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第79話:月がその姿隠す夜

 夕食の片付けも終え、昼間の自由時間で行った高台に再び向かっている。ただのデカい岩なのだが、頂上はそれなりに広く足場も安定しており天体観測にはピッタリだ。

 さすがに2度目の岩登りは手間なので、鏡子ちゃん便利グッズのミニバルーンを使って頂上を目指す。


「すっご~い。魔法のじゅうたんに乗ってる気分~~」


 雲は少なく、綺麗な星空が見える。もちろん、これから欠けることになる満月も。


「下は真っ暗なのがもったいないですけどね」


 部長が嘆くように言う。人里離れた場所だから、そこはどうしようもないな。下に明かりがないからこそ星がたくさん見えるというのもある。


「わっ、わっ、難しい・・・」


「大丈夫。落ち着いて。慣れれば簡単だから」


 ハナちゃんにはミニバルーンの操縦が難しいようで、鈴乃が付きっ切りで教えている。セルシウスは何やってんだと言いたいところなのだが、2年男子ABも初めてだから仕方ない。

 でも慣れれば簡単なのはマジなので(私の設計だからね!)、ハナちゃん以外の面々は数分で最低限扱えるレベルになった。こうなるとハナちゃんは私か鈴乃に掴まってもらった方が早いのだが、80キロ制限があるため女子高生と言えど2人乗りは無理だ。耐荷重増やそうかな・・・だって、合法的にハナちゃんと密着できるんだよ?


 そんなこんなで着いた。


「うむッ! ではここで月食を見るとしようぞ!」


「あいあいさー!」


 ポケットから取り出したボワワンカプセルを開封し、天体観測の機材を召喚。天の試練とやらが何なのかは知らないが、月食を待たねばならんのは変わらない。せっかくだし星でもみようかね。自分ちの屋根でも天体観測はできるというのに、ラボに籠ることが増えてもう何年も空なんて見てない。


「あれ? 3つもあったっけ?」


 私が開封したボワワンカプセルは3つ。うち2つは地学部の備品。残る1つは、


「私の私物よ。地学部ならやるだろうと思って持って来てたの」


「え、持ってるの!? すっご~~い!」


「マッドサイエンティストの嗜みね」


「それだけが趣味なら良かったんだけどね・・・」


 鈴乃は黙ってろ?


「ほほぅ、中々によい機材を使っているようだね、厳木クン」


「お互い様ですよ~」


 地学部のも、そんなに安物ではない。ちょっと型は古そうだが、素人が背伸びして買うようレベルでもなさそうだ。私のはというと、市販品をバラして参考にしつつ自分で作ったものだ。


 3つの天体望遠鏡のうち、1つを2年男子AB、1つをハナちゃんとセルシウス(笹山さんが視線ですっごい圧をかけた)、1つを私が調整する形となった。尾峰と3年の2人、そして鈴乃はあちこちウロついている。


「えーっと、これがこうで・・・」


 あー、久々に使うからウロ覚えだな。ハード面は現地でちょちょいと微調整するだけで済むように作ったんだが。ただの拡大鏡ではないから、捉えた景色を望遠鏡内部で反射させたりして接眼レンズに像を送るのだが、それがズレると当然ズレたり見切れたりする。

 地学部も事前に調整してるだろうが、車で運んでたから途中で多少はズレるはずだ。ガ・ン・バ・レ。あとセルシウスもうちょっとハナちゃんに近付けば? 何なら手を触っても怒られないと思うよ? ハナちゃんが作業どころではなくなってしまうかも知れないが。


 ソフト面の調整は、地球・月ともに動いているから自動追尾のレシピが天体ごとに作ってある。映像のブレは被写体との相対速度で決まるから、望遠鏡が完全に固定されていると、被写体が動くと当然ブレる。

 なので望遠鏡の筒が乗ってる架台(筒と三脚の間に置くパーツ)が動くようプログラムすることで対策する。私はタブレットでやれば問題ないが、地学部は機種が古いせいか本体側でやってるようだ。プログラムはレシピを呼び出せばいいだけだが、方角は教えてあげないといけないからそれは北極星を見つけて行う。


「よぅし終わり」


 調整完了! 月は後で見ればいいから、とりあえず金星でも映しておこう。地学部のは調整が終わっても接眼レンズ覗かないと見れないが(保存はSDカードにできるらしい)、私のはタブレットに映し出せる。


「ヒトの美的感覚というのも、中々に侮れないな」


 ワトソンだ。天体望遠鏡で見る金星に何を思ったのか。


「そんな発言ができる時点で、イヌの方も侮れないわよ」


「動物全般を甘く見ているところが玉に瑕だな。ヒトの悪い癖だ」


 そりゃ悪ぅございましたね。こちとら他種族を愛玩目的で飼育したり保全まで考えるような存在なもんで。


「いやはや、ワトソン君は実に優秀だ」


 尾峰がやってきた。ワトソンが喋れるのは、お菓子ビーム事故の件で地学部全員が知ることとなっている。


「ヒトの研究活動に動物がいちメンバーとして参画する日も遠くないやも知れぬ」


「これは尾峰の兄貴ぃ、褒めても何も出やせんぜ?」


 え、何なのそこ。あんまり仲良くならないでね?

