僕と妻とスイカ
日曜日。午後3時。
妻の詩織が言った。
「リョウくん、スイカ食べる?」
「食べる」僕は言った。
詩織は、僕より1歳年上の28歳で、僕のことをくん付けで呼ぶ。僕は詩織と呼び捨てにしている。初めは詩織さんと呼んでいたのだけれど、彼女が呼び捨てがいいと言ったのだ。僕も亮でいいよ、と言おうとしたけれど、なんとなく言いそびれて、そのままになっている。
ほどなくして、詩織は、スーパーで売っていた一玉を6分の1にカットされたものを、さらに半分に切り、2枚の涼し気なガラスの皿にそれぞれのせて食卓に持ってきた。皿にはスプーンが添えられている。
「結構、量あるね」と僕。
「買ったのおとといだし、昨日は食べそびれたし、今日食べちゃったほうがいいかな、と思って。大きく見えても水分が多いから、そんなにお腹いっぱいにはならないんじゃない?」
「まぁ、そうだね」
晩ご飯まで、あと数時間はある。
「2人でスイカ食べるの初めてだね」僕は言った。
「そういえば、そうね」
1年ほど付き合ったけれど、その間、スイカを食べる機会はなかった。
「はい、どうぞ」
詩織は塩の入った小瓶を僕に渡そうとしたけれど
「あ、それ、いらない」と僕。
「どうして?」と妻。
「このまま食べた方がおいしい」
「……そうなんだ」
妻は、すごく意外そうに僕の顔を見ている。
スプーンで種を取りのぞき、食べていく。
どんどん、どんどん、食べ進めていく。
「どうして皮の近くも食べるの?」と詩織。
「ここが、おいしいんじゃない」と僕。
「え?甘くないじゃない?」
「それがいいんだよ」
妻は再び、意外そうに僕を見て言った。
「リョウくんは、すごくスイカが好きなのね」と。
「そうかなぁ。まぁ、好きではあるけれど」と僕。
「え?そんな感じ?」
三度妻は、意外そうに僕を見た。
そして、僕はスイカを食べ終わった。
赤い部分は、全く残っていない。
一方詩織の方は、適度に果肉が残っている。
妻は言った。
「やっぱり、リョウくんはスイカが大好きなのよ、自覚がないだけで」
「……そうなのかな?」
「そうよ」
「えーと、言ってもいい?」
「え?何?」
「僕は、どっちかというと、スイカより梨の方が好きだよ」
一瞬の間があって、妻は、今度は、宙を見つめた。
考えを整理しているようだ。
ごめんね、混乱させて。
ほどなくして、詩織は言った。
「つまり、あまり甘くなくて、ぼんやりした、というか、あっさりした味が好きって解釈でいいのかしら?」
「そうかもしれない、それが一番近いかな」
「でも、チョコレートは好きよね。しかもミルクチョコレート」
「……そうだね。なんか、ごめん」
僕は、妻にあやまった。
「ううん、なんか、新鮮だわ」
皿を片しながら、詩織は言った。
「やっぱり、リョウくんと結婚してよかった」
「ありがとう」
甘いスイカが好きなのに、ブラックチョコが好きな詩織も新鮮だよ。
そして、ふいに僕は思い出した。
母がよく言っていたのだ。僕のスイカの食べ方が意地汚い、と……。
だから、公の場でスイカを食べるときは、意識して皮付近は残すようにしていた。
でも、今日は、何も考えずに、思いっきりスプーンでこそげて食べていた……。
素の僕が受け入れられている安心感……。彼女が1歳年上で、甘えている部分もあるのかもしれないけれど……。
「詩織さん、僕と結婚してくれてありがとう!」
「リョウくん、どうしたの?」
優しい詩織の笑顔。
「幸せだなー、と思って」
「わたしも幸せ」
なんでもない日曜日の午後。冷房のきいた室内。スイカを食べただけ。
でも、僕達は、とても幸せだ。