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第81話:抜け出せ! 闇夜の迷宮(後編)


 ―――鏡子班―――



 部長の野々宮と(あまり望ましくない)合流を果たし、残りの分岐を彼に任せて私は東山こと2年男子Bの方に加勢に行くことにした。


「東山くーーん! 聞こえるーーー?」


 名前、東山で合ってるよな。距離があるせいか、数秒遅れで返事は来た。


「聞こえてま~~す!」


「部長と合流しちゃって私がそっちに向かうことにしたわ! ロープ引っ張るけど転ばないでねー!」


「分かりました~~!」


 とは言え、直角の曲がり角の連続だから、彼のところまで引っ張られることはないだろう。


「行きますか」


 交換して手にした部長のロープを改めて握る。引っ張ると、曲がり角に向かって斜めにピンと張られる感覚がした。視界は数歩先までで何なら壁は透明なのだが、ロープの角度で距離まで大体わかる。まずは3人が別れたポイントまで戻ろう。


 ロープのお陰で歩きやすかったこと、道を間違える要素もないことから、3分もしないうちに戻れた。


「私が進んでた方がこっちで、彼がいるのがこっちね」


 残された経路、男子Bが行った方を進む。


「ねえ! あんたも1人になってから左の分岐を先に行ってるのー?」


 もしそうだとするなら、分岐で彼のロープより右側の経路には、彼は一度も行ってないことになる。


「はい! 左から行ってま~す!」


 よしいいぞ。褒めて遣わす。じゃあ右の経路を私が潰そう。

 分岐は左から潰す作戦をずっとしてきたが、もはや偶然とは思えないレベルで左のハズレ率と無駄足の距離も上がった。もし、私たちの行動を踏まえて未踏部分の構造やゴールの位置が変えられているなら、いつまでも左先行作戦を続けると途方もない時間が掛かってしまう。


 もしかすると、3人で手分けしたことが無意味だった可能性すらある。迷路をいくらでも拡張できるのだから。マジで、そうとでも思わないと、あんだけ歩かされて部長と合流したのは激烈に運が悪かったことになる。私の日頃の行いはそこまで悪くない。


「とにかく、右に行きまくってみるか」


 多分、そうしているとそのうち右もハズレ率が上がったり無駄足距離も長くなるはずだ。そうなったらまた方針変更、を繰り返す。すると私の行動がワンパターン化するから、“無駄足距離も長くなったら方針変更”という作戦すらも変えねばならなくなる。というのは考えすぎか?


 とにかく、やってみよう。どの選択肢を選んでその結果がどうだったか、ハズレ率と無駄足距離の平均値を逐一出して、平均値を超えたら方針変更だ。

 当たりハズレの判定は、分岐の先にまた分岐があったらひとまず当たり判定にしよう。もし、分岐の先の分岐が全部潰れたらハズレに更新して、全部の無駄足分を計算する。


「考えただけでも疲れそうね・・・」


 全く、もっとスマートな試練にできなかったものか。ロープとマッピングがなかったら絶対に詰んでるぞ?


 文句を言っても仕方がないので、今決めた通りに進む。右、右、右、右、右でハズレ、左、左でハズレ、右もハズレ、真っ直ぐ。暗いからって、トロトロなんて歩いてられるか。迷路が現在進行形で更新されるなら尚更だ。


 そうこうしていると、部長から声が入った。


「厳木さ~~~ん! こっちはダメでした~~~!」


 そうか・・・そんな気はしていたが。


「じゃああんたは、3人が別れた場所よりも前に戻って! まだ行ってない場所があるから!」


「分かりました~~!」


 部長には悪いが、多分そっちもハズレだ。私の考えでは、迷路の更新は、少なくともゴールの位置は踏破部分を経由することはないと思っている。

 序盤の方は普通に右のハズレもあったはずで、私たちが左から潰したからそっちは未踏の状態だが、一度正解を進んだ場所を後出しでハズレに変えるなんてことをされては、もはや試練とは呼べない。やったとしても、今私が進んでいるルートと合流させる程度のはずだ。もちろん、踏破部分の構造を変えるなんてことも論外。


 博打や運ゲー以外の要素で攻略する手段が確立できるようになっている。絶対に。こんなもの、さっさと終わらせるぞ。


 真っ直ぐ、真っ直ぐハズレ、右、左でハズレ、真っ直ぐ、右、右でハズレ、真っ直ぐ!