 幸いにも2人の会話はあいさつ程度で終わり、尾峰が私のタブレットに映る金星を覗き込んだ。


「ふぅむ、やはり我々も新機種を導入すべきか・・・」


 PCに直接映像遅れないのはまだしも、保存がSDカードじゃなぁ・・・。CDやフロッピーじゃないだけマシだと思うしかないが、多分動画じゃなくてコマ送り形式だぞ。

 しっかし、大した成果を出せる訳でもない地学部に、このご時世でそんな予算が出るもんかね。物理部なんてマジでフロッピー使う測定器あるからな。ありゃ現役高校生の2倍は生きてるね。


「予算が欲しいなら問題は起こさない方がいいんじゃないですか?」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。そんな気苦労をするぐらいなら私のポケットマネーで買うぞよ」


 なんて顧問だ、最高だぜ。問題起こさなかったところで物理部に測定器の予算が入ってる訳でもないしな。授業で使ってるものを借りてるだけだし、USB使える範囲の型落ち品でも500万は超える。


「厳木クンがその気になれば、大学の研究室並みの予算を得ることもできるのではないかな?」


「生憎ですが、物理部からも化学部から出禁を食らっちゃいましてね」


「ならばこの地学部で!」


「やめてくれませんか?」


 いつの間にか部長の野々宮が近くまで来ていた。


「全く、なんて人を勧誘してるんですか」


「ずばり、日本人的なリスク回避の考え方だね野々宮クン。コンプライアンスを意識するあまり窮屈になり、どれほどの才が海外に流れたと思う?」


「それはそうですけど・・・」


 やー、ホントですよもう。窓咲はまだ好き勝手できるけど、大学や企業の研究者なんて、今の所属に留まってまで続ける意味があるか自問自答してる人多いだろ。

 うちの両親はそれぞれ別の会社だが、仕事の何割かは労災や情報漏洩に法令順守の対策だと言っているし、本業ですら予算の獲得がメインになってるから、新規のテーマはもちろん走ってるものですら常に打ち切りの危機で、研究を続けるための研究になっている。

 大学の実態は知らないが、海外に出てしまう人がいるということは何かしら嫌な部分があるのだろう。周りに合わせられないハグレモノは白い目で見られる国だしな。


 まぁ、この場で話して解決する問題でもないが。


「よっしハナちゃんも完ペキ!」


 笹山さんの声が聞こえてきた。どうやら地学部の方も調整が終わったようだ。月が欠け始めるまで30分はある。そこから完全に欠けるまでが2時間。うーん、長丁場だねぇ。地学部の2台のうち片方は月以外を自由に見る用だが、どうしても“待ち”は発生してしまう。


「天の封印についておさらいしましょうか。地と水の封印は、っと」


 地の封印と水の封印、それぞれの球を出した。地は茶色、水は濃いめの水色で、サイズは人の顔と同じぐらい。こいつが光り出して言ったことが、


「確か、封印を3つ解けば、稀代の賢人が遺した秘宝を手に入れることができるのよね」


 私のこの発言に笹山さんと部長が続いた。


「んで管理人さんが見つけた本だと、“月がその姿隠す夜、天は人の子に試練を課す”、だったよね?」


「そして管理人さんの家系はこの一帯の地主で、稀代の賢人の子孫でもあり、その賢人は人々に豊かな暮らしをもたらした・・・」


「考えてもわかんないネ」


 だな。とにかく、天の封印の試練とやらをクリアするしかない。で、何がゲットできるかは出たとこ勝負。金銀財宝か、考古学価値だけはあるものか、単なるガラクタか、実体すらないものか。


「星座の確認でもしよっか!」


 一同が賛成し、私が召喚した白壁に尾峰がPCで画像を出した。教科書にも載ってるような、どの方角に何があるかを示した図だ。


「よいか諸君。これが夏の大三角で・・・」


「織姫さま探そうよ織姫さま!」


 そんな感じで、画面に出したものを天体望遠鏡で実際に探す、というのを繰り返して時間は過ぎていった。



 やがて、月が欠け始める時間になった。


「おぉぉ~~、すっご~~い」


 気の抜けた声を出したのは鈴乃だ。地学部のは望遠鏡を実際に覗く必要があるから、たまに誰かが見に行ったりするが基本は私のでタブレットに映し出してる分を共有している。


「あたし望遠鏡で見るの初めてかも」


 月食は肉眼でも分かるからな。望遠鏡、それも天体望遠鏡だと細かい模様もくっきり見える。今回は月全体を捉えるため倍率が低めだが、高倍だとクレーターとかも見えたりする。


