心霊スポット
「おい、ここって幽霊が出るんだぜ」
「もう、ちょっとやめてよ。私そういうの弱いんだから」
若い男女のカップルが地元で心霊スポットと呼ばれている場所にやってきた。そこはデートスポットにもなっていた。
そこで愛を語り合うカップルは永遠に恋の絆で結ばれるという伝説だ。
昔好きな男に振られて自殺をした少女の霊がその場所に出現し、自分には恋を実らせることが出来なかったので、代わりに他のカップルたちの恋愛を助けて、その恋がうまくいくように手助けしてくれるのだという。
その話を聞いた若者たちは「何だ、その自殺した少女っていい奴じゃないか」などと言って、地元の人間たちから少女の霊は慕われているという。
タケルとマミもそんな噂を聞いてこの場所にやってきたカップルの内の一組だ。
二人は高校を卒業をしてタケルは東京の大学へ、マミは地元の専門学校に行くことになっている。
離れ離れになる二人は遠距離恋愛になっても二人の心が離れないようにこの場所にお祈りにやってきたのだ。
「頑張りなさいよ」
「何がだよ」
「もう分かっているくせに、大学のことよ」
「ああ分かっているよ。ちょっととぼけてみただけだよ」
真夜中の丘の上でタケルがそう言って星空を見上げる。
星がキレイだ。
タケルたちが住むその場所は田舎の山の中にあり、空気がきれいで星がよく見えるのだ。
「俺、東京の大学に行くの、やめようかな」
「何を言い出すのよ、いきなり」
「だって東京の大学に行くとお前と離れ離れになるだろう。それが嫌なんだよ」
タケルがマミの顔をじっと見つめる。
その目は真剣で二人の将来について真面目に考えているのがマミにも分かった。
「バカなことを言わないでよ。あんなに勉強を頑張ってやっと受かった大学なんでしょ」
「それはそうなんだけれども――」
「私は待つわ。タケルが東京に行っても、他の男なんかに目もくれずにタケルだけを待っているわ」
「……マミ」
マミは本気だ。自分だけのことを愛してくれているのがタケルには痛いほどよく分かった。
タケルは決心した。
よし、いいだろう。二人の将来の為に東京の大学で頑張ろう。たった4年じゃないか、4年間で大学を卒業し、そして故郷に戻ってきて、そこで就職しマミと一緒になるんだ。他の男や女の誘惑なんかに俺たちはまどわされたりしない。だって俺たちはそうなる運命なのだから。
タケルはマミの身体を抱き寄せた。
マミの身体はとても柔らかい、女性の身体は柔らかいがマミの身体は特別に柔らかいのだ。
それはマミが太っているから柔らかいのではない。マミのやさしい心が、マミの身体をタケルにとても柔らかく感じさせてくれているに違いない。
そんなマミの身体をタケルが抱けるのが今夜で最後だ。4年後に東京から帰ってくるまで、もうマミの身体を抱くことは出来ない。これが最後だ、マミのその身体の柔らかさを存分に味わおう、それぐらいの贅沢は許されるはずだ。
タケルはこれから大学に行って一生懸命勉強しなくてはならないが、今だけはマミのことだけを考えていたいと思った。
タケルがマミの身体の感触を味わおうとしてマミの身体を強く抱きしめようとすると声が聞こえた。
「うらめしい……」
それはマミの身体の中から聞こえてくるかのようで、タケルはギョッとしてマミの身体を突き放してしまった。
「どうしたのタケル」
驚くマミの顔をじっとタケルが見つめる。
何だ今のは、気のせいだろうか?
