19日目・シャメア
「シャメア様!一緒にランチしましょう!」
午前の授業が終わるやいなや、アステルが教室に押しかけてきて、胸の前で手を組み、上目遣いでお願い攻撃を開始してきた。
またか…と溜め息が出る。
「それ、エルピス様にしか効かないからね?てか、他の男にそーやってお願いしてるって知られたら怒られるから止めた方が身のためだよ?」
机に頬杖をついてジト目でつっこんでやると、途端に無表情になった。と思ったら上半身が動かない。
「昨日やっと8個目解呪出来たので、今から9個目の記録お願いしたいんです!」
「だからさ!いきなり拘束魔術かけるのやめてよね?!僕これでも皇子なんだけど?!」
杖も使わずノーモーション無詠唱で魔術発動とかオカシイんだよ!
「ちゃんと手加減してかけてるので大丈夫ですよ?」
「そこじゃないよ!話し合いが決裂しそうだからって即魔力に訴えるのはヤメロって言ってるんだよ!というか僕、行かないなんて一言も言ってないよね?!」
「じゃあ来て下さるんですね?!」
どこの押し売り業者だよ…。
首から上は辛うじて動くから、抗議の意味を込めて再び深い溜息を吐いて項垂れた。肩口から三つ編みも同様に垂れ下がる。
僕の三つ編みが好きらしいアステルは、三つ編み可愛いとか呑気な事を考えているに違いない。
嫌がらせに短く切ってやろうか…。
ものすごく行きたくないけど解呪の為に必要だし、今回は仕方ないなと諦める。
「行くから早くこれ解いて…。」
「はい!解きました!」
「もうこのくだり疲れた…。」
僕の呟きに、様子を見ていたクラスメイト達が頷いて同意してくれた。
成り行きで解呪の手伝いをして以来、何故か僕を気に入ったらしいアステルがほぼ毎日ランチに誘うために教室に突撃してくる。
いや、違うな。誘うだと語弊がある。拉致するためにが正解だ。
とりあえず一度お願いをして、僕が難色を示すと即拘束される。それの繰り返し。暴魔力反対!
エルピス様の気持ちを察した上で、二人きりの甘いランチタイムに割り込むなんてそんな命知らずな行動、絶対したくないのに、結局引き摺られていく…。
行くたびに、なんでお前が居るんだというエルピス様からのブリザードに耐えつつ食事とか、全く食べた気がしない。
だから腹いせにエルピス様に入れ知恵をして、アステルに嫌がらせをする。
この前は、巷では親しい者がお互いに食べ物を食べさせ合う「はい、あーん(はぁと)」なるものが流行っていると教えてあげた。
すると案の定、それを信じたエルピス様がアステルの口に料理を運んだ。
アステルは顔を真っ赤にして僕を睨んだものの、結局エルピス様に付き合って羞恥に悶えまくっていた。
ざまぁないね。
僕を呼ぶとこういう事になるっていい加減学習したらいいのに。
ちなみにその状況をニヨニヨ見ていたロンヒからは、ラブイベントの魔術師なんて崇め奉られ、毎日来て欲しいとお願いされた。
勘弁してよ…。
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ブリザードを覚悟していつもの東屋に行くと、9個目の解呪の為に僕を連れてくると予め言ってあったらしく、奇跡的に普通の空気で迎えられた。
日を経るごとに親密になっていく二人と、砂糖を吐きそうになりながら食事を食べ、食後の休憩をしてから9個目の解呪を始める。
前回と同じく、アステルの手元に出現した画面に流れる内容を記録魔術で魔石に保存していく。
今回の呪いもまた魔素の量がオカシイ…。
初めて挑戦しているという事もあり、終始呻きながら必死に指を動かすアステル。
これ本当に強制解呪出来るのか…?
なんとか最後まで終わって、打ちひしがれるアステルを膝に乗せて抱き込むエルピス様。
あ、僕が言った接着面積のくだり、そのまま続いてるんだ…。これで婚約してないとかビックリだよ。
一度、アステルになんで婚約してないのか聞いた事がある。
そうしたらアステルは今みたいに顔を真っ赤にして、
「婚約だなんてそんな…!きっと解呪が終わったら、エルピス様に相応しい方が選ばれると思います…。」
そう言って淋しそうに笑ったんだよね。
いやいや、選ばれるのあんただと思うけど。なんなら全財産賭けてもいいけど。とは教えてあげなかったけどね?
ロンヒだって黒い笑みを浮かべて言ってた。
「現在、外堀を埋めに埋めまくって、既成事実を積み重ねまくって囲いこんで逃げられない様にしている最中です。」
アステル、良かったね。もう逃げられないってさ。
僕としてもこのまま何事もなく解呪が終わって、早く平穏な学院生活に戻りたい。
……解呪が終わっても変わらずランチに拉致されそうとか、今は考えないったら考えないっ!
「アステル、なんだかいつもより熱い気がするが大丈夫か?」
「エルピス様、巷では親しい者同士は熱を測る時、お互いの額をくっつけて測るそうですよ?」
「そうなのか。それは知らなかった。」
「ちょ……!!ひょわっ!」
「ラブイベントの魔術師様!最高です!!エルの青春の1ページにまた新たな記念日が…!」
「……エルピス様ちょろすぎじゃないか?」
分かっててわざとやってるならいいけど、これはホントに知らないでやってる。純粋培養オソロシイ。
エルピス様の事は、この国に留学に来た時に挨拶を交わして以来、僕とは正反対の凛々しい外見だということもあり、呪いに負けずに生きる気高き王太子なのだろうと勝手に神聖視して憧れていた。
でも強制的にランチに呼ばれてその人柄を知って、良い意味で憧れは消えた。
自分に自信がなくて、僕みたいなのに嫉妬して、アステルの言動に一喜一憂する姿は、世の中に溢れている恋する男以外の何者でもない。
親近感を持ったと言ったら、大国の王太子様に対して不敬かもしれないけど、同世代の友人として応援したい心境になりつつある今。
だからこそ、この純粋さが少し心配だ。
今は近くにいる女がアステルだけだからいいものの、解呪が終わったら、妃になりたがる女共がわんさか寄ってくるだろう。
言葉巧みに言いくるめられて、ちょっと親しくなった女誰にでもこんなちょろい事したら……アステルが泣く。
とは言うものの、さっきの解呪の苦戦具合を見るに、全てが終わるまでまだしばらくかかりそうだ。この調子だと解呪が終わる頃には外野が付け入る隙もないほどラブラブになってるだろうし。
一般的な女性との接し方のレクチャーはきっとそのうちロンヒが何とかするだろうし、僕は引き続きピュアな友人をそそのかして、顔を真っ赤にして狼狽える野リスをニヨニヨ観察してればいいか。
そんな呑気な日常がこの数日後崩れるなんて、この時は微塵も思わなかった。




