第80話:抜け出せ! 闇夜の迷宮(前編)
さて、天の封印を解くための試練が始まり、異空間に放り出された。月はなく、星はたくさん見えるがその明かりは極限にまで弱められており、数歩先の人の顔すらまともに見えない状態の中、見えない壁に囲まれた迷路を突破せねばならないようだ。スマホも動かず、目も頼りにはならないので、文字通りの手探りでシラミ潰しに歩き回るしかない。仲間は部長と、東山こと2年男子Bだ。
「いっちょやりますかね」
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「う、うぅ・・・」
今の、何・・・? 完全に月が欠けたと思ったら、視界が真っ白になった。やっと、眩しさも収まって目が開けられる。自分の状況が分かるよりも先に声がした。
「ってここドコ!?」
あ! この声は!
「笹山先輩?」
「鈴乃ちゃん!? ねぇここドコ!? 真っ暗なんだけど!!」
「わかんないです・・・」
すごい真っ暗。笹山さんっぽい人影は見えるけど顔は全然。
「この気配・・・どうやら、現世とは離れた場所に連れて来られたようだ」
「あ、もしかして尾峰センセ!? どうなってるのこれ!?」
「わからぬ・・・ただ言えることは、天の試練が始まったということだけだ」
集まったのは、4人。笹山さんと尾峰先生と、名前覚えてないんだけど2年の男子A君と、あたし。
「え、これだけ!? 野々宮く~~ん! ハナちゃ~~~ん!」
しーーん。大きな声だったのに、返事がない。念のためあたしも。
「鏡子~~~! 摂津く~~~ん!」
しーーーーーん。ダメだ。
「どうやら、いくつかに分断されたみたいだな。ここは私たちで突破するしかあるまい」
うそぉぉぉぉぉ。このメンバーで?
「だが安心したまえ! どのような困難も、この尾峰頸檄流の技でねじ伏せてみせようぞ!!」
「センセーかっこイイ~~~!!」
って笹山さんは言ってるけど、ぶっちゃけあんまり頼りになんない・・・。こんな状況でも自信満々なのは、ある意味凄いことなのかな。
「とにかく進むぞ。皆の者、私から離れる出ないぞッ!」
「あいあいさー!」
うん、それはそう。いくら頼りにならないからってそんなのお互い様だし、こんなところで1人になるなんて絶対にイヤ。
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「くぅ・・・何だってんだ一体」
月食とやらになった途端、目の前が真っ白になったぞ。目を開けられるようになったと思ったら真っ暗だ。
「その声は、ワトソン?」
おっと、その声は。
「セルシウスのアニキか」
「うん、良かった。僕1人じゃなくて」
「だな。全員バラバラも覚悟したぞ」
この場に全員いる気配もないが、とりあえず誰かいただけでも幸いだ。アニキの声をする方に歩いたら、すぐに足が見えた。向こうも俺の方に寄って来たみたいだ。
「摂津、先輩・・・?」
おや、もう1人いるな。鏡子の旦那とも鈴乃の姉御とも違う声だから、ハナの姉御か。セルシウスのアニキに任せよう。
「織絹さん?」
「あ、はい、織絹です。良かった・・・」
いきなりこんな場所に飛ばされたからな。1人じゃなくて本当に良かった。ハナの姉御もこっちに来て、その影が見えるようになった。服装もアニキとは違うから、顔が分からなくても見分けがつく。
「僕らだけ、かな・・・」
「そうみたいですぜ。 鏡子の旦那ー! いたら返事してくれー!」
しばらく待っても返事はなかった。
「ここは俺らだけだな。他のメンバーも何人かずつになってると思うが」
「そうだね。スマホもダメか・・・ワトソンは厳木さんと連絡取れる?」
「いいや無理だ。その手のものは潰されてるらしい」
首から下げてるデバイスをさっき触ってみたが、まるで反応がなかった。
「そっか・・・みんなとの合流を目指しつつ、僕らは僕らでここを出る方法を考えよう」
