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32日目part2

 


「18年も経ったのに、あなたの性根はそのままなのね、ミシェルさん。残念だわ。」


 ステラと呼ばれた黒髪の女性は皺だらけの老婆を見つめて、悲しげに首をふった。


「ステラ様酷いです!私をこんな姿にして苦しめて!ステラ様だけあの時のまま若いなんてズルいわっ!!」


 その老いた姿に似合わない幼稚な物言いに、ステラは冷たく言った。


「私がエルピス様にかけた呪いは、母親であるあなたは除外していました。あなたが母親としての役目をしっかり果たしていたら結果はきっと違ったものになっていたはずです。自業自得よ。」


 エルピスの呪いの対象外となる者の条件は二つあった。


 ひとつは術者の魔力量を超えるもの。


 そしてもうひとつは、母親。


 ミシェルはその腕にエルピスを抱けたはずだった。それなのに呪いにかかっているふりをして母親であることを放棄したのだ。


 だからアステルは怒りが抑えられなかった。


 叶うなら、こんな残酷な事実をエルピスに知られることなく解呪を終わらせたかったのに。

 自分がヘボプレイヤーなせいで…!


 再び魔力が揺れたところでエルピスにきつく抱きしめられ我に返る。


「だって仕方ないじゃない!私ひとりでどう育てろっていうのよ!私は悪くないっっ!あんたのせいで!私の美しい肌と髪を返してよ!」


 ステラに暴言を吐き続けるミシェルの肌の皺は見る間により一層深くなっていく。ステラは溜息を吐き、聞くのも煩わしいとばかりにミシェルに遮音魔術をかけた。



「ステラ!私が悪かった!ミシェルの甘言に惑わされて君に酷い事をした!どうかもう許して呪いを解いて欲しい…!」


 辺りが静かになったのを見計らって、床に頭を擦りつけるように謝るエルピスの父を見て、ステラは不思議そうに首を傾げた。


「おかしな事をおっしゃるのね?許すも許さないも、貴方が心の底から悔い改めた時、その呪いは解けるようになっているのですが…?」


 絶句して固まる男を一瞥すると、もう用はないばかりに、ステラは漆黒の髪をなびかせて後ろを振り返った。



「お二人共、ご婚約おめでとうございます。」



 私達に優雅なカーテシーを披露して微笑むその顔は、突然現れてアステルを苦しめた、あの政経科特待生のミシェル。


 でも、髪の色も纏う雰囲気も以前とは違っていた。


 どうしてエルピスの母親と同じ名前を名乗っていたのか。そんな疑問が零れそうになった時。


 ミシェル…ではなく、ステラは床に膝を折りこうべを垂れて、エルピスに謝罪した。


「エルピス殿下、呪いで長年貴方様を苦しめた事を心より謝罪致します。それほど当時の私の怒りは抑えきれない激しいものだった。でも、なんの罪もない貴方に負わせるべきものでもなかった…。」



「いや……。貴女の心配はもっともな事だと思う。こんな人達の血が流れた俺自身、もし普通に育っていたら両親と同じ過ちを犯していたのではないかと思うとゾッとする。」


 エルピスは、ステラの手を取って立たせた。


「解呪が進んでいると知って貴女は俺を試しに現れたんだな。あの時は真意が掴めずに分からなかったが…。」


「…生みの親に似ず、思慮深くお育ちになられていて嬉しく思います。」


 艶然と微笑むステラを見て、ようやくアステルの中で全てが繋がった。


 桃色の髪の平民の転入生。

 今の貴婦人然としたその振る舞いとはかけ離れたあの突飛な言動。

 それは、在りし日のエルピスの母ミシェルの姿だったのだろう。


 ステラはミシェルを演じてエルピスに近寄り、婚約者だった男のように簡単に(なび)く軽薄な男なのかを試したのだ。



「私の演技力が足りなかったせいもあり、エルピス殿下は随分困惑されておりましたね。」


「えっ!靡いてたんじゃなかったんですか?!」


 アステルが驚いてつっこむとエルピスは眉をしかめた。


「俺はずっとアステル一筋だ!ミシェルの目的が掴めなくて対処に困っていただけだ。ミシェルは口で甘い事を言いながらも、その瞳は俺を観察でもしている風だったから。」


 そこまで言うと、再びアステルを抱きしめて、耳元で囁いた。


「アステルの方がよっぽど熱を宿した瞳で俺を見てくれていた。」


 恥ずかしいから言わないでぇぇ!!


