第78話:スーパー(?)パティシエール笹山
「よぉ~い、アタシもやっちゃうよ~~?」
合宿2日目の夜は、笹山さんが特製デザートを振る舞ってくれることになった。材料は、元から持って来ていたフルーツとサイダー、そして尾峰が管理人さんからもらって来た卵と小麦粉と牛乳と少しばかりのチョコだ。結構もらって来たな尾峰・・・。
他のメンバーはツボダイと野菜のグリルを作るのだが、
「厳木さん、衣装お願い!」
「はい」
どうやら私はアシスタントにされそうで、衣装の要望に応えるべく“お着換えパフューム”を投げた。
「どうせなら厳木さんのセンスで決めて欲しかったけど、それっ!」
パシッと受け取った笹山さんは早速パフュームを使い、キラキラの粉末に覆われたのちに新衣装を披露。
「じゃーん!」
ゴリッゴリの、ケーキ屋の人が着てそうな服だった。
「形から入るタイプなんだよね~。みんなも板前の恰好になったら? バエるよ?」
私らが作るのは寿司じゃないんだが。
あと、ハナちゃんはともかくこのメンバーでバエると思うか? 板前のハナちゃんかぁ。板前のハナちゃん。板前のハナちゃん・・・どちらかというと、セルシウスを板前にしてハナちゃんとツーショットでも撮ってみるか? いや、早いか。こういうのはじっくり行かないとね。
「厳木さん、次!」
「え?」
まだ何か要求があるらしい。衣装は用意した。材料もある。今日のデザート担当者様は一体何をご所望か?
「えっと・・・お菓子作りに役立つ道具と、アイデア作りに役立つ薬があるけど、どっちにする?」
「道具の方で! マッドパティシエールたる者、アイデアは自分で出さないとね!」
ほう、マッドの道を進むと言うか。茨の道ぞ? 自称常識人があーだこーだ言ってくるんだから。早速、部長の野々宮が突っかかって来た。
「マッドである必要がどこにあるんですか! 普通にデザートを作ってくださいよ」
「甘いよ野々宮君? いかなるデザートも、プロがそれこそ泥のように試行錯誤を重ねて完成したモノなんだよ? 心をマッドにして追究した先に、究極のデザートがあるんだよ?」
そうだ。私たちが普段使ってるものや食べてるものは全部、マッドな誰かが生み出したものなのさ。
「新しいものを生み出すのは基本をしっかり習得してからです。冒険なんてしないでまずは決まったレシピで作ってください」
「キャンプなんだから“冒険するな”ってのは野暮だよお」
「合宿ですからね!?」
「だったら尚更だヨ。これも合宿中の一環なんだから、本気で新作デザートを作る。合ってるよね♪」
「はぁ・・・もう好きにしてください。合宿の一環だと言うなら、あとでみんなで評価しますからね!」
「かかって来いだよ! 野々宮君もほっぺが落ちないようにアゴを鍛えておいてね」
「アゴを鍛えても固い食べ物にしか役に立ちませんよ・・・」
「失敗したら固くなっちゃうかもよ?」
「失敗しないでください!」
おそらく普段の部活でも繰り広げられてるであろう部長と副部長のやり取りをみんなで眺めた。ひと段落ついたようなのでご所望の道具を提供しよう。
「それじゃ、お菓子作りに役立つ道具ね? だったら、こ・れ」
私が出したのは、ひとつの光線銃。
「なんで銃なのよ!」
案の定、鈴乃から茶々が入った。
「見た目だけで判断しないで欲しいわね。れっきとしたお菓子作りの道具よ。これでビビッと撃ったものをお菓子に変えちゃうの」
それを聞いて訝し気な表情を浮かべた鈴乃よりも先に、笹山さんが声を上げる。
「何でもお菓子に!?」
「そ。それも、アメでもチョコでも自分の好きなのに」
「え、うそ、すごい!」
笹山さんが拳を握ってテンションがあがる一方で、尚も疑いの目を向け続ける鈴乃が口を開く。
「ふーん・・・だとしても、銃じゃなくて別の形もあったと思うけど?」
なんか警戒されてるなあ・・・。
「確かに危険もゼロじゃないけどねえ、だからこそ危険性をひと目で認知できるようにこの形にしたのよ? そうそう笹山さん、間違ってもそれは人には・・・」
そう言いながら笹山さんの方を向いた瞬間、もう手遅れだなと思った。私の注意を彼女から逸らした鈴乃が悪いと思うんだ?
