第86話:着ぐるみナンバーワンスイマーは誰だ
【とっ、飛び込んだ勢いでミスター・クレイの首が外れてしまったーーーーーっ!!】
ついに始まった“ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会!”。見事な飛び込みを決めたミスター・クレイだったが、着水の衝撃で首が外れてしまったーっ!
【えー、この場合ですが、全身のパーツを揃えた上でのゴールが必須ですので、取りに戻って再装着して頂きます。自力でやる場合はその場でOKですが、他者の協力を必要とする場合は真横あるいは後ろへの移動で陸に上がってください】
いずれにせよミスター・クレイは戻って頭を回収しなければならない。異変に気付いたミスター・クレイが止まり、水面に顔を出す。500人の観客に対して素顔がさらされてしまうが・・・見るからにスポーツできそうな男子大学生だった。
「うあべっ!」
急いで戻るミスター・クレイ。その間に大空ペンギンは前に進み、他の選手たちも着水を終えて進み出す。
「もう少し頑丈に作った方が良かったんじゃないのか、厳木」
「誰が着ぐるみで飛び込みスタートする人がいるのを想定できるんですか・・・」
「マッドサイエンティストじゃないのか?」
そうだネ、想像の上をいかれてしまったネ。マッドサイエンティストとして考えが足りなかったと反省すべきであろう。
【さぁ、ミスター・クレイが復活したようで再スタートです! 巻き返しはなるのでしょうか!】
ワーワー、ワーワー。
歓声が飛び交う中、着ぐるみたちがビショ濡れの状態で進む。泳いでるのはミスター・クレイと大空ペンギンだけで、他はみんな頑張って水をかきながら歩いている。
「「「おおぉ~~~~っ」」」
「いいぞー! ミスター・クレーイ!」
泳ぐ方がスピードが出るようで、ミスター・クレイは出遅れた分を取り戻し、ついには2位に踊り出た。大空ペンギンには勝てなくても、準決勝進出は固いだろう。
【上位2チームは決まってしまいそうですが、3位でもまだタイムによる敗者復活があります。他のチームの皆さんも頑張ってください!】
のっそり、のっそりと、徒歩勢が頑張って進んでいる。ほとんど球体に近いリスとか、いびつな形のドラゴンはもう勝ちを捨ててキャラクター作ったな、ありゃ。
「クリスタルフラワーちゃ~~ん! せめて3位で~~!」
窓咲市公認キャラクターのクリスタルフラワーちゃんは、裏和泉代表のナデシコさんと3位争いをしている。ここで4位になってしまうと、他レースの誰か1人に負けた時点で脱落が決定してしまう。
【さぁここで先頭の大空ペンギンが中間地点に到着だぁ!】
25メートル×2の50メートルレースで、中間ポイントは水に浸かったまま岩の間をかいくぐって進むか、一旦上がるかだ。比較的細身である大空ペンギンであるが、岩の間をジグザグに進むのは非効率と考えたのか、一旦上がってヨチヨチ歩きとジャンプで何とか岩から岩へと移り、後半の25メートルプールへと到達。
それを追いかけるようにして、土町代表のミスター・クレイが続く。だいたい10秒遅れぐらいだろうか。そこから更に10秒遅れで窓咲市キャラのクリスタルフラワーちゃんと僅差で裏和泉代表のナデシコさん、更に30秒以上ずつの遅れで火町代表のファイヤーリッス、中南町代表のセントラルサウスサウスドラゴンが続いた。
そのままレースは進み・・・
【ゴーーーーーーーーール! 1位は翼町代表、大空ペンギン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
主に翼町の控え室テントで、大盛り上がりの歓声。反対に土町は少し悔しそうだ。準決勝や決勝でのリベンジを目論んでるところだろう。
【2位! 土町代表、ミスター・クレイ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
泳いだ本人は2位になれば十分ということで、無理に大空ペンギンを追うのはやめたみたいだ。にしても、着ぐるみ着た状態で50メートル泳げるのかよ・・・。しかも後半泳ぎに慣れたせいなのか3位以下との差が開いた。
結局2分ほどの遅れで、3位がゴールに近づいてきた。
【さぁ3位争いが繰り広げられておりますが、クリスタルフラワーちゃんがやや先行でしょうか。そしてこのままぁ~、ゴール! 3位! 窓咲市公認キャラクター、クリスタルフラワーちゃん!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
