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第87話:波打つ泉! 弾けるしぶき! 水もしたたる良い着ぐるみはもげる首!

 

 ドドドドドドド・・・ザブーーーン!


 ドドドドドドド・・・ザブーーーン!


 “ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会!”準決勝は、押し寄せる波に逆らいながら競うことになる。昼食休憩中も波はずっと出しっぱなしにしてたから、選手の皆さんはしっかりイメージトレーニングができたことだろう。


 波は30秒に一度のペースでやって来る。強さはランダムで、稀に出るマックスパワーは1回戦でのスーパーパワーマンに匹敵するかも知れない。


【それではまもなく、準決勝第1試合を行います。選手入場~~!!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」

「「「フーーーーーーッ!!」」」


【第1レーン。中西町代表、エイトビートブラザーズ!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 さっきから第1レーンなんて言い方をしているが、競技用プールみたいな区画分けがあるはずもなく、スタート時の並び順なだけだ。準決勝は5チームなので第3レーンが真ん中、決勝は4チームなので第2レーンと第3レーンの間が真ん中になる。


【第2レーン。氷町代表、アイスマーメイド!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 1回戦ではコニカルタワー先輩に敗れ2位となったが、タイムロスとなった中間地点の岩場をどう対策してくるか。そして私が用意した波にどう立ち向かうか。


【第3レーン。力町代表、スーパーパワーマン!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」

「Boooooooooooooo!!」


 ブーイングが混ざってるのは、1回戦で水面叩きつけによる他チームの妨害をしたせいだろう。準決勝は元から波があるので妨害効果も薄れるが、ヤツの怪力を前に私の波が無意味ということになれば、妨害などしなくても楽勝になってしまう。その怪力も私が付けたものだが・・・だって仕様書に書いてあったんだもん。


【第4レーン。翼町代表、大空ペンギン!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 1回戦第1試合で難なく1位通過した大空ペンギンだが、タイムでは第3試合1位のスーパーパワーマンと、第4試合2位のアイスマーメイドにも負けている。

 決勝に勝ち進めるのは2チームなので、最低でもどちらかに勝たねばならない。波のギミックとスーパーパワーマンという不確定要素が、どう勝敗に影響するかが見物だ。


【第5レーン。窓先市公認キャラクター、クリスタルフラワーちゃん!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」

「「「イェァーーーーーーッ!!」」」


 はっきり言ってこの試合はマーメイドとパワーマンとペンギンの勝負になるだろう。クリスタルフラワーちゃん、お疲れさま。今までありがとう。


【それでは早速始めましょう! 位置について、】


 飛び込みの姿勢を取ったのは、マーメイドとパワーマンとペンギン。だが多分、マーメイドもペンギンもパワーマンの動きを探ることだろう。


【よーーーーい・・・】


 パァン!


【スタート!】


 がしっ。


 !?


【えぇっ!?】

「「「おぉぉ・・・っ!」」」


 どよめきが起こった。それもそのはず。号砲と同時に、アイスマーメイドがスーパーパワーマンに抱き着いたからである。そしてそのまま、バシャーンと落水。


【なんということでしょう! アイスマーメイドがスーパーパワーマンに抱き着いて一緒に落ちました~! 1回戦のようなことを阻止するためでしょうか! 他の3選手、呆気に取られて動けません!】


 アイスマーメイドはどうするつもりだ? スーパーパワーマンを抑えることができても、自分がゴールできなきゃ意味ないぞ? って、おい!


【あぁーっと! アイスマーメイド、水中でスーパーパワーマンに熱いディープキスをしています! これは、これは素晴らし・・・じゃなくて凄まじい! スーパーパワーマン、身動きを取ることができません!】


 スーパーパワーマンは顔まで被り物だが、アイスマーメイドの顔はメイクだけなので、あのお姉さんは着ぐるみに対してディープキスをし続けていることになってる。逃がすまいと、何度も何度も。


【っとここで大空ペンギンがスタート! エイトビートブラザーズとクリスタルフラワーちゃんも続きます!】


 水中の2人が自分たちの世界に入ったことで、大空ペンギンが飛び込みスタート、残りの2人は普通に入って進み出した。しかしそこに、


 ザブーーーン!