「キャンディーになっちゃえー! なんちて」
ビビビビビビビビ・・・!!
誰も、動けなかった。一瞬のできごとだった訳ではない。光線は無意味にジグザグするしスピードはそんなに速くないから、3秒ぐらいはあった。それでもみんな、見ていることしかできなかった。ピンク色の光線が向かった先は・・・
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「「わぁぁっ!!」」
「「きゃぁぁっ!!」」
「ええぇぇ~~~~~~~!!?」
「なんと・・・ッ!」
2年男子Bぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
まるで電撃を浴びたように体を逸らしながら叫ぶ2年男子B。そして、
ビビビビビビビビ・・・・!!
やがて、少しずつピンク色の光に取り込まれていき、
ボンッ。
光が消えてボンッと煙に覆われた。すぐに煙は晴れ始めるが、その中から出て来たのは・・・、
「えっと・・・東山君・・・?」
2年男子Bは東山というらしい。光線銃を撃った調本人が驚いてる様子だが、多分彼女も含めみんな、2年男子Bが消えたようにしか見えてないだろう。だが、真実は小説、もとい想像よりも奇なり。
「ま、まさか・・・」
セルシウスは気付いたか。その呟きを聞いて、鈴乃もハッとした表情になる。そして、次に誰かが言葉を発する前に、その声は聞こえた。
【ぼ、僕は一体・・・】
2年男子Bだ。君は、運がいい。キャンディーだったのは不幸中の幸いだろう。
「い、いるのか東山君!」
部長の野々宮が叫ぶ。それに笹山さんと尾峰も続いた。
「ど、どこにいるの!? 驚かさないで早く出てきて・・・!?」
「一体どこにいるというんだ東山クン! よもや、この私の目でも捉えきれぬとは・・・!」
やっぱり、節穴なんじゃないですかねその目は。2年男子Aとハナちゃんも辺りをキョロキョロしているから尾峰が特別悪い訳でもないが。しかし鈴乃とセルシウスだけは、煙があった場所を目を凝らすように見ている。
そしてついに見つけたのか、
「東山君!」
何もないように見えるその空間に、駆け寄った。ついでに鈴乃も。
【こ、これは・・・?】
声だが聞こえる2年男子B。しかし、そこに確かに彼の姿はある。光線銃を撃ちながら笹山さんが宣言した通りの形で。
「ま、まさか・・・ッ!」
ほう、次は尾峰が気付いたか。
「え、え・・・!?」
「そこに彼が!? 見えないが・・・なっ!!」
笹山さんも野々宮も、更には2年男子Aとハナちゃんもようやくそっちに目を向けた。そう、そこには、茶色のキャンディーが浮かんでいた。コーヒー味だ。
「ええぇぇぇぇ~~~~~~~!!??」
「東山君!!!」
「よもや、こんなことが・・・ッ!」
叫ぶ3人。呆然と言葉を失う他の4人。ぷかぷかと浮いている2年男子Bだけが、今の状況を理解できてないようだった。他のみんなも理解できてるかは怪しいが。
【な、なんか体が浮いてるような・・・って、ええぇぇぇ!!?】
本人も気付いたか。
【体が・・・な、ない・・・!?】
あ、そういう認識になるのね。そりゃそうか。体がアメ玉なんだから自分自身のアメ姿は見えないか。
「え゛、東山君みえるの・・・!?」
あ、そういう疑問も出るのか。でも当然か。普通、こんな姿になって目が見えるとは思えないだろう。
「それ以前に喋れてるんだね・・・」
部長の感想もごもっともである。しょうがない、種明かしをしてやろう。
「運が良かったわね2年男子B君」
【え、び、ビー・・・?】
別にいいだろ呼び方なんて何でも。
「これ、基本的には意識もなくなっちゃうんだけど、キャンディーの時だけ、喋れるし目も見えるし自由に飛び回れるのよ」
【はぁ・・・あ、ほんとだ】
2年男子Bは実際にその場でふよふよ動いてみせた。
「すごい! 何これ!」
「なんでキャンディーだけなのよ鏡子」
「乙女の気まぐれよ」
「何よそれ・・・というかそもそも人にまで効くようにしないでよ!」
今更かよ。
「それと笹山さんも!」
今度は部長の声。
「“すごい!”じゃないでしょう。モノをお菓子に変えると聞いといて人に向けることがありますか!?」
「それはごめ~~ん! 東山君もごめん!! だってモノだけだと思って・・・さすがに人までお菓子になっちゃうなんて思わなくて!」
言うて私もビビッたよ? それ渡して、最初の1発目を人に向けてやったんだから。お菓子に変える光線銃を与えられて実験台第1号をヒトにするなんてこっちが思わなかったぜ?