 今度は恥ずかしすぎて魔力暴走を起こしかけたところで、ステラが楽しげに笑った。


「お二人は本当に仲がよろしい。羨ましい限りです。」


 ステラは労わるようにアステルの手を取った。


「エルピス殿下を見定める為とはいえ、貴女にも要らぬ苦痛を与えました。申し訳ありません。」


「いえ…!貴女のお陰で気づけた気持ちもありましたから…

 !」


 ミシェルの存在がなかったら、きっと自分から告白しようなんて思えなかった。シャメアの言う、ジレジレモダモダを今でも続けていた事だろうと思うと、これで良かったと今は思える。


「お二人の婚約のお祝いに、最後の呪いを解いて差し上げたいのですが、アノ者達の呪いと連動しているために、術者である私には出来ないのです。」


 申し訳なさそうにするステラだが、それに関して予想はしていたアステル。


「ステラ様、解呪の条件や難易度を変更する事は可能でしょうか?」


 アステルの問いに、ステラは頬に手をやりしばし考えてから頷いた。


「起点となる強力な呪いですので難易度は変えられないですが、貴女の有利になるような条件に変更します。」


 そう言うと、両手をアステルの額とエルピスの胸にある錠前に置いた。



 眩い光が応接間いっぱいに広がった。



「貴女の魂に刻まれた記憶を拝借しました。アステル様はエルピス様を導く星。きっと解呪出来ると信じます。」


 エルピスに巻きついていた鎖は、両親のそれとはちがって、どれも清廉だった。怒りに支配されながらも、罪なき子供の行く末を彼女なりに心配した結果だったのだろう。



「必ず解いてみせます!」



 力強く頷いたアステルを見て、ステラは眩しそうに目を細めて、そして微笑んだ。



 アステルの手を離して、エルピスは前に進み出て、呆然としている己の両親であるらしい者たちを見つめた。


「あなた達のせいで生まれた時から呪われて、今までの俺の人生は我ながら散々でした。ずっと生まれて来なければ良かったと思って生きてきました。」



 エルピスは天を仰ぎ、長い息を吐いた。



「でも、沢山の父や兄達に愛情深く育ててもらえて、私と共に歩んでくれるただひとりの女性にも出逢えた。生まれてきて良かったと思えるようになりました。…この呪いが解けても解けなくても、俺はこの先幸せに生きていきます。」


 そう言うと、今度はメガロ王を見た。



「……陛下。ずっと勇気がなくて聞けなかった事があります。」


「…なんだいエルピス?」


 メガロ王がエルピスのそばに歩み寄って優しく問いかけた。

 エルピスは不安げにその瞳を揺らし、それでも意を決してずっと言いたかった言葉を絞り出した。



「貴方を…父上と呼んでもいいでしょうか?」



 メガロ王はその瞳に涙を湛えてエルピスを力強く抱きしめた。


 いつまでも小さいと思っていたエルピスは、いつの間にか同じくらいの背丈になっていて、もう抱き上げる事は出来ない。その事が嬉しく、誇らしかった。



「勿論だとも…!お前は産まれた時からずっと私の息子だ…!」


「ありがとうございます…父上…!」



 良かったなぁぁぁ!と男泣きするロンヒと近衛達の野太い声の中、固い絆を確かめ合う親子。




 その光景を眩しそうに見つめた生物学上の父は、無為に過ごしてきた永い(とき)にようやく思い至り、そして項垂れた。




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