 波が襲い掛かる! ペンギンは失速、他2人は後退を余儀なくされた。で、相変わらず水中で熱いキスを交わしている2人だが、


 ピシッ。


 おっと。


【あぁっ、と? ・・・え!?】


 ピシピシピシピシッ。


【えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!! なんと、なんと・・・! スーパーパワーマン、凍り付いてしまいましたーーーーっ!!】


 なるほど、そうきたか。


「おい厳木、どういうことだ」


「アイスマーメイドは、感情が高ぶると相手を凍り付かせてしまうんですよ。仕様書にそう書いてありました」


「これはまた余計な設定を・・・」


「何で“仕様書に書いてある”ってだけでああなるのよ・・・」


「何度も言わせないでよ。仕様書に書いてあったら、受注した側としてはやらざるを得ないのよ。市の検閲も通ってるんだから」


「絶対“キャラ設定を実現できる”って思ってなかったでしょ担当者・・・」


「「それは担当者が悪い」」


「なんで・・・」


 想像力の欠如だ。全く。公務員ともあろう者がリスク管理がなってないのではないのかね。にしても、“感情が高ぶると”ってのはマジで着てる人の感情とリンクするのだが、あのお姉さん、スーパーパワーマンに対して一体何の感情が高ぶったのだろうか。“これ以上大会を邪魔させない”だったら相当なプロ根性だが。


【あぁ~~っと、これは・・・】


 ピッキーーーン。スーパーパワーマンは完全に凍り付いてしまった。さすがに全身が氷の中では“中の人”が危ないが?


【れ・・・レフェリーストップです! スーパーパワーマンはこれ以上の競技続行は困難と判断します! リタイア扱いとして救助を行いましょう! 厳木さんお願いします!】


 私かよ!!


 まぁいい、やるか。私はプールまで近付きながらロボットアームを召喚し、ドゴォォッと氷漬けのスーパーパワーマンを殴った。まだ完全には救助できてないが、拾い上げ、温風乾燥ボックスの中に放り込んだ。そして10秒後、無事にスーパーパワーマンは出てきた。


 どさり。


「しあ、わせ・・・♪」


 着ぐるみ越しにあのお姉さんの何が分かったというのだろうか。せいぜい間近で顔が見れたぐらいだと思うのだが。


【気を取り直して競技続行です! スーパーパワーマン対策で出遅れたアイスマーメイドが、先行する3選手を追います!】


 ザブーーーン!


【おぉーーっとっ! アイスマーメイド、潜水により波をものともせず進んで行きます! エイトビートブラザーズとクリスタルフラワーちゃんを間もなく抜き去りそうです!】


 なんて奴だ。1回戦での行いでヘイトを溜めていたスーパーパワーマンを追い出しただけでなく、レースにも勝とうというのか。


 スーパーパワーマンのリタイアにより勝負はほぼ決してしまった。やがてアイスマーメイドは、波にあおられながら進む大空ペンギンにも追いつき、1位に浮上。

 大空ペンギンもだいぶ前から潜水による進行を試みていたのだが、上手くいかず浮いてきてしまって波に呑まれるということが何度かあった。


【さぁ間もなくゴールです! 1位はなんと! 1回戦で怪力による波起こしを見せたスーパーパワーマンを封じたアイスマーメイドで~~~す!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 あんな教育に悪いのはさっさと負けてほしいとか思ってた頃が懐かしいぜ。今回ばかりは天晴れだ。


【そして2位の大空ペンギンは残り1/4というところ! せめて2位に入りたいところですが、おぅわぁぁぁぁぁぁ! デッカい波だ~~~!!】


「「「きゃぁぁぁ・・・っ!」」」

「「「「わぁぁぁ・・・っ!!」」」


 会場がどよめくほどの大波が起きた。サーーッと底が見えるまで水が引いて波が立つ。ありゃ、5メートルはあるな。


「ちょっと鏡子!」


「あれれ~~? こんなに強くしたっけなぁ~~~?」


「鏡子!!」


 うん、マジでマックスパワーでももうちょっと弱いと思ってたんだ? ま、許してよ。試運転させてもらえなかったんだから。


【これは、これは・・・!】


 ドドドドドドドド・・・!


 とりあえず、会場は守るか。


「ほっ!」


 ロボットアームやドローンを駆使して、本部や客席の前にアクリルの壁を並べた。これで、レースの様子を見られると同時に被害を免れることもできるだろう。選手については・・・知らん。


【さぁ大空ペンギン、そしてエイトビートブラザーズにクリスタルフラワーちゃんも、この大波にどう立ち向かうのでしょうか! 大空ペンギン、突っ込んだ! 潜って対処です! 距離のある2選手は波を受けるしかない~~!】


 ドドドドドドド・・・ザッッパーーーーン!