「でも、真っ暗です・・・」
ハナの姉御は、イメージ通りこういうのが苦手みたいだな。俺はイヌだが、セルシウスのアニキもいるし問題ないだろう。
「とにかく足を動かすしかないな。お互いが見えなくならないよう、まとまって進むぞ」
「そうだね」
「はい・・・!」
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―――鏡子班―――
「全く、面倒なことさせてくれるわね」
暗闇の中、見えない壁が立ちふさがる迷路を進む。
「右はどう?」
「まだです」
あまりに見えないから、壁に手を添えながら進まないと分岐が訪れても分からない。右を部長に任せ、左は私が担当。2年男子Bは道の真ん中を、私と部長の少し後ろから付いて来る形になっている。
それから数十秒。
「お」
左の壁が途切れた。分岐の到来だ。2択か、3択か。部長に5~6歩先まで進んでみてもらったが(影すら見えなくなる!)、右にずっと壁だったので2択の分岐のようだ。まあ最初だしね。
部長が見える範囲まで戻って来た。
「どっちにしますか?」
「都度その場の気分で決めてると分からなくなりそうだからルールを決めましょ。そうねえ・・・じゃあ、分岐は毎回左側の選択肢から進むことにして、行き止まりだったら戻る。分岐の先に分岐があったら、先の方の分岐が全部潰れるまでは手前には戻らない。これでどう?」
「そうですね。考えても仕方ありませんし」
迷路の製作者が知り合いだったら、“この人ならこう作る”みたいなのを考える余地もあるのだが、今回の相手は初対面どころか人ですらない。ある程度すればパターンが見つかる可能性もあるが、最初のうちは運任せでいいだろう。
「んじゃ左で」
10秒で行き止まりだった。
「腹立つわね・・・」
「長々と進んでから行き止まりよりはマシかと」
そらそうだ。そのうち、分岐が2重にも3重にもなって全部潰れて戻されるとかもありそうだが。
「とにかく、こんな感じで進んでみましょ。紙とペンは・・・あ、出せた」
ペンは常にポケットに入っていてここにも持ち込めているが、この暗さだ。蛍光タイプが必要だろう。ボワワンカプセルが出せるかどうかだが、カプセル自体も全部ポケットに残っていて、中身も召喚することができた。潰されたのは通信関係だけかな? ラッキーだぜ。
「んじゃ、あんたはこれお願いね」
「ウス・・・」
手持ち無沙汰だった男子Bにペンとスケッチブックを渡した。私レベルにもなれば脳内にマップを作れるが、他の人がウロ覚えだった時に揉めたくないからな。地学部だし書き間違えることもないだろう。
「さ、進むわよぉ~~っ?」
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―――鈴乃班―――
真っ暗闇の中、4人はぐれないようにして進もうとしたんだけど・・・
「アタシたち閉じ込められちゃってるの~~~!?」
歩き始めてすぐに見えない壁にぶつかった。しかも、その壁沿いに歩いてたら、四角の形にぐるぐる回ってるような気がして、2年男子A君に残ってもらって回ったら、本当に同じ場所に戻って来た。見えない壁の内側に、閉じ込められちゃってるみたい・・・。
「うぅむ、さすがは天の試練。これは厄介だ」
“厄介”どころじゃないんだけど? 迷路だったほうがまだマシよぉ。
「どうするのセンセ?」
「こうするしかあるまいッ!」
ボワワ~~ン。
「ゲホッ! ゲホッゲホッ・・・!」
「え゛! 何コレ!?」
真っ暗なまま、いきなり煙に包まれた。これは、鏡子のボワワンカプセル?
「厳木クンに頼んでおいて正解だった。尾峰頸撃流の真髄たる棍棒を、いつでも取り出せるようにしておいたのだ」
あっ、ふーーん。てかボワワンカプセル使えたんだ? え、待って? せっかくカプセル使えるのに、出せるのって棒だけ? え?? 鏡子は持ち歩いてた分は使えるんだよね? ズルくない?