 さっさと出てこいやゴール!

 もう、ほとんど勢い任せでバンバン進み続けた。考えるな。数字だけを見て機械的に判断しろ。もしそれで疲れるまでにゴールできなければ、それから考えればいい!


 うぅぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!


 考えることをやめてひたすらに足を動かし続けていたら、その時は不意に訪れた。


 パッ。


「ん?」


 なんか、明るくなった。見上げると、一箇所だけ、やたら星の光が明るくなっていた。不自然に四角の窓みたいな範囲だけ。

 と思ったら、ハカパカと箱がバラされていくように、星が明るい範囲が増えていった。あれは、元の明るさか・・・? そもそもこの迷路が暗かったことの方が、不自然に個々の星の光が暗くなったからだ。


 やがて、私たちを取り囲んでいた迷路は完全にバラされ、外の景色が戻ってきた。岩の地面に、月のない星空と、天体望遠鏡。そして、


「鏡子~~~~~~~!!」


 鈴乃の姿。


「あ、鈴乃ぉ。なんだ、先を越されちゃったのか」


「良かったぁ、戻って来て。3人だけ?」


「そ。私と部長さんと、彼」


 その部長と男子Bも同じく、笹山さんや尾峰に迎えられていた。あれ・・・? 鈴乃チームって、鈴乃と笹山さんと尾峰と男子A? よくこのメンバーで脱出できたな。人数は1人多いけれども。


「鏡子にしては時間かかったわね。ただ壁壊すだけだったのに」


「は? 壁を壊す?」


「え? 違うの?」


 違うぞ? こちとら、ちょっとやそっとじゃ壊れる気のしない壁に囲まれた迷路をやらされたんたぞ。それも、暗いし壁は透明だしで。聞けば、鈴乃たちは教室ぐらいの狭い空間に閉じ込められて、それを壊すだけで脱出できたらしい。何それ、まじ腹立つ。それなら私だったら秒殺だったのに。


「にしても、尾峰がねぇ・・・本当なの?」


「ホントよぉ。あたしだってビックリしたんだから」


 競技内容が違うとはいえ、先を越された上にそれをやったのが尾峰だと聞いて、私はショックを隠せない。ボワワンカプセルで取り出せる金属の棍棒は渡してたけど、それでも、あの尾峰がぁ?

 しかし、尾峰もご満悦の様子だし笹山さんが「センセのお陰で出られたんだよ!」と言ってるのもマジっぽいし、鈴乃がこんなジョークを言うとも思えない。う~~~ん、やっぱり話を聞くだけじゃ信じられねえ・・・。


「これであとは、摂津君とハナちゃん?」


「ワトソンもいないわね」


「あ、ほんとだ」


 私らが3人、鈴乃らが4人だったことを考えると、残る2人と1匹で同じチームになってるだろう。ワトソン、“人の子”じゃないのに試練に付き合わされたな。


 というかこれ、結構いい組み合わせなのでは? 1つが迷路、1つが力技での壁破壊ということでセルシウスたちが何をやらされてるか分からなくなったが、ワトソンが犬だからほぼ2人っきりみたいなもんだし、ワトソンがいるから試練に対してはプラスになる。

 おいおいおいおいオイオイオイオイ。もしかしてセルシウスとハナちゃんがいい感じでいい感じになっちゃったりしてるんじゃないのぉ?


「無事に帰って来れるといいけど・・・」


 鈴乃が不安そうに言った。そりゃそうなんだが、セルシウスにワトソンもいれば大丈夫だろ。問題はセルシウスがちゃんとハナちゃんを守ってあげられるかだ。あいつにとっては、というかハナちゃんにとっても、二重の意味で試練になってるな。



 --------------------------------



 ―――ワトソン班―――



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 相変わらず、俺たちは何も変化のない1本道を歩かされている。ただ、2人が手をつなぐ前と比べたら雰囲気は良くなったと言えよう。たまにハナの姉御がセルシウスのアニキの反応を伺うように手を動かすのが面白い。これは、ほほぅ、そういうことか。アニキの方に手を動かす様子はないが・・・、


「なかなか、着かないね・・・」


「はい・・・」


 手をつないでからというもの、アニキの方から声を掛けることが増えた。ハナの姉御の不安が手から伝わっているのだろうか。いずれにせよ、初めからそれくらい声を掛けていれば、こうはなってなかっただろうに。


