第83話:ホットアイランド窓咲
ミンミンミンミン。ミンミンミンミン。
8月も20日になったのだが、まだ残暑と呼ぶには早いと言わんばかりにうだるような暑さが続く。ここ3日連続で最高気温35度オーバー、今日に至っては37度だ。こんな日に、私は外に出かけている。もちろん目的地はある。
「いらっしゃいませー」
いつものファミリーレストラン、“ジャスト”だ。自動ドアが開いて数歩踏み入れると、店員の挨拶が飛んで来た。私がこの店に来るときは、決まってビジネスだ。このリーズナブルなお店はほぼマドコー生徒相手用だが。
「おっ、厳木さんだ。マジで来た」
あいつらか。今回の客は3年男子だ。全校生徒の顔など覚えてないので、こういった野良の客の時は先に店で待ってもらって、後から私が入る形式を取っている。私が来た段階でいなければその時点で破断。あとで学校で無駄足賃を請求する。金だと教師連中がうるさいからデザート類になるが。
「な、言ったろ? 出すもん出せば殺し以外は何でもする奴だって」
だったらその首を差し出してもらおうか? あぁん?
睨むと、今回の客である男子3人はシャッと姿勢を正した。
「すっ、すいやせん! コイツの教育を怠ったばっかりに!」
「ま、別にいいけど」
流しながら、私は1つ空いてる席に座る。
「知っての通り、出すものは出してもらうけどね。ドリンクバーとメロンパフェで」
「かしこまりましたぁ!」
男子の1人が、端末を操作して注文を入れた。依頼料としてここのドリンクバー+1品を請求することは事前に伝えてある。
「んで、暑さ対策グッズが欲しいって?」
今回の依頼はビジネス用のメールアドレスに来た。“困ったことは厳木鏡子にお任せ!”というのは、新聞部が作った生徒専用サイトの掲示板と私個人のウェブサイト、そして物理の町内掲示板への貼り紙があり、コントタクトを取ろうと思えば何とかなる。
大抵は知り合いの知り合いを巡って私に話が来るのだが、今回は珍しく正規ルートとなった。サイトや貼り紙には金を取るなんてもちろん書いてないが、その辺は暗黙の了解だ。売上や経費の計上まで正規でやるつもりなど毛頭ない。
で、事前のやり取りの中で聞いた内容が、とにかく涼しく過ごしたい、だった。メールが来たのは2日前だったが、今日、これからバーベキューをするらしく、それが成功報酬になる。
「そうそう。天才発明少女なら朝メシ前っしょ?」
「まぁね」
よくある依頼だ。改めて発明するまでもなくグッズがある。
「早速だけど、これなんてどう?」
私が出したのは、1本のスプレー缶。ここは行きつけのお店なので、私がカバンからスプレー缶を出そうが火薬を出そうが何も言ってこない。
「おっ? もしかして冷え冷えスプレーか?」
「そんなところね。これを全身にプシューってすればアラ不思議、外気の熱をshut out! どこにいても冷房の効いた部屋で過ごしてるかのような涼しさをお届けできるわ?」
「マジで? すっげぇ~~っ」
「軽く使ってみていいか?」
プシュッ。男子の1人が自分の手のひらに軽くスプレーをかけた。
「うおぇぇ~~い。マジすげーじゃん。冷蔵庫みてー」
「あっ、ずりぃずりぃ。俺も」
「あんまりやりすぎると凍えるレベルになっちゃうから、気を付けてね」
何事も、用法・用量は正しく使うことが大事だ。こないだ地学部の合宿でクッキーになったばっかりだ、氷漬けなんてゴメンだぜ。
ほどよく“ジャスト”で過ごしたのち、一旦解散。男子連中はこれからバーベキューの買い出しに行くらしい。場所だけ教えてもらって、私はここに残って時間を潰すことにした。今は11時で、12時に行けばいいらしい。誰かの家の屋上でやるとのことだ。
男子連中は8人集まるらしく、さすがに私1人はツラいので鈴乃とワトソン、そして仙崎も呼ぶことにした。というか“女子呼んでくれるなら嬉しい”とまで言われた。
12時を15分後に控え、外に出る。鈴乃たちとは近くのコンビニで合流した。
「あっついわね~。よくこんな日にバーベキューなんてしようと思うよね」
「ま、暑い中でバーベキューするのも夏の醍醐味なんじゃないの?」
「のわりに、あの冷却スプレー頼まれたんでしょ?」
「この暑さは想定外だったんじゃない? 週間予報みてビビったもん」