「私に任せたまえ! 見えない壁など、尾峰頸撃流の技で打ち砕いてやろうぞ!」
本当に、そんなことできるのかなぁ・・・。
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―――ワトソン班―――
「どこまで、続いてるんだろうな」
「「っ・・・・・・」」
歩き始めたのはいいのだが、全くと言っていいほど変化がない。スタート直後すぐに見えない壁にぶつかって、3方向が塞がれていることが分かり、細い1本道を進み続けた。それから10分は経っているはずなんだが変化がない。
「私たち、帰れるんでしょうか・・・」
織絹の姉御が不安を口にした。
「多分、外に出る方法があるはずだけど・・・」
なにセルシウスのアニキまで弱気になってるんだ。そこは姉御を安心させるのがアニキってもんだろ?
「1本道である以上は進むしかあるまい。アニキも姉御も、しっかり気を持つんだ」
「そうだね。ありがとう」
「あ、あねご・・・?」
どう考えても、俺の妹ではあるまい。
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―――鏡子班―――
「また行き止まり・・・」
とにかくシラミ潰し作戦で、分岐は左から順に進み行き止まりだったら引き返す、を繰り返しているが、かれこれ30回は行き止まりにぶち当たっている。5個前の分岐まで戻らされることもあってウンザリだ。
「やはりそう簡単にはいかないですね・・・」
部長も私に便乗するように呟いた。稀代の賢人の秘宝とやらが手に入るんだからな、簡単じゃあないか。でも手間が掛かるほど秘宝の期待値が上がっちまうぞ? これでロクなもんじゃなかったらあの封印の球を全部叩き割ってやる。その前にここから脱出せねばならないのだが。
「こうなったら手分けしましょっか。縄で3人つないで合流できるようにして」
「縄が出せるんですか?」
「大丈夫よ。通信系は潰されてるけど、元から持ち込んでる道具なら出せるから」
ポケットからボワワンカプセルを取り出して、そこからロープを召喚。
「長さは1キロあるから、そうそう限界にはならないでしょ。出口見つけた人が声で知らせてこれ引っ張って案内して」
「なるほど、いいですね」
てなわけで、3股にしたロープの先をそれぞれ手に持つ。更に、部長と私もそれぞれマップを書くために紙とペンを追加。途中で遭遇した時は見せ合えば、同じ場所に別の人が行ってしまう事態を回避できるだろう。
「んじゃ私こっち行くから」
「それじゃあ、僕はこっちで」
「俺はこっちにします」
ちょうど交差点が訪れたので、分散。これで作業効率3倍だー!
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―――鈴乃班―――
ブン、ブンブブブンブン、ブンブン!
「ほぉぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
見えないけど、私たちに離れるよう言った尾峰先生が、棒を振り回して準備運動してるみたい。
「センセー頑張って~~!」
笹山さんは、どこまで本気で先生に期待してるのかは分からないけど、応援してる。そりゃあ、あたしたちには何もできないんだけど。
「きぃぃぇぁぁぁぁぁあああああああ!!」
ブブブブブブブブン、ブン!!
また棒を振り回してから、
「ゆくぞ!」
走り出した。足音が聞こえてくる。あんまり期待できないんだけど祈るしかないこのもどかしい気持ちを、どうしたらいいんだろう。
「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・っ!!」
やるみたい。
「尾峰頸撃流、一の太刀」
昨日から思ってたんだけど、なんで“太刀”なの?
「突渦・頸崩撃ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
ダン!!
ガ~~~~~~~~~~~~ン!!
「わあ!」
「わっ」
ひときわ大きな足音と、棒で壁を攻撃した鈍い音が響いた。ビックリして声を出しちゃったけど、自分たちの声なんて聞こえなかった。それはいいんだけど、壁は壊せたのかな・・・?
「く、おぉ・・・っ」
カラン、カラカラカラン。
あ・・・あんまりいい予感がしないんだけど。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお・・・!!」
「尾峰センセーどったの!? 大丈夫!!?」
「すまない。だが心配には及ばん。強い衝撃ゆえ腕が痺れただけだ」
棒で、多分突いて攻撃して、“強い衝撃ゆえ腕が痺れた”ってことは、壁を壊すのは失敗かな・・・触ってみた感じも普通に残ってるし。これからどうしようか相談する前に手の痺れが治まるのを待とうと思ったら男子A君が言った。
「壁、残ってますね・・・」
「それも心配無用だ。手応えは、あった・・・」
あったんだ。こっちの方はヒビが入ったりしてなさそうだけど、棒で攻撃した部分はそうじゃないってこと?
