番外・〇〇になったステラ
「おかえりステラ。」
亜空間ゲートをくぐり人間界から戻ると、目の前に王が立っていた。
「陛下…わざわざこのような所にどうなさったのです?」
「人間界は楽しかったか?」
日輪のように気高く耀く黄金の瞳を細めて、愉しげに笑う王。
どうやら私の問いに答える気はないようだ。
「ええ…過去を、すっきり清算してきました。」
人の世で約18年前、人間を辞めた私は、それまで自分を縛りつけていた柵やあらゆる思念から解き放たれ、この世界で心穏やかに過ごしていた。
自分がかけた呪いが解かれる気配に気づいて人間界を覗いてみると、なんと18年もの時が過ぎていた。
私を裏切った男と女の変わり果てた姿と、行く末を心配した胎の子の成長に驚いた。
時間の概念が希薄なこの世界からすると、どうやら人の世はあっという間に過ぎていくようだ。
『導きの星』を助けるついでに、胎の子の心根を確認する為に、私は久しぶりに人間界で時を過ごしてきたのだった。
人ならざる美貌の王はゆったりと距離を詰め、鋭い爪の先で私の頬を優しく撫でた。
「お前を裏切った男と女はさぞかし面白い事になっていただろうなぁ?」
「まぁそうですね…。でもまさかあちらが18年も経っているとは思っていなかったので、少しやり過ぎたかなという気持ちになりました。」
ミシェル達はまぁ自業自得だとしても、エルピスに関しては、とばっちりもいいところなのだから、もう少し早く救済すべきだったと罪悪感を感じてしまう。
「何を言う。お前は怒りに我を忘れながらも、救いの道を残したお優しい呪いにしてやったんだ。奴らの自業自得だろう。それに、胎の子は『導きの星』まで用意してやっていたんだ。全ては在るべきように在った。それだけだ。」
頭をポンポンと撫でられて、安堵の息が漏れた。
王がそう言うのなら、そうなのだと心が落ち着いた。
久しぶりにヒトと触れ合って、やはり気持ちが乱れていたようだ。
「それにしても、お前の用意した『導きの星』は面白いなぁ!異なる世界の魂を呼び寄せたんだったか?まさかあんな解呪方法があるとは思わなんだ!」
王は堪えきれないとばかりに腹に手を当てて笑い出す。
覗いていたんですね…。
「はい。罪の無い胎の子にかけた私の呪いを解いて貰うために、適性を持つ魂を探して…。」
ようやく見つけた星
私の為に呼び寄せてしまった魂。
せめてこの世界で、エルピスの傍で、幸せに暮らしてくれる事を心から願う。
「お前がやった魂の記憶を引き出す方法を必死に探しているから、いつか目に止まる所に手がかりを残してやったぞ。またあの面白い解呪が見れるかと思うと今から楽しみだ…。」
「ありがとうございます陛下。」
捕らえた私の手を引き寄せ愛おしげに頬ずりをすると、王は満足気に笑う。
私がまだ小さいヒトの子だったころ出会った王。なんでも私の魔力は王の眷属に近いのだそうだ。それからずっとこの方は、自分の元に来いと言い続けてくれた。
でも、血税によって何不自由なく育ててもらった貴族としての責務は果たさねばならない。膨大な魔力を宿したこの身が産む子はまた濃い魔力を宿す。
魔術大国メガロの恒久なる平和を維持するために、私は相応しい血脈を産み継いでいかねばならない。
全て捨てて心のままに生きていきたいと思う事もあったが、志を同じくする王太子殿下を、多くの民を、裏切る訳にはいかなかった。
未来の王妃として様々な制約を受けながらも、10年間婚約者として共に過ごした王太子殿下と穏やかな愛を育んでいけると思っていた。
そう思っていたのに…裏切られた。
やり場のない怒りが噴き出し、呪いとなった。
制御出来ない負の魔力で身のうちが黒く染まり、私は魔へと堕ちた。
「心残りも無くなったことだし、これでステラは全て私のものだな?」
魔のモノとして闇に揺蕩っていた私を拾いあげてくれた王。昔からずっと変わらず、真っ直ぐ私を見つめるその金の瞳に笑顔を返す。
「ええ…サタン。私の身も心も全て貴方のもの…。」
魔族になったステラさんでした。




