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第89話:約束された美少女

「自分がどんな嫁を求めているのか、分からなくなってしまったんだ・・・」


 血沸き肉踊った水泳大会から早2日。私は飲食店レディーフェイスプラネッツ、通称“レディフェ”でクライアントに会っている。相手は男子大学生で、自分好みの美少女キャラクターを“嫁”と呼ぶ筋金入りのオタクだ。

 痩せすぎなほどの細身、手入れしていないであろうモジャモジャ頭、メガネの奥に見える目の下にはクマ。ごく一般的な“冴えない男子”と言えるだろう。そんな相手でも金さえあれば相談に乗ってあげる、私はオタクに優しいマッドサイエンティストなのだ。


 聞けば、ゲームやアニメで色んな美少女を愛してきたが、1000をも超える美少女を愛してきたが故に、どんな新しい美少女も“何かが違う”“しっくり来ない”と感じてしまうようになったらしい。


 これだけは決して本人にはぶつけられないが、端的に言えば美少女に飽きてしまったようだ。


 正直オタクじゃない身からすればどれも似たり寄ったりだから仕方ない。二次元オタクが三次元アイドルに“みんな同じに見える”と言ってるのを、そっくりそのまま返してやりたいぐらいだ。しかし、そんなことをしていてはビジネスが始まらない。


「つまり、心は美少女を求めているはずなのに、いざ美少女を前にしても愛せなくなってしまったということね」


「そうなんだ・・・眺めるだけのアニメならまだしも、自分が主人公として心を通わせることができるゲームでも、シチュエーションや会話の振り幅に限度があるし、結局はプログラムに従ってるだけ・・・そこに魂を感じないんだ・・・」


「声は人間が吹き込んでるんじゃないの?」


「台本に従ってるだけじゃないか」


「じゃああれは? バーチャルなんとか。アニメ調のキャラクターに声を乗せて配信してるやつ。台本抜きのフリートークで視聴者のコメントも拾ってもらえるんでしょ?」


「奥にいるのは人間だ。3次元と一緒さ」


 重症だな・・・人間との会話は嫌なのに、現実逃避のためのキャラクターを用意したらプログラムだの台本読んでるだけだの言われるのか。


「じゃあ聞くけどあんたは、女の子に何を求めてるの?」


「それが分かれば苦労しないよ・・・」


 それを教えてくれれば私も苦労しないんだけどな・・・。

 この手のオタクにありがちなことなんだが、女というものを偶像崇拝しすぎだ。女とて人間なんだから男に求める理想像がある。それに応えられないのなら女だって男のために動いちゃくれないさ。


 だからこそ理想を商業的に具現化したアイドルがいて、“偶像”という意味を持つ言葉なのだから崇拝するためにいると言われたらその通りなのだが、“とにかく癒されたいけどどんな女の子が良いのかすら分からない”と言われると、中々に難しい。


「私に用意できるものだって限られてるわよ? 当然ながらプログラムだし、声に至っては機械で作られたもの。もちろん人間の声と変わらない音質で会話の振り幅も人並み以上だけどね」


「それなら試してみる価値はあるよ。天才発明少女なら、魂を持つ美少女をプログラムと機械だけで作ってくれるはずだと、最後の望みを賭けてきてるから」


「そりゃどうも。けど、安くはないわよ」


「構わないよ。人がどれだけ美少女にお金を使ってきたと思ってるの」


 知るか。でもそんな台詞を吐くぐらいだ、月5万は覚悟してもらうからな。


「もうひとつ注意点。あなたの“嫁”をホログラムで用意することになるんだけど、その子は自分がホログラムであることを自覚していて、それを前提とした会話もする。それで問題はない?」


「ないよ。むしろ、実際に触れ合うことはできないんだから、愛を深めれば深めるほどそこを認識せざるを得なくなってしまうしね。俺は映像としての存在の美少女と付き合えるし、愛せる。そして愛されたい。愛さえあれば実体があるかどうかなんて関係ないよね」


 やべぇな・・・筋金入りどころじゃないぞコイツ。金型にでも入れて作られたオタクなんじゃないのか?


 まぁいいや。そこに需要があるのなら、供給を用意するだけだ。


「それで、あなたの理想の女の子を具体的に教えてもらいたいんだけど、過去にドハマリした子でもいいから誰かいないの?