「全く・・・というかこれは戻せるんですか厳木さん」
「それはモチ」
【ほっ】
さすがに安堵した2年男子B。
「すっ、すぐに戻すね!?」
さすがに誠意を見せるべきと思ったのか、すぐに光線銃を構えようとする笹山さん。だが、
「わっ、わっ、」
急がなくても時間制限なんてないのに、焦ってワタワタしている。
「ちょっと何やってるんですか!」
見兼ねた部長が近付く。
「貸してください!」
「ダメ! あたしがやる! 信じて!」
「そんな手つきで信じられる訳ないでしょう! もちろん性格の方も!」
「ヒドい! ちゃんと東山君を戻して信じてもらいたいからさせて!」
わちゃわちゃ、かちゃかちゃ。まずい、逃げ・・・。
「野々宮先輩、不用意に触るのは・・・」
セルシウスが制止に入る。だが遅かった。
カチッ。
「「「「あ」」」」
笹山さんと野々宮と、あと2人の声は誰だっただろう。そんなことを考える暇は、私たちにはなかった。
ビビビビビビビビ・・・!!
「「「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」」
「ああああああああああああぁぁ!!」
「ぬぅおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぅ・・・っ!」
やべっ。意思もなく事故で引き金引かれたら何になるか分からんぞ・・・!? も、もう体が動か・・・いや、勝手に、直立不動の姿勢に・・・こりゃ、私はクッキーだ・・・! まずい、意識まで・・・くっ・・・・・・があ。
パタリ。
--------------------------------
・・・・・・。
ふわふわ、ふわふわ。
【ちょ、ちょぉっ、これって・・・!?】
【み、みんなお菓子に・・・!?】
いやいや。いやいやいやいやいやいやいやいや。
【鏡子は・・・!?】
鏡子は、鏡子はどこ!? 鏡子のことだから自分だけは助かってそうなもんだけど・・・。
【でも、お菓子の数・・・】
【え・・・・・・】
浮いているキャンディ―が1つ。多分、東山君。で、私も多分キャンディー。なんかふわふわ浮かんでる感じするし、キャンディーだけは動けるって鏡子言ってたし。
【あ、ほんとに思い通りに動ける】
ってそれどころじゃ・・・!
【えっと・・・うわ】
お菓子が何個も落ちてる。クッキーとか、チョコとかマシュマロとか。私たちキャンディーは小さいのに、他のみんなはやけに大きい。
【いち、に、さん・・・】
笹山先輩と、部長さんとハナちゃんと、摂津君と尾峰先生と、名前忘れちゃったけど2年の男子部員A君と・・・、
【なな】
鏡子・・・・・・。
【嘘、でしょ・・・!?】
嘘なんでしょ、鏡子・・・? どうせ何かを身代わりにして今の状況を笑いながら見てるんでしょ・・・?