「もう一度、今度は本気でやれば間違いなくこの壁は崩壊しようぞ」
もう1回でいけちゃうの? 大丈夫なのよねぇ・・・。
「そんじゃセンセーいっちゃってよ! はい、棒!」
いつの間にか笹山さんは先生の所まで言ってたみたいで、この暗いなか棒も拾い上げたみたい。地味に凄いんだけど。
「恩に着る。さあ、準備運動はここまでだッ!」
さっきは準備運動で腕が痺れるぐらいになっちゃったの?
「必ずや、みなを現世に連れて戻すゆえ安心したまえッ!」
「絶対だよ!」
「無論! 地学部顧問としてはともかく、尾峰頸撃流の使い手としてこの場は突破できなければならないッ!」
いや地学部顧問として私たちを外に出して?
「離れていたまえ笹山クン! 尾峰頸撃流、フルパワー瞬間暖房・・・!」
瞬間暖房?
ブン、ブブブブブン、カッ、カッ、ブブン、カッ。
多分、めちゃくちゃ棒を振り回してるんだと思う。たまに、床にカッて当たる音が聞こえる。
「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・っ!」
走り出した。どんな速さで足を回してるんだろう、タタタタタタッって足音が凄い。
「今こそ食らえ! その頸を葬る奇跡・・・!」
え、壁が壊れたら奇跡なの?
「紅流波檮箒山!!」
ガァァァァァァァァァァァァン!!!
スッ、と足音が止まった瞬間、さっきよりも何倍も大きな音が鳴り響いた。これがフルパワー瞬間暖房の力・・・。
カラン、カラカラン。棒の落ちた音。
「・・・・・・」
先生は無言のまま。笹山さんさえも固唾を呑んだ状態からアクションを起こさないまま、その時は来た。
ピシィィィッ。
「え?」
あたしたちを閉じ込めている見えない壁の箱の6面全部に、光のヒビが入った。それからまたすぐに、誰かが何か言う前に、
パリィィィィィィィィン!!
「わぁぁぁっ!」
「きゃっ・・・!」
ヒビの入った景色がバラバラに砕けた。眩しい光は一瞬だけで、すぐに外の景色が見えるようになった。
「もしかして・・・」
見覚えがある。ありすぎる。3つの天体望遠鏡に、鏡子のタブレット。さっきまで、みんなで月食を見てた高台だ。
「あたしたち、戻って来れたのかな・・・!?」
嬉しそうな笹山さんに、周りを確認してる男子A君もいた。
「た、ぶん。ですけど・・・」
あたしだってまだ、戻って来た実感が湧いてない。でも、戻って来れてるのよねえ、これって。だとしたら尾峰先生のお陰だけど。先生は・・・いた。なんか、抜刀術でもやったみたいな格好してる。2回目のは突きじゃなかったのかな。
「やったーーーーーーーーーーー!!」
両手を上げて喜ぶ笹山さん。
「センセーありがと~~~~!!」
「ふむ・・・」
ずっと固まったままだった尾峰先生も動いた。それで立ち上がるなりガッと両手で拳を作って天を仰ぎながら叫んだ。
「ふぅぅぉぉおおおおおおおおおお!! 尾峰頸撃流の力を見ぃたかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「イェ~~~~イ! 尾峰イズ、ナンバーワ~~~ン!!」
本当に、尾峰先生に助けられたの・・・? 無事に帰って来れた喜びよりも、そっちの方が信じられない気持ちが勝ってしまう・・・。
「他のみんなは・・・」
「いませんね・・・」
まだ喜んでる2人を余所に私と男子A君でじっくり見回してみたけど、誰もいないみたいだった。さすがに先にキャンプ地に戻りはしないはずだから、まだ脱出できてないってことよね。鏡子がいれば何とかなると思うけど、もし2つに分かれてたら鏡子がいない方は大丈夫かな・・・。
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―――ワトソン班―――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんだこれは。進めども進めども何も見つからないし、何も起こらない。1本道だから進むしかないというのに、どういうことなんだ。普通の迷路だった方が幾分もマシに思える。
「「「・・・・・・」」」
しかも、セルシウスのアニキもハナの姉御もあまり口を開くタイプじゃないから、退屈しのぎもできん。だが息遣いから、2人とも参ってきているのが分かる。せめて、場の雰囲気だけでも改善したいのだが。