「少し、欠けてきましたかね」


 部長が言った。完全に欠けるまで2時間だからリアルタイムだと分かりにくいが、もう満月ではなさそうだし、この後も気付いた頃には“さっきより欠けてる”って感じになるだろう。天の封印のことは頭の隅に追いやり、時には肉眼で、時には地学部の望遠鏡で、時にはもう1台ので他の天体に浮気して、月が欠けていく様子を眺め続けた。



 2時間は、短いと言えば嘘になるが、笹山さんが場を繋いでくれることもありさほど長く感じることもなく過ぎようとしていた。セルシウスが望遠鏡覗いてるとこにハナちゃんが近付いたら譲るだけ譲って戻って来たことは納得いかなかったが。それはそれとして、


「そろそろだね・・・!」


 もう三日月よりもずっと細くなった。あと5分もすれば完全な皆既食となるだろう。欠けている部分は、いわゆる赤銅色と言われる、ちょっとドスの効いた赤になって望遠鏡では映し出される。そして残っている部分は、黄色というよりは白く光る。それが細く、更に細くなり、やがては完全に消えることで皆既月食は完成する。


「キタ・・・!!」


「「「「おぉぉ~~~っ」」」」


 一同が小さな歓声を上げる。人もいないしもっと叫んでもいいのだが、地学部は物静かなメンバーが多い。さて、天の封印だが・・・、


 !!


「んん!?」

「きゃあっ!」

「え・・・!」


 な、なんだ! 体が、動かな・・・!


「一同、臨戦態勢を取れぇぇい!!」


 ンなこと言われてももう体が動かないんだが? 当の尾峰も例外ではない。心の準備だけでも急ピッチでしないとなァ!


 ほわん、ほわぁん。


 何だ、白い光が。


「今度は何!?」


 誰かが叫んだ瞬間、またほわぁぁぁぁぁんと白い光に包まれて、


「「「わぁぁぁぁぁぁぁ・・・っ!」」」



 今度こそ視界が真っ白になった。



 --------------------------------



「くっ・・・」


 ようやく、光が収まって目が開けられる状態になった。だが。


「ここ、は・・・」


 今度は、辺りが真っ暗になっていた。月がないのはもちろんなのだが、星明りがさっきよりも随分と弱い。近くには、人影が2つ。多分男子だが、暗すぎて顔までは分からない。


「誰かいるんですか?」


 この声は、部長だな。


「厳木よ。部長さんと、もう1人は誰?」


「東山です」


 2年男子Bか。さっきはキャンディーにして悪かった。謝るぜ。


「他のみんなは・・・って、見えないですね・・・」


 部長が呟き、辺りを見回す素振りを見せるもすぐに諦める。私から部長の姿も、ほんの数歩のはずなのにシルエットがぼんやり見えるだけだからな。


「鈴乃ー? いるー?」


 近くにいるなら、声を出せば分かるはずだが。


「いなさそうね・・・」


 なんとなく、私ら3人以外の気配も感じないんだよなー。当然ながら、スマホはウンともスンとも言わない。


「全然違う場所にいるって思った方が良さそうね」


「そんな・・・」


 わざわざ“試練”とか言ってこんな暗闇空間に放り出すぐらいだからな。別々の場所に飛ばすぐらい造作もないことだろう。


「手探りで探すしかないわね。みんなか、出口を」


「こうなると、それぞれに試練が与えれててそもそも合流できない可能性もありますね・・・」


「そういうこと。行きましょ」


「行くと言っても方角すら分からないですが・・・」


「適当に歩くしかないでしょ。まずこっちで」


 私は、自分から見て左手の方に歩き出した。部長と男子Bが私を追うように続く。


「さっきから思ってるんだけど、ちょっと声が籠ってるのよね。多分そんなに広い空間じゃないわ。それか、おっと」


 案の定、というか思ったより早かったのだが、前に伸ばした手が何かに触れた。感覚としては、壁。コンコン、とノックして感触を確かめてみる。


「やっぱり、見えない壁があるわね」


「えぇっ!?」


 私の右に部長、その更に右に男子Bが並び、2人して壁を確かめる。


「ほんとだ・・・」


 この声は男子Bだろうか。部長も似たようなことをぶつぶつと呟いている。


「これは・・・」


「ひょっとしなくても、迷路ね。文字通り一寸先は闇っていう視界で、私たちに出口を探させる気みたい」


 月が姿を隠した夜にどんな試練を課すかと思えば、こんなのが来るなんてな。ちょっと骨が折れそうだが、シラミ潰しで突破できるだろう。


「いっちょやりますかね」

次回:抜け出せ! 闇夜の迷宮(前編)

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