4日目part1
魔術大国メガロは伝達魔術も凄かった。
サクサクと国の重鎮達を招集して、サクサクとリーテン王国にデロ甘な通商条約の草案を作り、サクサクとリーテン王国に送り付け、「全て仰せのままにぃぃ!」という国王からの返事が戻るまで僅か2日。
私達、メガロに来るのに3日かかったのですが…?
こうして正式に私は、国賓の解呪担当魔術師な留学生王女という、属性てんこ盛りの濃ゆい存在として、晴れて王立学院の門をくぐる事になった。
ちなみにフィーレお兄様は、何度も何度も何度も「くれぐれも暴走するな。周りを見ろ。」と言い残して帰国していった。
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「アステルおはよう。」
「おはようございますエルピス様。」
待合せ場所である王太子宮の玄関で朝の挨拶を交わす。
ここから一緒に魔動車で学院へ登校するのだ。
運転手によってドアが開けられた魔動車の後部座席に颯爽と乗り込むエルピス。
「こらエル!アステル様のエスコート!!」
こちらを見て慌てる侍従のロンヒ。
エルピスよりも更に大柄な体躯をわたわたさせて慌てる真面目な従者に、安心させるように笑顔を向ける。
「あら、エスコートはなくても車に乗れるから大丈夫よ?」
慌てて車から出てこようとするエルピスを手で制して、その横にえいやと乗り込んだ。
「……すまない、エスコートなどした事がなくて…。降りる時は是非エスコートさせて欲しい。」
気まずそうに呟くエルピスに、気にしてないと伝わるように明るく笑った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
そう言うとエルピスは心底ホッとしたように笑った。
金髪碧眼という煌びやかな配色なのに、エルピスの雰囲気は静かに浮かぶ月を連想させる。
凛々しい面立ちにふとした瞬間よぎるその陰りは、呪われた日々のせいなのだろうか…。
いつでも能天気な…もとい、太陽のような明るい気性の兄弟達しか知らなかったから、その違いに戸惑ってしまう。
考えたら私も研究に明け暮れていたから、家族以外の男性と接する機会は少なかった。
彼にとっても私にとっても、お互いが初めて親しく接する異性なのだと思ったら、変に意識してしまって頬が熱くなった。
魔動車が動き始めてしばらく…流れゆく車窓からの景色を眺めつつ、今日も今日とて美しい王城の結界を心の中で讃えていると、エルピスがおもむろに話しだした。
「アステルは初登校だから、まずは一緒に学院長の所に行って、そこから君は魔術科に。俺はいつも通り騎士科の授業に出る。」
「分かりました。」
「それで…その…。」
何か言いかけて躊躇うように黙りこくったエルピス。
何事かと首を傾げて待っていると、前方の助手席からロンヒの咳払いが聞こえてきた。
エルピスと同い年の乳兄弟だというロンヒも騎士科の生徒で、一緒に登校している。
エルピスは一瞬助手席を睨みつけると、髪を乱暴にかきあげて一気に言った。
「昼メシを一緒に食わないか!?」
「はい、喜んで?」
どうやら昼食のお誘いだったようだ。
こちらに滞在するようになってから毎食一緒だったから当たり前の事のように感じるが、学院という不特定多数の異性がいる所で、いつもと違う事をするのは勇気がいるだろう。
「お昼はいつもどちらで召し上がっていらっしゃるのですか?私が行っても大丈夫な場所なら授業が終わり次第伺います。」
「ああ、いつもは騎士科の食堂を使うが、あそこは男だらけでむさ苦しいからな…。」
エルピスは顎に手をやり、瞳を閉じて考え込む。
助手席を見ると、ロンヒがランチボックスと日傘を掲げて必死にアピールしていた。
「……では、お庭のどこか人の少ない場所で食べませんか?今日は天気も良いですし。」
「はいっ!場所取りはこのロンヒにお任せ下さい!」
私の提案に、すかさず助手席から威勢のいい声があがって話はまとまった。
もしお昼に時間の余裕があったら、また解呪出来たらいいな…。
瞳に魔力を込めて見ると、少し本数を減らしたものの依然として彼を苦しめる沢山の鎖。
リーテンからの返事を待ちつつ、滞在の為の準備などがされている間、毎日エルピス殿下の解呪を進めて、順調に難易度ノーマルの鎖を2本減らしていた。
殿下を一番苦しめているだろう、姿を変える呪いを最初に解呪したかったが、10本の鎖を丹念に調べた結果、それこそが例の『一の呪い』だったので、やむを得ず他の細い鎖から始める事にしたのだ。
結果、
『異性に話しかけようとするとお下品なゲップが出る。』
『異性に触れようとすると急に腹を下す。』
という二つを解呪した…。
10年分だから咄嗟に10個にしたけど、そんなに沢山思いつかなかったのでは…と思うような、やっつけ感満載の呪いだった。
また検証をするならと思い、解いた呪いの内容を伝えたら、
傍に控えていたロンヒは吹き出し、エルピスはしばし遠くを見つめて「検証はしなくていい…。」と項垂れていた。