さて、何を話そう。ここは趣向を変えてハナの姉御に話し掛けてみるか? と思ったら、その姉御の足が不意に鈍った。
「織絹さん・・・?」
「どうした、姉御」
声を掛けると、立ち止まってしまった。アニキが常に数歩離れているものだから俺が姉御のすぐ足元にいることで、イヌゆえに顔の位置は低いながらも、姉御が下を向いていることは分かった。
「私たち、元の場所に帰れるんでしょうか・・・もし、このまま・・・」
「それは考えるな、姉御」
不安に吞まれたら、本当に帰れなくなるぞ。アニキからも言ってやれ。
「大丈夫。絶対に、いつかは外に出られる、から・・・」
だからなぜ尻すぼみに・・・アニキはアニキで本当に外に出られるか不安だとは思うが、最後まで自信を込めて言えないものか。
「2人とも、気持ちは分かるがその“気持ち”に負けるんじゃないぞ。これはただの超常現象じゃない。“人の子に試練を課す”として起きたものだ。絶対に、抜け出す方法はある」
「・・・君の言う通りだ。ありがとう、ワトソン」
「なぁに、気にするな」
「織絹さん、行こう。ゴールは絶対にあるから」
「はい・・・」
よし、それでこそセルシウスのアニキだ。織絹の姉御も気を取り戻したのか俺たちよりも先に歩き出し、たと思ったらアニキのすぐそばまで行った。と思ったら止まって、おそるおそるといった様子で動かした両手で、アニキの右手を捕らえた。
「織絹さん・・・?」
「その・・・怖いものは、怖いので・・・///」
「別にいいじゃないかアニキ。1人じゃないというのは精神的に大きな支えになる。俺はイヌだから姉御がこの場で頼れるのはお前しかいない。手をつなげば何も話さなくてもお互いの存在を確認できるのだから、それくらいは応じたらどうだ」
「そう、だね・・・」
全く。何を及び腰になっている。ニッポンのアニキたるもの、姉御1人をエスコートするぐらい息をするようにこなしてみせろ。
「2人ともいいな? ゆくぞ」
俺たちはまた、先の見えない1本道を歩き出した。
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―――鏡子班―――
「はァ、まだかよ・・・」
さすがに、疲れてきたぞ。どんだけ歩かせりゃ気が済むねん。ハズレ引いたとき無駄に歩かされる距離も長くなってるし。
しかしここで思ったことがある。ハズレで無駄に歩く分が、左寄りの選択肢の方が長く感じる。もはや“感じる”というレベルを超えて明らかに長い。
3股にしたロープの先を3人それぞれで持っていて、まだ一度もロープに出くわしてないから、私自身とも、他の2人とも重複はない。もちろん、ハズレで引き返したからロープが残ってないだけという可能性はあるが。
とはいえ、ここまで見つからないものなのか。
「どうにも、気になるのよね」
迷路に放り込まれた時には既に全てが決まっているなら、分岐を全部左から潰す作戦は完全に運任せのはずだ。実際、最初のうちはその傾向があったし、“まだ行ってない右の分岐”の一番古いやつはか~~なり遡ることになる。
だが、ここのところはどうだろう。十字路、T字路、ト字路、逆ト字路、色々あるが、左寄り選択肢の正解率はほぼゼロな上に、無駄に歩かされる距離も長い。とてもではないが、偶然とは思えない。
今の私の居場所は、スタート地点から正面を北と仮定すれば北に900歩、西に350歩ほどの位置だ。歩幅を60cmにしているから、それぞれ550メートル弱と200メートル強。直線距離で考えても随分歩かされている。
しかし体感としては、疲労感と比べてさほどスタートから離れてない印象だ。暗くてのそりのそり歩くせいで遅いのと、分岐は全部直角でウネウネ歩き回ってるからな。分岐以外で曲がり角がないのは幸いだが。
そして一番気になるのが、3人で手分けすると決めたとき私は左に行ったのだが、まだあの分岐に戻る事態にはなってない。まだ、“あの分岐で左に進むのは正解か?”の答えが出てない。
一度決めた方針を変えると裏目に出ることが多いのだが、もしこの迷路が、挑戦者の行動次第で未踏の場所の構造やゴールの位置が変わるものだとしたら、このままでは相当時間が掛かることになる。いっちょ、次の分岐を右に行ってみるか・・・?