 本来は、ゲームしてる最中の表情筋の動きとか脳波を観測して、どんな子とどんなシチュエーションに幸せを感じているかを取得したいんだが、当の本人が燃え尽き症候群、いや萌え尽き症候群になってしまった以上は過去データに頼るしかない。


「そうだね・・・今でこそこうだけど、身を焦がすような恋なら何度もしてきたよ」


「じゃあそのゲームをあるだけ私に貸して、それぞれのゲームでどの子が一番好みだったかも教えて。できるだけたくさん取り込んで、あなたの理想の美少女を再現してみせるから。もう一度、初恋ができるようにね」


「もう一度、初恋が・・・」


 できるさ。もしあんたが本当に、1000をも超える美少女を愛してきたのなら。


「言っておくけど、ゲームだけに絞っても100はあるよ」


「100じゃ足りないわ。アニメもマンガも含めて、全部コピーさせてもらう」


「でもPCに入ってるのもあるし・・・」


「だったらそっちの家に行くわよ」


「えぇっ? でも・・・」


「ゴチャゴチャ言わない。男子大学生が女子高生を部屋に連れ込んだとしても、その女子高生が私なら誰も通報しないわよ。警察に見られても聴取されるのは私ね」


「いや、でも中にはヲタグッズが・・・」


「それこそどうだっていいわよ。自分ですら分からなくなった“理想の美少女”に会いたいんでしょ? そんなことを言う人の部屋に等身大のフィギュアとか抱き枕があっても驚かないわよ。というか、そういったものを見せてもらわないと作れないわよ、あなたの“理想の美少女”」


「そこまで言うなら・・・」


「私に言わせれば、“そこまで言った”のはそっちの方よ」


 --------------------------------


 依頼人の男子大学生、虹元拓(にじもと・たく)の部屋に到着。“せめて5分でできる片付けぐらいさせて”というのを振り切って入ると、等身大のフィギュアこそなかったものの等身大の抱き枕はあった。その布地に描かれていた美少女の布地はゼロ。これを隠そうとしたんだな? そんなことをされたらアンタの“理想”のデータが減ってしまうだろうが。それでイマイチな仕上がりになったら私の技術のせいにされるんだから勘弁してもらいたいぜ。


 カシャッ。


「えぇ!?」


「何を驚いてるの? 電子データで得られないものは写真を撮るに決まってるじゃない。という訳で、動かないでね」


「おわっ!」


 逃げる暇も与えず、ロボットアームを召喚して動きを封じた。どぅれ、あんたがこれまでお金を使って手に入れてきた美少女を物色させてもらおうじゃないか。


「う・・・待っ・・・」


「触りはしないから安心して」


 涙目で訴えてくるのを無視し、ポスターやフィギュア、アクリルスタンドの写真を撮っていく。しかし、フィギュアというのはよくできてるな。職人の、というかフェチズムの魂のようなものを感じる。あとこいつ、パンツはラベンダー色がお好みのようだ。


「さて、後は押入れね」


「待っ、そっちはマジで・・・!」


 キィィィィッ、とボロアパートにふさわしい音を伴いながら開けると、マンガやアニメ、そしてゲームがぎっしり詰め込まれていた。どかどかと落ちて来ることがなかっただけマシか。


「なるほど」


 R18か。等身大全裸抱き枕があったのだから今更だが。


「あぁ・・・」


 観念したかのような声を背中に聞きながら、大量の小型ドローンを召喚。ディスクが入ってそうなパッケージを集めさせ、私はノートPCを取り出して外付けのディスクドライブを接続。あとはドローンたちがディスクの取り込み作業をしてくれるので放置。


「さて」


 もう私を止める気すら失せてうなだれている依頼人を解放した。


「そっちのPCのデータも頂くわ」


「もう好きにして・・・PINは2329だから・・・」


 マウスを動かして画面を点け、PINを入力。あとはUSBを差して、いただきま~す。


「それじゃあ、あなたにも作業をしてもらうわ」


 私は10インチのタブレットと携帯型のキーボードを召喚し、虹元に渡しながら言った。


「読み込んだ作品のタイトルが並んでいくから、隣のセルにお気に入りのヒロインの名前を書いていって」


「うん・・・」


 虹元は、“うわ懐かし・・・”などと呟きながらもカタカタと入力していった。完全なハズレ作品も時々あったようでそれでも1人選ぶべきなのか聞かれたがノーと答えた。愛せるヒロインがいなかった作品は“該当ヒロインなし”として取り込むことで精度が上がる。



