第76話:水の封印に挑め
「諸君、夕べはよく語り合ったか?」
「は~~~~い!」
「「「っ・・・・・」」」
いい返事をしたのは笹山さんだけで、ハナちゃんと男子数名からは溜め息が漏れた。ハナちゃんは根ほり葉ほり聞かれたから仕方ないとして、男子陣がゲッソリしてるのは何でだ? 小声でセルシウスに聞いてみた。って、こいつも目の下にクマできてんぞ。
「なんかあったの?」
「それが、昨日は先生の地学に対する想いと武勇伝を夜な夜な聞かされて・・・」
「ああ・・・」
それで先生が寝かせてくれなかったという訳ね。てか武勇伝て・・・昨日のあの体たらくで熊とか虎に勝てるとは思えないんだが。
「さて今日は予定通り、水の封印に挑むッ! 作戦の方だが・・・」
ゴクリ。一同息を吞む。この先生のことだ、何を言い出すか分からんからな。
「厳木クンに一任するッ!」
「あ?」
「ズコーーーーー!」
寝耳に水を食らった私を余所にズッコケる一同。
「先生、いくらなんでもそれは・・・!」
すぐに気を取り直して反論したのはセルシウス。
「見たまえ摂津クン、この広い湖をッ! しかし期限は1日のみッ! もはや我らでどうにかなる相手ではないッッ!!」
「そんな・・・!」
“そんな”を言いたいのは私の方だ。ここまでの丸投げがあるか。
「そういうからには先生、相応の覚悟をしてもらいますよ?」
「無論だッ! この地学部全員の命を、君に預けるッッ!!」
「勝手に預けないで!?」
「「勝手に預けないでください!」」
「嘘でしょこの先生・・・」
どうやら腹は決まったらしい。
(全然決まってないからね!?) by 大曲鈴乃16歳
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「んじゃ、みんなこれに乗って」
ボワワ~~ンと登場したのは、潜水艇。公園の池に納めたホバー兼潜水艇を、初めから潜水モードにして召喚した。
「おぉぉ~~~っ!」
「「「おぉ・・・!」」」
私に一任作戦を聞いて青ざめていた面々も、顔に色が戻り始めている。
「う・・・大丈夫なんでしょうね?」
鈴乃は1回池の中で投げ出されたトラウマがあるからか、警戒心が凄い。
「だぁいじょうぶよ。こないだ公園でちゃんと動いてるの見たでしょ?」
「それはそうだけど・・・あれとは別のものでしょ?」
「そりゃそうよ、もう納品したんだから。でも完全コピーだから安心して」
「乗るしかないからいいけど・・・」
だろ? 地学部の面々だけ乗せて自分は乗らないとか鈴乃はしないだろ?
「何があったの・・・」
セルシウス、あんたは知らんでもよろしい。
全員乗り込んで、いざ出発。
「わぁ~っ、キレーだね~~!」
私有地ながらもしっかり管理しているのだろう。自治体が管理しているはずの公園の池よりよっぽど綺麗だ。私有地だからこそ、チャリや冷蔵庫が捨てられることもないだろうし。
「で、どうするのだね厳木クン。シラミ潰しかね?」
「そですね。小型の自動運転調査艇も送るんで、その画像もみんなで見ながら何かないか探しましょう」
「なるほど。厳木クンの手に掛かれば広い湖もお手のものという訳だね」
「さ、洞窟でも湖のヌシでも何でもござれよ?」
「もうホネが動くのヤだよ~~」
この潜水艇の窓から直接見たり、自動小型艇の映像も見たりしながら湖の中を周遊。小型艇を全域に散らせながら私たちは中心を目指している。
「う~~ん。なんにもないわねえ」
「そんなすぐには見つからないわよ」