「「「ヤーーーーーーッ!!」」」
私たちのいるテントは大盛り上がりだ。そもそもクリスタルフラワーちゃんは5年以上ゆるキャラ活動やってるからな、泳ぐのは初にしても何回も着ぐるみ着た人がやってるんだ。他チームに着ぐるみ当日支給で練習させなかったのダメだろ。接戦を繰り広げたナデシコさんはよく頑張ったと思う。
【4位! 裏和泉代表、ナデシコさん!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
最後、また2分ほど待たされて5位が到着。
【5位! 火町代表、ファイヤーリッス!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
更にひどく遅れて6位。
【6位! 中南町代表、セントラルサウスサウスドラゴン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
もうヘロヘロじゃん、ドラゴン。ペンギンはおろか、大和撫子とリスにも負けちゃったぞ。
【では続きまして、第2試合に参ります。選手の皆さんはご入場くださ~~い!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
【第1レーン。俺たちゃホップな蜂なのさ。中西町代表、エイトビートブラザース!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
1人用の着ぐるみで、蜂が8匹くっついたようなやつ。全身タイツに蜂の人形を貼り付けるだけなのだが、浸水防止が必要な顔回りにも蜂が必要だったから大変だったなぁ。
【第2レーン。悪は絶対許さない。あなたに代わって月がお仕置き! 月町代表、ムーンちゃん!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
ムーンちゃん、そんなコンセプトがあったのか。
【第3レーン。どこから来たキタ宇宙人。中北町代表、ウ・チュー人!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
ウ・チュー人は、ネズミみたいな見た目の宇宙人で、デザインは限りなくネズミに近く、宇宙人という設定は言われなければ分からない。
【第4レーン。緑のぬくもりを、あなたに。木町代表、エメラルドリーフ姫!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
スタンダードなゆるキャラでコメントが出ない。強いて言うなら、地区名を木町から葉町に変えたらどうかというぐらいだろう。
「あたしんとこ結構かわいいじゃん」
鈴乃が住んでるのは木町だ。
【第5レーン。淡いピンクはオトナの証♪ 花街道代表、ラブリーデビル!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
ねぇ、なんで姫にしなかったの? 作ってる最中も思ってたが、中の人のボディーラインがここまで出る着ぐるみもそうそうないぞ。中の人がノリノリなのが救いだが。
「ちょっと鏡子なんであんなの作ったのよ」
「仕様書に書いてあったから」
「だからって・・・!」
「でもその仕様書、私んトコに出す前に市の方で検閲してるのよ? それを通った以上、私が独断で手を加えることはできないのよ」
「そんな・・・市は何やってるのよ・・・」
「さぁ? ロクに読んでないか、担当者が花街道自治会の関係者だったんじゃないの?」
お役所のチェックが機能しないなんてのは、よくあることだ。
【第6レーン。窓咲の中心にこの男あり。中町代表、ジャッジメント斎藤!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
もしかして、斎藤って中に入ってる人の名前じゃないよな? 認めたくないことなのだが、私が住んでるのは中町だったりする。
【それでは予選第2試合、始めます!】
飛び込みの姿勢に入ったのは、まん丸の体を中の人が強引に曲げたウ・チュー人と、人型に近いラブリーデビルとジャッジメント斎藤。斎藤、お前、やれるのか・・・?
【位置について、よーーーい・・・】
パァン!
【スタート!】
始まってしまった第2試合。ウ・チュー人とラブリーデビルとジャッジメント斎藤の3選手がトップを目指して飛び込む! しかし案の定!