「「「きゃぁぁぁ・・・っ!」」」

「「「「わぁぁぁ・・・っ!!」」」


 波が選手たちを襲い、客席前に張ったアクリルにも全面に打ち付けられ、一同騒然とした。


【せ、選手は無事でしょうか・・・! あ・・・っ!】


 まず、大空ペンギンは、中間地点まで押し戻されていた。左腕がもげた状態で。

 次にエイトビートブラザーズは、8匹の蜂がバラバラとなり“中の人”は全身タイツが残っただけで前半エリアでプカプカ浮いていた。そしてクリスタルフラワーちゃんは・・・、


【クリスタルフラワーちゃーーーーん!】


 まん丸体型から中の人の手足が出てるだけなのでパーツがもげる要素のないはずのクリスタルフラワーちゃんだったが、なんと目や口が外れてのっぺらぼうになってしまっていた。そして、あまりに小さすぎるパーツはどこに流されたか分からない。


【なんということでしょう・・・! 窓先市公認キャラクターのクリスタルフラワーちゃんの顔がなくなってしまいました~~~!】


 市にとっては悲劇以外の何物でもないだろうな。ぶっちゃけ見てる側からすれば愉快なことこの上ないが。


【レ、レースはどうなるのでしょう・・・お、大空ペンギンが立ち上がって左腕の回収に向かいます・・・!】


 中間地点の岩場に打ち上げられた大空ペンギン、数メートル横の岩のそばに落ちてる左腕のもとに向かう。波は、さっきデカいのが来た反動からか弱めのが続いている。


【もうほとんどスタート地点に近い場所まで戻されたエイトビートブラザーズとクリスタルフラワーちゃんの2選手ですが・・・あぁっと、エイトビートブラザーズ、もといゼロビートブラザーズ、両手でバツを作っています。降参でしょうか】


 わざわざ言い直してまで“ゼロビート”と呼ばなくてもいいだろうに、蜂の人形が全部剥がれて黄色の全身タイツだけとなったゼロビートブラザーズは、頭上でバツ印を作った。


【残るはクリスタルフラワーちゃんですが・・・たった今スタッフが向かいましたっ。こちらもバツ印、降参のようです】


 ま、そうなるわな。距離的にも、回収せなばならないパーツ的にも逆転は困難だ。そもそも完走できるかどうか。


【3位以下の全チーム降参により、暫定2位の大空ペンギン、決勝進出です!】


「「わーーーーーーっ・・・」」」


 全チーム降参という結末のためか、歓声はまばらだ。一応、大空ペンギンは無事にゴールまで行けた。


【えー、次の準決勝第2試合ですが、さすがにこのままでは競技への影響が大きいので出力を下げることにしましょう。この試合の後の決勝戦は、翼町代表・大空ペンギンの休憩時間を設けたいと思います】


 うーん、波の強さをランダムにしたのが仇になったか。しっかし、何分の1の確率が何重連続ヒットであんなデカい波になったんだろうな。仕方がないので上限値を設けるのと、全体平均出力も少し落とすしかない。


 ドドドドド・・・ザブーーン。


 5分ほど、その場で試運転。


【大丈夫そうですね。では気を取り直しまして準決勝第2試合、選手の入場です!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


【第1レーン。舞犬代表、イヌ娘ロココ!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 スーパーパワーマンが脱落してしまったので1回戦第3試合組はイヌ娘ロココだけになったが、果たして決勝に上がることができるか。


【第2レーン。花街道代表、ラブリーデビル!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 第2レーンはお色気枠に好かれてるな。決勝は4人のうち2人がアイスマーメイドとラブリーデビルになってしまうのか? でもいっそのことそれで良いような気がしてきた。だって水泳大会だぜ? 色気がなくてどうする。


【第3レーン。中東町代表、コニカルタワー先輩!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 何気に1回戦の最速タイムはこのコニカルタワー先輩であり、優勝候補筆頭となった。障害物であるはずの波も弱くなったし、顔のパーツを失うことにさえ気を付ければ彼の勝利は盤石のものとなるだろう。


【第4レーン。土町代表、ミスター・クレイ!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

「「「キャーーーーーーッ!!」」」


 1回戦では体力温存を優先し大空ペンギンを追わなかったミスター・クレイだが、結果として多少無理してでも1位になってた方が楽だったかも知れない。だが首さえもげなければ十分に優勝を狙える実力はあるので、頑張って欲しいところ。


【第5レーン、光町代表、光の騎士ホワイトナイト!】


 正直、敗者復活枠なんてあっても意味がなかったね。1回戦で死の組が発生しなかった結果論だけれども。


【それでは参りたいと思います。決勝に進めるのは2チームですよぉ~~? 位置について、】


 ホワイトナイト以外の4人が飛び込みの姿勢を取る。


【よーーーーーい・・・】


 パァン!


