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閑話

 


 王宮の厨房がその日一日の仕事を終え、明かりを落とす時刻。

 後片付けを終えた新入りが、カレンダーをめくりながら首を傾げていた。


 厨房の見やすい位置にデカデカと貼られたそれは、晩餐会などの行事を確認する為の物なのだが、料理長が最近やたらと何かを書き込んでいるので気になっていた。


「……あの、今月のカレンダーおかしくないすか?」


「ああ…。それな。」


 一年上の先輩料理人が訳知り顔で苦笑する。


「月の初めにあった『ハイハイ記念日』って、てっきり料理長のお孫さんのやつかと思って、ほのぼのしてたんですけど…。

 ここ二十日くらいほぼ毎日記念日が付け足されてて、しかも内容がヤキモチとかハグとか…料理長のお孫さん幾つっすか?!」


「あー、料理長に孫はいないんだ。その記念日は全部、エルピス殿下のものらしい。」


「お、王太子殿下の?!」


 先輩曰く、この王宮にはエルピス様のご成長を影に日向に見守る『エルピス様父兄の会』なるものがあり、料理長はその会の副会長。そして、古くから王宮に勤める男達は、だいたいが会のメンバーなのだとか。


「エルピス様は呪いのせいで女性がそばに居られなかったから、必然的に男ばかりで世話することになるだろ?

 お産まれになった当時、侍従長が慣れない子育てに、てんやわんやしてるのを見かねて、料理長も一緒になってミルクの調乳やら離乳食やらのお世話をしてたんだと。そしていつの間にか協力者が増えて父兄の会になったそうだ。」


「あの巨匠が離乳食作ってたんすか?!」


 うちの料理長といえば、大陸中にその名を轟かせる巨匠中の巨匠。

 巨匠の元で料理の腕を磨きたいと、大陸全土から料理人が集まるのがここメガロ王宮なのだ。


 そんな人が手がける離乳食…!


 た、食べてみたい…!


 そう思う俺も大志を抱いてやって来た料理バカである。


「『ハイハイ記念日』とかは、エルピス殿下が小さな頃から毎年祝っていて、ここ二十日間で付け足された記念日は、最近のエルピス殿下のやつって事だな。ほら、限りなく婚約者に近いっていうかもうほぼ婚約者のアステル殿下が滞在されてるから…。」


「ああ…!」


 それでやたらと甘酸っぱい名前の記念日が乱立してるのか!納得!!


 王太子殿下、青春してるんすね…。それがまさか、俺みたいな下っ端の料理人にまでこんな形でバレてるなんて思いもしてないんだろーけど…。


「考えたら、いくら巨匠の孫の記念日だからって、王族に祝賀料理出したりしないっすもんね。エルピス殿下のお祝いだったのかぁ…。」


「まぁ、そういう事だ。それにしても最近の料理長の創作意欲すごいよな。エルピス殿下が遅咲きの青春を謳歌し始めたからか、料理長も一緒に若返ってる感じがするよ。」


 確かに、ここしばらくの祝賀料理は同じ料理人の端くれとして驚嘆の連続である。


 ありとあらゆる国の料理を知り尽くした巨匠が、そのゴッドハンドを駆使して青春を表現することに全精力を傾けた至高のフルコース。

 かと思えば、エルピス様達のランチボックスまで手がけ、小さな箱という限られた空間に芸術を爆発させる。


 そのアイデアは尽きることなく、食べる者を魅了し、名だたる料理人達をうならせる。


 何より凄いのが、ただ贅沢で豪勢なだけでなく、ちゃんと栄養素までしっかり計算されていて、それがまた俺の目からウロコを落とさせた。


 この厨房で作られる料理は、王族の命を、健康を支えている。


 料理長が口を酸っぱくして言う言葉だ。

 その通りだ。その一時の料理を提供するだけのレストランとは違って、俺たちは毎日毎食を手がけるのだから。


 そんな当たり前の事も俺はここに来て初めて気がついた。


 成人したとはいえ、まだまだ成長期のエルピス様とアステル様、成熟した大人の王陛下、老齢に差し掛かっている王太后陛下。それぞれに必要な栄養素を考えたメニュー。

 女性陣に対しては更に、美容面にも気を使っているというのだから凄い。


 ただウマイものを目指していた俺。高級食材をいかに使いこなすかしか考えていなかった俺。他国でちょっとばかり名を馳せていきがっていた俺も、ここに来たら文字通り下っ端でヒヨっ子にすぎなかった。

 聞いたら先輩達も皆、そんな黒歴史の持ち主だった。


「先輩、自分の買い揃えるまで、厨房の栄養学の本借りてっていいですかね?」


「ああいいぞ。俺達も借りてたからな。基礎中の基礎だけど、それ知らねぇとここじゃ仕事にならねえからなぁ。」


 年季の入った教本を手に取る。数多の先輩達の黒歴史が塗り込められた本だ。

 勉強なんか嫌いだけど、料理長の創り出す素晴らしい世界を少しでも深く理解する為には必要な知識。

 だから必死で頑張るつもりだ。


 名うての料理人が集まっているのにギスギスした雰囲気もなく、料理長を中心に奇跡みたいに同じ方向を向いて纏まっているこの厨房。


 ここから生まれる愛の詰まった料理が、エルピス殿下や他の高貴なる方々の血となり肉となる。

 そんな最高の料理を作るための力に一日も早くなりたい。



 決意を新たにして、教本を大切に抱えて俺は厨房を後にした。



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