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第82話:稀代の賢人の秘宝

 

 翌朝、朝食と荷造りも済ませ、管理人邸へ。挨拶もほどほどに羨望の丘を目指した。敷地内ではあるが距離があるので車移動だ。管理人さんが運転する車に、私たちは東京から乗ってきたマイクロバスでついて行く。


「何が出るかな。何が出るかな?」


 ウキウキ気分の笹山さん。稀代の賢人が遺した秘宝、か。それを発見したことで周囲の人々に豊かな暮らしをもたらした、という話だったな。今では単なる私有地の山になってるが、時代の流れと共に人が街に流れたのだろう。


 人の暮らしが豊かになったということは、水か食糧か。水ならあのデカい湖で十分に思えるし、食糧か? それか、木材とか金属の資源で、その行商で豊かになったとか。

 だとすると、人がいなくなった理由の1つに“資源の枯渇”が当てはまり、今は残ってないんじゃという話になる。でもそれは食糧も一緒か・・・。


 動く化石やら見えない壁の迷路やらの超常現象が起きたんだ、食糧か資源の無限湧きかそれに近い状態になる道具でもあったのか? そして問題が起きて封印したとか。羨望の丘という名前も気になる。


 考えても分からんな。現物とご対面できるし、それで確認すればいいや。



 やがて車は、1つの丘を前にして止まった。大した高さはない。もし道路があったなら、ちょっと長めの上り坂、程度だ。道はなく芝生の絨毯になってるので、雑草も少なくないが車は降りて歩いてのぼることに。


「ざ・い・ほう! ざ・い・ほう!」


 笹山さんが財宝コールを始め、管理人さんは苦笑い。


「これ笹山クン、地学部員ならせめて鉱石を望まんかい」


「いーじゃん本心が漏れちゃってもぉ。羨望の丘なんでしょ?」


「そういえば、どうして羨望の丘という名前になっているのですか?」


 部長が管理人さんに聞いた。


「すみません、書物を漁れば分かると思うのですが・・・」


 書物は千冊を超えるらしいし、この管理人さんで地学に興味を持った当主は何代目ぶりだろうって感じだそうだからな。


「鏡子はどう思う?」


 鈴乃が聞いてきた。


「難しいわね・・・“羨望”というからには、人が欲しがるようなものがあったんでしょ。食べ物か資源がわんさか出るような道具か、それとも生活とは何の関係もない、お花畑や鍾乳洞か。考えてもしょうがないわ」


「そっかぁ」


 街が豊かになるきっかけなんて、いくらでもある。それが今、この場所や周辺の街に引き継がれていないということは、意図的に封印したか、単純に人々が飽きて廃れてしまったか。金銀財宝なら私も嬉しいのだが。


「俺は、究極の和牛が育つ餌がいいな」


「そうだったとしてももう残ってないわよ・・・」


 ここが元は牧場だったという可能性を否定するつもりはないが。



 話をしているうちに頂上が近付き、奥の景色が見えて来る。


「向こうも特に何もなく、こちら側と同じような景色のはずですが」


「昨日のあの揺れだ。何かが出て来ていてもおかしくはないだろう」


「何かあるといいのですが・・・」


 年長者たちの会話を聞いていると、丘の向こうがその姿を現した。


「これは・・・ッ」

「ほおぉ?」


 はっきりと声を発したのは尾峰と笹山さんだけで、他の面々は、声になってない声で強めの呼吸程度で息を漏らした。私自身も「こォ・・・」って感じだった。


 あったのは、金銀財宝や花畑ではなかった。これまでのぼってきたものと同じような芝と雑草の傾斜に、シルクハットにステッキ、トランプカードに造り物っぽい棺桶と剣。他にもいろいろあるが、一言で言えば手品道具一式だった。はっきり言って、この場には全然似つかわしくない。


「とりあえず、手に取ってみましょうかね」


 私はそう言って歩き出した。笹山さんと鈴乃も来た。まず、シルクハットを拾ってみる。裏返すと、一瞬だけ中が光った。ポンポン、とツバの部分を叩くと、


 バサバサバサバサッ!


「んっ」

「きゃっ」

「わっ!」


 たくさんの白いハトが出て来た! マジか。


「えっと・・・手品道具?」


 誰しもが思っていたであろうそれを、実際に大量のハトを目の当たりにして改めて言ってみた。


「こっちは何だろ?」


 笹山さんはステッキを拾った。それでポン、と空いてる方の手首を叩くと、


 ポン!