5日前に帰宅した地学部合宿では実質的に避暑地にいたこともあり、帰って来れば連日の暑さだ。合宿前より暑いんじゃないだろうか。全く、涼しくなると見せかけて暑さが復活するなんて勘弁願いたいものだ。
「仙崎さんもよく来たよね。スプレー使う?」
「もう大曲さんから借りました」
それもそうか。でなければ、コンビニの外でなんか待ってたりしない。鈴乃が基本常備してるし。
男子連中からは“女子はいくらでも増えてOK”と言われていたのだが、田邉さんとぽんぽんさんはそれぞれ別の用事とのことだった。
「そんじゃ、行きましょ」
目的地に到着。なるほど、それなりに立派な家だ。面積はコンビニ程度だがこの辺りの家は大体そんな感じで、3階の半分が屋外スペースになってる家が多いがここは3階まで完全に屋内+その上に屋上。親がアウトドア趣味なのだろうか、造りかけのウッドデッキが見える。電話すると、1人の男子が顔を出した。
「親もいないから入っていいよー」
では遠慮なくお邪魔しよう。築1年半ぐらいかな? 整った内装を軽く見回しながら玄関のそばの階段をのぼり、屋上へ。4階に上がるとすぐドアで、外に出る。私ら入れて11人と1匹になるが、窮屈にはならなさそうだ。
「いらっしゃーい。ぼちぼち焼き始めてるよー」
今回、バーベキューそのものへの手伝いは頼まれてない。焼いてもらったのを食べるだけに徹しよう。5分ぐらいすると、1人の男子が肉と野菜が盛られた皿を持って来た。
「はい、まずレディファーストでこれ」
「「ありがとうございまーす」」
返事をしたのは鈴乃と仙崎。ちっこいテーブルを召喚してあるので、取り皿とタレも置いてってくれた。
「いやーマジサンキュ。こんな暑い中バーベキューやってたら死んでたわ。親父が屋根作るって言ってたのに夏に間に合わなくてさ」
「あぁ~~」
作りかけウッドデッキは、屋根まで作るつもりだったらしい。
「で、親父も夏休みになったのに“暑いから無理”、だぜ? 笑っちゃうよな」
大人の夏休みはピンキリだが、長くても10日ぐらいだろう。今の状態からだと、屋根までやろうとしたら10日じゃキツい。6~7月が想定以上に忙しくなったのだろうか。
「お父さんにも貸してあげれば? 冷却スプレー」
「休みがもう終わってるんだよ」
「ははっ」
そりゃそうか。もう8月20日だ。
「にしても、暑くなった途端“無期限休業”だなんて、DIY趣味が聞いて呆れるよな。梅雨明けからずっと休みも家でゴロゴロしてるんだぜ?」
どうやら7月が忙しかった訳ではないらしい。この分だと真冬も“寒い”とか言ってやんないんじゃないだろうか。秋にやんなかったらマジもんの“無期限休業”になるな、こりゃ。
「そんじゃ、バンバン焼いてくから楽しんでってねー」
「「はーーい」」
「はい」
男子が自分の仲間の方に戻ると、仲間たちはこっちに手を振ってきた。
「厳木さんありがとぅ~~!」
「厳木さんマジcoooooool!」
「スプレーで俺らもcoooooool!」
快適に過ごせてるようで何よりだ。軽く手を振って応え、私らも自分たちの輪に戻った。
それからは、基本的に3人と1匹で適当にダベりながら焼肉をむさぼっていた。男子連中はそれっきり、女子が来ると嬉しいとか言ってた割には絡んで来ない。単に背景として華がいればそれで良かったのかも知れない。学年違うと共通の話題ないしな。
皿が空になると、ワトソンが皿を咥えて次の肉を取りに行った。男子たちも、後輩女子よりは犬の方が接しやすいのか、ワトソンの腹や背中をワシャワシャしたり、肉を投げて食べさせたりして遊んでいた。宙返りしながらパクッとした時には、“ううぇえ~~~い”と声が上がった。なお、ここに来てからワトソンは一度も喋っていない。普通の犬として過ごすようだ。
「ワトソンくんお疲れ~~」
戻って来たワトソンを鈴乃が撫でながら労う。
「賢いワンちゃんですね」
「ま、私の教育の賜物ね」
「世界一教育に悪そうな教育ですね・・・」
おい何だコラ。やんのかコラ。
それから30分ぐらいは男女で別れる形で過ごした。スタートからは50分ほど経っており、皿が空になる度にワトソンが肉をもらって来るし、目の前にあれば私らも食べちゃうもんだから割と腹にたまってきた。男子連中も、食べるよりは喋る方にシフトしたように見える。