【スタート!】


 バシャーン!


 今度は誰も妨害に走らず普通に始まった。飛び込んだ4人に遅れてホワイトナイトが水に入り・・・ん?


【おや? 光の騎士ホワイトナイトが剣を構えて・・・】


 まさか!


 ザンッ! ビーーーーーーン。


 ホワイトナイトが剣を振り下ろすと同時に、正面にビームが飛んだ。そしてそのビームに焼かれたかのように、彼の前には文字通り道が開けた。


【あぁーーっとっ! 光の騎士ホワイトナイト、ビームで水をかき消して道を作ったーーーっ!】


 しかも、それによって発生した横波は最低限で、1回戦でスーパーパワーマンがやったような被害は全く出なかった。よく見ると、開けた道は30センチぐらいの深さで水が残っていたので、弱めに出したのかも知れない。


「・・・仕様書には、何て書いてあったの?」


 さすがに鈴乃ちゃんも学んだようだ。


「必殺技、ライトニングソード。剣に宿る聖なる光が解き放たれ、悪を滅ぼす」


「泉の水は悪なの?」


「現実には、可視光が出るだけじゃ何もできないからね。実装した“聖なる光”は、水分を加熱できるようにしたのよ」


 一瞬で蒸気になっちまうほどにな。


「悪も正義も善良な市民も滅ぼせるような武器をありがとう」


 大丈夫。光の騎士は悪にしか剣を振るわないさ。


 それはそれとして、“聖なる光”がガチで実装されてることに気付いてしまったか。これまでにスーパーパワーマンの怪力とアイスマーメイドの氷技もあったから、“もしかしてできるんじゃ?”と思ったのかも知れない。試す時間なら、昼飯休憩でいくらでもあった。


【光の騎士ホワイトナイト、自ら作った道を走って進みます! 速い速い! すぐにトップになってしまいそうだ~!】


 “聖なる光”の有効範囲は広くない。使用者が細く出力していたのと、水が一瞬で揮発するものではあるがそれ自体が局所的なので、ホワイトナイトの正面だけに道を作るにとどまっている。


【さぁ1回目の波が迫っていますが、おぉっと! ミスター・クレイ、横に移動してホワイトナイトが作った道に出てきた~~~!】


 異変に気付いたミスター・クレイは、暴挙というか当然というか、ホワイトナイトの後ろに出てきて走り始めた。ねえ、水泳大会・・・。


【他の3選手も気付いたようですが距離があります! 諦めて泳いで進むようですね~。良かったです】


 ほんとだよ。みんなが走り出したらどうしようかと思った。


【ミスター・クレイが自分の体から泥団子を作ってぇ~っ、投げない! そうです! この大会は全てのパーツがそろった状態でゴールすることが必須です! 体の一部を投げたら回収しなくてはなりません!】


 そういえば、ミスター・クレイの仕様書には自分の体を千切って泥団子を作れるとかあったな。しかも水泳大会に備えてか、“ただし自分の意思がなければ水をかぶったりしても溶けたりしない”とも書かれてた。


【さぁ波が来ますよぉ~~っ?】


 サブーーン!


 平均値を下げた中でも強めのが来たな。でもみんな足止めを食らった程度で、大した影響はなさそうだ。


【今の波でホワイトナイトが作った道も消えてしまいましたが、また剣を振りかぶってぇ~っ、出た! 聖なる光!】


 いつの間にか実況が手元に紙をもっている。“聖なる光”の単語を出したから察するに仕様書だろう。


【自分で作った道を走って進みますが、後ろからミスター・クレイが追いかけるっ!】


 ホワイトナイトはガチ鋼鉄の甲冑を着てるから、走ってるとはいえそんなに早くない。ミスター・クレイは水を吸った着ぐるみだが、人型で布地が少なめなのが幸いして、それなりのスピードで走れている。


