第85話:ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会! 首ポロリもあるよ
【冷泉寺下~。冷泉寺下。ご乗車、ありがとうございました。・・・】
私たちが降り立ったのは、架空都市線の北端・三鷹から南側に2駅の冷泉寺下駅だ。西口を出ると長い坂道があり、のぼりきると冷泉寺という寺がある。名の通り湧き水があり、どういう訳か水温は年中10℃を切っている。
「心なしか、駅前でも涼しく感じるわね」
冷泉寺へと続く坂道の両脇には、その湧き水の小川が流れており、妙に体感温度が下がった気分にさせられる印象がぼんやり浮かび上がる。
「正直まだ、“冷泉”の字面を見ただけでブルッと来るんだけど」
人間の防衛本能とは恐ろしいものだ。あの冷気暴発から3日経つというのに、未だにエアコン使うことできないんだよな。病室も例外ではなく看護師に迷惑掛けたぜ。
「あたしだって一緒よっ。自業自得で済んでないからね?」
「しょうがないでしょ? バカのバカな行いに他のバカがバカな行いを重ねたんだから」
3人寄れば文殊の知恵、なんて誰が言ったよ。バカなんて集まっても爆薬にしかならないぞ。
「お前反省してるのか厳木。夏休み明けに停学が控えてるのを忘れてないだろうな?」
「よく言いますね。だったら残りの夏休み全部謹慎にすれば良かったものを」
「くっ・・・」
夏休み中の謹慎をできなかったのは理由がある。それが今日の目的なのだが、市が主催する“ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会!”への技術協力を頼まれているためだ。
さすがにイベント終わったら用済みと言わんばかりに謹慎にすることもできず、夏休み明けを待ってから停学ということになったらしい。つまり、夏休み中は自由の身! どうせどんなに徳を積んでも停学が短縮されることはないんだし。
「言っておくが、残り1週間の行動次第では停学期間延長も有り得るからな」
「分かってますって」
しかも冷泉寺のイベントだしな。今のコンディションで10℃以下の水を浴びようものなら、21時間睡眠じゃ済まなくなるぜ。
ちなみにあの後は、事故の翌日に停学処分通知を受け取り、その翌日には退院したのだが、病院を出るなりパトカーがあって婦警の古川が待ち受けており、“ご同行”に応じて警察署へ。低体温症で入院していた人間に“夏だから”という理由でかき氷が用意され、取り調べを受けた。
一緒に倒れていた他5人にも病院で聴取したようで、嘘つくと整合性が取れなくなるのでありのままを話した。というか、商品の本体容器に書かれてる注意事項を消費者が守らなかったがゆえの事故だからね。私の非は、法人化せずに商売していた点しかない。それなのに病み上がりの女子高生を5時間も拘束しやがって。
で、その翌日が今日だ。どうやら急きょ警察が動員されることになったようで、私のせいで休みが潰れたなどと小言を言われたが、知ったことではない。市が主催でありながら女子高生1人不在になるだけで成り立たなくなるイベントを企画する方が悪い。何だよ、着ぐるみだらけの水泳大会って。
技術協力を受けたのである程度の内容は知ってるが・・・市内の各地区でキャラクターを作り、その着ぐるみで水泳大会をやるものである。
技術協力の内容は着ぐるみの作製で、会場が冷泉寺の遊泳池であるために、中に入る人が風邪を引かないよう浸水防止と断熱をしっかりすることだ。ただし“着ぐるみが濡れてる感”を損なわないよう撥水は禁止。だったら水温10℃の池でやるな。
会場が冷泉寺になった理由は、担当職員の親族が冷泉寺坂商店会の会長であるためだ。“地域活性化”という嘘偽りない建前が成立し、半分以上お祭りということで坂に並ぶお店は軒先にせり出して準備を進めている。
「おはようございまーす」
市の職員が迎えに来た。ひたすら上りだし、歩けば15分掛かるからな。