「地学研究も浮気調査も根気勝負だよ鈴乃ちゃん!」
なぜ浮気調査を引き合いに出したのか。確かに結構骨が折れるけども。
「あ! デッカいコイがいるよデッカいコイ!」
「これはタナゴですね。ふむふむ・・・」
あの、そのタブレットは動物鑑賞のために渡したんじゃないですからね? とは言えなかなか水の封印にまつわるものは見つからないので、周遊気分で景色を眺めながら湖の中心へと向かう。
ピコン。
「お?」
もうすぐで中心に着くかというところで、私たちが乗っている本艇が何かを感知したサインを出した。
「何かあったの?」
鈴乃の声。そして全員、タブレットから目を離し本艇の画面に注目。でもピコンピコンとレーダーみたいな円を出してるだけだから分からないだろう。
「どうやらこの下に、何かしらの空間あるみたいね」
「え、下?」
「土続きじゃないみたいなのよ。10メートルぐらい下からまた、水で満たされてる空間があるわね」
この感じだと、空間の高さも10メートル、面積は・・・結構あるな。このレーダーは深さ方向にしか精度が出ないから、10メートル四方を超えられると“それよりは広い”ぐらいの情報しか得られない。
「行ってみようよ! 入口とかないの!?」
「探すしかないわね。近くにいる小型艇を動員するわ」
スマホをいじり、半径50メートル以内にいる子たちに指示を出した。どこかに下に行くための穴があるはずだ。
「ありました。ですが・・・」
割とすぐに、2年男子Aが見つけた。そしてそこに向かっている途中にも他の小型艇がいくつか見つかったのだが・・・
「ちっちゃいね、入口・・・」
人の手が通るぐらいの小さい穴ばかりだった。これじゃ魚しか通れんて。
「どうするの?」
「こうするのよ」
という訳でスマホをサッと操作して、
ギュィィィィィィィィィィン!
ドリル召喚。
「え、何の音?」
「ドリル」
「何でドリルなんか付いてるのよっ!」
「こんなこともあろうかと思って」
「実際のところは?」
「科学者のロマン」
「捨てなさいよそんなロマン!」
何を言うか。ドリルはロマンであり、ドリルで道を切り拓くことによって辿り着けるロマンもある。二重の意味で、ドリルは欠かせない。
「これ、公園にあるやつにも付いてるの?」
「当たり前でしょ? 全くおんなじなんだから」
「フザけてるの!?」
「だぁいじょうぶよ。ドリル用のボタンは私のスマホにしかないから」
「それのどこが大丈夫なのよ!」
「まぁまぁよいではないか大曲クン。今日のところは厳木クンのお陰で先へ進めるのだから」
「なんで顧問までこうなのよぉ・・・」
ロマンチストだからだろう。ロマンを求めない学者はいない。という訳でドリルで、レッツ・アンダーザワールド!
ドゥルルルルルルルルル・・・!
けたたましい轟音と共に下へ掘り進めると、窓にはドリルで砕かれた破片が飛び散る姿が映った。
「お! すごい! めっちゃえぐれてる! えぐれてる!」
「環境破壊もいいところね」
「地学調査には必要なものよ。土地の所有者の許可もあるし」
「環境を壊してまで地球の歴史を調べることに、どこまでの意味があるのかしら・・・」
鈴乃よ、それは哲学の領域だ。強いて答えるならば、火山の噴火や地震を予知できるようになって人類の存続にひと役買っている。それが地球の存続に寄与するかは、どんなに理屈を並べても個々人の思想に過ぎないが。所詮はイチ生命体種族でしかない身で、他種族や惑星の存続を考えようなんざ片腹痛い。
ま、今回はただのオカルト調査になっちゃってるけどね?