【これは追いつきそうです! 光の騎士ホワイトナイト、不覚にも敵に塩を送ってしまったーーっ!】


 だが、泳ぐよりは速いので、抜かれても2位だ。でも私がミスター・クレイだったら、ホワイトナイトがいないと道ができないから抜かずに2人でワンツーを狙うぞ? どうするつもりだろ。

 ホワイトナイトより前に出て、波が来て道が消えても、新しい道が作られ次第そこに出るつもりだろうか。あるいは他3選手よりは既に前にいるから、あとは普通に泳いでも勝てると踏んでいるのか。


【このままでは抜かれてしまうホワイトナイトですが、振り向いた~~! 剣も構えています!】


 自分が作った道を利用されたのが気に食わないのか、ホワイトナイトは迎撃態勢を取った。そしてそこにミスター・クレイが応じて、


 ガァンッ!


 振り下ろされた剣を、左腕を盾にして防いだ。剣は切れ味ほぼゼロで、鈍器に近い。防御したミスター・クレイだが、私の着ぐるみはそんなにヤワじゃない。普通に止め切っている。そして・・・


 ガァンッ!


「「「おぉぉ・・・っ!」」」

「「「わぁぁ・・・っ!」」」


【ミスター・クレイ、反撃のジャンピング後ろ回し蹴り~~~! ホワイトナイトの兜が外れてしまったーーーっ!】


 ミスター・クレイ、つえぇ。中の人は格闘技でもやってたのか? 蹴り飛ばされたホワイトナイトの兜は、水の中に入ってしまった。すぐに回収に向かうホワイトナイト(おじさんの顔が見えてる)だが、


 がっ。


「えっ!」


 思わず声をあげたおじさん。それもそのはず、肝心の剣がミスター・クレイに奪われてしまったのだ。剣を手にしたミスター・クレイだが、迷うことなくそれを放り投げた。ホワイトナイトとは反対側の、イヌ娘ロココのレーン辺りに。


「そんな・・・っ!」


【あぁーーっとっ! 光の騎士ホワイトナイト、この試合で猛威を振るっている剣を失ってしまったーーっ! 兜もですが、回収しなければゴールはできませんっ!】


 そうか、ミスター・クレイの狙いはこれか。この試合はホワイトナイトの後ろを行って2位になることはできても、決勝で彼に勝てる保証はない。ゴール直前に飛び出るなんて博打だし、決勝では間違いなく警戒される。ホワイトナイトにはここで負けてもらうのがベストだ。しかもラッキーなことに向こうから攻撃を仕掛けてきたので、反撃として兜を蹴飛ばして剣を放り投げるぐらいおかしくない。


 暫定1位はミスター・クレイ。2位はホワイトナイトだが兜と剣を失っている。

3位以下はそれぞれ僅差でコニカルタワー先輩、ラブリーデビル、イヌ娘ロココと続いている。2位との差はややあるが、兜と剣を回収してる間に抜くのは間違いない。これは2位争いが面白くなりそうだ。


 なんて思った私は、自分で作った着ぐるみの力を甘く見ていたようだ。


「にんぽう! かげぶんしんの術!」


 !??


【えぇぇぇっ!??】

「「「わぁぁぁぁっ!!」」」


 影分身の術などという言葉が聞こえたと思ったら、ダダダダダダダダッ、と綺麗な弧を描きながらイヌ娘ロココが大ジャンプで側転しながら真横に飛んでいた。あれは残像だろうか、とにかく影分身しながら。


 着地点はもちろん、ホワイトナイトが作った道。暫定最下位のロココだが、2回目の“聖なる光”の発動場所までは既に進んでいた。


【凄い! これは凄い! イヌ娘ロココ、影分身の術により大跳躍! 走れる道まで文字通り“飛んで”やって来ました~~!】


 前方向への跳躍ならともかく、真横だから反則にはならないだろう。そもそも水を揮発させて道を作るなんてのがまかり通ってるし。


「・・・もう、何も聞かないわよ」


 うん、聞かれても私自身、今のを見て思い出したぐらいなんだよね。だって24種の着ぐるみだよ。ロココが何番目だったか忘れたけど、後半になるほど考えるのを放棄して事務的に作ったから。


【次の波が迫りますが、このチャンスを逃すまいとイヌ娘ロココが走ります!】


 ギリギリのギリギリまで、ロココは走った。もちろんミスター・クレイも、ロココから逃げるように。この2人がトップツーに躍り出て、やがて次の波が来た。全員正直に受けたのち、再開。


