初日part3
私、アステルには、前世の記憶がある。
来たよテンプレ。と思ったそこのあなた、すぐ終わるからちょっと聞いてください。
前世の私は日本という国の成人女性だった。なんでも手を出す雑食ゲーマーだったけど、とりわけスマホの音ゲーを愛していた。
指二本で(二本じゃ足りないのもあったが)、隙間時間に楽しめる手軽さが性に合った。
色んな曲に合わせて降ってくるノーツを動体視力と反射神経を駆使してタップしまくり、そのタップ音でさらに曲を華やかに出来るのが楽しかった。
中には、プレイ中の背景に可愛い女の子やイケメンが踊ったりするものもあって、ついそちらに目がいってノーツを見逃すなんて失敗もよくやらかしたが、ノーミスで終えた時の爽快感がたまらなく好きでやり込んでいた。
腕前は中級だったと思う。あくまでも自称。
難曲ほど燃えて、フルコンボ出来るまでひたすらに練習しまくり、見事達成出来た時は、試合に勝ったスポーツ選手のごとく雄々しいガッツポーズで喜んだ。
イベントともなれば、レアアイテムをゲットするために、指紋をすり減らす勢いでひたすらタップし続けた。
音ゲーは立派なスポーツだった。うん。
そんな前世の記憶を思い出したのは3年前。
亡きおじい様の遺品で封印魔術がかかった箱を、どうにかして開けたいとおばあ様から相談され、封印魔術を鑑定した時に頭をよぎった言葉。
『なんか音ゲーみたい。』
それをきっかけに、前世の記憶が流れ込んできたという訳である。これ以上の前世話は長くなるので割愛。
ご清聴ありがとうございました!
それ以来、自身のチート魔力もフルに活用して、魔術の構造解析研究に没頭し続けた。
そして、封印魔術や呪いの構造を可視化して音ゲーをプレイするように強制解呪する手法を確立した。
今現在は、その魔素の流れに適した音楽が自動再生されるようにして、前世の音ゲーにもっと近づけられないかと必死で研究中だ。
だって音楽があった方が百倍楽しい!!
転生してもゲーマー魂は健在である。
ちなみに、おじい様の遺した箱には、おばあ様からのラブレターや、二人の思い出の品々が入っていた。ほっこり。
誕生日パーティーの会場から急遽、王族用の控え室に場所を移して、転生云々の話は抜かして、呪いの解呪法を詳しく説明した私に、メガロ王は頭を下げた。
「エルピスの呪いを全て取り去って欲しい!」
「もちろん協力させていただきますが、魔力消費量の関係で時間はかかります。その点はご了承ください。」
もちろんそのつもりでメガロに来たのだ。私は快諾しつつも念を押した。
さっきの一本、難易度は易しかったとはいえ、術者の魔力に打ち勝つ為に魔力をごっそり持っていかれた。チート魔力をもってしても解呪は一日一本が限界だ。
フルコンに失敗すれば更に日数がかかるだろう。
「もちろんだとも。滞在中は国賓として王城で厚くもてなそう。ああ、魔術の研究がしたいという事なら、エルピスの通っている王立学院の魔術科に編入もしてはどうだろう?
高名な魔術師を講師として迎えているし、学院内でエルピスとの親睦も深められるしな。
それから、タダで王女殿下をお引き留めする訳にはいかないから、リーテン王国に対する関税の引下げや、その他貴国に有利な通商条約を締結しよう。至急大臣を集めて会議だ。
もちろん、それとは別にアステル殿下への成功報酬も用意するつもりだ。」
メガロ王の怒涛の勢いに、フィーレの開いた口が塞がらない。
大国の王に意見出来るほどの権限も権威も当然持ち合わせていないフィーレは、「私の方からも本国に使者を遣わします…。」と言うしかなかった。
「あの、聞いてもいいか?」
今まで一言も発しなかったエルピス殿下がスっと手をあげた。
「俺の呪いの一つが解呪されたって言うけど実感が無くて…。本当なのか…?」
「はい、殿下にかかっていた呪いのうち、体から悪臭を放つというのが無くなりました。…もし検証したいのであれば、試しに女性を連れてきて聞いてみたらよろしいかと。」
それ以外はまだ解呪されていないから、当然女性は逃げる事になるだろうけど、臭かったかどうか聞けば結果は分かる。
「……誰か信頼のおける女官を数名連れてきてくれ。検証してみよう。」
重々しく告げたエルピス殿下の瞳は不安げに揺れていた。
****
殿下への配慮か、入室してきた女官は目隠しをしていた。
「何か匂うか?」
メガロ王が聞くと、彼女はスンと鼻で息を吸うと、小首を傾げた。
「いいえ、特に何も匂いません。」
おお…と、誰からともなく感嘆の声が漏れる。
「目隠しを取らせて構わない。」
エルピス殿下がそう言うと、女官はヒッと声を上げて怯えだした。殿下の声は呪いによって猛獣の咆哮のように聞こえるからだ。
そばにいた騎士が目隠しを外し、そこにエルピス殿下が居ると分かると、いよいよ顔を青くして怯えだした。
しかしながら、しっかり教育がされているようで、叫んで逃げ出さないだけの分別はあった。
「もう一度聞くが、何か匂うか?」
「いいえ…何も、匂いません…。」
メガロ王の問いに、女官は声を震わせながら答える。
王は頷くと女官を退出させた。
その後、二名の女官で同じ検証をしたが、反応は皆同じで、臭いと言って鼻を押さえた者は一人もいなかった。
ソファの背もたれに体を預け、緊張から解放されたような長い溜息を吐くエルピス殿下。その肩をフィーレお兄様が嬉しげに叩いている。
「やったなエル!やはりアステルを連れてきて正解だった!ウチの妹はちょっと残念な性格だが、魔術に関しては頼りになるんだ!」
ちょっとそれ、褒めてるようで褒めてない!!
でも、心底嬉しそうに笑い合う美青年達を見れて悪い気はしない。…尊いってこういう時に使うのかしら。
やがてエルピス殿下は私の所に来て頭を下げた。
「アステル様、貴女には負担をかけてしまうが、どうか俺を助けて欲しい。頼む。」
「どうぞアステルとお呼び下さい殿下。全力を尽くして頑張りますので、よろしくお願いします。」
「俺のこともエルピスと呼んでくれ。」
殿下はホッとしたように笑うと、たくましい手を差し出してきた。私は微笑んでその手を握り返した。
握手はこの世界では基本的に男同士の挨拶だ。
それほど彼の人生は女性と切り離されたものだったのだと思うと胸が痛んだ。




