二人の少女
「これで299戦299勝0敗――、未だ負けを知らない私を倒すことが出来る人間なんているのかしら?」
丘の上に仁王立ちしている少女の名前は早見レナ、高校2年生の女子高生だ。
いや正確には女子高生だったと言うべきだろう。彼女は既に死んでいて幽霊になっているのだから。
彼女こと早見レナは5年前この丘の上で不慮の死を遂げてしまい、成仏出来ずにこの地で地縛霊をしているのだった。
地縛霊になったレナはこの地を訪れるカップルたちに戦いを挑み続けて、さっきのカップルでちょうど299戦299勝をあげた不敗の女だったのだ――いや不腐というべきだろうか? 彼女は既に死んで肉体を失ってしまったので、その身体は腐ることなど永遠にありえないのだから。
「ふっ、ふはははははは」
丘の上から負け犬を見下ろしながらレナの口から自然と笑いが漏れる。
そうだ。
彼女はこの地で数々の敵と戦い勝利を収め続けてきた強者なのだ。彼女の心は自信に満ち、その心の中にはプライドが生まれ勝利の後には決まって心地よい気分になり、その顔は笑顔に緩み、そして口からは勝者の口からのみ出てくることが許された勝利の笑い声がまるで巨漢のオペラ歌手がヨーデルを歌うかのように滑らかに出てくるのだった。
もしかしたら自分は王になるために生まれてきたのかもしれない。そんな想いが胸の中に沸き起こって来た時にいつもの耳障りな声が聞こえてくる
「ちょっとレナいい加減に止めなさいよ」
時代劇に出てくるような和服を着た少女がレナの割った街灯の電球を修理しながら丘の上に佇むレナに話しかける。
まったくうるさい女だ。せっかく人が勝利の余韻にひたって良い気分でいるのにそれを邪魔をするとは――、空気の読めない女だ。
レナに話しかけた少女の名前はサヤ、名字はない、ただのサヤだ。昔の人間の名前にはよくあることだが、おそらくサヤは下賤の身の生まれなのだろう、だから名字がないのだ。
サヤはどことなく見すぼらしい顔をしている、卑しい身分の生まれならばそれも仕方がないことだ。
そんないやしい身分の女が王者である自分が勝利に浸る邪魔をして気安く話しかけるとは――。
丘の上から綺麗な眺望を見渡してさっきまでいい気分だったレナが、不機嫌そうにサヤの方に振り返る。
「何が?」
「何がって、あなた分かっているんでしょ」
「悪いけれどあなたが何を言っているのか、私にはさっぱり分からないわ」
とぼけた顔をしてレナが丘の上から空を眺める。
空が白み始めもうすぐ日が昇る。きれいな朝日がやってくるのだ。
普通の人間には心地よい太陽も幽霊であるレナたちにとっては陰鬱で迷惑なものだ。
これから憂鬱な朝が始まる。楽しい夜が終わり、夜の間、闇を恐れ幽霊におびえていた人々がそんなことなど忘れてしまったかのように仕事や学校に行く時間だ。
そんな朝は生きている人間たちにはうれしいものかもしれないが死者――とくに地縛霊になって人々を脅かしているレナのようなものたちにとっては迷惑以外のなにものでもない。
レナがため息をつくと、またうるさい声が後ろから聞こえる。
「あなた、自分が不幸な死に方をしたからって人に八つ当たりをするのはやめなさい」
「八つ当たりって何よ」
「さっきのあれよ」
「ああ、あれね」
レナが丘の麓に消えた二人のカップルの方を眺める。二人は既にいなくなっていたがさっきの出来事を思い出すとレナの心の中に笑いがこみ上げてきて、満足そうにニヤリと笑う。
「あれぐらいで逃げ出すなんてあのタケルって男も上辺だけの男よね、大事な彼女をほうっておいて逃げ出すなんて」
「あんなことをされたら誰だって逃げ出すわよ!!」
「そうかしら?」
さっきの男は言っていたわ、俺はお前のために命を投げ出す覚悟があるって。もしそうだとしたら、何が起こったとしてもあんなに取り乱して逃げ出すはずがない。だって本当に命をかけているのなら何があっても平気なはずだから。
