それからはオモチャ売り場やケーキ屋さんなんて憎たらしくて、一切近づきさえしなかった。




「…………やらなきゃ……私がやらなきゃ……」



 内職を頑張ろう。

 この子のためなら、なんだってやれる。


 私の分の生活費を切り詰めれば、どうとでもなるはずだ。

 それでかき集めたお金で、この子に……

 決意を新たに、仕事に励む。




 眠気が襲い掛かって来ても我慢し、あの子の泣き顔を思い出し己を鼓舞する。

 それから数日間、無我夢中で仕事に打ち込んだ。

 この時点で思考が鈍っていることに、気づくべきだった。






「―――――――ママ…………? ママー――――!?」




「………………………」




 そんな日が数週間続いた頃。

 本格的な寒波が、この地にも到来したというニュースが報道された時。


 自宅である安アパートの台所にて。

 私は倒れた。






「―――――――ここは?」



「…………あっ! お目覚めになられたんですね!」



 目を開けると、白を基調とした空間に居ることに気が付く。

 ぼんやりとした頭で、状況を把握することに努める。


 ナース服を着た女性が、横になっていた私の隣にいた。

 ぎょっとした私は、その顔をまじまじと見つめてしまった。

 しかし気を害した風もなく、彼女は優しく私に声をかける。




「意識ははっきりしていますか? この指が何本あるかわかりますか?」


「ええ。二本…………あの、私は何故ここに……?」


「過労で倒れたんですよ。息子さんが救急を呼んでくれたんです。まだ小さいのに、よくできた息子さんですね」


「それは…………そうでしたか……ありがとうございます」


 誇らしかった。

 幼い息子は異常事態に、的確に対処してくれたのだ。

 我が子の成長を、純粋に嬉しく思う。


 だが焦燥感は介在していた。

 恐る恐る、脳裏を掠めた懸念を口にする。






「あの……仕事があるんです。いつ退院できますか?」


「3日間は様子を見て、入院をお勧めします。何か異常があるかもしれませんので、念のため再検査をすることを推奨いたします」


「そんな……入院…………そんなお金なんて、どこにも……」


 眩暈がした。

 なぜこんなにも、まるで呪われているかのように私ばかりこんな目に合うのだ。


 幸せになってはいけないのか?

 すべて奪われていくのか。

 目の前が暗闇に覆われたような幻視がした。


 悔しくて、悲しくて、泣き叫びたかった。

 なけなしの理性とプライドが、それに蓋をした。






「―――――――ママ!」



「あ…………心配させちゃったわね。ごめんね……」



 思考に没頭していたからか、隣に息子が来ていたことに気づかなかった。

 しばらく時間が経っていたようだ。


 いつの間にか、空から夕焼けが差しいっていた。

 部屋の蛍光灯が、明かりを灯している。




 私の息子は、しばらく私にしがみついて泣いていた。

 その頭を、無言で撫でる。


 こんな私が慰めていいことではない。

 体調管理すらできなかった、愚かな母親が悪いのだから。

 自分の子どもをずっと守らなければならないのに、本末転倒だ。




 そんな折に、意図しない言葉がこの子から聞こえた。

 思わず耳を疑い、私は聞き返した。






「ごめんなさい」



「え?」



「僕、知ってたんだ」



 知っていた?

 何を……






「サンタさんの事」






 息を呑む音が、自分の喉から聞こえた。

 世界が止まった。

 身じろぎすら、できなかった。


 そんな私を差し置いて、次々と述べられた真実。

 私の心は、大いに揺るがされた。




「お父さんが死んじゃった次の年にね。僕が寝た時にママが何かしてたの、知ってたの。3年前のクリスマスの時もそう。いつも夜遅くにママが帰ってきたとき、ドアの音で起きるから」


「………………………っ!」


「この前、プレゼントが欲しくて……ママに意地悪しちゃったの。だから頑張ってくれたんだよね。ごめんなさい……」


 そう言って涙ぐむ幼児。

 私はこの子に、こんな思いをさせたくなかった。


 小さな夢の世界を壊してしまった。

 自分のせいだ。

 そんなに昔から、私は私の一番大事にしていたものを裏切っていたのだ。




 だから、この子に親を試すような真似をさせてしまった。

 親子の愛を疑わせてしまったのだ。


 私は、何てことを……!






「こんな悪い子に、サンタさんなんて来るわけなかったよね……ごめんなさい……」



「いい子よ。あなたはとてもいい子。ママが悪いの。ママが悪い子だったから、あなたのプレゼントは取られてしまったの。ごめんね……ごめんね……! 本当にごめんなさい。駄目なママでごめんね……」



 子どものように泣きじゃくる私を、この小さな男の子は一生懸命に小さな手で撫でていた。

 優しい子だ。


 この子に。

 今も涙を流しながらも、どうしようもない私を慰めてくれている息子に、子どもがすべきでない気遣いを強いてしまった。

 そんな自分が情けなくて、憎たらしくて、悔やんでも悔やみきれなかった。


 どうすればいいのかわからなくて、感情がこみ上げて涙が滂沱として流れ落ちる。

 この子の前では、決して弱い姿を見せまいとしてきたのに。

 強くあるべき親なのに。




 その間に、いつの間にか息子は泣き止んでいた。

 今も情けなく涙を止められない私のことを、心配そうに見つめていた。

 強い子だ。


 そう育ってくれたことに嬉しく誇りに思うとともに、己の浅ましさが嫌になった。

 この子はそんな私を安心させようとしたのか、笑顔である一言を告げた。

 宣言されたその言葉は、私の目を驚愕に大きく開かせた。






「あのね! 僕、大きくなったら、サンタさんになる!」




 気丈にも発された決意。

 その表明は自分のような悲しみに暮れる子供がいない、貴き世界を目指すという美しい志。




「それでクリスマスは、みんなが楽しく過ごせる日にするんだ!」


「そう……すごいわね。本当にかっこいいわね……!」


 誇らしかった。

 我が子の成長が、本当に。


 いつの間にかあの人の面影が、この子にも感じられるようになるくらい。

 こんなにも大きくなっていたのだ。






「絶対だよ! 僕、ママにもプレゼントをあげるね!」



「いいのよ…………もう素敵なものを、かけがえのない一番大切なものを、もう手に入れていたのだもの…………」



「そうなの? ならずっと大事にしないとね!」



「ずっと大切にするからね」



 指きりげんまん。

 小さな、だが実像よりも大きく見えた指と、約束をする。

 私が最後に、サンタさんに願うプレゼントはこれ。


 この子を、せめて立派に育てよう。

 パパのような素敵な人になりますように。

 誰かを思いやれる、優しい大人になりますように。

 いつまでも健康でありますように。

 尊き心を、大切に育めますように。




 雪の降る街。

 夜空に向かって祈る。

 その向こうに夢を運んでくれる、素敵な装束に身を包んだヒーローがいることを信じて。


 あの頃は嫌いだったけど、今はとてもかっこいい存在に思える。

 それは息子から私への贈り物だ。

 だからこの子の素敵な願いごとを、いつかプレゼントしてくれませんか。




 どうか、叶いますように。










 このように悲しむ子供たちが、少しでも幸せなクリスマスを送れますように。

 そう思った方は、広告下↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 の☆☆☆☆☆からご評価、またレビューなどを頂き、多くの読者様へご紹介して頂けるように願います。


 また各種支援機構などへ、暖かいご支援を送って頂ければ幸いです。

 少しでもこの作品を読んで何かを感じて下さったなら、それを誰かと共有して頂ければと思います。




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