「でも、先輩がこうしてくれているお陰で、すごく楽になりました」


「僕には、これぐらいしかできないけど」


「ううん、ものすごく、支えになってます。すみません、こんな、子供相手にさせるみたいなこと・・・」


「正直驚いたけど、しょうがないよ。こんなに暗いし、終わりも見えないし」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると、遠慮なくこうしていられます。・・・」


 そこで姉御は、反対側の手もアニキの手の方にやって、数秒だけ両手で握った。アニキは空いてる方の手で、反応に困ったようにこめかみを掻いた。いやはや、アニキというのは大変だな。


「ワトソン君も、ありがとう。さっきはすっごく元気もらっちゃった」


 イヌに過ぎない俺にまで礼を言うとは、律儀なものだ。


「なぁに。これでも鏡子の旦那の相棒を張ってるもんでな。少しぐらいの役には立つさ」


「んふふ、頼もしいね」


 その言葉をアニキにも言ってやったらどうだろう。などという野暮なそそのかしをやらかす犬は、世界中を探してもいない。


「しかし、終わりが見えんというのは気が滅入ってくるな」


「本当だね」


「・・・・・・」


 セルシウスのアニキの反応も待ったのだが、なかった。ちえっ。俺が姉御と話す形になったから、この場の会話は俺たちに任されたようだ。元々アニキは会話で場を繋ぐのが得意なタイプじゃない。


 どうするか。せっかくだからハナの姉御のことをアニキに聞かせてやるのもアリだが、さすがにデリカシーがなさすぎるか。しかし、姉御は姉御で自分のことを積極的に話すタイプではない。自分のことを知って欲しいとは思っているはずだから、多少強引だが聞いてみよう。どうせイヌにデリカシーなど求められはしない。


「ハナの姉御はどうして暗いのが苦手なんだ? 昔何かあったとかなら、悪いことを聞いてしまっているが・・・」


「ううん、特に嫌な思い出はないよ。本当にただ、怖くて・・・恥ずかしいよね、高校生にもなって」


「そんなことはないさ。怖いと思うものは、誰にだってある。生命の危機をおびやかすものに対して恐怖を抱くのは、生物として当然の本能だ」


「冷静に考えると、そうなのかな。すごいね、そんなことまで考えられるなんて」


「鏡子の旦那に散々しつけられたからな。こういった状況で女の方が怖がりやすいというのも聞いたことがあるが、本当だったようだ」


「うぅ・・・」


「悪い。責めたつもりはない。ただ実際に見て感心しているだけだ。ついでに、人、特に男と手をつなぐと安心するということも」


「うぅぅぅ、やめてぇぇ・・・」


 あぁ、本当に悪い。今のも、そんなつもりじゃなかったのだが・・・。


「セルシウスのアニキは、怖いものはないのか?」


「僕?」


 失態を補う訳じゃないが、アニキに振ることにした。


「僕は、何をしでかすか分からない人が怖いよ」


「鏡子の旦那か・・・しかし、こういう場面では、いた方がいいというのはあるんじゃないのか?」


「それはそう、だけど・・・」


 言いたいことは分かる。俺が赤ん坊の頃にあの家に買われてから8年の付き合いだが、旦那にとってアニキはオモチャみたいなものだったからな。


「でも、」


 ハナの姉御だ。


「摂津先輩と厳木先輩って、どこか、信頼関係みたいなものがありますよね」


「えぇ? 僕が?」


 そんなことを言われると思ってなかったのか、アニキは素っ頓狂な声を出した。


「そんなことは、ない、と、思いたいけど・・・」


 分かる。分かるぞアニキ。心のどこかで、この場に鏡子の旦那がいれば何とかなりそうだと思っているのだろう。だが、その妙な信頼関係など認めたくないのだ。


「少し、ううん・・・すごく、羨ましいです」


 ハナの姉御がそう言った。セルシウスのアニキが答える。


「羨ましい?」


「はい・・・。私、こんなだから友だちも多くないし、少ない友だちとも、休み時間にお話しするくらいの関係だし・・・」


「僕だって、友だちは多くないよ」


「それでも、厳木先輩との関係は、羨ましく思えてしまいます。理由は、上手く説明できないですけど」


「うーん・・・」


 理由が分からないとなると反応に困るよな。しかも、アニキにとって旦那は、ほとんど天敵のようなものだ。高校生になった今こそ回避できてる部分もあるが、巻き込まれることも珍しくない。