「私は二人の愛を試してあげているのよ」
「どうしてあなたが試すのよ」
「私は二人の恋愛が本物かどうかを試す門番としての役割を持っているのよ。うまく私を倒して二人が真実の愛を手に入れるのを私が見守ってあげるのよ」
「嘘つきなさいよ。あなた絶対にカップルの恋愛の邪魔をしているだけでしょう」
やれやれ、サヤは恋愛というものを分かっていない。自分は嫌がらせをしているんじゃない。
いつの日かレナの妨害をものともせずに恋の絆を確認することが出来る真実の愛の持ち主が目の前に現れるのを待っているのだ。
もしもそんなカップルが現れたその時には自分は敗北を認め成仏し地縛霊としての役目を終え、この世を去り、天国に行こうとしているだけなのだ。
そんなレナはカップルの愛を邪魔しているんじゃない、二人が愛の絆を確かめ合うのをただ手伝ってやってあげているだけなのだ。
レナは丘の上から遠い目で夜空を眺める。
その目には無数の星星がきらめき、朝日が昇るとともにその姿が消え、また次の夜空に姿を表すためにその住処に帰ろうとしているのが見えた。
サヤの言葉を無視してまるで綺麗な景色に心が打たれているかのようなフリをするレナを見て、サヤがため息をつく。
レナが死んでからこの場でよく二人は言い争いをする。
この場所にレナがくる前から何百年もの間この場所にいたサヤと現代に生まれたレナとでは考えが違うのだ。
時代が違えば人の考え方も違う。
サヤは自分が不幸な人生を送ったので、せめて他人には幸せになってもらおうとして、ここにやってくるカップルたちの恋愛がうまくいくように、この場所で愛を囁きあうカップルの気分を盛り上げるために夜の月にかかる雲をどけて綺麗な星空を見せるだとか、カップルに嫉妬し危害を加えようとこの場所にやってくる不審者や犯罪者を脅かして追い払いカップルを守っていたのだ。
そのせいでこの場所は心霊スポットにも関わらずカップルの愛をかなえるデートスポットにもなっていたのだ。
しかし、そんなサヤが苦労して築き上げたこの場所に対する良い評判もレナが現れてからはどんどん地の底に向かって落ちていった。
「あなたのやったことが、すべて私がやったみたいになっているのよ」
「いいじゃない別に」
「良くないわよ!!」
サヤが大きな声を出した後、息切れをしてハアハア言う。
幽霊になってから息切れするなんてひさしぶりだ。
レナと一緒になってからサヤはよく興奮をして、まるで生きていた時のように感情の起伏が激しくなり、息切れ・胸の動悸・脈拍の上昇といった死者が感じるはずがない感覚を感じるようになっていた。
事故で手足を失った人間は失ったはずの手足の感覚を感じる、サヤもそのような感覚を持つに至っていた。それはサヤをとても混乱させ、本来おとなしいサヤの性格を変化させていた。
生きている時は人とケンカ何かしたことがなかったのに……、サヤはとまどいを隠せないでいる。
長年カップルたちの愛を見守ってきて感謝されてきたサヤにはプライドというものがあった。
そのプライドがレナのせいでズタズタにされたのだ。
レナがカップルたちに嫌がらせをするようになってからは「ここに出る幽霊はいいヤツだって聞いていたのに……」とか「やっぱり幽霊は幽霊だ、悪霊だ」などと言われるようになった。
以前この地で愛を誓い会ったカップルが数年後にひさしぶりにやってきた時にレナがカップルの女の口から泡を吹き出させた時には「よくも騙したな。最初は油断させて良い幽霊だと思わせておいて、後で裏切って俺達の心を弄んで楽しんでいるんだろ」などとも言われてしまった。
「あなたさっき勝ったとか言っていたわね」
「ええ、私は勝ったわ」
「何なのよ、その勝ったっていうのは」
「勝ったは勝ったよ。私は勝負に勝ったのよ。勝負を挑まれたからには勝負から逃げるわけにはいかないのよ」
この子は駄目だ。
そんな諦めの想いがサヤの心を支配する。
どうしてこうなったのだろうか?
