第9話:既存設備利用
私と鈴乃がキィコキィコとスワンボートを漕ぎ、黒田くんが白鳥さんを乗せてカヌーを漕いでいる。
「黒田く~ん、おっそいぞ~~! それでも白鳥さんのナイトか~~?」
「うるさいな! こっちは難しいんだよ!」
オールの扱いに慣れてないのか、ペダルを漕ぐだけの私たちから遅れを取ってしまっている。まぁ合わせる必要もないか。交際2日目なんだから、ちょっとは2人にしてあげましょ。
特に充てもなく、スワンボートを漕ぎ続ける。
「いや~っ、穏やかな休日ですな~っ」
「穏やかじゃなくしてるのは誰よ・・・。考えてみれば、先週も水風船で濡れちゃったし」
「あれはあの2人を近づけるために必要だったのよ。尊い犠牲ね」
「全く・・・。ま、1回ズブ濡れなるだけで雪実の恋が実るなら安いもんだけどさ」
「でしょ。我慢なさい」
「さっきのは余計だったけどね」
「ボタン押したのは鈴乃よ」
「ホントそれ・・・もう・・・」
鈴乃が片手で頭を抱える。何より自分が引き金を引いてしまったことが悔しいようだ。
もう結構進んで来たので、私は立ち上がってスワンボートの物色を始めた。
「何してんの?」
「ん? このボートにも改良の余地はないかと思ってね」
「ちょっとやめてよ。1日で2回も池に落ちるの嫌なんだけど」
1回だったらいいのかよ。さすが私の親友。
「大丈夫よちょっと歩き回るぐらい。心配なら鈴乃の体重で支えといて」
「あんたも大して変わんないでしょ」
(地味に鏡子の方が軽いのムカつく・・・) by大曲鈴乃47キロ
私は「ふんふふんふんふ~ん」と鼻唄を歌いながらスワンボートの物色を続ける。
「これにも潜水機能付けちゃおっか?」
「絶対やめて。そもそも白鳥は潜水できないでしょうが」
「不可能を可能にするのが私の発明よ」
そう言いながら私は池の水に手首まで入れ、特に意味もなくかき混ぜる。
「せいぜい池の水きれいにするぐらいにしてよね」
ガブ。
「痛っ」
手を引っ張り上げると、
「あ゛あ゛~! ヤマカガシ~~!!」
「嘘でしょ!? 毒ヘビなんだよねそれ!?」
「可愛いでしょ?」
「近付けないで!」
「ほら、いい子だから離れなさい」
アゴを開くように首(?)の辺りをつまむと、離してくれた。そのまま池にポイっ。あ~くっそ、こいつの毒結構強いんだったよな。
「大丈夫なの?」
「私はマッドサイエンティストよ」
まずは毒吸引器を取り出し、傷口から吸引。さらにポケットから、丸薬を1つ。
「え・・・媚薬?」
「解毒剤よ。誰がヘビに噛まれて媚薬飲むのよ」
「マッドサイエンティストでしょ」
「その路線もいいわねえ」
解毒剤をパクリ。マジ痛ってぇ・・・。毒抜くのも微妙に遅れたし後で頭痛くなるかも。
「でも今ここで飲むと鈴乃のこと好きになっちゃうわ」
「あたし鏡子にだけは絶対に好かれたくないんだけど」
「気が合わないわね。私は私のことが大好きよ」
「じゃあ鏡見ながら媚薬飲めば?」
「いいことを教えてくれてありがとう」
「やっぱやめて。なんか悪化しそうな気がする」
「自分を好きになって悪いことなんてないわ」
「いちいち格好いいセリフ言わないで」
「格好よさはホラ、内面から溢れ出るものだから」
「ドロドロのマッドサイエンティストが何言ってるのよ」
「んじゃ、そろそろマッドサイエンティストらしいことをやりますかね」
「いやそんなの求めてな・・・何する気?」
「やっぱこういうのってさ、スピードが大事よね」
私がペダルに取り付けたのは、たまにチャリの電動化に使ってる小型モーター。これをペダルの軸部分に取り付けるだけで、普通のチャリも電動自転車に早変わり!
「ちょっ、待ちな…きゃあっ!」
勢いよく走り出すスワンボート。
「おおぉ~。人間の限界超えた力で漕いだらこんなスピード出るのねスワンボートって」
マジで、チャリで全力で飛ばしたぐらいのスピードはある。
「いいから早く止めなさい!」
手すりにつかまるだけで動くことができない鈴乃。さっきの今で、自らモーターを止めにいこうとは思わないでしょうね。
「ハンドル操作は効くから平気でしょ」
「なんでわざわざギリギリ狙うのよ・・・!」
(鏡子のことだからギリギリ回避するんでしょうけど)
「スリルを求めて、ね」
「素人には理解できない解説どーも!」
バキッ。
「「え?」」
後ろを見ると、なんか鳥の足っぽいのが浮いていた。見るからに無機物だし、このスワンボートの足っぽい。
「へえ。律儀に足なんて付けてんのね」
「そんなことどうでもいいでしょ!」
あ、なんかボートが思いっきり右に曲がり始めた。片足だけでバシャバシャと頑張ってるっぽい。
「鏡子、前、前!」
「え?」
左足だけの駆動となったスワンボートが曲がった先に、
「厳木、ちょっ、ストップ、ストップ!」
両手を前に出してワタワタするオセロカップル。いつの間にあんたらそんな近くまで来てたの?