「厳木先輩からも、摂津先輩への信頼を感じます」


 それはその通りだな。多分、この場に自分がいなくとも俺やセルシウスのアニキがいるから問題ないと思ってるだろう。


「どうしたら、そんな関係になれるのかなって・・・」


 ハナの姉御は、少し落ち込んだように声のトーンを落とした。もちろん鏡子の旦那を恋敵として見ている訳ではないだろう。ただ、自分がアニキに想いを寄せるに相応しいのか、悩んでいるのかも知れない。それと純粋に、アニキと旦那のような関係の友人も欲しいと思っている部分もあるだろう。


「うーーん・・・」


 アニキは返事に困っているようだ。当然だ。


「今の僕たちも、望んでこうなってる訳じゃないからね・・・」


 ごもっともだ。穏やかな学校生活のために距離を置きたいアニキと、自分の遊びに連れ回したい旦那。旦那の強引さとアニキの律儀な部分が合わさって、疎遠にならず今の状態に落ち着いている。傍から見ればなるべくしてなっているが、当事者からすれば望まない形であろう。


「僕たちは家が向かい同士だったこともあるし、そういった巡り合わせもないと、難しい部分があるかも知れないね」


「そう、ですよね・・・」


 いわゆる、幼馴染というやつだな。だがアニキ、そう断言するには早いのではないか? 鏡子の旦那には、初対面が高校ながらもアニキと同じぐらいに信頼の置ける友人がいる。鈴乃の姉御だ。だから、幼馴染なんてものはいなくても、可能だ。野暮を承知で言わせてもらう。


「セルシウスのアニキが、姉御にとってそういう人物になればいいのではないか?」


「え?」

「えっ」


 驚く2人。


「不可能ではないだろう。鏡子の旦那と鈴乃の姉御の出会いも高校だ。だから今からでも、ハナの姉御が絶大な信頼を寄せると共に、セルシウスのアニキも姉御に信頼を寄せるような仲になればいい。同じ地学部にいるのだからな。今だってこうして、困難にぶち当たっているじゃないか」


「それは・・・」


「わわっ、ワトソン君。先輩に悪いよ・・・///」


 済まないな、姉御。こんな話になってしまった。だがこの話は、男や女がどうだのは関係ない。そこは後で姉御が考えることだ。


「同じ部活の後輩を助けるつもりで、いいじゃないか。ハナの姉御は、今のアニキにとっての、鏡子の旦那のような存在が羨ましいと言った。縁がないと難しいと切り捨てずに、自分が申し出るぐらいはしても良いのではないか? この部活こそが、他でもない“縁”だろう。

 俺には分かるぞ。姉御と向き合うことで、必ず姉御はアニキの助けになる。そうなる時が、いつか訪れる。信頼できる仲間は1人でも多い方がいいぞ? 人間関係が淡泊になりがちなこの時代、信頼関係を築きたいと言ってくる者はそういない。この機を逃す手は、ないと思うのだがな」


 長くなってしまったが、言えるだけのことは言った。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 2人とも押し黙ったままだ。状況的にアニキが何か言うべきなのは、本人も分かっているだろう。

 ハナの姉御の手が動く。一度は強く握ろうとしたものの、せこいと判断したのか一旦離した。自由になったアニキの手は、その場で固まっている。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 少し、アニキにも悪いことをしたか。恋愛感情に応えろと言った訳ではなく、信頼関係を築く姿勢を見せろと言ったから、前向きな返事しかできないだろう。待っていると、先にハナの姉御が動いた。