「いや、何でも無い」
タケルが頭をふり、もう一度マミの身体を抱き寄せようとするとまた声が聞こえる。
「うらめしいって言っているんだよ……」
タケルが驚いてマミの身体を乱暴に突き放す。
「ちょっと、何なのよ一体!?」
不審げにタケルを見つめるマミの表情には不快な表情が浮かんでいた。
それは当然だ。
最後の別れの大事な時にこんな乱暴な扱いをされるとはマミも心外なのだろう。
「お前、今の声聞こえなかったか」
「今の声って」
「うらめしいとか何とか野太い声で誰かが言っただろ」
「はぁ? 何言っているのよ。ここにはあなたと私の二人しかいないのよ。そんな声聞こえなかったわ」
タケルが辺りをキョロキョロ見回す。
そこは丘の上の景観の綺麗な場所で、辺りには木々が立ち並び建物の類はまったく見えない。人工的なものといえば街灯が立ち並んでいるくらいだが、それは辺りの自然に上手く溶け込んでいるので、それを見る人間に心地よい気持ちを起こさせるものだった。
タケルは聞き耳を立てたが辺りはまったく静かなもので、物音と言えば虫のざわめきのようなか細い音ぐらいのものだ。
「ごめん。ここって前に女の人が死んだ心霊スポットだから、俺が怖くなってありもしない幻聴でも聞いたのかもしれない」
マミがタケルをじっと見つめる。
タケルは男なのに女みたいに神経がか細い所がある。だからこの場所の噂話を思い出してありもしない声を聞いたのだろう。
タケルのそんな繊細な所がマミは好きだったが、二人きりの大事な最後の別れの時にまで変なことを言い出すようであれば、それは人間としてちょっとみっともないとマミには思われた。
「二人だけの最後の夜だから、あなたの気が高ぶって変な声でも聞いたのよ。あなたってそういう所が子供っぽくて、私もそういう所に魅力を感じているんだけれども……」
「そうか、そうだよな。ごめん、今は余計なことを考えずに二人のことだけ考えよう」
マミの不安そうな顔にタケルが気づく。
これではいけない、マミに男らしい所を見せないと。二人きりの最後の夜にふがいない姿をマミに見せるわけにはいかない。
「なあに大丈夫、もし幽霊が現れたとしても俺がお前のことを守ってやるさ。お前のためなら俺は命だって捨てることが出来るんだぜ」
タケルがマミの顔を見てニヤリと笑ってみせる。
そんなタケルの姿を見て、マミの顔にもようやくいつもの明るい表情が浮かんだ。
よかった。二人の最後の思い出の夜は最高の出来事にしないといけない。そうしないとこれから大学を卒業するまでの4年間の間、マミが他の男に浮気心を起こさないとも限らないから。
タケルがマミを両手でしっかりと包み込むように抱きしめようとするとまた声が聞こえる。
「言ったな、デカイことを言ったな。お前の愛が本物か試してやる」
「誰だ!! 誰かいるのか!?」
タケルが大声を出す。その声は辺りの自然の中にこだました。
辺りに立ち並ぶ街灯の明かりがチラチラ点滅し始める。
「おいっ、あれ」
それに気が付き不審そうに街灯をタケルとマミが見つめる。
ボンッ!!
大きな音を立てて街灯の電球の一つが割れた。
「うわっ、何だ!?」
ピシッ!!
音がする方をタケルが振り向くと、右手にあった木の幹に亀裂が入った。
「一体、何が起こっているんだ!?」
木々がざわめき始め、声が聞こえる。
「ウウゥゥゥゥッッ、ウウゥゥゥゥッッ」
マミを守らなくては。
タケルはとっさにマミの前に立ちはだかり、マミの盾になろうとした。
何が起ころうとマミは俺が守る、そんな強い想いを胸にタケルはマミの身体を後ろ手に押さえる。
「俺から離れるな……、えっ!?」
マミの身体が硬い。まるで岩を触っているかのように無機質でおよそ生命と言えるものを感じることが出来ないほどマミの身体は硬く硬直していた。
タケルが驚いて後ろを振り返る。
「あはははははははは」
突然マミが笑い声を上げる。
その声はタケルが今まで聞いたことがないような大声であり、それは真夜中の丘の上で狂ったように響き渡った。
「おい!! どうしたんだよマミ。しっかりしろ!!」
マミの身体を両手で掴みタケルが必死に揺さぶろうとするが、マミの身体は揺さぶるには硬すぎ、動かすことが出来ず、まるでビルの壁を揺さぶろうとしているかのような無力感をタケルは感じた。
「何でだよ! 何で!!」
タケルがマミからとても人間とは思えないような異様な印象を受け、思わず後ずさりをした。
「どうしたの? どうして私から離れるの? 私を命がけで守ってくれるんでしょ?」
矢継ぎ早に早口で問いかけるマミの声は、いつもの穏やかでゆったりした口調とは全く違い、落ち着きのないおっちょこちょいな人間が早口で話しているかのようで、別人が話しているかのような印象をタケルに与えた。
「お前は誰だ!!」
タケルの口から彼の意志に反して言葉が出る。
本当にマミのことを他人だと思ったのではない。なぜかとっさにその言葉が出たのであった。
「誰って私よ私」
「……本当にお前はマミなのか?」
