22日目part1
ミシェルはきっとエルピスに近づいてくる…。
そんな悪い予感は見事に現実のものとなった。
「こんにちは!私もお昼ご一緒させてください!」
桃色のツインテールが目の前で跳ねた。
女性を通さない結界を張ってあるのに、それすら効かない膨大な魔力が彼女にはあるというの…?
底知れぬ恐怖に、体が震えた。
ミシェルは、東屋のテーブルでランチを食べていたエルピスとアステルにニコリと微笑むと、端の方にあったシャメア用の椅子を引きずってきて勝手に席に着いた。
「うわぁ〜!すごい豪華なお料理ですね!私のしょぼいお弁当が恥ずかしくなります…!」
不躾に二人の皿を覗き込むと、自分のランチボックスを見て一人で恥じらいだすミシェルにどう対応していいか分からない。
「編入したばっかりでまだ友達が出来なくて寂しかったんですよ〜!やっぱり食事は誰かと食べた方が美味しいですし!仲間に入れてくれてありがとうございます!」
まだ何も言ってないのにグイグイ攻めてくるミシェル。
こんな当たり前みたいにエルピスの傍にいて欲しくないのに…。どうしたら彼女を遠ざける事が出来るのだろう。
なんと言っていいか必死で考えていると、昼食を終えたらしいロンヒがもの凄い勢いで駆け寄ってきた。
「ミシェル嬢!ここはお二人がゆっくり食事を召し上がるために人払いがされています!今すぐ立ち去りなさい!」
「どうしてですか?!この東屋は生徒全員に使用権があると思います!それに学院内では身分差なく親交を深めるべしという規則があるはずです!」
甲高い声でロンヒに食ってかかるミシェルの言い分はもっともであり、ロンヒは次の言葉を出しあぐねて唇を噛む。
「…ミシェルさん、殿下は呪いの影響でお食事できる場所が限られているの。本当はカフェテラスなども利用したいけれど、そうなると女性は使用出来なくなるから…。
大勢の女生徒を優先させる代わりに、せめてこの東屋をと、生徒会の許可も頂いて使わせてもらっているのよ。」
ロンヒを援護するように、初めてミシェルに話しかける。
ミシェルはぷくりと頬を膨らませ口を尖らせた。
「…東屋の件については分かりました。でも私がここで一緒に食べちゃいけない理由にはならないと思います!だって私にはエルピス様の呪いが効かないですから!アステルさんと条件は一緒のはずです!婚約者でもないのにアステルさんだけズルいです!」
一生懸命頑張ってますと言いたげに、胸の前で手を握りしめるミシェルはそう言い切ると、エルピスを切なげに見つめた。
「私だってエルピス様と仲良くなりたいです!エルピス様はアステルさん以外の女性も知るべきです!」
心が、耐えられない。
ミシェルの言う事は正しい。
彼の知る女性が私だけでいい筈がない。
婚約者でもない私が彼を縛りつけることのできる理由は、ない。
だからロンヒもエルピスも何も言わない。
さあ、どうするの?と挑むようにこちらを見つめるミシェル。
酸欠になりそうな程の重たい沈黙に耐えられなくなり、私は席を立った。
「…確かに、ミシェルさんの言う通りです。殿下は私以外の女性とも親交を深めるべきですわ。…私は昼食の同席を辞退いたします。」
そう言って、その場から逃げようとすると、エルピスに腕を掴まれた。
「俺は、アステルと過ごす昼休みをとても大切にしている。来ないなんて言わないでくれ。」
苦しそうに眉を寄せるエルピスと目が合うと、不覚にも泣きそうになってしまう。
「んーじゃあ、一日交代でどうですかね?それなら平等ですし!我ながら名案!よし、決まり!」
空気を読まず明るく笑うミシェルから一刻も早く逃げたくて、諾の返事だけ残し、エルピスの手を振りほどいてその場から離れた。
「あれ!アステルさん行っちゃうんですかー?じゃあ今日は私の番てことでーー!」
後ろから追ってくる呑気な声に刺激されて、堪えていた涙が零れた。
「……ありゃ〜アステルさん行っちゃいましたねぇ?まぁでもアステルさんにもお友達付き合いがあるでしょうし?
呪われてるエルピス様が可哀想だからってアステルさんも今まで頑張ってたと思うんですけど、それじゃ息が詰まっちゃって彼女も可哀想だと思うので、丁度いい機会じゃないですかね?」
「可哀想…か…。」
「そうですよぉ〜!せっかく他国から留学に来てるんですから、お昼だって放課後だって色んな事したいハズです!
あんまりに自由が無いと人って疲れちゃうものですしねぇ…。」
ミシェルはそう言うと、楽しそうに食事を再開した。
「エル…アステル様を追いかけた方がいいんじゃないのか?」
エルピスと得体の知れない女を残して動く訳にもいかないロンヒは、願いを込めて己の主を見つめる。
「行けない…。俺なんかがアステルの自由を奪ってはダメなんだ。」
自分の手を振りほどいて行ってしまったアステルに、追いかけて何を言えばいいか分からない。
それに、ミシェルに言われた事はずっと心の底にあった。
呪いのせいで王太子としての役目はおろか、日常生活もろくに過ごせない俺の側にアステルを縛り付けておいていいはずがない。
そう思うと身動きがとれなかった。
呪いの鎖は、エルピスの心も縛り付けているようだった。
眉を寄せて拳を握りしめるエルピスを、ミシェルは静かに見ていた…。