そこで、仙崎がおもむろにカバンを探り、スケッチブックを取り出した。食後のひと描きってやつかい。3階建ての屋上とは言え、同じ高さの家多いのに何を描くのやら。と思ったら仙崎は男性連中の方に向かっていった。
「あの、すみません」
「ん?」
「炭火の絵を描きたいんですけど、見せてもらっていいですか?」
「へ? あ、あぁ。別にいいけど・・・」
さすがの男子たちも困惑である。仙崎が美術部員だなんて知らなかっただろうからな。知ってたとして、いきなり炭火を描きたいとか言われたらビビるが。
微妙に顔が引きつってる男子連中をよそに、仙崎は15秒ぐらい炭火を見つめて、それから顔を上げた。
「もう大丈夫です。お邪魔しました」
「え? もういいの?」
「はい。覚えたので」
「あ、そう・・・」
男子たちはもうドン引きである。まさか1回見たら覚える感じ? と全員が顔で言っている。ジェットコースターでの瞬間の景色をジェットコースターに乗りながら描く奴だからな・・・もはや作品よりも本人の行動の方が芸術になってる。
仙崎は戻るなり鉛筆で描き始めた。未だに視線を浴び続けているのだが、気になったので聞いてみた。
「鉛筆でいいの?」
炭火を描くというのに、仙崎の得物は黒一色だ。明らかに下書きではないし、後から色を付け足すようにも見えない。
「荷物になりますし、予想していた通り、あの熱感はこれが一番表現しやすそうなので」
「そう・・・」
色で熱感を表現するなんて素人のすることらしい。
「生の炭火を見る機会なんて滅多にないので、新鮮ですね」
炭火の絵のためバーベキューに来る奴なんて初めて見たぞ。こいつ、普段の勉強とか経済社会のこととかどう思ってんのかな。解剖してぇ~~。
仙崎の手の動きは早い。これすぐに終わるんじゃね? みたいな考えがみんなあるのか、誰もお喋りには戻らない。そんな周囲の様子を知ってか知らずか、仙崎は特に変わる様子もなく描き続けた。で、1分で終わった。
「ねぇねぇ、見して?」
「いいですけど・・・」
初対面の3年男子が自分の絵に興味を持つなんて意外だ、といった様子で仙崎はスケッチブックを回し、男子全員に見えるようにした。
「「「うおぉ~~~っ」」」
「すげ・・・」
「まぁじで!?」
私は描いてる真っ最中も見ていたから分かるが、紛うことなく炭火だった。今日あのコンロの中は一度も見ていないのだが、多分こうなってるのだろう。石炭で、赤く光ってる部分と白くなってる部分も表現されている。ただの紙に黒一色で描かれているのに、触ると火傷しそうだ。
「もしかして、リアルな火も描けたりする?」
「はい、まあ・・・一度見せてもらえるなら」
なんだかんだ、生の火を見る機会もそうそうないか。家のガスコンロやロウソクだと、この男子の期待する火のイメージには合わないだろう。仙崎の場合、テレビかネットの映像でも見せてやれば何とかなりそうだが。
「んじゃ肉追加すっか~~」
「ホルモン焼けば油落ちて炎上するんじゃね?」
てな訳でホルモン投入。
ゴォォォォォォッ。網から立ちのぼるほどの火が出た。わざわざ近づかなくても見える。その火を、仙崎は無言で見つめている。そんな仙崎に、一同はコンロの炎上もどこ吹く風で目を向けている。
「・・・なるほど」
仙崎の手が動いた。じっと火を見つめたまま、それでも手元では正確に絵が描き上げられていく。こいつ、暗闇でも絵を描けるような奴だからな・・・。
「すご・・・」
鈴乃の声が漏れる。うむ、これは紛うことなく火だ。相変わらず黒一色なのに、この紙自体が燃えてるんじゃないかという風に見える。
「どれどれ、どんな感じ?」
男子たちも見に来て。ヤベ~だのスゲ~だの、そんな感想が飛び交った。やがて絵も完成し、ほかに芸術家はいないものだから語彙力に欠ける品評だけが並んで鑑賞会も終了。
「んじゃ火ぃ消すぞ~。ジュースかければ消えるよな?」
「ああ頼むわ。・・・あ、いやストップ」
「は? まさかお前も絵ぇ描くとか? やめとけって」
「違ぇよ。火ならこっちでも消せるだろ? 飲み物を粗末にするよか良いじゃん」
そう言って1人の男子が取り出したのは、冷却スプレーだ。