 データ採取は2時間ほどで終わった。私の手元には、1000をも超える美少女作品とそれぞれに対する依頼人の推しヒロインのデータが集まっている。写真で撮った抱き枕やフィギュアのキャラクターも画像検索により特定済みだ。

 虹元がリストに挙げたヒロインは各作品1人ずつなのだが、惜しくも選ばれなかったキャラもフィギュアがあれば追加される形となっている。


 もちろん、ディスクや虹元のPCからデータを採取したアニメやゲームは、そのシナリオまで取り込まれている。リストに載っているキャラクターとの細かな日常会話までもが、これから作り上げられる美少女に反映されるのだ。


「そんじゃ最後、あなた自身からデータを頂くわ」


「え? 俺から?」


「当然でしょ。あなたのための美少女を作るのだから」


 そんじょそこらの美少女を愛せなくなってしまったとは言え、本人から取り込めるものは大いにある。美少女を見せながらではなく、余計な刺激もあたえず、彼の今現在のありのままの精神状態を読み取るのだ。そして、それに至る要因となった記憶も。


 なぜ彼が美少女を愛せなくなってしまったのか。それは、商業的に作られた美少女が、“ある程度の人数から愛されるための美少女”であるからだ。彼1人に特化した美少女ではない。

 もちろん特定の人間のために作られた美少女が結果として人気を博すこともあるだろうが、人生経験は人それぞれであり、狙った“特定の人間”以外の者に完全にマッチさせることは不可能と言ってもいい。そして虹元は潜在的にその微妙なズレを感じ取ってしまっているのだろう。だから用意するのさ、虹元のための美少女を。


「はい、これ」


 ヘルメットを渡し、かぶってもらう。椅子も、上質なリクライニングチェアを召喚して、それに身を委ねてもらった。


「寝ちゃってもいいわよ。あとは機械が勝手にやるから」


「うん・・・」


 スマホを操作し、起動する。被験者には、ヘルメットから音楽が流れることになる。森、海、空、花園、洋館など、様々なテーマに沿った音楽が5~10分おきに切り替わりながら、ゆったりと流れる。これも2時間かかるから、その間は虹元本人のデータがない状態である程度の美少女像の形成をスタートさせておく。


「結局暇になるのよね・・・普通のアクションゲームもあるみたいだから借りちゃえ」


 アクションゲームは、割と好きな方だ。特に、反射神経任せでできるものがいい。アクションで反射神経任せじゃないのは何なのかというと、いわゆる“覚えゲー”だ。敵の配置や攻撃タイミングとその射程は決まっているから覚えてしまえば対処できるのだが、それだとあんまりゲームをしてる気分になれない。

 あと私基準で減点対象になるのが、ボタンを押してから動くまでにラグがあったり、敵の攻撃に対して自キャラの移動スピードが遅かったりだ。こうなると敵が動き出してからの操作では間に合わず、ある程度先読みする必要が生じてしまう。私はそれを、反射神経任せのゲームとは呼ばない。


 で、虹元が持ってたゲームはどれもイマイチだったとさ。こいつ、多分覚えゲーが好きなんだろうな。



 2時間後、終わりを知らせるブザーが鳴ったが虹元が動く気配がなかった。寝落ちしたみたいだ。


「起きなさい。終わったわよ」


 ヘルメットを外し、頭を軽く小突くと虹元は起きた。


「あ、あぁ。俺は何を・・・そうか、愛せる美少女を頼んでて・・・」


 どうやら疲れが溜まってるようだな。趣味で徹夜してるせいなのか、大学生活での疲れなのかは知らないが。


「欲しいものは全部揃ったわ。あとは、待ってれば完成するから」


 寝ぼけた様子だった虹元も、少しずつ記憶がしっかりしてきたようで大きく息を吸ってフーーーッと吐き出した。


「本当に、できるの・・・? こうなってしまった俺でも、愛することができる美少女が・・・」


「信じていいわよ。あなたがこれまで愛してきた1000人は無駄にならない。約束された美少女が、あなたを待っているわ」

次回:あなたのための美少女

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