【きょぉうこぉーーっ! 怒らないから早く出て来なさーーー! きょぉうこぉ~~~~っ!!】
・・・・・・。
反応なし。まさか、本当に・・・? なんて、私も、見ちゃったもんなあ。鏡子にもがっつりビームが当たってたの。
【僕たち、どうなるんでしょう・・・】
【どうなるったって・・・】
キャンディー以外は意識がなくなるのも本当みたいで、喋れてるのはさっきからキャンディーだった東山君と、偶然なれたっぽいあたしだけ。
【どうにか、しなきゃ・・・】
せめて鏡子がキャンディーだったら。そもそも鏡子がこんなもの作らなければ・・・! なんて言っててもしょうがない。現実は変えられないんだし。
【あの銃は・・・あった!】
銃も地面に落ちてた。あれさえ、あれさえ使えれば。
【頑張って、やってみましょう】
【えぇぇっ!?】
【それしかないでしょ? 普通に人に戻せるって鏡子も言ってたし、動けるキャンディーが2人いれば何とかなるわよ】
【何とかって・・・もし、失敗して僕らまでキャンディー以外のものになったら・・・】
【考えないで! というか、何もしないでキャンディーのままでも一緒よぉ。管理人さんに助けを求めに行って、信じてもらえる?】
【それは・・・】
無理だよねぇ・・・いきなり浮かぶキャンディーが話しかけて来て、自分たちを戻すために光線銃を撃って欲しいって、誰が信じるのよぉ・・・。信じたとして助けてくれるの? そんな銃なんて誰も触りたくないわよぉ・・・ホントに何で作ったのよぉ・・・。
【と、とにかくやってみましょうよ。あたしが銃を立てて支えとくから、その間に引き金に体当たりよ】
【う・・・わ、わかりました・・・】
ちょっとシャキッとしなさいよぉ。こっちだって色々と一杯一杯なんだから。
ふよふよふよふよ。ふよふよふよふよ。
2人して、自信なさそうにふらつきながら銃の方に向かう。キャンディーになってまで自信満々に動ける人なんて、どこの世界にいるって言うのよぉ。そもそもキャンディーになってまで動ける人自体が・・・今、2人いるわね。しかもこの銃さえあればたくさん増やせちゃう。
【うん、しょ。おも・・・!】
なんでこんな重いのよこの銃!
でも、なんとか立たせられた。お菓子になった誰かの方をちゃんと向いてるの? 調整なんてする余裕ないからこのまんまやってみるしかないけど。
【どう? 押せそう?】
【う、う・・・】
やっぱり、この姿じゃバネの力に負けるんだ・・・。“引き金”なのに押さなきゃいけないって、なんであたしたちキャンディーなの?
【きついっす・・・】
【じゃあ助走つけていけない?】
【やってみます】
やってみてもらったけど・・・。
スカッ。
スカッ。
ガッ。
【きゃっ!】
パタリ。
空振り、空振り、変にかすって銃が倒れる、って感じになった。また持ち上げるとこからなのぉ~? もうイヤ・・・。
「お困りのようだな、鈴乃の姉御ぉ」
【え・・・?】
誰?
「これはまた随分とまずい状況なことで」
【もしかして、ワトソン君?】
「その通りでさァ」
声のした方には、ワンちゃんがいた。とびきり賢そうなボーダー・コリー。鏡子の相棒・ワトソン君だ。救世主~~!
【助けて! 鏡子の道具でみんなお菓子になっちゃって、その銃で戻せるから!】
「なるほど・・・」
ワトソン君が辺りを見渡す。
「見たところ、動けるのはアメ玉だけのようで」
【そうなのよ! 鏡子もクッキーかチョコになったみたいで・・・って、どうしてここが? 実は一緒に来てたの?】
移動中の車にもいなかったし着いてからもずっと見てないけど。
「鏡子の旦那に何かあると分かるようになってるもんで。スマホ、腕時計、下着からの信号が全部同時に途絶えて、画面を見りゃ旦那の姿もない。それでやむなく転送機能を使って来たのさ」
【そんなことができたのね・・・】
確かに、ここまでのピンチってそうそうないかも。よく見たら、洋服とかスマホは落ちてない。“モノをお菓子に変える”だから、一緒にお菓子になってるみたいね。
というか、スマホと時計はともかく下着って・・・心臓の脈を測ってるのかしら・・・。んで映像は、超ちっちゃいドローンをいつも連れてるとか? なんにしても、さすがは鏡子ね。助かったわ。
「こいつを引きゃいいんだな。この体で1人じゃ無理だから、せめてお2人さんで光線銃を支えててくれないか?」
【わかった!】
【は、はい・・・】
そういえば東山君、ワトソン君のこと知ってるんだっけ。まぁなんとなく分かるでしょ。
(えっと、厳木さんのペット? 犬が喋ってるけど・・・人がアメになってるし今更か)
東山君と2人で銃を立たせて、両側から挟む形で支えた。
「よし、これだな」
お願い、ワトソン君・・・!