「当たり前でしょう。私がマミじゃなかったら何だと言うのよ」
タケルがマミをじっと見つめる。
そうだ、自分は何を言っているのだろう。突然おかしなことが起こったので混乱して変なことを言ってしまった。人生を添い遂げようと考えている相手に対して自分は何てことを言ってしまったのだろうか。
タケルの心に後悔の念が浮かぶ。
「ごめんマミ、さあ行こう。何かここでおかしなことが起こっている。安全な場所まで避難しよう」
タケルがマミの手を取ってその場を離れようとする。
しかし、マミの手は石のように硬く、男のタケルの力を持ってしてもまったく動かすことが出来なかった。タケルが何とかマミを安全な所に連れて行こうと手を引くがマミは動く気配すらない。
あせるタケルの顔をじっとマミが無表情で見つめる。
そんなマミの視線に気がついたタケルが懇願するような表情を浮かべながらやさしくマミに問いかける。
「さあマミ行こう。ここは危険だから。俺と一緒に来てくれ」
「……」
「マミ……」
「私を連れて行ってくれるの?」
マミがようやく口を開いた。
その言葉はいつものマミのやさしい口調だったので、タケルは安堵しうなずいた。
「そうだよ。俺が連れて行ってあげるから一緒に行こう」
「あなたが連れて行ってくれるの? それとも私があなたを連れて行ってあげるの?」
「何を言っているんだマミ……?」
ボンッ
突然街灯の電球がすべて一斉に割れた。爆弾が爆発でもしたかのような大きな音が静かな丘の上にこだまし、タケルは一瞬ビクッと身体を硬直させてしまった。
辺りは真っ暗になり何も見えない。
愛するマミの姿を見失いタケルが大声で叫ぶ。
「マミ!! どこだ!! どこにいるんだ!?」
辺りを手探りで探すが、さっきまでマミがいた辺りには何もない。目も見えず盲人のように両手を突き出し辺りを慌てて探るタケルの足に何かが触れる。
何だ? 一瞬わけも分からず立ち止まるタケルの足を何かが強く掴む。
「うわっ!?」
突然の出来事にタケルは大声を出し、そして転んで尻もちをつく。
何かがタケルの足を掴んでいる、しかし真っ暗で何も見えない。タケルの心の中を恐怖の感情が支配する。
その時タケルの目の前に突然明かりが見えた。
それはゆらゆらと揺れてまるで空を漂うホタルのようだ。しかしホタルはあんなに明るくはない。あれはまるで炎だ、真っ赤に燃える炎が宙を浮かんで漂っている。
その炎の光を呆然と見つめるタケルの目に、炎の明かりに照らされ彼の足を掴んでいる人間の手が見えた。
――あれは、マミ、マミの手だ。
マミが地面に倒れて俺に助けを求めているんだ。
一体なぜマミは倒れているんだろう?
タケルの脳裏にそんな疑問が湧いたが、今は愛するマミを助け起こすことが先決だ。
タケルがマミを助け起こそうとして手を差し伸べようとするが、タケルの足を掴むマミがとても女の力とは思えない化け物じみた力でタケルの足を自分の方に引っ張る。
「連れて行ってやるよ」
「えっ!?」
「地獄に連れて行ってやるって言ってんだよ!!」
顔を上げてタケルを睨みつけながら言うマミの顔はまるで別人のようだ。
「なっ、何を言っているんだマミ!?」
「あはははははは!!」
マミが狂ったように笑い出す。それはタケルが今までみたこともないような、まともな精神の人間が見せるような表情ではなかった。
タケルの心を恐怖が支配し、もはや愛する彼女を助けようなどという気持ちが微塵も失せてしまった。
「たっ、助けてくれー!!」
タケルがマミの手を振り払い、よろめきながら立ち上がり逃げ出す。
「ねえ、何で逃げるの? 私を守ってくれるんじゃなかったの?」
笑いながら話すマミのその声は助けを求める人間のそれではなく、他人を嘲り、からかっているかのような響きすらあった。
「ひいやあぁぁぁっ!!」
丘の上から転がるように走って逃げるタケルはマミの声が聞こえなくなったことに気がついた。そして後ろを振り返る。
「ウボオオォォッッ」
マミが仰け反りながら両手両足を地面につき、四足の化け物――巨大な虫が地面を這い回るかのような、そんなホラー映画でしか見たことがないような化け物じみた動きで丘の上からマミがタケルを追いかけてくる。
その姿を見た瞬間、タケルは正気を失ってしまい、もはや彼に出来ることは悲鳴を上げながら必死に逃げることだけだった。
「うわああぁぁぁっっっっ!!」
逃げていくタケルを後ろからものすごいスピードで追いかけていたマミが突然正気に戻る。
「あっ、あれ。私……一体」
マミが地面から立ち上がると、目の前をタケルが一直線に丘の麓に向かって逃げていく姿が見えた。
「ねえ、どうして? どうして逃げるのよタケル」
「来るな――――――――!!」
「何で!? 一体、どうしちゃったのよタケル」
「うわ―――――――!! 化け物――――――――!!」
二人の男女が丘の上から追いかけっこをしながら走り去る姿を丘の上から怪しげに見つめる少女がいた。
「また、勝ってしまった」
彼女はぽつりとつぶやいた。




