もう帰ろうっつ!
娘が言った。
「……もう、帰ろう」
最初は、
恋人は気づかなかった。
画面には、
帝都の夜。
会話。
選択肢。
コントローラーは、
さっきから微動だにしない。
「ねえ」
「もう、帰る時間」
二度目で、
ようやく反応した。
「あ、ああ……」
「ごめん、今……」
今、何だ。
と聞くまでもない。
完全に、
サクラ大戦の中にいる。
俺は何も言わなかった。
こういう状態を、
よく知っている。
現実が遠のいて、
画面の向こうが、
一段くっきりするやつだ。
恋人は、
名残惜しそうに
コントローラーを置いた。
「……すごいですね」
「世界観が、
ちゃんと続いてる」
娘は呆れた顔で、
「だから言ったでしょ」と言う。
靴を履きながら、
恋人は何度も
振り返った。
テレビ台の下。
セガサターン。
「……続き、
気になってしょうがないです」
俺は、
軽く肩をすくめた。
「そうなる」
それだけだ。
ドアが閉まって、
部屋が静かになる。
娘の恋人は、
たぶん今も、
頭の中で選択肢を考えている。
どれを選んだら、
あの人は笑うのか。
どれを選んだら、
未来が変わるのか。
俺はサターンの電源を落とした。
画面が暗くなる。
ゾーンから引き戻すのは、
いつだって、
現実のほうだ。
そしてそれは、
だいたい娘の一言だったりする。