「墳ッ」
ビビビビビビビビ・・・!!
やった! ビームが出た!
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「な~ん~て~も~の~を作ったのよ!!!」
私は地面に正座させられ、鈴乃の叱責を受ける。スマホ、腕時計、ブラも一緒にクッキーになったことでGPSと、手首と心臓の脈拍情報が途絶えたことで家に緊急信号が送られ、ワトソンが転送で来る判断をして事なきを得た。
「だってぇ、人にだけ効かないようにするの難しくってぇ」
「キャンディーの時だけ自由に動けるのに!?」
「そこは様式美で譲れなくってぇ」
「人に効かないようにするのも譲らないで!?」
「そしたら動けるキャンディーになれないしぃ」
「ならなくていいわよ!!」
「でも、じゃなきゃワトソン1人じゃ無理だったでしょ?」
「そういう問題じゃないわよ!!」
ひえ~~~~。相当に頭にきてんなぁ鈴乃ちゃん。冷めるの時間かかりそ。
「聞いてる!?」
「聞いてます聞いてます!」
「だいたい、あんな危ないもの人に渡す!?」
「私は頼まれたものを出しただけでぇ」
「人のせいにしない! 他にもお菓子作りに使える道具ぐらいあったでしょ!?」
でもでもぉ! マジで人に向けるとは思わなかったんだもん! なんて言っても無駄だから黙ってるけど。
「それに!」
まだなんかあんのぉ?
「発明品を! 人に! 渡すときは! 注意点を! 言ってから! 渡す! 発明家の基本でしょ!?」
「言おうとしたんだけどぉ・・・」
「言・っ・て・か・ら! 渡す! 何度タッチの差でマズいことになったと思ってるの!?」
「だからそれは用法用量を説明する前にぃ」
「だから人のせいにしない!!」
ひぃぃぃぃぃぃ。もう聞く耳もたずだな鈴乃。
実際、ワトソンが自身を転送する事態にまでなったのは17年余りを生きて来て初だった。大抵はちょっとした故障だったり私だけで解決できる程度だったしな。
「フーーッ、フーーッ、フーーッ・・・。ほんとに、どうなることかと思ったんだからぁ」
聞けば、鈴乃は意識が残るキャンディーだったらしい。意識が飛んでた他の面々は、気が付けば助かってたという感じだろうが、私含め全員がお菓子になったってのは絶望感やばいだろうな。
「さ・さ・や・ま・さ・ん・も、ですよ?」
「ごめんなさぁい・・・」
少し離れた位置では、笹山さんも正座させられている。
「初めて使うものは、安全性を確認してから使う! 注意事項も確認する! 人には向けない! 地学研究者の基本ですよ!?」
「はぁい・・・」
さすがの笹山さんも反省している様子。
「鏡子も反省するの!!」
ひ~~~~~~ん。
2人が説教されてるのを、ハナちゃんと2年男子ABが苦笑いで見ている。セルシウスはどこかぐったりした様子で、尾峰はというと、
「いやはや、愉快な経験だったわい」
「「どこがですか!!」」
あんな調子である。にしても、野々宮と鈴乃、似てるところがあるなあ。苦労する性格だね、2人して。
(誰のせいだと思って・・・!) by 大曲鈴乃16歳。
「ま、まあ、そろそろ夕食の準備に戻りましょうよ・・・」
一番に犠牲になった2年男子Bが切り出す。君はいい奴だ。
「笹山先輩も、デザート、期待してますから」
「東山くぅ~~~~~~ん! ありがと~~~~~!」
あまりに微笑ましい光景に、野々宮もこれ以上怒る気が失せたのか、物腰が柔らかくなった。
「ただし、あんまり変なことはしないでくださいよ笹山さん。普通に作ってください、普通に」
「あいあいさー!」
「全く・・・どこまで反省しているのやら」
「反省の心は全て、デザートに込めさせていただきます!」
ビシッ。笹山さんが敬礼を決める。なんだかんだで優しいなぁ地学部。いいなぁ、私もこんな優しい人たちに囲まれて過ごしたいなぁ。
「鏡子は手伝わなくていいから正座! 食べてる間もずっとよ!」
「えぇぇ~~~~!?」
鈴乃も地学部に入って他者を許す心を学べ?
