26日目part2
「ふ、ふふふ……完璧だわ…!」
誰もいないはずの音楽室に響く不気味な呟き。
「神がかってる…!今の私はリズムの神が憑依しているに違いないわ…!」
血走った目で己の手を見つめ、恍惚の表情を浮かべる女…。
アステルは音ゲーの練習のし過ぎでちょっとイッちゃっていた…。
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ミシェルに言い負かされ、シャメアの魔術で眠りについたあの日、アステルは保健室のベッドでたっぷり眠ってスッキリした気持ちで目覚めた。
時計を見ると、一日の授業が終わる間際の時刻だった。
『良く寝て起きたら自分に自信を持つこと!あんたはエルピス様を救える、ただ一人の偉大なる魔術師。そして、エルピス様の最初で最後の最高の女になるんだからね!』
シャメアの励ましに、壊れそうだった心が奮い立っていた。
私だってエルピス様が好きだ。このままミシェルに怯えて逃げたくない。
エルピス様に知って欲しい。
エルピス様を好きな気持ちも、救いたい気持ちも、誰にも負けないって!
その為には…
アステルは保健室を飛び出した。
息を切らして向かった先は…
音楽室。
運良く授業に使用されておらず、誰もいない室内でアステルは魔石を取り出し、魔力を込めた。
まず9番目の呪いをやっつけるための練習!
シャメアがここにいたらズルッと滑り、「いや、エルピス様に告白しに行くとこでしょソコ?!」とツッコミそうだが、そこまでの勇気はまだない!!
せっかくチート魔力を授かったのに、それを活かしきれず解呪に手こずる日々。みんなの期待を裏切っている気がして、自信がなくなっていった。
自分以上の魔力があるかもしれないミシェルなら、もっと簡単に解呪が出来るかもしれない…。
そんな思いも過ぎって逃げたくなった。でもそれじゃダメなんだ。
私は私に出来る方法でエルピス様を助ける。
9番目の呪いが解けたら、自分に少し自信をもてる気がする。そうしたら勇気を出して告白する!
アステルはそう決意を固めた。
ちなみに本当は全部呪いを解いてからにしたかったが、その間にミシェルとエルピスが両想いになったら嫌だし、なによりシャメアがキレる。
それからは時間と魔力の許す限り、記録魔石をひたすら再生し、ノーツ配置を徹底的に分析し、脳に叩き込み、練習を繰り返した。
ミシェルと一日交代のエルピスとのランチ会は、二人きりなんて気まずくてとても無理だったので、シャメアに泣きついて一緒に来てもらった。
そうやって過ごして5日目の今やっと、これなら解呪出来るかもしれないという所まできた。
「このまま神が降臨しているうちに解呪したい…!今すぐエルピス様に会いたい!」
そう呟いた瞬間、音楽室のドアが物凄い勢いで開いた。
「アステル!!」
ドアを開けたのは、今一番会いたかった人ーーーー
息を切らせたエルピスは、アステルを見つけると駆け寄ってきて、その体を引き寄せて抱きしめた。
「アステルすまない!俺はずっと…!」
「エルピス様!!ちょうど良い所にっ!!!」
愛の告白をしようとしたエルピスの言葉を食い気味に遮り、アステルはエルピスを押しのけ、睨みつけた。
「解呪!今すぐしますから!じっとしててくださいね!」
至近距離から真剣な瞳に見つめられ、エルピスは戸惑いながらも頷いた。
ちなみにアステルの目は、かなり血走って据わっていたが、アステルへの恋心でいっぱいなエルピスの脳はその事実をサラッと無視した。
俺の為にこんなに必死になってくれているなんて…!と感動するエルピスの腰の辺りに付いていた錠前にすぐさま触れて、解呪を開始する。
「いざ、尋常に勝負…!」
そう呟くとアステルは深呼吸をして、目をカッと見開き、恐ろしい速度で指を動かし始めた。
初っ端から高速ロングトリルで始まるこの呪い。トリルはさほど苦手意識がないのに、その長さゆえに撃沈しまくる日々を余儀なくされた。
指を交互に動かしているつもりなのに、途中から指がついていかず同時押しになってしまうのだ。
とにかく練習あるのみと、画像を見ては連打し、画像を見れない授業中などは机の下で自分の腿を連打。
指筋の強い王女って誰得なのと、ウンザリ顔のシャメアにつっこまれてもひたすらに、指紋をすり減らす勢いで練習してきた。
その成果をとくと見よとばかりに連打する。
耐えきって!私の指筋!
願いは届き、無事に最初の関門を突破した。
喜びたい所だがここで油断して凡ミスとか笑えない。気を引き締めてタップを続け、第一発狂スポットを迎える。
瞬き一つも許されないレベルで迫り来るノーツの山を必死で処理する。
ここも死ぬほど練習した!いける!よしっ!
その後も「あの?ジャンルは恋愛であってます?」と各方面から指摘が入ること確実の熱いひとりバトルを繰り広げ…。
渾身のガッツポーズを前に、9個目の鎖は弾けて消えた。
やった!やってやった!
苦しんだ日数の分だけ喜びもひとしおだった。
約2分に詰め込まれた900ものノーツをひとつのミスもなくタップする。それがどんなに大変か…。もう一度やれと言われても多分出来ない…。
込み上げるものに瞬きを忘れ乾いていた目が潤いを取り戻す。
「解呪、成功したのか…?」
上から降ってきた言葉、心配そうに見つめる碧い瞳に、ようやく我に返ったアステルは、微笑んで力強く頷いた。
くらりと眩暈のように視界が回った。それに、なんだか猛烈に眠い…。
9個目の呪いを解いたらエルピス様に言いたかった事…言わなきゃ…!
勝利の余韻と、魔力大量消費からくる思考力と判断力の低下。連日の寝不足。
色んな要素で単細胞生物化していたアステルは心のままに言った。
「エルピス様!好きです!結婚してください!!」
途端に逞しい体に抱きしめられる。じんわりと流れてくる温かい魔力。
「俺もアステルが好きだ…!こんな俺でよかったら結婚して欲しい…!」
これは夢か妄想かと思わず疑うようなエルピスの言葉に、喜びの涙を零したアステルは、なぜかそれを上回るロンヒの大号泣を聞きながらそのままゲームの電源が切れるようにプツリと意識を失った…。
魔力枯渇。
ゲームのやり過ぎ注意である。
トリル→左右交互に連打するノーツ配置のこと。