最初ここにやってきたレナは腰がとても低かった。
「よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げながら地縛霊の先輩のサヤに挨拶をしてくるほど礼儀正しい人間だった。
そんなレナにサヤは色々なことを教えてあげた。
人に取り憑く方法やポルターガイスト現象、鬼火の作り方などをだ。
別にレナを悪霊にしようとしてサヤは教えたわけではない。こんなさびしい場所で女の子が暮らしていくためには護身術のようなものを覚えていないとやっていけないからだ
それにここにはカップルに危害を加えようとして悪者たちも集まってくる。そんな悪人に対抗する手段としてサヤは幽霊としての戦い方を教えたのだ。
しかしレナはそれを悪用した。
今思うと最初の頃からレナはおかしかったようにサヤには思える。
この場所で愛を誓い合うカップルを見つめるレナの目はおかしいというか、悪意に満ちているというか、とにかく淀んだ濁った目で見つめていたのだ。
そんなレナの目を見て、レナが不幸な死に方をして地縛霊としてこの場所に留まることになったので混乱しているだけだと思っていた。
しかしそうではなかった。
レナはカップルたちに悪意を持って接するだけではなくて、脅かすことを楽しんでいるようにも見える。
レナは最初はおとなしくしていた。
レナがおかしくなったのはあの出来事からだ。
ある日いつものようにこの丘の上にカップルがやってきた。
そのカップルたちはあまり言葉を交わさず、そのうち相手の身体を触り始め、キスをするだけでは飽き足らず服を脱ぎ始めていやらしいことを始めようとしたのだ。
たまに心の絆を確かめ合おうというカップルばかりではなく、相手の身体を求めることだけを考えているような人間たちもやってくるのだ。
そんな男女を見るとサヤは顔をそむけ、ただ恥ずかしさと気まずさとおぞましさに耐えなければならなかった。
人間ならばその場を逃げ出すことも出来たであろうが、地縛霊であるサヤにはその場を逃げ出すことなど出来ずカップルたちがなすがままにさせて置いて耐えることしか出来なかった。
そうは言ってもまったく何もしなかったわけではない。
突風を吹かせたり、動物に遠吠えさせたりしてサヤはカップルの邪魔をしようとした。しかしそんなサヤの思惑とは裏腹にカップルたちは邪魔が入ることによって興奮するらしく、さらに激しく身体を求め合うのだった。
そしてその日もカップルたちがやってきた。
「マナミ」
「ヤスオ」
お互いの名前を呼び合い、身体を触り始めた二人からサヤがいつものように顔をそむけた時のことだった。
「こいつら、ちょっと脅かしてやりましょうよ」
「えっ」
思いもかけないレナの言葉にサヤは驚いた。そしてレナの顔をじっと見るとその顔は意地悪そうにニヤニヤ笑っていた。
「いけないわ。愛する二人の邪魔をするなんて」
「何言っているんですかサヤさん。こいつら恋をしているんじゃなくて欲望の虜になっているだけじゃないですか。こんなやつらはこの場所にふさわしくありませんよ。脅かして追っ払っちゃいましょうよ」
サヤがカップルの方をチラリと見て、すぐに顔をそむける。
確かにレナの言うとおりだ。とても愛を誓い合っているようには見えない。
「でも、どうやって脅かすの。私が脅かしても彼らにはまったく通じないのに……」
「私にまかせてください。こんな奴ら5秒で追い出してやりますよ」
そう言ってレナは女の身体に取り付き、ヤスオとマナミがキスをしようとした時にマナミの口からヤスオの顔に向かって大量の吐瀉物を吐き出させ、約束通りにアッという間にヤスオとマナミを追い出してしまったのだった。
「ねっ、簡単でしょ」
レナがニヤリと笑う。
ああ、そんなやり方があったのね、あまりに下品な方法なので気が付かなかったわ。サヤはレナの発想の凄さに驚嘆の念を抱いた。
それからというもの、丘の上にやってくる不埒なカップルたちはレナの餌食になり、散々な目にあった挙げ句に追い出されることになった。
そんなカップルたちを見てサヤも最初の内は楽しんでいた。
それはそうだ。
