26日目part1
「どぉも、初めまして?」
僕は東屋の椅子に優雅に座り、目の前に現れたライバル女に可愛らしく微笑んだ。
「シャメア殿下、彼女は政経科特待生のミシェル嬢。ミシェル嬢、こちらはアイルーロス皇国第三皇子シャメア殿下だ。」
「ミシェルです!よろしくお願いしますシャメア様!」
エルピス様からの紹介を聞いて、ミシェルはツインテールを振り回す勢いで元気よくお辞儀をしてニッコリ微笑んだ。
うん。マナー零点。
「特待生さん?僕は親しくない人に名前で呼ばれるのってイヤなんだよね。アイルーロス様とか第三皇子殿下とかって呼んでもらえる?」
そう言って微笑むと、傷ついたような悲しげな顔をして、助けを求めるようにエルピス様を見た。
へーえ?いっちょ前に演技するんだね?
ミシェル嬢に見つめられたエルピス様は、傍に控えていたロンヒを見た。庇わないあたり、まだ毒されてはいないのかな?
もしミシェルにデレデレなんて状態だったら不敬罪上等で攻撃魔術かましてやろうと思ってたけど。
「ミシェル嬢、高貴なる方のお名前はみだりに呼んではなりません。殿下の仰る通りにしてください。」
おおー!冷たいロンヒとか初めて見たよ!ロンヒは変わらずアステル推し…と。
ミシェルは一瞬無表情になったものの、めげずに席に座り、笑顔で話しかけてきた。
「えっと、アイルーロス様はどうしてこちらに?」
ふーん。二人のランチタイムを邪魔すんなと言いたいわけだね?
「え?ここでランチをしに来たに決まってるでしょ?僕だってエルピス様と仲良くしたいし?アステルの時にもお邪魔してるから、特待生さんの時もお邪魔しないと不公平になっちゃうし?」
そう言ってやると、口元を僅かに引き攣らせたが、「そうなんですかー!」とサラッと流して、すぐさま別の話題をエルピス様に振った。
どうやら僕の存在は無視することに決めたみたいだ。面白いじゃないか。
なかなか9個目の解呪に至れない状況に業を煮やして、一日交代のライバル女のランチ会に突撃してきた僕は、しばらく黙って二人の会話を聞いていた。
二人のランチ会はもう3回目になるはずだけど、話が弾む様子はない。
基本はミシェルが自分のどーでもいい情報を喋りまくって、エルピス様を質問攻めにする。
エルピス様は相槌をうったり、質問に言葉少なに答える。
その度にミシェルは大袈裟に感心したり、褒めたり、境遇を気の毒がって涙を浮かべたり…。
へー、これが世にいう胸糞ってやつなんだねきっと。
「そうなんですか…エルピス様がホントは政経科に行きたかったなんて…お辛かったですね。でも大丈夫です!呪いが解けちゃえば、やりたい事なんでも出来ますから!
それに、これからは私がおそばで支えます!悲しい時は一緒に泣いて、嬉しい時は一緒に笑いましょう!今まで大変だった分これからは、たっくさん幸せになるべきですよ!」
はぁーーーもう限界。
僕は大きなため息を吐いて、手に持っていたティーカップをわざと大きな音を立ててソーサーに置いた。
「聞いていい?なんだかあっという間に呪いが解ける前提で話してるようだけどさ、特待生さんがエルピス様の呪いを解いてくれるって事?」
「えっ…でも呪いはアステルさんが…。」
「へーえぇ?一番大変な所は人任せで自分は何もせずに、その後の美味しい所を持っていこうと思ってるわけなの?」
「そんな事思ってません!」
目に涙をためて肩を震わせる姿は一般的には庇護欲をそそるのかもしれないけど残念、僕の方が可愛いんだよね。
「特待生さんもアステル級の魔力があるって聞いたけど、魔術の勉強とか一切してないよね?
さっきから聞いてれば、エルピス様の事お可哀想、お辛そう、なんて親身になって憐れんでるけどさ?
のんびり政経科の授業だけ受けて、エルピス様と会わないお昼や放課後はオトモダチと楽しく遊んで、毎日呑気に過ごしてるだけってどうなの?
そんなんで『おそばで支えます!』とか言われても僕なら鼻で笑っちゃうけど。」
「編入してきたばかりだから、魔術の勉強は政経科の授業に慣れてからと思ってるんです!アイルーロス様さっきから言い方が酷いです!」
「あぁ、ごめんね?図星さされて怒っちゃったね?」
クスクスと笑ってやると、ついに顔を手で覆ってシクシクと泣き出した。どーせ演技でしょ。
流石に言い過ぎではないかと、非難の目を向けてくるエルピス様に僕は聞いてみた。
「エルピス様、今アステルが何をしてるかご存知ですか?」
「……いや。」
「アステルは貴方とランチをしない昼休みはずっと音楽室に籠って、ひたすら9番目の呪いを解くための練習をしてるんですよ。」
エルピス様だけでなく、ロンヒも驚いていた。
「それだけじゃない。あのヒト、放課後もひたすら自室で練習してるそうです。早く貴方の呪いを解きたいという一心で。」
シクシク泣いていたミシェルがいつの間にか、時を止めたように静かになっていた。
「エルピス様もロンヒも魔術にあまり縁がないから知らないかもしれないけど、練習にも魔力使うんですよ。
ホラ、記録を閉じ込めた魔石に再生魔術かけないと内容見れないから。
一度の消費量はそこまで多くないですけど、何回もってなると結構大変なんですよねぇ。…魔力補給とかどうしてるのかなぁ?