車だと大したことはなく、坂をのぼりきると50メートルほどの庭園の先に冷泉寺本堂がお見えになる。左が駐車場で、今回のドッキドキ水泳大会の会場は右の林を進んだ先だ。
2~3分ほどで到着。
「初めて来たけど、結構大きいのね~」
元々は修行のために掘って作られたというプールは、15×25メートルが2つ並ぶ形で15×50メートルになっている。プールサイドは岩で、小川を拡張して池にしただけなので綺麗な長方形ではなくゴツゴツした輪郭だ。
水は、上の方にある湧き水をこっちにも引いて小さな滝でチョロチョロと供給しており、プールの端っこで下にチョロチョロと流している。
小中学校の夏休み期間中は一般公開され遊泳も可能だが、10℃以下の水温が災いしてそんなに賑わうほどではなく、いつ来ても10人ぐらいは人がいる程度である。そんな冷製プールを、今日は着ぐるみだらけの水泳大会に使おうというのだ。
「なんか木の板が敷かれてない?」
「あれはスノコだ」
鈴乃の疑問に君津が答えた。
「岩を重りにして敷いてある。いかんせん寺の修行のための池だからな。大人でも足の届かない場所がある」
「ああ、それで」
一般公開中はスノコを敷いて底上げをしてるという訳か。だったら水温も上げたらどうだとも思うが、天然の湧き水をそのまま使うことに意義があるとか考えてそうだな。水温調整の技術要請は来ていない。
「というかちょっと冷えない・・・?」
うん、気のせいレベルではなく気温が低いな。低体温症で入院したばかりの私たちには“涼しい”を通り越してる。水温10℃の湧き水を溜めてるし、林の中で日差しも限定的だから仕方ないが。
「んじゃ、1個ずつ着ぐるみ配って回るわよ」
こっち側は観客席(椅子はなく基本立ち見かその辺の岩)のようで、向こう岸に本部席と出場者控え場所らしきテントが並んでいる。
<月町>
まずは月町地区の皆さん。
「おはようございまーす」
「「「おはようございまーーす」」」
「ちっ」
おかしーなー。歓迎されてない声もあった気がするなー。まあいいや。私はボワワンと着ぐるみを召喚した。月町のキャラクターは、三日月から手足が生えたムーンちゃん。キャラクターデザインは町の人がやって、その仕様書を受け取った私が着ぐるみを作った。中に入る人の体格情報ももらっているのでサイズも問題ない。
「ちっ」
あんたが中に入るんかい。浸水する機構にすれば良かったぜ。着ぐるみなので普通に呼吸用の穴はあるが、万が一全身が浸かってしまった場合も内側が水没なんてことがないよう逆止弁的なやつで水が中に入らないようにして、顔さえ水面に出せば息ができるようにした。
さて、ブツは渡し終えたし、隣のテントからの視線も感じるので移動。次の火町が難なく終わったあとが・・・
<水町>
「「「・・・・・・」」」
水町の皆さんの私に対する視線は厳しい。3日前に極寒に見舞ったことを根に持っておられるようだ。私としては、水町の人たちが同時に何人も冷却スプレーの注意事項を破ったせいだと主張したいのだが。
ボワワ~~ン。
召喚、水の妖精アクアン。
「「「・・・・・・」」」
私に向いていた厳しい視線が、スッと軽やかに1人のおじさんに移った。多分あの人がデザインを引き受けて独断で走ったのだろう。水の妖精アクアンは、カーテンみたいな薄い布を纏っただけの巨乳美女だ。そして私は、着ぐるみというデフォルメが入る中で“限りなく色っぽく”という要望に応えた。限りなく応えた。
「私は、仕様書通りに作っただけなので」
後のことは知らない。次の町に行こう。「これアンタが着るんでしょうね!」「何言ってんだ! 綾子さんのために作ってもらったし綾子さんのスリーサイズも限りなく目測したんだぞ!」「はァ!? そっちこそ何言ってんのこの変態!」「んふふふふ、加藤さぁぁぁん、布1枚にくるまれてお水に浸かりたいんですねぇ?」「あっ、綾子さんっ!?」「こんな人さっさと処分しちまうよ!」「「「そーーやっ!」」」
バッシャーーーン。
「大丈夫なのかしら、あれ・・・」
「別にいいんじゃない? 大会が始まるまでには引き上げられるでしょ」
