32日目part1
アステルの体調がすっかり戻り、婚約に関する手続きなどが落ち着いたある日、アステルとエルピスは、メガロ王と共に、離宮を訪れていた。
幽閉されているエルピスの両親に会うために……。
事の起こりは数日前。いよいよ最後の呪いの解呪に取り組もうとした時に発覚した事実がきっかけだった。
初期の頃に解呪しようとしたら、条件が揃っていなくて詳細すら見られなかったこの強力な呪いは、他の9個を消滅させた事でようやく全貌が明らかになった。
非対象者の条件は他の呪いと同じ。ところが、他の呪いと違う記載があった。
『この者の両親が術者に対する行いを心から悔い改めた時、全ての呪いは解ける。』
その事実を口にしていいのか、アステルは束の間迷った。
呪いの元凶であるエルピスの両親が直ぐにでも改心してくれていたら、こんなに長い年月苦しまずに済んだという事。
なのに今もなお呪われ続けているということは…。
悩んだ末に正直に伝えた事実は、エルピス以上にメガロ王を苦しめた。
「すまない…お前を育てる事ばかり考えて、兄達を幽閉したまま放置していた私の落ち度だ。」
若きメガロ王は、その当時16歳だった。学業に励み、王太子としての公務をこなし、甥の成長を見守り…その上、兄夫妻を改心させるなど到底出来ることではなかった。
エルピスを抱くこともせず、その後気にかけるような素振りも見せない兄夫婦達に怒りを感じ、交流も一切絶ってしまっていたとメガロ王は悔恨の溜息を吐いた。
「……エルピス、お前の両親に会いに行くか?」
「行きます。」
メガロ王の瞳をしっかり見つめ、エルピスは頷いた。
アステルは出来ることなら行かせたくなかった。
両親と会うことでエルピスはきっとまた傷つく。
だから、両親の改心に頼らず、今まで通りに強制解呪しよう試した。
……が。
「え……。これクリア出来る気がしない…。」
猛然と流れてくるノーツを呆然と見送る。
「うわぁ何この量!こんなのどうやっても無理じゃない?!」
記録魔術を使ってくれているシャメア様も唖然としている。
難易度Hellというだけでもお手上げなのに、多分一番難しいボス曲クラス。
ノーツの量が鬼畜なのは標準装備。9番目の呪いより更に凶悪さを増したフリックノーツ地獄。そんなにあちこち向かれても困ります!!
そして、ココがこの譜面の目玉なんだろうなーと悟らせる程に複雑に枝分かれし絡み合うロングノーツの嵐は最早、目が見る事を放棄するレベル。
総評
中級ヘボプレイヤーには無理なやつ!!!!
地道に解析して脳に刻みつけ、骨髄反射で指が動くぐらい体に覚え込ませて……攻略には年単位で時間がかかりそうだった。
それを聞いたエルピスが、両親に会いに行くと言い出したのだ。
「これ以上アステルに大変な思いはさせたくない。両親に会って話してみて、それでもダメなら解呪は諦める。」
髪を撫でてくれるその優しげな顔に諦めの色を見つけて、アステルは悔しくてたまらなくなる。
曇りなく笑うエルピスが見たい。諦めないで欲しい。
だから、どれだけ時間がかかろうとも、摩擦で指紋が無くなろうとも、絶対クリアしてみせる!
恋する乙女心と前世からのゲーマー魂なめないでよね!