「あ、それちょっと待っーーー」
プシューーーーーーー。
遅かった。
「ねぇ鏡子」
「ん?」
「何を言おうとしたの?」
「今に分かるわよ」
「何かが起こる前に説明しなさい」
「しょうがないなぁ。説明してあげる」
「あ、やっぱダメ。何も言わないで」
「どっちなのよ」
「言わないでいい言わないでいい。だって、言ったらそれが起こっちゃうんでしょ?」
「科学をなんだと思ってるのよ。言っても言わなくても一緒よ」
「でも言わないで! あのスプレーに使用上の注意事項なんてないの。そうよね?」
「あるわよ。缶に書いてあるもの」
私がそれを口に出そうが出さまいが、現実は変えられないのだよ。
「ない! ないない! 冷却スプレーに火気厳禁なんてあるはずないでしょ!?」
もう言っちまってんじゃねぇか。科学は、これ以上は待ってくれないぞ。
「もういい、聞かせて・・・なんで、火気厳禁なの」
「あのスプレーって、厳密には熱を遮断するんじゃなくて、吸い取ってるのよ」
「吸い取ってる?」
「そ。缶の外に出てると酸素と反応するんだけど、それが吸熱反応で、周りから熱を奪うの。冬に使うカイロの逆だと思えばいいわ。あれは、酸素との反応熱であったまるものだから」
「それで、熱を奪うなら何で火気厳禁なの。火の熱を吸い取って終わりじゃないの」
「化学反応って、周りからエネルギーを与えると活性化されるのよ。火はエネルギーが光や熱として放出されてるものだから、普通の温度の空気にスプレーを出すよりも多くのエネルギーを受け取ることになって、スプレー自身の吸熱反応は加速されるわ」
「・・・加速って、どれくらい」
「爆発的に」
ボオオオオオォォォォォォォォォォォン!!
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ヒュォォォォォォォォォォォォッ。
「・・・・・・」
ガクガク、ブルブル。ガクガクブルブル。
「きょう、こ・・・・・・」
「な、によ・・・」
「な、んにゃっじゃっじゃ、な、よ・・・・・・」
もう、何言ってっか、わか、ねぞ・・・。
さっき起きたことだが、まず、火気を受けた冷却スプレーは急激な温度上昇により爆発的に膨張し、私たちは全身にそれを受けた。そして加速された吸熱反応により、体温という体温を根こそぎ奪われてしまった。中心にあった火ももう、鎮火している。
「お、おぉぉぉぉ・・・さぁぁみぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
男子の1人が叫んだ。いいぞ、もっと熱くなれ。たの、むから・・・。
「これは、堪えますね・・・」
仙崎も、辛そうな表情で目を閉じて寒さと戦っている。
「いづ、まで、続くのよ・・・」
「知ら、ないわよ・・・初めてなんだから・・・」
「なんでチェッグしてないの゛・・・」
だ~れが使用方法を守らなかった場合のチェックをするってんだよ。ンなもん客の責任にできるんだから私の手をわずらわせることじゃない。
「でも、範囲は、100メードルぐらいだと、思う゛・・・」
「ひゃぐ、めーどるね・・・」
「ある、きましょう・・・」
私たちは、かじかむ全身を気合で動かして立ち上がった。
「おれ゛、だぢも゛、いぐぞ・・・」
「「「お゛、お゛ぉ゛~~・・・」」」
元気出せよ男子ぃ゛~~~。
100メートル。それは、そんなに長い距離じゃない。こんな状態でも、一歩一歩しっかりと足を進めれば、辿り着ける距離だ。まずは、この家からの脱出。その一歩を、私たちは踏み出した。すると、
ボオオオオオォォォォォォォォォォォン!!
「え・・・・・・」
さほど遠くない場所から、既視感、いや既聴感のある爆発音が聞こえた。湯気のようなものが見える。あそこだ。
しかしあれが湯気でないことはすぐに分かった。あの感じは、冷たい飲み物から立ちのぼるやつと同じだ。急冷された空気から溢れた水蒸気が白く見えるやつだ。
「な゛、んで・・・」
鈴乃が呟いた。んなもん、誰かが同じやらかしをしたに決まって・・・。
ボオオオオオォォォォォォォォォォォン!!
「・・・・・・あ゛?」
また、か・・・? この街で、一体何が起きているんだ・・・?