分岐は、すぐに訪れた。正面と右に別れる“ト”の字型だ。
「右に、行ってみるか・・・」
行き止まり、あるいは次の分岐までの歩数も記録しておくか。ただでさえスケッチブックのスペースは限られるというのに。
「あれ、長くないか・・・?」
急に右を選んだ時に限って長くなるなんてな。うんざりしながら歩いていると、その時は訪れた。
「誰かいるんですか?」
声が聞こえた。私の独り言が向こうに聞こえたみたいだ。この声、そして今の状況で誰かと遭遇することがあるなら・・・。
「部長さん?」
「はい。もしかして、厳木さん・・・?」
「あの男子部員がこんな綺麗な声をしてると思う?」
「えっと・・・」
すまん、ちょっと意地悪しちゃったぜ。しかしここで、部長と合流か。そうなると、“あの分岐で真ん中に進むのは正解か?”の答えもまだ出てないことになるが。
「とにかく、マップを合わせてみましょ」
「そうですね」
それぞれのマップを床に置いて、照合。さすがは地学部というべきか、しっかりと距離まで書いてある。
「あなたの1歩は?」
「60センチで計算してます。暗いので、だいぶズレてるかも知れませんが・・・」
「別にいいわ」
部長の方のマップを見ると、彼も左の選択肢から潰すのを継続していたようだ。で、よりにもよって、序盤や中盤で私の経路との合流はなく、ぐるりと大きく回り道をさせられて、最後の最後の右の選択肢でここに来ている。
私はというと、直前の選択肢で右を選んだ以外は左から潰していて、今、右を選んだことで部長と合流。右を選んでからは随分と歩いた。
なんということでしょう・・・!
私と部長が合流するタイミングなんて偶然なのだから、私が途中でペースを上げてたら部長が最後の右の選択肢に行く前に合流していた可能性はある。
だがもし、私たちの行動を監視して未踏部分をイジることができるなら、私たちの歩くペースをもとに合流のタイミングをここに合わせることもできる。
私がさっきのト字路で正面に行っていたら、その先が全滅するのにかかる時間次第だが、少なくとも部長は私のロープに気付くことになっていただろう。結果として無駄足、というのを2人揃ってさせられた訳だ。そして私の担当分は残っている。
「あんまり当たりな気がしないわね・・・」
「とは言え、行かないというのも・・・」
「そうね。部長さん行ってくれる? 私はもう1人の部員さんの方を追うわ」
「分かりました。こっちは僕がやります」
悪いね。
「私はこの直前の分岐を初手で右に行ってここに来たから、こっちから進むと、その分岐に着いたら右ね」
右右ばかりで説明もしづらいのだが、仕方がない。私にとってのあの分岐の正面は、こっちから向かう部長にとってはT字路の右だ。そして左は、今まで私が無駄に歩かされた分・・・。
「なんだかもう根気勝負になってきたわね」
「さすがに、しんどいですね・・・」
でもまあ、やるしかない。マップとロープを部長と交換し、私はロープを辿りながら3人が別れた分岐まで戻り、男子B担当の右側に向かうことにした。
次回:抜け出せ! 闇夜の迷宮(後編)