「わっ!」


 ステッキの先の曲がってる部分がパカッと開くと同時に花が出た。


「こっちもマジックみたいだネ」


 この場に転がっているものが何なのかが分かってきたところで、他の面々もぞろぞろとやってきた。


「よもや、こんなものが出て来ようとはな」


「私も驚いてます。初代は手品師だったということでしょうか」


「やも知れぬな」


 つまるところ、大道芸人か。数百年前にもいたとは思うが、ガッツリ年貢を取られる時代だからな・・・でも明らかに物理法則を超えたことができるし、やっぱり農作物を量産できたのかも知れない。それっぽいのはこの場になさそうだが。


「ちょっと鈴乃、それやってみなさいよ」


 私が指差したのは、造り物の棺桶と剣。棺桶の方に、ここに剣を刺せといわんばかりの穴があるので、そういうマジックのようだ。


「嫌よ。鏡子が入るならやるけど」


「えぇ? いいけど、殺さないでよ?」


「鏡子こそ死なないでよ?」


 いや鈴乃が私を殺すなよ。と言っても、明らかに謎の力が込められてるっぽいから大丈夫だとは思うが。


「押したら縮むとかはなさそうね。尖ってもないけど」


 鈴乃が剣の先を手のひらで押す。レプリカの剣のようだが、刺すと剣が縮むような機構はないようだ。棺桶の方も、見た感じは何の変哲もない。


「立てて使うのかな。ちょっと手伝ってくれる?」


 部長と男子ABの手を借りて棺桶を立てて、中に入る。律儀に窓があって、開けるとアクリル越しに外が見えた。


「じゃあ行くわよ?」


 鈴乃が剣を構えて、ゆっくりではあるが迷う様子もなしに私の腹の中心に刺した。


「どう? 平気?」


 刺した後で聞くな。


「何ともないわね。剣は明らかにお腹に刺さってるんだけど」


「やっぱり。手応えがほとんどなかったのよね」


 どういう仕掛けになってるんだろうな。もっとも、化石が動いたりした訳なんだから理屈が通じるとも思えないが。


「アタシもやるー! みんなもやろー? 厳木さんをめった刺しだーー!」


 うん、棺桶にたくさん穴がある時点でそうなると思ってたよ。笹山さんは既に剣を拾い上げており、セルシウス、部長、男子ABも続いて迷わず剣を手に取った。お前ら私に何の恨みがあるんだ?

 ハナちゃんだけは乗らずに苦笑いしたのが救いだったが、笹山さんに催促され結局はやることに。


「どうれ、私もやろうではないか」


 尾峰次はお前が入れ?


 という訳で私は、棺桶の中で全方位から剣を刺された。やべー・・・痛みが一切なく自分にいくつもの刃物が刺さってるのは、なんか気持ち悪いな。30分ぐらいこのままでいると吐きそうだ。


「ずしょずしょずしょ」


 おい! やると思ってたが、笹山さんが何度も刺してきた。その後みんな剣を抜いてくれて、私も脱出。


「ホントになんにもないの?」


「あったら困るでしょ・・・」


 当然、外に出た私はピンピンしていて服の方も無傷だ。こりゃ大した手品道具だ。


「はいはーい! 次あたしが入るー!」


 本人の希望により次は笹山さんが中へ。本人が遠慮なくということだったのだが、私と部長以外は1回だけだった。というか部長・・・。


「野々宮君いくらなんでもヒドーーイ」


「遠慮するなと言ったのは笹山さんでしょう」


「そうだけどぉー」


 当然のごとく、笹山さんは出て来るなり文句を言った。何度も見たような光景だが。


「これ、棺桶なくても大丈夫なんじゃない?」


 私はそう言うなり鈴乃に剣を刺した。


「ちょっと!! 何すんのよ!!」


「いいじゃん別に刺さった訳でもなしに」


「刺さってたらどうすんのよ!!」


 そんなのお互い様だろ? 人のことも刺しといてよく言うぜ。


「でもセンセ、これが賢人が遺した秘宝ってこと?」


「状況から言って、そう考えるしかないな。期待外れでないと言えば嘘になるが、これもまたひとつの真理よ」


「多分だけど」


 尾峰に加えて私が補足。


「年貢を取られてた時代に、お米や野菜を出すこともできたんでしょうね。そしたらお偉いさんに怒られずに済むし、飢えることもない。もちろん、お偉いさんには手品グッズの存在なんか明かさずにね。