「その、厳木先輩のような迷惑は、かけませんから・・・」


「それはそうだろうけど・・・」


「ぷっ、ククク・・・」


「わっ! ワトソン君、笑わないで・・・!」


「す、すまん。つい」


 でも笑わせたのは姉御だぞ・・・! いきなり面白いことを言うものだから。

 今のでアニキも毒気が抜かれたのか、表情が柔らかくなった。そして、姉御が自ら離した手を、アニキの方からつかみにいった。突然のことに姉御が固まる。


「その、積極的には何もできないと思うけど、僕でよければ」


 急に手をつかまれて固まっていた姉御が動いた。顔がアニキの方を向いて、暗くて見えないがきっと嬉しそうな顔をしていることだろう。


「はい! よろしくお願いします!」


 ふぅ、一件落着か。どうなることかと思った。半分以上俺のせいだったが・・・。


「よし、じゃあまずは早くこんなところから脱出するぞ」


 そう言った直後だった。どこかからか、光が差し込んできた。


「わっ」

「きゃっ」

「何だ・・・!」


 やがて俺たちは、真っ白な光に包まれた。



 --------------------------------



 私たちがあのクソ迷路から抜け出して、10分ほどが経ったころだった。いきなり、高台の中心に白い光のようなものが現れた。


「わっ、何コレ!?」


 眩しい。だが、もしかするとセルシウス脱出か? その予感は正しく、光が止んだその場所に、2人と1匹は居た。


「あ! 摂津く~~ん! ハナちゃ~~~ん!」


 まず笹山さんが駆け寄り、一同も続いて歩き出す。


「おかえり~~! 会いたかったよ~~~!」


 再開の喜びは地学部に任せよう。セルシウスとも軽く話したかったが、私は相棒のワトソンを迎えることにした。何があったかは知らないが、ひと仕事終えたような顔をしてやがる。


「お疲れ」


「ああ。中々に骨が折れたぞ」


 鈴乃もこっちに来た。


「どんな試練だったの? 鏡子のとこが複雑な迷路で、あたしのとこは強引に壁壊すだけだったんだけど」


「なんだ、それぞれ違う中身だったのか? 俺のところは、暗い上に見えない壁で制限された1本道で、歩いていたらここに戻された」


「は?」

「え?」


 何だそれ。


「前触れがなかった訳ではないがな。正確な話をすると、最後はしばらく話し込んだあと、一件落着して歩き始めたらここに戻された。

 その最後の話というのが、俺、アニキ、姉御、それぞれに心境の変化をもたらすものだった。それが脱出の条件だったと見ていいだろう。一定距離を歩くものじゃなかったことは間違いあるまい」


「心境の変化って何よ」


「それは言えないな。俺で言えば、時には野暮なことを言うのも必要だということを学んだ」


「野暮なことを言うのが必要なら尚更、言った方がいいんじゃない?」


「今はその時ではない」


 ちっ、くそが。


 地学部の面々に迎えられているセルシウスとハナちゃんを見る。なるほど確かに、何かあったようだな。セルシウスは何かひとつ肩に荷が乗ったような、ハナちゃんは何かひとつ肩の荷が下りたようなオーラを放っている。

 もしかして、ハナちゃん・・・! いや、そこまで決定的なものではないな。まだまだスタートラインに立ったばかりといった様子だし、イヌのいる前で想いを告げるとも思えない。


「最後に話し込んだのって、何なの?」


 聞いたのは鈴乃だ。確かに気になるな。セルシウスとハナちゃんとワトソンで何を話すんだ? 暗くて何もない1本道を。ハナちゃんにとっては距離を縮めるチャンスだから何かしら話を振ると思うが、話し込むほど、それも心境の変化が起こるほどになる気もしない。


「それも言えないな。ノーヒントというのも野暮だからこれだけ言うが、ハナの姉御には、憧れているものがあった」


「「憧れ?」」


「そうだ。好きに想像するといい。邪推のない範囲でな」


 私と鈴乃は顔を見合わせる。ハナちゃんがセルシウスに想いを寄せているのは知っている。だが、それが“憧れ”なのか? そもそもそんな直球な話題は出さないだろう。ワトソンも、暗い1本道を歩くうちにハナちゃんの想いに気付いただろうが、セルシウスもいる前で茶々を入れる野暮な真似はしない。


 一方で、時には野暮なことを言うのも必要だと学んだとも言った。ハナちゃんの憧れの話の中で、ワトソンが後押しをしたのだろう。そしてセルシウスにも心境の変化があった以上、ハナちゃん1人で閉じる話ではない。何かの協力関係だろうか。だとしたら何を・・・