あ、魔力補給はエルピス様のお役目でしたっけ?」
エルピス様は気まずそうに目を逸らした。
思った通り、二人の間は気まずくなってて、魔力供給どころか碌に話もしてなさそうだ。
こんな女の思惑に嵌って何をやってるんだ…。
ちゃんと目を逸らさずあのヒトを見れば、体調不良で顔色が優れない事だって気づくはずなのに。
僕は真正面からエルピス様を見据えた。
「貴方の生い立ちは、僕なんかが想像も出来ないほど過酷だったと思います。色んなことを我慢して諦める事に慣れてしまったでしょう。でも貴方の為に、諦めないで毎日魔力すり減らして頑張ってるアステルを放ってこんな無駄な時間を過ごしてるなんて…。ガッカリです。」
「昼休みは…俺なんかの為にアステルを拘束しすぎても可哀想だと思ったんだ…。」
「それ、誰の入れ知恵ですか?あのヒトの気持ち、ちゃんと確認しました?」
押し黙るエルピス様に思わず笑ってしまう。
見事にすれ違いのジレジレ展開じゃないか!こんな予想当たっても嬉しくないんだからね?!
気まずい雰囲気を何とかしたくて、解呪に必死になってやつれていくあのヒトをこれ以上見ていられない。
だからエルピス様にはここで決めてもらう。
「エルピス様、アナタはもう諦めるしか出来ない子供じゃない。勇気を出してその手を伸ばせば掴んでくれる手がある。アナタは誰の手を取るんですか?」
ミシェルが期待に瞳を潤ませてエルピスを見上げている。
いや、特待生さんには万に一つの可能性もないと思うけど。
しかし、拳を握りしめたまま、なかなか動かないヘタレ殿下。
呪いのせいで自己肯定感が深海沈没してるんだから気の毒ではあるが、もう我慢の限界なんだよね。
仕方ないから最大級の爆弾を投下する。
「貴方が大切にしてくれないなら、僕があのヒトを大切にします。」
その場の全員の視線が僕に集中する。
僕は小首を傾げて可愛らしく微笑んだ。
「メガロの皆さんの外堀埋め立て作戦を無駄にして申し訳ないですけど、僕、あのヒトの寝顔見ちゃってるので?その事実を携えてリーテンにいけば即婚約出来ると思うんですよね〜。」
椅子を蹴倒してエルピス様は立ち上がった。
「アステルは渡せない…!」
いつもの穏やかな色から想像もつかないような強い決意を宿した瞳で僕を睨みつけてそう宣言すると、ロンヒの制止も無視して東屋から駆け去っていく。
騎士科で鍛えてるだけあって、髪をなびかせて俊敏に走っていく様はとても凛々しい。
ただ呪いのせいで残念ながら、周囲の女生徒からあがる悲鳴は歓喜ではなく恐怖のそれになっている…。
「寝顔!!えっ!いつ!!いつ?!!」
慌てふためくロンヒをしっしと手で追い払う。
「いいから早く追いかけなよ。エルピス様の暴走で校舎内の女生徒がパニックになるよ?」
「ハッ!そうだった!御前失礼いたしますぅぅ!」
そう叫びながらロンヒも駆け去っていった。
よし、これでまとまるだろう。これでもどーにもならないなら僕はもう知らない!
静寂に包まれた東屋。
俯いて黙りこくったままのライバル女に微笑んだ。
「残念だったね、特待生さん?噛ませ犬オツカレサマ?」
ミシェルは顔を上げ、目を細めて艶やかに笑った。明らかに雰囲気が違うんですが…?
「え、なに、そっちが本当の顔?うわぁ〜オンナノコって怖〜い!」
「あの女を真似してみたのだけど、我ながら気持ち悪かったわ。貴方のおかげでエルピス様のお心が測れました。感謝します。」
「…あの女?…測る?」
何を言ってるんだこの女…。咄嗟に杖に手をやり警戒する僕に、ミシェルは意味深に笑った。
「タネ明かしはまた後日に。…貴方のような友人がいてあの二人は幸せね。私にもそんな友がいたら何か変わっていたのかしらね…。」
そう言うと、ミシェルはその場から忽然と消えた。
「………は?」
転移魔術なんて、魔力ゴリラのあのヒトですら出来ないシロモノなんですが…?
三文芝居がようやくハッピーエンドを迎えたと思ったのに、ライバル女が実はラスボスで、話はまだまだ続きますとか…?
そんなトンデモ展開、誰も期待してないんだけど?!
午後の予鈴が鳴るまで、僕はその場で固まっていた。
シャメア様おこの回でした。