「でも、石、くくり付けられてたけど・・・」
それこそ知らん。あいつが悪いんだし。人よりも試合会場の方を心配して然るべきだろう。
その後はつつがなく、各地区への着ぐるみを配りが進み、全てを終えて本部へ向かう。
「よくこんなに作ったわね。直前に入院もしたのに」
「そんなギリギリまで残さないわよ」
夏休みに入ってから浮気調査に花火大会、地学部合宿など色々あったが、合間合間に粛々と進めていたのだよ。
市がどれほど呼び掛けを頑張ったか知らないが、市内23地区全てが出場するため作った着ぐるみも23と、これに加え窓咲市としてのキャラクターであるクリスタルフラワーちゃんの水泳大会仕様も作った。
「おはようございます。厳木さん、皆さん」
「っはよーざーーす」
「「おはようございます」」
この女職員こそが、今回のイベント担当である。親戚に頼み込まれたのか忖度したのか、市の中心から離れた場所でこんなイベントをやるとは。もっとも、市民プールは毎日それなりの利用者があるから使いづらいだろうけど。
「今日はよろしくお願いします」
丁寧な口調と、男ならドキリとしたであろう両手で包むような握手。手慣れているな、この職員。目を見ただけで分かる。今回この場所が会場になったことにより、こいつにも何らかの見返りがあったと。
「こちら、商店会からのお礼です。是非、今日以外にも冷泉寺坂商店街にいらしてください」
「どーも」
商品券が、5千円分か。市からの報酬は冷泉寺坂商店街に限定しない商品券1万円だった。ので、シめて1万5千円。民間より市の方が報酬が渋いってイケナイことだと思うんだ?
ちなみに着ぐるみで使う材料は支給された。多分、市内の個人商店経由で入手したものだろう。余ったものはもらえたが、正直使い道は限られる。
「今日のためのクリスタルフラワーちゃんも作って頂いたとういことでよろしいのですよね?」
「もちろん」
ボワワ~~ン。クリスタルフラワーちゃん召喚。
「「「おおぉ~~っ」」」
パチパチパチ。
依頼人の職員と、周りのスタッフたちからもリアクション。どう~~だ。凄いだろお。着ぐるみでありながら、クリスタルフラワーちゃんのキラキラ感をこの上なく表現させて頂いたぜ。最近の布地もバカにできないな。
【えーそれでは、各チーム準備を進めてください。1回戦は午前11時のスタートとなります】
職員の合図で放送席がアナウンスを入れた。今はまだ10時だ。着ぐるみの中に入るであろう人たちが、準備運動をしたり着付けの調整をしたりしている。ちなみに練習はNGだ。着ぐるみを事前に渡さず当日提供にしたのも同じ理由。
「よし、と」
おや、どうやらチーム“窓咲市”の着ぐるみクリスタルフラワーちゃんには、この職員自らが入るらしい。ジャージ姿の彼女は早速、着ぐるみに袖を通し始め周りのスタッフも補助に。
「なるほど・・・思ったよりは動きやすいですね」
水泳大会に使うと初めから聞かされてたからな。ずんぐりした図体は仕様書通りにするしかなかったが、人が入る空間の広さや人形の可動域は、私自身がテストしながら極力感覚通りに動かせるように調整した。
「あとは濡れた場合にどうなるか・・・これはぶっつけ本番しかないわね」
全チームそうだからな。私は自分で試したが、体感で倍は重くなる。“着ぐるみが濡れてる感”を損なってはいけないと言ったのは、他でもない市だからな。もちろん繊維が水を吸う。
「全く。何がどうなってこんな企画をやることになったんだか」
公務員がそれ言っちゃいかんでしょ、君津センセ。
そんなこんなで、もうすぐ11時というタイミングになった。
【皆さま、本日はお集り頂き、誠にありがとうございます。間もなく、窓咲市内地区対向、“ドキッ! 着ぐるみだらけの水泳大会”を開催いたします】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
なんか地味に500人は集まってるぞ。大して広い場所じゃないから超満員だ。23地区+“窓咲市”だからね。20人ずつ応援呼んだだけでも480人だもんね。