【ジャッジメント斎藤の首が外れてしまったーーっ!】
ジャッジメント斎藤が皆の期待に応えて首が外れるパフォーマンスを見せてくれた。お前ならやってくれると思ってたよ・・・! どうかこのまま負けてその貧相な顔を窓咲の皆さんに晒すのはこれっきりにして頂きたい。
【ウ・チュー人とラブリーデビルは無事なようです!】
ネズミゆえに分離しようがないウ・チュー人と、一応かぶりものだが小顔なラブリーデビルはトラブルなく飛び込めた。どっちがトップになるかだが・・・
【あぁーっと! ウ・チュー人、泳げないようです! 歩いてます! 泳げないようです!】
ウ・チュー人、まさかというか当然というか、泳げない。ちょっとだけ出てる手足を駆使して、チョロチョロと進んでいる。という訳でトップを走る、もといトップを泳ぐのは、
【花街道代表のラブリーデビルがトップです! 速い速い! これは先ほどの大空ペンギンをも超えているのではないでしょうかーーっ!】
まさかのお色気枠、ラブリーデビルである。なんということだ・・・生地を薄くしたあの剥き出しのボディーラインは、水の抵抗を減らすための勝利の策だったのか・・・。言い訳を超えた名分を、あの教育に悪いキャラクター、というかただのセクシーお姉さんに与えてしまった。誰なんだ、着ぐるみで水泳大会をしようと言ったのは。・・・窓咲市か。
【1位はそうそうひっくり返らないでしょう。2位のウ・チュー人目指して、エイトビートブラザーズ、エメラルドリーフ姫、ジャッジメント斎藤、そしてムーンちゃんが追いかけます!】
いま実況が言った順番がそのまま暫定順位である。首がもげたジャッジメント斎藤だったが、頭を回収後すぐに泳ぎだしてムーンちゃんを抜いた。というかムーンちゃん、あれは水の抵抗ヤバいだろう・・・三日月なのだが、満月から半径半分の円をくり抜いたような、かなり太めの三日月だ。多分横向いてカニ歩きした方が抵抗は少ない。
【エイトビートブラザーズにエメラルドリーフ姫、ジャッジメント斎藤も、泳いでは歩き、泳いでは歩きを繰り返して2位のウ・チュー人に迫ります!】
ウ・チュー人はスタートこそ良い形で切れたものの、泳げない。エイトビートブラザーズは蜂8匹の集合体だが着ぐるみとしては人型、リーフ姫と斎藤も人型ということで、ちょくちょく泳ぐ形で進めている。地味〜にウ・チュー人との差を詰めているが今の放送で後ろを確認したウ・チュー人、ペースを上げようとするもその効果は微々たるものだった。
【1位のラブリーデビル、ダントツの速さで中間地点に到達です!】
ありゃもう当確だな。準決勝も勝つんじゃないのか? あんなに教育に悪いのに。
それから1分半の差は開けて、2位がやってきた。
【ウ・チュー人とエイトビートブラザーズがほぼ同時です! これは2位争いが激しく・・・あぁーーっ!】
あぁーーっ! なんと、なんと・・・!
【ウ・チュー人、岩と岩の間に挟まれて動けなくなってしまったーーーっ!】
中間地点では岩の間を縫って水中を進むか岩に上がるかだが、まん丸体型のウ・チュー人は岩に上がる選択しかない、手足も短いので岩同士の間隔が狭い場所で上がろうとしたのだが、そのまん丸ボディが岩に挟まって身動きが取れなくなってしまった。両手を岩について足をバタバタさせるも、抜け出せる様子はない。
【その間にエメラルドリーフ姫も中間に到着! そしてエイトビートブラザーズは単独2位で後半に突入だーーっ!】
哀れなり、ウ・チュー人。ネズミだからってそんな体型でなくても良かったろうに・・・細身で2足歩行のネズミキャラもありだと思うよ、うん。
もう順位はほぼ決した。後半でのどんでん返しはなく、1位は花街道代表のラブリーデビル、2位は中西町代表のエイトビートブラザーズ、3位は木町代表のエメラルドリーフ姫、4位は中町代表のジャッジメント斎藤となった。
なお、岩に挟まってしまった中北町代表のウ・チュー人と、挟まりはしなかったものの岩に上がれなかったムーンちゃんは途中リタイアとなった。水泳大会なのに途中で陸に上がる必要性があるなんて、分からなかったよね。
水泳大会であんなズングリしたキャラクターにするかという問題はあるが、ここで作ったやつが半永久的にその町のご当地キャラになるからな。あまりにも着ぐるみと相性が悪い水泳大会に合わせるのかという問題もある。