本当に愛するカップルたちと、ただ身体だけを求め合う野獣のような男女が一緒に扱われるというのはサヤにとっても納得がいかないものだった。
だからこの丘の上から肉欲に溺れたカップルを追い出し、真実の愛を求めるカップルだけの場所にすることに対してサヤは喜びすら感じていたのだ。
レナがふしだらな人間たちに取り憑いて丘の上に吐瀉物を撒き散らしたおかげで、地面には栄養が行き渡り、不毛な大地だったこの地にも見たこともない綺麗な花が咲き乱れて、まさにカップルたちが愛を誓い合うのにふさわしい聖地のような場所になっていった。
しかし、それだけでは済まなかったのである。
この丘の上にやってくるカップルの中には愛を誓うのが目的か、肉欲が目的か、境界があいまいなよく分からないカップルもやってくる。そんな彼らをもレナは追い出し始めた。
それを見てサヤはちょっとおかしいのではないのかと思い始めたが、レナが彼らは身体目当ての獣だとあまりに強く言い張るのでサヤもそうなのかなぁと思った。
しかし、その後どう見ても身体目当てではない、ただ愛を囁き合うだけのためにやってきたカップルたち、例えば小学生、たまにこの場所には子供たちもやってくるのだ。そんな彼らまでも、レナは脅かして追い出し始めたのだった。
さすがにこの頃になるとサヤはレナの異常な態度に気がついたが、その時にはもうレナの暴走を止めるには時が遅すぎたのである。
カップルたちを脅かして追い出し続けたレナはまるでゲームのキャラクターのように経験値を積み、最初はただ口から汚物を吐き出させるだけだったその手口が、手にナイフや叩き割ったビール瓶を持って追いかけるという暴力的なものに変化し、さらにそこから劇仕立てのまるでホラー映画の脚本そのままの手の込んだ、カップルたちに恐怖と意外性と嫌悪感を抱かせるような、そんな普通の地縛霊には出来ないような手段を駆使してこの場所にやってくるカップルたちを手当たりしだいに追い出し始めたのである。
カップルたちを追い出そうとする時のレナの表情は普段とはまったく変わってしまい、まるでレナ自身が悪霊にとりつかれたかのような異様な目の輝きと恍惚とした表情を浮かべ、近寄りがたい雰囲気を漂わせるので、サヤは遠くからレナを見守るしかなかったのである。
そんなレナは地縛霊として着実にレベルアップしていき、並の地縛霊には決して手に入れることが出来ない数々の技能を手に入れていった。
まるで一流のトップアスリートのようにカップルたちを恐怖させることのみに専念をしているレナの姿は一つの道に全神経を集中し、その世界でトップを取ろうという意欲を感じさせ、それはまさに真剣で鬼気迫るものがあり、凡人には近寄りがたいオーラを漂わせはじめていったのだ。
ある日レナの胸にネームプレートのようなものがいつの間にかついているのにサヤは気がついた。そこには「すべてを恐怖させるもの」という自分で書いたであろう、あまり達筆とは言えない文字が書かれていた。
「何それ」
「別に」
サヤの問いかけに対して無関心をよそおい、表情を変えずに答えるレナであったが、その口元にわずかに笑みが浮かぶのをサヤは見逃さなかった。
それからレナの胸についているネームプレートの数はどんどん増え続け「すべてを超えたもの」、「破壊者」、「誰にも止めることが出来ない心霊超特急」、「チート6段」、「チートを超えたチート」、「超越者」、「この世に終わりをもたらすもの」など意味不明な単語の羅列がならんでいった。
レナは突然笑い出すようになり、ニヤリと笑ったかと思うと急に真剣な顔になりシャドーボクシングのような構えをし始めたり、サヤに対して突然威嚇の声をあげたりするようになった。
レナに対する”この子は異常だ”というサヤの想いは確信に変わっていった。
レナがおかしくなったのは、その言動や行動だけではない。
何やら最近レナは態度までデカくなってきたようで、胸を張り、堂々とした態度になり、相手を威圧するような重々しい造ったような話し方をするようになった。
それだけではない。
レナはサヤとすれ違う時にワザと肩をぶつけてきて「チッ」と小さな声で舌打ちまでするようになってきたのだ。
レナは一体どうしてしまったのだろうか?
