プロローグ
ブレーキ音が鳴り響き、直後に鈍い衝突音がした。
振り向くと、そこでは首輪の付いていない三毛猫が横たわっていた。小さな身体から血液が流れ出し、ちっぽけな血溜まりが出来上がっていく。ぶつかった乗用車は一度止まってから、すぐに加速して行ってしまった。
よくある動物の轢き逃げだった。
この辺りには野良猫に餌付けをしている人が多いからか、こんな事故が頻発している。ただ、目の前でそういう事故を目にするのは初めてのことで、僕はつい猫から目を逸らしてしまった。
視界に入れておいて気持ちのいいものじゃない。
ため息を吐いて、すぐにいま見たものを忘れることにした。
しかし、再び歩き出そうとしたとき、僕の背後から誰かが駆け出した。風を切る音に釣られて、もう一度振り返る。それは一人の女の子だった。
彼女は長い黒髪を靡かせて、三毛猫の元に駆け寄る。車通りは少なかった。彼女は素手のまま手早く猫を拾い上げると、ブレザーの制服を黒く染めて歩道へと戻った。そして辺りを見回して、すぐ近くに公園を見つけるとほっとしたような表情をして、猫を抱えて歩いていった。
「……」
信じられないものを見たと思った。
一瞬の出来事だったのに、彼女の一挙手一投足が脳裏に焼き付いている。
きっと、僕はそのとき彼女に一目惚れしたのだ。