【さぁ敗者復活のタイムを確認しましょう! 3位のエメラルドリーフ姫は第1レースの4位・ナデシコさんを上回り、準決勝進出への望みを繋ぎましたーーっ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「あぁーーっ・・・」」」
ナデシコさん、ここで脱落決定。できれば市役所代表のクリスタルフラワーちゃんも負けて欲しいのだが、エメラルドリーフ姫のタイムも及ばなかったので残り2レースの3位以下で2人以上に抜いてもらう必要がある。
【ではどんどんいきましょう。第3試合、選手入場で~~す!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
【第1レーン。水泳なんて“お手”のもの! 舞犬代表、イヌ娘ロココ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
舞犬自治会、犬カフェをやると決めた企画会議でイヌ娘とか言い出したやつがいたな。会長はネコ娘とか言い出すし・・・副会長がまともな人だったのだが、イヌ娘を通してしまったか。ゆるキャラとして普通にあり得るデザインだから、萌え系にされかけて揉めた結果の落としどころという可能性もあるが。
【第2レーン。優雅に踊るその姿は、東の丘で咲き誇る。東町代表、宝石蝶タンザナイトモルフォ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
仕様書のまんまに作ったけど、あの羽でまともに水中を進めるのか? 絶対勝つ気ないだろ。東町は “貴族街”なんて呼ばれるほど富裕層の邸宅ばかりが並ぶ場所だ。遊びとはいえ下々の民に混じって競争するつもりなどなく、誰かしらの趣味でキャラクターだけは考えたのだろう。
【第3レーン。その声としなやかな体は、あなたを深淵へと誘い込む。水町代表、水の妖精アクアン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
ラブリーデビルに続くお色気枠。頼むから負けてくれ。そういえばさっき沈められたデザイン考案のおじさんは大丈夫だろうか。
【第4レーン。力こそ正義! パワーこそジャスティス! 力町代表、スーパーパワーマン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
もはや着ぐるみより全身タイツに近いのだが、設定上筋肉質なことでムキムキな外観の着ぐるみは吸水性抜群なので、ご自慢のパワーで乗り切って欲しいところ。
【第5レーン。キンキンキンと鳴る音は、全てを切り裂く刀となる! 金町代表、伝説の鍛冶屋ゴーショー!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
侍ではなく鍛冶屋としたところに、最大限の敬意を表したい。
【第6レーン。太陽が沈む先に、私たちは黄昏を見た。西町代表、サンセット・オブ・トワイライト!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
もはやキャッチコピーもキャラ名も意味が分からない。そして見た目はオレンジ色のハクチョウだ。
【それでは第3試合を始めます! 位置について・・・】
飛び込みの姿勢を取ったのは、イヌ娘ロココとスーパーパワーマン。
【よーーーい】
パァン!
【スタート!】
早速飛び込むイヌ娘ロココと、なぜか動かないスーパーパワーマン。
【あぁっとっ! スーパーパワーマンが飛び込みの姿勢のまま動かない! もしや、ハンデを与えているつもりなのでしょうか!】
その間に、水の妖精アクアン、伝説の鍛冶屋ゴーショー、西町のサンセット・オブ・トワイライトが水に入る。
【宝石蝶タンザナイトモルフォも動きがありません! 何やらスーパーパワーマンの様子を伺っているようですが・・・?】
確かにスーパーパワーマンは気になるが、下々の民と同じ水には入れないとか言うんじゃないだろうな。とか思っていると、
ピョーーン。
「「「おおぉっ・・・!」」」
「「「わぁぁっ・・・!」」」
【おぉっと! スーパーパワーマン、なんと特大ジャーーンプ!】
スーパーパワーマンが、地面から2メートルは飛び上がる跳躍を見せた。そして、
バッ、シャーーーーン!!