最近ではサヤを見る目つきまで変わってきたようにも思われた。
幽霊になった最初の頃はオドオドして落ち着きがなくあちこちをキョロキョロ見ていたその目が、相手を刺すような鋭い目つきになった。
さらにサヤを見下しているかのようなそんな嫌な雰囲気を漂わせるようになってきた。
そしてサヤの出自に対して質問するようになった。
「あんた親の職業は何?」
「えっ、百姓だけれども……」
「ふうん、やっぱりね」
意味ありげな視線をレナはサヤに投げかけて、しばしの沈黙の後「フッ」と笑うのであった。
またある時には、
「あんた最終学歴は?」
「えっ、学歴? 私は学校なんか行ったことないけれど」
「ふうん、義務教育も受けていないんだ……」
数百年前に死んでしまったサヤにとって学校教育などというものが受けられるはずもないのだが、そんなことはおかまいなしにレナはサヤを見て侮蔑の表情を浮かべるのだった。
レナはサヤに何かを質問をしてサヤの返答を聞くと、決まって貴族や金持ちたちがするような相手を嘲笑する鼻で笑うような態度を取るようになった。
何なのだろうか? この変わりようは。
人は死んで亡霊になった後はそのまま変化をせずにこの世を彷徨うはずであるのに、レナはまるで別人にでもなったかのようだ。
この子は特殊な子なのかもしれない。
レナに対して不快と驚嘆とサヤにとっても信じられないことだが尊敬の念の入り混じった複雑な感情をサヤは持つにいたった。
この子をほうっておいたらこの世はとんでもないことになる。そう思ったサヤはある場所にレナのことを通報することにした。
そこはレナのような生きている人間を悩ませている悪霊をあの世に送り届ける使命を持った人々のいる所である。
彼らがやってくればレナはただではすまないだろう。
しかしそれも仕方のないことだ。
レナはやり過ぎた。
だから罰を受けなければならない。
レナがどうなったとしても、それはレナの自業自得なのだ。
最初はレナの行く末を考えて躊躇していたサヤであったが、とうとう決心をして通報したのが3日前のことである。
もうすぐ彼らがやってくるだろう。
「これで299勝……、ふひひひひ、ははははは、あはははははは――」
レナが手帳に勝利の勝ち星を誇らしげに書き込んでいる。そしていつものあの気味の悪い笑い声だ。
さぞやいい気分なのだろう。
愛する二人の愛の絆を破壊して、勝者となり、弱いものを見下して、レナの心は幸せの絶頂に違いない。地縛霊にあるまじき態度だ。地縛霊であるのなら、もっと暗く、大人しく、暗闇の中に人目を避けて隠れて生活するのが本来の姿であるというのに。
そんなレナの幸福な日々はもうすぐ終わる。
もうそろそろだろう。
サヤからの通報を受けた彼らがやってきたならば、いくらレナと言えども敗北は免れないだろう。
その時こそ敗者としてレナが傷つけたカップルたちと同じ、いやそれ以上の恐怖と驚きと惨めさ、無力さ、その他あらゆる心に打撃を与え、心の中の希望すら奪い去ってしまう真の敗北というものを知るのだ。
レナ、あなたはやりすぎた。
これは天罰だ。
この世にとどまり悪事を重ねる地縛霊が受けるもっともひどい罰を受けることになるのだ。
もしそうなってもサヤはレナに同情をしないであろう。
愛し合うカップルたちの愛を打ち砕いてきたレナにはどんな罰が与えられようとも、それはレナ自身が招いたことなのだ。
レナよ、願わくばもう二度とこの世に戻ってきて悪さをするな、この世の平和のために。
そんなことをサヤが考えていると、レナが丘の下を見ながら言葉を発する。
「また誰かがやってきたわ」
白み始めた丘の上に向かって謎の人影がやってくる。それを遠くからレナが見守る。
夜空は未だ明けないが、明けない夜など存在しない。遂にレナの運命を変える朝がやってくる。