【さぁもう聖なる光はないでしょう。ミスター・クレイがダントツの1位で中間地点に到達し、イヌ娘ロココも余裕を持って2位で進みます! 光の騎士ホワイトナイトは、あとは剣を回収しなければなりません!】


 ホワイトナイトはもうダメだな。兜はすぐ近くにあったが、投げられた剣が遠すぎる。回収すれば聖なる光を出せるにしても、逆転は苦しい。


【ミスター・クレイが中間地点の岩場に上がます! このまま1位でゴールできるでしょうか!】


 ミスター・クレイは、ここで岩の間の水中を進まなかったこと、後ろとの差を確認するために振り返ったことを、きっと後悔するのだろう。


 チュッ。


 その音は、決して大きくなかった。多分本人にしか聞こえてない。改めて、ラブリーデビルの仕様書を思い出してみる。“その投げキッスを受けた者は、しばらくのあいだ魅了に掛かり術者を求めて歩き出す”。


【あぁぁーーっとっ!? ミスター・クレイが急に逆走を始めました! 一体どうしたというのでしょうかーーーっ!!】


 実況としては“逆走”となるが、実際は斜め後ろ、より正確にはラブリーデビルの方に向かっている。もっと近付けばみんな気付くだろう。


【ええーーっ・・・おそらくこれでしょう。ラブリーデビルの魅了に掛かってしまったようです! ミスター・クレイはラブリーデビルのもとへ向かっています!】


 仕様書が与えられたようで実況から説明が入った。ついには中間地点から落ちて前半エリアに戻り、水の抵抗を受けながらもラブリーデビルのもとへ歩き続けている。


「田崎くーーん! しっかりするんだーーー!」


 土町の応援席から声が掛かるも、田崎とやらの意識は戻らない。媚薬販売も請け負ってる私が用意した魅了の術が簡単に解けるはずがないだろう? ラブリーデビルがロココをも抜いて1位にならない限り、ミスター・クレイの2位はあり得ないぞ。


【さぁミスター・クレイの逆転が止まりません! これにより1位がイヌ娘ロココで独走! 逆走中の2位ミスター・クレイを、3位争い中のコニカルタワー先輩とラブリーデビルが追い抜くのも時間の問題でしょう!】


 ミスター・クレイを引きずり下ろしたラブリーデビルだが、最低でもコニカルタワー先輩には勝たないと2位には入れない。あるいは、2人そろってイヌ娘ロココを追い抜くか。


【ミスター・クレイ、やはりコニカルタワー先輩には目もくれずラブリーデビルの方へ向かっています! これは完全に魅了に掛かってしまったと言ってもいいでしょう!】


 ミスター・クレイはコニカルタワー先輩の進行方向上を素通りし、なおも斜め後ろ方向へ何かに取り憑つかれたように進んでいる。


【イヌ娘ロココが中間地点に到着! そしてミスター・クレイはラブリーデビルのもとに辿り着きます! 僅差で2位を追うラブリーデビルが彼を何かに利用する可能せ…】


 ラブリーデビルが彼を何かに利用する可能性もあるかも知れない。そう思ったまさにその時!


「きゃあっ!」


【おおっとぉ!?】


 おおっとぉ!? ミスター・クレイがラブリーデビルに抱き着いた! 魅了に掛けられたミスター・クレイは我を忘れてあの小悪魔を求めているようだ~~!


「やっ、ちょっ・・・!」


【これは、これは・・・!】


 ラブリーデビル、懸命にもがくもミスター・クレイを引き剝がすことができない。そういえばあいつ、ガッツリ体育会系の男子大学生だったな。


「うをぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉOOOoooooooo・・・」


「ああんっ!」


 ドボン。


 妙なうめき声をあげたミスター・クレイは、覆いかぶさるようにしてラブリーデビルと共に水中へ。


【なんということでしょう! ラブリーデビル、自らが魅了に掛けた相手に襲われてしまいましたっ!】


 それは構わな・・・くもないのだが、問題は水が綺麗なことによって中が割と普通に見えることだ。“襲われてる”、という言葉しか使いようのない構図になっている。アイスマーメイドのディープキス以上に教育に悪い・・・。ミスター・クレイが頭も被るタイプの着ぐるみなのが救いか。