「「「きゃああぁぁぁっ・・・!!」」」
「「わああぁぁぁっ・・・!!」」」
【うわーーーーーーっ!!】
振り上げた両手を思いっきり水面に叩きつけて、大波を起こした! 観客席に水が飛んで来て、一同騒然。腕で顔を拭ってプールの方を見ると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
【あぁぁーーっとっ!! 選手の皆さん、スーパーパワーマンと宝石蝶タンザナイトモルフォを除いて、首が外れてしまっているーーーーっ!!!】
なんということだ・・・先行していたイヌ娘ロココは、頭がプカプカ浮いていて本人は離れた場所にうつ伏せで水中に。水の妖精アクアンも似たような状態で頭はプールサイドに転がっている。伝説の鍛冶屋ゴーショーは顔も胴体もプールサイド。そしてサンセット・オブ・トワイライト(オレンジ色のハクチョウ)は、頭と手足が全部分離して水中バラバラ殺人みたいになってしまっていた。
実行犯のスーパーパワーマンは1人問題なく立っているのと、宝石蝶タンザナイトモルフォは陸にいてスーパーパワーマンの動きを見ていたことから、背を向けてしゃがんだだけで危機を回避できたのだろう。
【スーパーパワーマン、4選手を蹴散らして1人泳ぎます! しかも速いっ! これは先ほどのラブリーデビルを大きく超えるぅーーーっ!! “スーパーパワー”の名に恥じない凄まじい泳ぎです! 中にはどんな怪力の持ち主が入っているのでしょうかーーっ!】
公式の実況が“中の人”に触れちゃいかんだろ・・・。しかし実際のところ、誰が着ても似たようなスピードは出る。なぜかと言うと、
「ねえ鏡子、もしかして何か仕込んだんじゃないでしょうね?」
「“何か”も何も、人間の常識を超えたスーパーパワーの持ち主だって仕様書に書いてあったから」
「いやそれはキャラクター設定であって・・・!」
「でも市の検閲も通ってるし、私も仕事だから仕様書通りに作らざるを得ないのよ」
「だからそうじゃなくって・・・!」
「諦めるんだ大曲。こればかりは、単なるキャラクター設定を厳木が実現してしまう可能性を考慮できなかった市が悪い」
「そんな、先生まで・・・!」
諦めるんだ鈴乃。16歳のお子様には納得できない部分も多いかも知れないが。
しっかし力町自治会もあの着ぐるみにこんな力が宿るとは思ってなかっただろうに。さっき支給されてからレースまでの間に気付いたか。走ったり跳ねたりしたらすぐに分かるしな。
【宝石蝶タンザナイトモルフォもようやく入水です!】
下々の民が競争してる姿をずっと見物するのかと思ったら入って進み出した。めっちゃ遅いけど。
もしかしたらアレだな。スーパーパワーマンにやられた連中が転がってる中で優雅に歩くのもまた一興とか思ってるのかもな。
【イヌ娘ロココが復帰です! スーパーパワーマンには抜かれましたが見事な犬かきで2位を守って進みます!】
イヌ娘ロココも、そこそこ泳げるようだ。これはもう予選通過のワンツーは決まりだな。タイム次第で敗者復活できる3位と4位だが、スーパーパワーマンにやられたタイムロスで厳しいだろう。
暫定3位は陸に打ち上げられた水の妖精アクアンなのだが・・・。
カシャ。カシャカシャカシャカシャ。
めっちゃ写真撮られてる。着ぐるみとはいえ謎カーテンの薄布1枚だけという恰好のキャラクターで、仕様書に従い多少めくれるようになっているので、さっきの波に巻き込まれたて良い感じにはだけてしまっており、首ポロリしたことで中の人の顔が見えているのだが、それが中年オヤジという絵面だ。
あれは、デザイン考案のおじさんか。自分で着るハメになってしまったか・・・見る側にとっては綺麗なお姉さんであって欲しかったのだが、このご時世では仕方がない。やっぱり着ぐるみは中の人が見えちゃいけないよ。夢が壊れちゃう。
「アンタなに寝てるんだい!」
ペシ、ペシと水町の人がオヤジの頬を叩く。
「う、う・・・」
「準決勝いけなかったら今度の清掃会は男だけでやってもらうからね! 忘れるんじゃないよ!」
「ひ、ひぃぃぃ・・・っ!」
がんばれ、おじさん。
さてもう1人、伝説の鍛冶屋ゴーショーも既に復帰している。
そしてバラバラになってしまったサンセット・オブ・トワイライト(オレンジ色のハクチョウ)だが、頭と羽は戻ったが足はその場での修復が困難ということで、水面から胴体より上を出すだけで、(剥き出しになった中の人の)足は動かさずに留まり続けることになった。パーツが万全の状態じゃないとゴールは認められないので、事実上のリタイアだ。