(それは地学じゃないからね厳木さん・・・) by 摂津信司17歳。
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「こんぺいとうになっちゃえ♪」
ビビビビ、ポァァ~ン。
あれからは、何事もなく笹山さんのお菓子作りとみんなの夕食作りが続いている。私はマジで正座させられているが。
「まさか鏡子の旦那があんなヘマをするなんてな」
ワトソンも特に手伝えることはないので、私の横で晩飯の完成を待っている。この際サカナでもいいから食う、だそうだ。ツボダイは特に人数に合わせた訳でもなく適当に入ってるから、大丈夫だろう。
「私もさすがに想定外だったわよ」
あの光線銃を1発目からヒトに使われ、戻そうとしたら手が滑ってワチャワチャして他の人が奪い取ろうとして暴発。どう防げっちゅうねん。
「にしてもあの姉ちゃん、何を作るつもりなんだろうな」
「さあ?」
見たところ、普通に調理を進めている。さっきの今で、勢い任せで妙なことをやったりはしないだろう。
「え~っと、バニラアイスになれ~~」
光線銃を使う仕草も小ぶりだ。夕食組から排出された人参のヘタやピーマンの種をお菓子に変えていっている。その辺の小石や雑草でもバニラアイスに変えられるのだが、確かにそんなもの私も食べたくはない。
夕食組も、至って順調だ。考えてみれば、私と笹山さんが抜けてるから真面目なメンバーしかいない。まあここは大人しく正座してシンプルな夕食をいただくとしよう。
「ふっふふ~~ん♪」
笹山さんが並べているのは、バニラアイス、抹茶アイス、チョコ、ホイップクリーム、コーヒーゼリー、金平糖、カラースプレー、細長いストローの形をしたクッキーだ。出しっぱなしだが、常にマイナス温度に維持される保冷アルミ板も貸してあるから、アイスも簡単には溶けない。どうやら、実物を並べないと盛り付けのデザインが浮かばないようだ。脳内だけで完結するのって難しいだろうしな。
「よぉ~~~し」
どうやら、デザインが固まったらしい。笹山さんは、一度机に並べた材料を、私お手製の保冷ボックスに入れ始めた。冷凍と冷蔵で分かれてるからアイスも大丈夫だ。食べるのは晩メシ後だし、今アイスとゼリーを一緒にしてしまうのはマズい。あとは盛り付けだけだから食事の後でもいいな。と、思っていたら、
「厳木さん、ホットプレート!」
「え?」
ホットプレート? この期に及んで、何をしようというのか。
「もらった材料も使わなきゃ! それにまだ、あたしって魔法でお菓子出しただけだよ?」
魔法って・・・人の作った光線銃を一体なんだと・・・。
「よし、やるよ!」
腰に手を当てて胸を張る笹山さんの前にあるのは、小麦粉、牛乳、砂糖、卵。そういや尾峰が管理人からもらって来てたな。まず小麦粉と砂糖と牛乳を入れて、
「レッツ、ゴー!」
泡立て器でシャカシャカ混ぜ始めた。電動のものも貸せるというのに、手動にこだわりたかったようだ。ある程度混ぜたところで卵を入れて、更に牛乳追加。シャカシャカ、シャカシャカと、そこまで綺麗な手つきではないが、難なく混ぜ合わせられているようだった。
で、
「ファイヤーーーー!」
炙る、ではなくあっためてバターも溶かしたホットプレートに流し込んだ。なおバターは、光線銃製だ。サラダ油ならあったのだが、やむなく“完成度を優先したいから魔法で!”とのことだった。だから魔法では・・・。
しばらくして、
「よしできた!」
完成したらしい。あの材料からできるものは限らてる。パンケーキかクレープかだが、更に映している様子を見る限り薄かったら、クレープだ。けどさっき保冷ボックスに入れたやつを全部入れると破れそうだから、完成品はパフェだな。