【ルールは簡単、およそ50メートルをいち早く進みきれば勝利です。まずは6チームずつに分かれての1回戦、それぞれの上位2チームと、脱落チームのうちのタイム上位2チームの計10チームが2つに分かれての準決勝、そしてその上位2チームずつ計4チームによる決勝戦にてナンバーワンスイマーが決定します。皆さま是非、ご自身にお住いの地域やお気に入りのキャラクターを応援くださいませ】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
異様に盛り上がる会場。“お気に入りのキャラクター”も何も、クリスタルフラワーちゃん以外は今日のイベントで初めて作られたものなんだが。
【それでは早速1回戦第1試合と参りましょう。選手の入場です!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
【それは、きらめく結晶を携えた一輪の花・・・窓咲市公認キャラクター、クリスタルフラワーちゃん!!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
これ、全キャラ分やるのか?
【第2レーン。大地より出ずる豊穣の偶像。土町代表、ミスター・クレイ!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
どうやら、全キャラ分やるらしい。
「長くなりそうね・・・」
「ま、いいんじゃない? 競争自体があっさり終わりそうだしアピールタイムがあっても」
【第3レーン。その牙は万物を砕き、その爪は万物を切り裂く。中南町代表、セントラルサウスドラゴン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
名前はもうちょっと何とかならかったのか・・・。
【第4レーン。可愛いけれどヤケドに注意! 火町代表、ファイヤーリッス!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
仕様書を見た時点で思ってたのだが、リスだから“リッス”って・・・。リスの英語squirrelが馴染みにくいは分かるが。
【第5レーン。買い物は登戸ばかりに行ってゴメンナサイ! 裏和泉代表、ナデシコさん!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
裏和泉は市内最南端の地区で、電車もひと駅で神奈川県川崎市の登戸になる。当然、窓咲中心部に行くよりそっちの方が近い。
【第6レーン。大いなる翼は泳ぐために。翼町代表。大空ペンギン!】
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
「「「キャーーーーーーッ!!」」」
泳ぎたいのか飛びたいのかハッキリしてくれ。
【以上が1回戦第1試合の選手です。それでは選手の皆さん、準備はよろしいでしょうか。ピストルが鳴るまで水に入るのはダメですよ~?】
着ぐるみなんだから水に入ってからスタートすりゃいいものを。とか思ってたら、明らかに飛び込みスタートの体勢を取った選手が現れた。あれは、ミスター・クレイと大空ペンギン!
まさかの出来事に他の選手たちも慌てるが、当然飛び込みの覚悟なんてしてるはずもなく、普通に立つだけになった。
【それでは、参ります。泣いても笑っても1回勝負! 位置について、よーーーい・・・・・・】
パァン!
【スタートです!】
バッシャーーン。
【あぁーーっと!】
他の選手たちがのっそりとした動きで水に入ろうとする中、ミスタークレイと大空ペンギンが見事な飛び込みを決めた! しかし!
【あれは・・・っ! とっ、飛び込んだ勢いでミスター・クレイの首が外れてしまったーーーーーっ!!】
み・・・ミスター・クレーーーーーーーーーイ!!
次回:着ぐるみナンバーワンスイマーは誰だ