 ちなみに、魅了を解除する方法はない。仕様書には“しばらくの間”としか書かれてなかったから、時間経過で解けるのを待つしかないだろう。


【これは・・・えー、確かミスター・クレイの中は男性で、水泳大会中に女性選手に襲い掛かるという事態になりましたが、そもそもの発端がラブリーデビルの魅了攻撃であるため、失格等の措置はしないこととします。ただし、2人が水中から出てこないことが続けば…】


 と、その時だった。


「ぷはぁっ!」


 ミスター・クレイに襲われながらも殴る蹴るなどで反抗していたラブリーデビル、膝が股間に当たったことで何とか脱出できたようだ。しかし、


「うをおおぉぉ・・・!」


「ちょっ、この・・・!」


 すぐに立ち上がったミスター・クレイ。結局、2人はその場で揉み合いになった。もう、イヌ娘ロココとコニカルタワー先輩は随分と前の方に行ってしまった。


【ミスター・クレイを封じたはずのラブリーデビルでしたが、まさかのことで自分自身にも返って来てしまいました。これは、魅了攻撃の仕様の調整が必要になりそうです】


 しないからな? そんな調整。術を掛けられた側の魅了の対象が第三者に向かうなんて、あってはならないと思うんだ? というか市は魅了攻撃そのものを撤廃させねばならん立場だろう。


 さて、自滅で多大なる足止めを食らっているラブリーデビルだが、


「もう勝てないし、こうなったら・・・」


 ぬるっとした動きでミスター・クレイの背後に回った。そして、


 ズボッ。


 背中のファスナーを開けて着ぐるみの中に手を突っ込み、


「これでも食らえ~、コチョコチョコチョコチョ~~~!」


 まさかのコチョコチョコ攻撃。そんなもんが効くのかと思ってたら、


「うをおぉぉ・・・!?」


 思いのほか効いてるみたいだった。


「さぁ気の済むまで、私に身を委ねなさい♪」


 あんな恰好を公衆の面前でするだけあって、中々に攻撃性の強いお姉さんのようだ。それを受けるミスター・クレイはというと、


「お、ぉ、o、O・・・!!」


 相変わらずコチョコチョに苦しんでいる。中の男子大学生が弱いのか、あのお姉さんが激烈にコチョコチョが得意なのか。着ぐるみせいで思うように体がよじれないこともあるかも知れない。


「ここはどうかしら?」


「お、おぉO・・・・・・!」


お姉さんの攻撃もヒートアップしてるように見える。やがて・・・、


「おおぉぉぉぉぉooooooooOOOOOOんんNNン!!!」


 最終的にミスター・クレイは体をのけぞらせて悲鳴を上げ、ラブリーデビルから解放されるや否や、痙攣でも起こしたかのようにピクピクとしか動かなくなり、


 バシャン。


 仰向けに倒れて水中に沈んでいった。


「ふぅ」


 ラブリーデビルは、ひと仕事終了と言わんばかりにパンパンと両手を叩き、


「あなたもどう?」


 誰もが忘れていた光の騎士ホワイトナイトに声をかけた。しかし、


「じっ、自分は結構です! 降参します!」


 このレースごと辞退。まぁ、もう勝ち目はないからな。


【えー・・・光の騎士ホワイトナイトがリタイアですね。ミスター・クレイも気を失っているようなので救助しましょう。残るは3選手ですが・・・】


「私も棄権します」


 ラブリーデビルも棄権。と、いう訳で決勝進出の上位2選手が決まってしまった。


【では3選手リタイアということで・・・1位は間もなくゴールですね。舞犬代表のイヌ娘ロココ! 2位が中東町代表のコニカルタワー先輩となります!】


 地味にコニカルタワー先輩がロココに迫っていたが、前半のリードを守って逃げ切ったようだ。ほどなくして2位もゴール。こうして準決勝が終了した。


【以上で、準決勝2試合が終了となりました。決勝戦は、選手の休憩時間を長めに取りまして午後4時からといたします。みなさま、奮って応援のほどよろしくお願いします!】


「「「ワーーーーーッ!!」」」

 パチパチパチパチ!!


【なお、決勝戦では波の仕掛けに代わってこちらになります。厳木さん、どうぞ】


 もはや私が用意した波のギミックとは無関係な要素で勝負が決まったのだが、決勝は決勝で用意してある。


 ザザーーーーーーーーー。


 縦横斜めに入り乱れる、激流だ。

次回:激流の決勝戦

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