「それじゃこれも冷蔵庫に入れて~~♪」
笹山さんはクレープも皿ごと保冷ボックスに入れて、
「あとは晩ご飯を食べれば準備完了!」
今度こそ作業完了といった様子で腕組みをした。なるほど。晩飯を食うところまでが“デザートの準備”か。いいセンスをしている。
「こっちも後は待つだけですよ~~」
鈴乃の声が聞こえてきた。私は正座させられてるから動けないが、笹山さんは走り出した。
「見に行く見に行く! いいにお~~い!」
ほんとに、いい匂いが漂ってくるぜ。
「んん~~~おいし♪」
おい鈴乃テメェ何つまみぐいしてんだよ! さすがに魚はまだ生焼けだろうから野菜だとは思うが。
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「反省してるみたいね。やっぱり食べる時ぐらい普通にしてていいわよ」
やっと解放されたぜ・・・この鬼め。
「やっぱりずっと正座しとく?」
「しませんしません鈴乃さんマジ優しいやった~~!」
「全く・・・」
「あはは・・・」
あぁハナちゃんが可愛い。君だけが私の天使だよ。
「ふむふむ、さすがは我らが地学部諸君と厳木クンの友人だ。実にウマい」
「鏡子の友達だからって言い方は複雑なんですけど・・・」
(実際鏡子って料理上手だからムカつくのよね・・・真面目にやりさえすればだけど!)
私が料理でふざけたりするはずないだろ? 自分も食べるなら尚更だ。
さて、食事中だが、
「天の封印のことは何か分かりましたか?」
聞いてみた。ただ単に卵とかをもらいに行っただけじゃないだろう。管理人さんも、今日は家の書物を調べてくれてたらしい。
「それだがな、記述がひとつ見つかったようだ。何でも、“月がその姿隠す夜、天は人の子に試練を課す”、だそうだ」
「月が姿隠す夜! 絶対に今日じゃん!」
皆既月食だからな。
「もしかしたら、新月でも良かったのかもね。皆既月食って、特定の場所って縛り入れると何年に一度ってレベルだし」
月食が起こる日は満月だ。月食殿に起こってもらわないと、天の封印には挑戦できない。月食は欠けた部分もほんのり赤やオレンジに見えることがあるが、数年に一度の天体ショーなんだ、そのくらいは大目に見てくれるだろう。
夕食を終え、次はパティシエール笹山によるパフェ。グラスは私から提供し、1つ1つ、みんなの見る前で盛り付けをしていった。しかも、このためだけにまた“お着換えパフューム”でケーキ屋衣装になって。
「野々宮君、失敗しろとか思ってない?」
「思ってませんよ!」
「ほんとにぃ~?」
「なんで疑ってることにしたいんですか」
「じゃあなんで野々宮君はアタシにポカして欲しいのかなぁ?」
「だから思ってませんよ!」
などというジャレ合いと一緒に完成させられていくパフェを眺める。やがて、
「かんせ~~~~い!」
「「「おぉぉ~~っ」」」
無事、全員分が完成。こりゃ凄い。500円ぐらい取れるんじゃないのか? ちなみに下から、コーヒーゼリー、バニラアイス、抹茶アイス、隙間に畳んだクレープ、そしてホイップクリーム、金平糖、カラースプレー、ストロー形クッキーのトッピングだ。
「あ、フルーツポンチも出さなきゃ」
そういやそれもあったな。保冷ボックスからフルーツポンチも出して、デザートタイムだ。
「んん~~~~っ♪」
至福のひととき。いや~~っ、キャンプ形式の合宿でスイーツまでいただけるなんて思ってませんでしたよ。
「こりゃ精が出るわい。天の封印に向けて英気を養おうぞ!」
「だネ!」
地と水は揃った。天の封印も解いて、稀代の賢人が遺した秘宝とやらを手に入れようではあ~りませんかっ。
次回:月がその姿隠す夜
続きはまた後日・・・