 確かに、これ以上の詮索はしない方がいいな。


「他でもないセルシウスが、ハナちゃんと向き合えばいい話ね」


「そういうことだ」


「なんだか、素敵な関係になりそうね」


 最後の鈴乃のコメントが、やけに響いた。ハナちゃんはただの良い子ではない。いつか、セルシウスの助けになる日が来るのではないか。根拠はないけど、そんな気がする。


「ワンちゃ~~~ん!」


 笹山さんがこっちに来た。そしてワトソンの体をワシャワシャとイジる。


「聞いたぞぉ~~? 大活躍だったんだってぇ~~?」


「なに、これでも鏡子の旦那の相棒を張ってるんでな」


「おぉっ、強気発言!」


 当然向こうでも、ワトソンたちの試練が何だったのかの話題にはなっただろう。それにセルシウスとハナちゃんがどう答えたのかは知らないが。


「セルシウスも大活躍だったんだって?」


 地学部の面々もこっちに向かって来ていたので、私からも近付いて声を掛けた。


「MVPはワトソンだよ。彼がいなかったら、延々と歩き続けてたと思う」


「ふ~~~ん?」


 だとすると、よっぽどの後押しだったんだな。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。これで全員無事に戻ったな。天の封印が解けるぞ!」


 そうだ。これでようやくクリアだ。月食はまだ、完全に欠けたままだ。タブレットも固まっているから時間が止まっているのだろう。やがて空中に、具体的には尾峰の眼前に、淡い光が現れて、そこから黄色の球体が出て来た。天の封印だ。


 それを受け取るように尾峰の両手を前に出すと、球体は尾峰の手に着地した。


「ふ、ふおおおぉぉぉ! これで全ての封印が解けたぞぉぉぉぉ!!」


「やったーーーーーー! 秘宝だよ秘宝! 秘宝ゲットだよ!」


 さて、封印が3つとも解けたな。何が起こる。

 ふと、あの迷路に飛ばされたことで置き去りにされていた地と水の封印の球に目を向けると、ホワンと一度だけ光った。


「むっ!」

「おぉっ!?」


 尾峰が持ってる球も光ったようだ。そっちは彼らに任せて、地と水の球を眺める。するとまた、ホワンと光を放った。

 そこから光る頻度が上がっていき、ホワン、ホワン、ホワンホワンホワンホワンホワホワホワホワホワホワホワホワホワ~~~~~~~ンと、最終的には3つとも完全に点灯した。


「何が起こ…」


 何が起こるのかしらね、と鈴乃が言おうとしたみたいだがその矢先に、ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と大地が揺れ始めた。


「な、何!?」


「皆の者! 気を付けろ!」


 尾峰は両足で踏ん張り、他の面々は、適当な岩につかまるなり地面に座り込むなり。私は元から岩に座っていた。


 揺れは、30秒ほどで収まった。球は光り続けている。その他に、何も変わった様子はないが。


【人の子よ】


 おや、直接説明してくれるらしい。


【よくぞ、3つの封印を解いてみせた。約束通り、稀代の賢人が遺した秘宝をくれてやろう。夜が明けたら、羨望の丘へ行くとよい】


 それだけ言って、声は止んだ。球の光も消えた。どうせ暗いし、明日の朝まで待つのはいいとして、羨望の丘ってなんだ? 敷地内だとは思うが。


 プルルルルル、プルルルルル。誰かの電話が鳴った。方角的には尾峰だ。尾峰は球を笹山さんに預けて出た。


「私だ。ああ、ああ。問題ない。そちらはどうだ?」


 管理人さんからのようだ。あっちも揺れただろうし連絡は取ってくるのも当然か。


「そうか、良かった。そもそも今の揺れは恐らく、我々が3つの目の封印を解いたことで起きたものだろう。夜明けに羨望の丘という場所に向かえと言われたのだが、知っているか? ・・・・・・。そうかそうか! では明日の朝そちらに向かうぞ!」


 尾峰が通話を切る。話がついたようだ。


「羨望の丘と言う場所は管理人が知っているそうだ。明日の朝、まずは管理人邸へ行くぞ。彼が案内してくれる。 喜べ! ついに我々は、稀代の賢人の秘宝を手にすることができるのだ!!」


「イエーーーーーイ!!」


 何はともあれ、片付けるべきものが全部片付いたな。試練のあいだ止まっていた時は天の声が止んだ辺りから動き出している。月が再びまんまるな光を取り戻すまで天体観測を続けて、コテージに戻って寝た。

次回:稀代の賢人の秘宝

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恥ずかしい筋 [気になる点] あなたとお互いに鑑賞することができることを望みます! [一言] ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣴⣿⣦⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢻⣿⣿⠂⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀…
2023/08/20 17:17 退会済み
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