幾分か筋肉がついて逞しくなっただろう指を握りしめ誓いの拳を作り、アステルは気合いを入れた。
****
「久しいなアネシス。」
「兄上…。」
離宮の応接間に現れたエルピスの父親。
その姿は、若きメガロ王アネシスと二歳しか違わないとは思えない程に老いてみえた。
「おかしい…なぜアネシスはそんなに若々しいんだ?」
それは貴方が改心してないからです…。アステルは顔を伏せながら思った。
『術者を貶める言葉を吐くたびにシワが増える。』
『自己憐憫に浸るたびに髪が抜ける。』
エルピスに発動する機会がなかった呪いは、どうやら父親にはしっかり効いていたようだった。
実はこの呪いを解いた時、エルピスは自分の髪がフサフサな事を不思議そうにしていた。曰く、「生まれて来なければ良かったのにと思い続けてきたから、ハゲててもおかしくないと思った。」との事。
それは自己憐憫じゃなくて自己否定の一種だからだろうと思ったけど言えなかった。そんな風に思う事がなくなるように早く呪いを解きたいと、切実にそう思った。
「兄上、貴方の息子のエルピスが婚約をしたのでご報告に参りました。」
「婚約だと…?呪いが解けたのか!?私の呪いも今すぐ解いてくれ!!」
エルピスの父親は、薄くなった髪を振り乱しながら必死に訴えた。
「あの女が悪いんだ!あの女…ミシェルが王妃の地位欲しさに、あの手この手で私の事を誘惑して!私は嵌められたんだ!」
自分のせいで呪われてしまった息子に会っても、謝る事もなく、罪悪感に身を縮こませる事もなく、ただ己の不幸を喚く男。
その男の体に巻きついている鎖は、エルピスの物と全く違っていた。どれもが太くて、錆びついたような、血の染み込んだような禍々しい強力な鎖…。
アステルですらも解呪は不可能だと思わせる、術者の怨みの深さがわかる様相だった。
隣に立つエルピスは、無表情を取り繕いながらも、その拳は固く握られていた。エルピスの心を表しているようなその拳に、アステルは手を添えた。
エルピスはアステルを見て眉を下げて穏やかに笑うと、拳を広げて、アステルの手を優しく握り返した。
「ちょっと!アネシス様が来ているそうじゃないの!」
応接間に突如乱入して来たのは、皺だらけの、老婆とも言える女。
「アネシス様…!もうこんな所にいるのは嫌です!呪いを解いて私を助けてください…!」
メガロ王に取りすがろうとして、追いかけてきた女性達に拘束される老婆。その体にはやはり禍々しい鎖。彼女がエルピスの母親…。
彼女の呪いの影響を受けるメガロ王と近衛の騎士達は、臭いの届かない範囲へ退いた。
「ミシェルか!何をしに来た!臭いから近寄るな!」
喚く父親を気にする事なく、ミシェルという聞き覚えのある名前で呼ばれた老婆は、その場に立ち尽くすアステルとエルピスを見た。
「私の息子……?そうでしょう?若い頃の王太子様にそっくりだもの!ずっと会いたかったのよ!お母様を助けに来てくれたのね?!」
その言葉に、アステルは怒りが抑えられなくなった。
「あなたに母親を名乗る資格はない!!」
制御がきかない魔力が離宮を揺らす。
壁に飾られた絵が落ち、棚の食器達がカチャカチャと崩壊を予感させる不吉な音をたてて踊る。
地に押さえつけられるような圧力に立っていることが出来ず、その場の人間は膝をついた。
迸る魔力に栗色の髪を揺らしながら、アステルは老婆を睨みつけた。
「あなたは唯一エルピス様のそばにいられる女性だったのに…!母親である事を放棄したあなたに今更そう名乗る資格はない!!」
怒りに任せて発した言葉で、突風が巻き起こり、壁に亀裂が走った。
「の、呪いのせいで近づけなかったんだから仕方ないじゃない…!」
この期に及んでまだ嘘をつく老婆に更なる怒りが湧き上がった時、エルピスに抱きしめられた。
「アステル、俺は大丈夫だから…!」
強くかき抱かれて力強く髪を撫でられ、涙が込み上げてきた。
何やってるの私!
怒っていいのは私じゃなくエルピスなのに!
やり場のない怒りがまた暴発しそうになった。
突然、吹き荒れる風をかき消し、アステルの魔力を抑える別の魔力が現れた。
「アステルさん、離宮が壊れちゃうから少し落ち着いてください。」
聞き覚えのあるその声は…。
「「ステラ…!」」
思っていたものと違う名前が、エルピスの両親の口からこぼれた。その視線は、エルピス達の前にいつの間にか立っていた一人の黒髪の女性に向けられていた。
ステラ。
エルピスの父の元婚約者であり、呪いをかけた術者の名前…。
忽然と姿を消し、行方の分からなかった術者が、18年の時を経て再び現れたのだ。
フリックノーツ→フリックしないといけないノーツ。指定方向があるものや、全方向対応しているものなど、ゲームによって様々。
ロングノーツ→起点から終点まで押し続けなければならない長いノーツ。終点で離すタイミングがズレてもミスになる。作者は苦手。