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とあるマンションの一室。
ピン、ポーン。
「はーーーーい。ちょっとあなた、火ぃ見てて。天ぷらやってるから」
「おー」
(また生返事・・・大丈夫でしょうね)
5分後。
「ん・・・何か変な匂いが・・・うわっ燃えてる! 水! 水・・・は天ぷら火災にはダメだ! 消火器・・・は無いし何か他に・・・これだ!」
プシューーーーーーーーーーーーーーー。
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とある公園。
「おっ、いたいた」
「次のターゲットはコイツだな」
「やっぱカエルに爆竹巻き付けるの楽しいよなー」
「次は俺が点火の番だからな」
「わーってるよ。こうして、こうして、準備完了!」
「よっしゃ行くぜ!」
「アンタたち何やってるの!」
「げっ! 鬼娘のミク! なんでここに!」
「というかカンケーないだろ! 俺たち別に人にメイワクは・・・」
「動物いじめてても一緒よ! それに火遊びもやめなさい! 一歩間違えば大惨事なんだから! そんなキケンなものはこうよ!」
プシューーーーーーーーーーーーーーー。
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とある河川敷、橋の下。
「あぁ~~癒されるぅ~~~」
「癒されるというか、救われるというか、報われるというか・・・どれにしても、今のあたしたちに必要なものよね」
「もうこれ以外ないわ。この、硫黄の燃える香り・・・他の何にも代えられないものが、マッチにはある・・・」
「大人はタバコばっかり吸ってるけど、あんなのコドモダマシよね」
「吸ったことないから分からないけど、硫黄を超えられるとは思えないわ。ニコチンなんていうものに洗脳されてるだけよ」
「というか、ただカッコつけてるだけでしょ。タバコを始めた人なんて、みんなそう。大人が吸ってる姿を見て、憧れて真似しただけのコドモよ」
「あぁ終わっちゃった。もう1本」
「このすぐに終わる儚さも、マッチの魅力よね。あたしももう1本」
スッ、ボゥッ。
「あっ」
ポロッ。
「いけない、落とし・・・きゃっ」
「雑草に引火した? 早く消さなきゃ。上に煙が行ったら大人に見つかっちゃう!」
「それなら任せたまえ」
「あ、あなたは・・・あの時の怪しいバイヤー・・・!」
「怪しいとは心外だなぁ。それはそうと、俺っちの商品をリピートしないからこんなことになるんだよ。基本的に火を使わないものなのに」
「だってなんだか、いかにもあたしたちの需要を狙ってるカンジがして気持ち悪いんだもん。市販のマッチこそが至高なの。色々試した上での結論よ」
「そうかい、残念だよ。 それよりも、いいのかい? 火、消さなくて」
「何よ。お金が目的?」
「タダでいいさ。これをもらってさえくれればね。心配しないでいいよ。違法な成分は入ってないから」
「「・・・・・・」」
「俺っちはただ、この場所を守りたいだけさ。君たちだってそうだろう? 粗相をしたのは君たちなんだから、ここはひとつ、俺っちの新商品のテスターになることで手を打ってくれよ」
「それなら、まぁ・・・」
「離れて。えっと確か・・・よし、これを使えばこの程度の火は消せるはずだ」
プシューーーーーーーーーーーーーーー。
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とある企業。
「よーし、これでカンペキだな。ちょっと戻って休憩するかー」
「あ、おかえり。随分と上機嫌ね。実験は順調?」
「そりゃもうカンペキっすよ。準備まで終えて、ひと息つきに戻って来たところです」
「いい心掛けね。上手くいってる時って勢いでバンバン進めたくなっちゃうから、そういう時ほど一旦落ち着くのが大事かも知れないわ」
「身近にそそっかしい人がいるので実感してます」
「それって誰のことぉ~~?」
「さぁ誰のことでしょう?」
バン!
「大変です! 203実験室でボヤが!」
「えぇっ!?」
「あららぁ? ひと息ついて冷静になりに来たつもりが、その前でミスがあったんじゃないのぉ?」
「そんなっ! とにかく現場を確認しないと!」
「私も行くわ。こういう時も冷静に、ね♪」
タタタタッ。
「あちゃー・・・」
「ハッ、まさか袋に小さな穴が・・・!?」
「原因究明は後! 今は火の方をなんとかするわよ!」
「消火器持ってきます!」
「あー待って! 消火器なんて使ったら報告上げなきゃいけなくなるから。こっちにするわよ」
プシューーーーーーーーーーーーーーー。
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この日、私たちは絶望の爆発音を何度聞いたことだろう。
次回:コールドタウン窓咲