その後は特に何事もなく終了。1位は力町代表のスーパーパワーマン、2位は舞犬代表のイヌ娘ロココ、3位は水町代表の水の妖精アクアン、4位は金町代表の伝説の鍛冶屋ゴーショー、5位は東町代表の宝石蝶タンザナイトモルフォ。そしてリタイアが西町代表のサンセット・オブ・トワイライト。
【さぁ敗者復活のタイムを確認しましょう! 残念ながら3位の水の妖精アクアンはエメラルドリーフ姫の記録を上回ることができず、1回戦敗退となりま~~す】
よし、これで水町の清掃会とやらは男衆だけでやることになったな。めでたしめでたし。
【では1回戦最後のレース、第4試合に参りましょう。選手入場で~~す!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
【第1レーン。泉の守護者にして生命の起源。泉町代表、女神フォンテーヌ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
「「「フーーーーーーッ!!」」」
この冷泉寺があるのが泉町なので、心なしか歓声が大きい。水町代表・水の妖精アクアンとは違って、露出の少ない上品な女神様だ。水町は反省するように。
【第2レーン。イタズラ大好きでも許しちゃう! 裏連雀代表、裏スズメ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
キャラのコンセプト上仕方ないことなのだが、あの小物感溢れる顔は何とかならなかったのか。
【第3レーン。闇夜を照らす一閃は、悪を打ち倒す光となる。光町代表、光の騎士ホワイトナイト!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
着ぐるみ作り用で支給された材料に、何で金属もあるんだろうって思ってた。光の騎士ホワイトナイト様は、ガチの甲冑で水泳大会に挑まれる。
【第4レーン。実は市内で一番高い建造物。中東町代表、コニカルタワー先輩!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
コニカルタワーとは中東町にあるレジャー施設で、円錐の形をした鉄筋コンクリート造の建物である。キャラクターも当然、淡い灰色の円錐から手足が生えたものだ。なお、市内で一番高い建造物といっても大したことはなく、ちょっと高めのマンションぐらいである。
【第5レーン。熱いだけが愛じゃない。冷たくたって愛はある。氷町代表、アイスマーメイド!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
第3のお色気枠である。私の努力により布地の限界を最大にまで引き出して表現した“氷の人魚の尾ひれ”だけが着ぐるみ部分であり、上半身はヒモで繋がれた2つの“氷の貝”(サテン生地)で胸を隠すだけだ。そしてその上半身をほぼ露出している“中の人”は、人魚はこうでなくっちゃと言わんばかりの抜群のスタイル。こんなのを通してしまうなんて、氷町自治会は何を考えているのだろうか。
【第6レーン。千年の時を生きた図書館の守り神。森町代表、サウザンドウッド!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
最後に紹介されるのがまともな部類で良かった。問題は、彼ではアイスマーメイドに勝つことはできないであろうという点だ。
【ではいきましょう! 位置について、よーーーーい・・・】
飛び込みの姿勢を取ったのは、コニカルタワー先輩とアイスマーメイド。市内で1番の建造物がぐにゃっと半分に折れてるよ・・・。それから、アイスマーメイドには泉の女神が勝ってくれるんだよね?
パァン!
【スタートです!】
コニカルタワー先輩とアイスマーメイドが見事の飛び込みを決めた。どっちも首がもげるタイプの着ぐるみではない。マーメイドに至っては顔に被るものないし。
【おおっとっ! トップ争いが凄まじいことになってます!】
スーパーパワーマンほどのスピードはないのだが、円錐ゆえに水の抵抗を受けにくいコニカルタワー先輩と、なんと着ぐるみの尾ひれを駆使して泳いでいるアイスマーメイドが、この水泳大会を“水泳大会”たらしめる泳ぎを見せている。アイスマーメイド、勝っちまうのか・・・泉の女神は何をやってるんだ?
「・・・・・・」
ふっ、つーーーーー。普通に少し泳いでは歩き、少し泳いでは歩きだった。開催地が1回戦落ちしていいの?