 それで、食べ物とは関係ないイリュージョンなんかもやったりすれば、街の人気者になったのは間違いないわね」


「なるほどぉ~~」


 ま、書物を漁らない限りは、予想することしかできないがな。


「驚きましたね・・・」


 管理人さんだ。


「まさか初代に、そんなことができたなんて」


「この封印と解くための3つの試練も、人間業ではなかったぞよ?」


 尾峰はトランプを1枚拾って投げた。それはブーメランのように尾峰のもとに戻り、投げた直後はダイヤのキングだったはずだがスペードのエースに変わっていた。尾峰は絵柄なんて見てなくて気付かなかったようだが。


「確か、この土地が正確に私どもの家系で管理されるようになったのは、明治維新より後です。それまでは、そちらのお嬢さんの言うように生計を立てていたのかも知れません」


 で、これだけ人間離れした業ができたのなら、大道芸人とは言えど土地を手にするのは難しくないと。


「でも、もうやんなくなっちゃったんだね・・・」


 笹山さんが嘆くように呟いた。管理人さんが答える。


「数百年の間に、幕府による改革に、鎖国終了、明治維新、震災に世界大戦も起きてますから。人々に手品を見る暇なんてないこともあったでしょう。

 跡継ぎに困って養子を迎えた代もあったようですから、ここにあるような不思議な道具を作れる人がいなくなってしまったのかも知れません」


 多分そうなんだろうな。仮に300年前とすると、8代将軍吉宗の時代だ。改革はあれど平和な時代が続いたと思うが、その後の明治維新や世界大戦はとても無視できるものじゃない。そう考えると、直近の150年ちょっとの間に色々起きてるんだな。

 150年は、長いようでさほどでもない。最後の将軍である慶喜の、孫の孫の代が存命してるぐらいのはずだ。ちょっと遡るだけで、激動の時代だったんだな。


 さて、軽く30ぐらいの(マジで種も仕掛けもない)手品グッズがあるのだが、どうしようか。


「お前さん、これらはどうするのか?」


 尾峰が聞いてくれた。


「皆さんに差し上げます。他でもない皆さんが蘇らせてくれたものですし、私はこの掘り出し物があった事実を記録できれば十分です。これを機に、家系の歴史についてもっと調べてみようと思います。文献は、我が家にありますから」


「恩に着る。我々は地学部だが、遊び道具にはなるだろう」


 と、いう訳で手品道具ゲット。


「やったーーーーー! ありがとうございます!! これで野々宮君を刺しまくれるぞーっ!」


「やめてくださいよ!」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。これはこれは、金銀財宝よりもよいものが手に入ったやも知れぬな」


 確かに、こりゃ興味深いものが手に入ったぜ。今の私じゃできないものもあるし、たまに借りに行っちゃおっと。



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「本当に世話になった。賢人の秘宝のことを差し引いてもよい合宿になったぞ。」


 一度管理人邸に戻り、最後の挨拶。


「いえ、こちらこそ。ご先祖様のことが分かって良かったです。ぜひ、機会があればまたいらしてください」


「その時は奇術師集団になっているかも知れないがな」


「はははっ。では特設ステージを用意しなければなりませんね」


「心臓が飛び出るぐらいのマジックをマスターしますから、心の準備もしててくださいね!」


「ふふふ、それは楽しみですね」


 締めに一同で挨拶をして、見送られながらマイクロバスに乗り込み、帰路に着いた。


「フッフッフ・・・ハナちゃんが引いたのは、ハートの5だね!」


「すごい、また正解・・・」


 さっそく手品グッズを使って遊んでいる。


「ふっふ~~ん。これからはイリュージョニスト笹山と呼んでくれないかな?」


「その道具を使えば誰でもできるでしょうに」


「分かってないなー野々宮君。こういうのは雰囲気が大事なんだよ雰囲気が」


「そうですか」


 こういう時、帰りは寝ちゃう人が続出しそうなものなんだが、笹山さんが色んな人を巻き込むものだから誰も眠る暇はなく、終始賑やかなまま東京まで帰り着くのだった。

 セルシウスとハナちゃんは、笹山さんの口が止まらない状態で用事もなく話すことがないのは昨日までと変わらず。ハナちゃんの視線がちょいちょいセルシウスに飛んでたが、これも元からだな・・・。ま、2人の進展もこれからってことで、これにて地学部合宿終了!

次回:ホットアイランド窓咲

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