「鏡子早く!!」
「分かってるわよ」
とりあえずモーターのスイッチを足で押して、ハンドルを・・・右の方がいいかな、に切る。
「あ」
ハンドル操作効かねーー。モーターによる推進力は失うも、慣性で進み続けるスワンボート。まだスピードは結構あるね。
うん、もう無理。
「いやああああああぁぁぁぁ!!」
「うわああああああぁぁぁぁ!!」
「・・・・・・!!」
「やっべー・・・」
ドオン!
正面衝突。そして、
バッシャーン。
本日2度目の池ポチャ。冷てぇ・・・。
--------------------------------
月曜日の、昼休み。
「何か言いたいことはあるか、厳木」
私は、職員室で正座させられている。ここ土足なんですけどー?
結局昨日はあの後、私が非常用うきわ(瞬時に空気が入る)を召喚して溺れるのを防ぎ、おじちゃんがホバーを使って助けてくれた。壊れたスワンボートについては、私が修理するのと引き換えに、おじちゃんの計らいで公園管理側には“機器の故障”で通してもらえた。
だが、暴走するスワンボートに私が乗っている姿を、私の顔を知る人が見かけて学校にクレームを入れたらしく、今、担任の君津に呼び出されているに至る。昨日は私服だったんだけど、有名人も楽じゃないねえ。
「なんで私だけなんですか」
「お前が騒ぎの中心にいれば、周りはみんな被害者だ」
何それ酷くない?
「その、公園を訪れる人が楽しく過ごせる方法を模索してて・・・」
これは嘘じゃない。
「その結果トラブル起こしてたら意味ないだろうが。今回は池に落ちたのがうちの生徒だけだったから良かったものの」
ホバーの急発進で見ず知らずの人も池に落としたのだが、それは明るみに出てないらしい。本当に良かった。
「全く・・・何でお前みたいな奴が成績トップなんだか」
「逆に考えましょう。私のような人間だからこそトップであると!」
「世界中のエリートがお前みたいな奴だったら今ごろ人類は滅亡してる」
「何を言いますか。人類の文明はマッドサイエンティストと共に栄えてきたんですよ?」
「っ・・・その面があることも否定しないが、自分以外の人類に危害が及ばないようにしろ」
「私はどうなってもいいと言うんですか! それでも教師ですか!」
「教師だからこそ、無駄だと分かっててもこうしてお前を呼び出して説教する必要があるんだ」
おい、「無駄だと分かってても」だって? 分かってるじゃんか。
「もっと自分の生徒を信じたらどうですか」
「だったら信じさせてくれないか? 俺がお前に関して信用してるのは、こうして定期的に1対1で対話する機会を与えてくれることだけだ」
「それって凄い信頼関係だと思いません?」
「今すぐ焼き切りたい運命の糸だ」
「あ、点火源ならありますよ」
「没収だ」
「あ! 酷い!」
カチカチと、君津が私から奪ったライターを動作させる。牛肉に3秒で火を通せる火力だ。
「こんなもんまで持ち歩いてるのか。油断も隙もありゃしない」
あと2本あるけどね。
「全く、お前には何を言っても無駄だな・・・どうせなら退学レベルのことをやらかしてくれないか」
おい今なんて言ったよこの担任。今のは効きましたよ先生?
「その時は先生も一緒ですね」
「ああ。お前この学校から追放できるなら人生ぐらいくれてやるさ」
「教師の鏡ですね」
「お前にも他の生徒の模範となってくることを期待してるんだがな」
「私は自分の理想を突き進んでますよ」
「だろうな」
ぐぅ~~~~っ。
「マッドサイエンティストも空腹には勝てんらしいな。もういいぞ、出てってくれ」
こいつ、わざと昼メシ食う暇与えずに呼び出しやがったな? 自分は私の移動待つ間にホットドッグ食ってるし。
「はーい」
ガラララララッ。あーあ、新年度始まって2週間も経ってないのに呼び出されちゃったよ。
教室に戻る途中、廊下にオセロカップルがいた。あらあら、交際早々仲睦まじいねえ。あんまり隠すつもりもないようだ。
「あらお2人さん、元気そうね」
「げっ、厳木!」
「あ、厳木さん、こんにちは」
オイオイその反応はナイんじゃないか黒田く~ん? 可愛い彼女ゲットできたの私のお陰だぞ?
また機会があったらよろしくね、という意味を込めて2人に手の平を向け、通り過ぎる。
「あ、鏡子」
教室から鈴乃が出て来た。メシ食い終わってトイレにでも向かうところだろうか。
「説教は終わった?」
「まあね。それより鈴乃、購買の満月クロワッサン買っといてくれた?」
「美味しかったわ」
そーですかっ。
20分遅れの昼食を食べるべく、私には教室に入って行った。
次回:上客その2
※当面は不定期更新とさせていただきます。