【どうやらトップ2チームは決まりのようです。敗者復活を目指して他の4選手が凌ぎを削ります! 3位は光の騎士ホワイトナイト! 鋼鉄の甲冑を活かし、泳がずにひたすら歩いています!】
水泳大会のコンセプトを覆す作戦にしやがって・・・でも重いはずだから、水を吸った着ぐるみとも互角になっている。4位・泉の女神フォンテーヌは数秒遅れぐらいだ。
市役所代表のクリスタルフラワーちゃんと、木町代表のエメラルドリーフ姫のタイムに勝てば準決勝進出で、そこそこ良い感じで進んでいる。
【さぁ敗者復活には4位以上が必須です! 裏スズメとサウザンドウッドも頑張ってください!】
そこまで酷い遅れではないが、ありゃ厳しいな。まん丸体型の裏スズメと、とにかく歩きにくそうなサウザンドウッド。
【トップの2チームが中間地点に来ました! コニカルタワー先輩は上、アイスマーメイドは下を選択するようです!】
腰回りが太いコニカルタワー先輩では岩の間を進めない。中の人の手足が割と外に出てるのでスムーズに上がった。
アイスマーメイドは、その細見を活かして岩の間を縫うように泳いで進む。しかし、方向感覚がつかめなくなったのか、随分と遠回りになってしまった。
【コニカルタワー先輩がやや優勢! 1位で後半に突入です!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
コニカルタワー先輩が前に出た。5秒ほどの遅れで後半に入ったアイスマーメイドだが、一旦顔を上げて応援席の方を確認。体力温存を優先してコニカルタワー先輩を追うのをやめた。
そのままレースは進み・・・
【ゴーール!! 1位! 中東町代表、コニカルタワー先輩】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
【2位! 氷町代表、アイスマーメイド!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
なんだかんだで、準決勝が楽しみになってきたな。
【3位! 光町代表、光の騎士ホワイトナイト!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
さて、気になるタイムは? とその前に4位が来た。
【4位! 泉町代表、女神フォンテーヌ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
「「「フーーーーーーッ!!」」」
【では5位を待つ間にタイムの確認をしましょう! まず3位、光の騎士ホワイトナイトのタイムはぁ~~っ? 出ました! 木町代表・エメラルドリーフ姫のタイムを上回り、準決勝進出です!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
「「「イィエァーーーーーーーッ!!」」」
「「「「あぁぁ~~~っ・・・」」」」
盛り上がる光町と落胆する木町。しかし、木町にしか勝たなかったということは・・・
【光の騎士ホワイトナイトのタイムは窓咲市公認キャラクター・クリスタルフラワーちゃんのタイムを上回らなかったため、敗者復活はこの2チームで決定です!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
「「「ヤーーーーーーッ!!」」」
「「「フゥゥウォォーーーーッ!!」」」
盛り上がる市役所テント。くそっ、今すぐ辞退して開催地である泉町に譲るんだ! みんなだってここ5年で何度も見たクリスタルフラワーちゃんよりも泉の女神の方が見たいに決まってる! ラブリーデビルとアイスマーメイドという強烈なお色気担当では女神の代わりにはなれないんだ・・・!
その後、5位の裏連雀代表・裏スズメと6位の森町代表・サウザンドウッドもゴールし、1回戦の全レースが終了。
【えー、これより、お昼休み休憩を挟みまして、準決勝は午後1時からのスタートとなります。選手の皆さんはもちろん、応援の方もしっかり元気をつけてください】
昼には、泉町自治会が準備した“生命の流しそうめん”と、隣ということで協力した氷町の“人魚のかき氷”が振る舞われる。
【ちなみに準決勝のレースは、1回戦とは少し変わります。厳木さん、お願いします】
「はいよ」
ピッ。
今日、私がここまで出向いたのは着ぐるみを持って来るためだけではない。むしろそんなものは市に預けて任せることもできる。
私がここに足を運んだのは他でもない、この“ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会!”を盛り上げるべく、準決勝以降の仕掛けを実行するためだ。もちろん、仕様書に従って。
ドドドドドドド・・・ザブーーーン!
「「「わあぁぁぁ・・・っ!!」」」
「「「おおぉぉぉ・・・っ!!」」」
泉が波打つプールに大変身。さっきのスーパーパワーマンのやつには威力がチト劣るが、定期的にこれがやってくることで首がポロリしちゃうこと間違いなしだ。さあ、祭りはここからが本番だ。盛り上がろうぜ?
次回:波打つ泉! 弾けるしぶき! 水もしたたる良い着ぐるみはもげる首!