1分ほど掘り進めたところで、スポーンと抜けて広い空間に出た、
「ようやく出たわね」
「やった! 秘密の地下室発見だね!」
湖の底の下の空間は、何もない水槽のようだった。上下は10メートル、面積は多分25*50メートルぐらいだ。これなら小型艇は3つあれば十分だろう。ハズレだった場合に備えて他の子たちは湖本体の探索を続けさせよう。私らにその画面を見る余裕はないのでセンサー頼みになるが。
「とにかく、ここを進んでみましょ」
「何が出るかなー、何が出るかなー?」
「何も出ないで・・・」
「水の封印には出てもらわないと困るのだよ大曲クン」
「それはそうなんですけど」
鈴乃がそう言いたくなる気持ちも分かる。こんなところで巨大な魚の骨とバトルなんて私も嫌だからな。
「まず後ろからね」
「長辺の50メートルを40:10で分けるぐらいの位置に来ているので、まず後ろの10メートルから攻める。だが、ハズレ。
「んじゃあっちに行くわよ」
さっさと最初の位置まで戻り、奥への進行開始。横幅も25メートルあるので、小型艇と横並びになってゆっくり進む。で、結局、
「フツーに道が続いてたネ」
奥まで行き着いたら、壁に穴が開いていて奥に進めるようになっていた。ゆっくり慎重に調べながら来たのにこれだったから、みんなちょっと頑張って損した気分になってる。だが調査ってのは大抵こんなもんだ。
「ではゆくぞ皆の者。気を抜かぬようにな」
ゴクリ。誰かが息を呑んだ。昨日は象の骨が動き出したからな、身構えてしまうのも分かる。妙な緊張感が漂う中、潜水艇を進めて穴の奥へ。わりとすぐに、上に向かうカーブになったのでそれに沿って浮上させた。すると、
「あら?」
「どったの厳木さん?」
「空気があるわね。水面に出るわよ」
水で満たされてない空間があるようだった。わりと近いみたいだ、と思った頃にはもうすぐ上が水面だった。そのまま、潜水艇の頭を出した。
「少し気圧が高い・・・酸素濃度は問題ないみたいね。上がってみましょう」
潜水艇の上の蓋を開けて、まずは私が先陣を切って外へ。
「今度こそ正真正銘、秘密の部屋だね!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。水の封印とご対面といこう」
本当に、すぐにご対面できた。
「あったネ・・・」
水色の球体が、あった。律儀にも、台座が置いてあっていかにも洞窟の終点ですよといった風に飾られていた。
「なんか拍子抜けね」
思わず呟いた。本当にさっきから肩透かしを食らっている。
「別にいいでしょ何もなかったんだから」
そりゃそうなんだが、肩透かしを食らったら食らったで、天才発明家としてはいささか物足りない。
「くぅっ、尾峰頸撃流の真髄を見せる時はお預けか」
地学部顧問も物足りなかったようだ。地学研究者としてではなさそうだが。
「センセのリベンジマッチ見たかったな~」
「なくていいですからね?」
「あはは・・・」
鈴乃がピシャッと言ったところでハナちゃんが呆れたように笑った。
「大曲クンも手厳しいですな」
「ぶちょーがもう1人増えたみたいだね」
「僕としては大助かりです。対応が追い付きませんからね」
部長も大変だな。顧問と副部長がこうだと。
「鈴乃ちゃんも地学部に入ろう~! 今ならなんと、副々部長に任命しちゃいます!」
「普段は鏡子を見てなきゃいけないんでちょっと・・・というか今回も鏡子にだけ気を付ければいいと思ってたんですけど・・・」
「助っ人として私を呼んでるって時点で地学部も警戒すべきたったわね大曲クン♪」
私は笹山さんに負けないぐらいに明るく言い放った。すると鈴乃は、
「せっつくぅ~~ん」
セルシウスに泣きついた。
「え、僕?」
「だって、地学部のイベント」
あたし、何にもしなくていいよね? という目を向ける鈴乃。
「・・・部長、お願いします」
「あ、投げた!」
「摂津君は僕を過労死させる気なの・・・」
「ダイジョブだよ野々宮君。ヤバいこと起きても何だかんだで何とかなるから」
「僕だって能天気でありたいんですよ・・・!」
部長・・・。
「さて、無駄話も済んだところで水の封印を手に入れるとしよう」
今の流れを顧問が“無駄話”って言っちゃったよ。
「しかし諸君、何が罠があるかもや知れ…」
「よーしさっそく行っちゃお~~!」
こういう時の行動は顧問と副部長で正反対なようで、尾峰の言葉をロクに聞かずに笹山さんがタッタッと走り出した。
「待つんだ笹山クン! 何が起こるか分からんぞ!」
「だいじょぶダイジョブ♪ さっきから警戒するだけムダって感じだし♪」
湖の底の下の空間を見つけた時点でクリアでしょ♪ と言いたげな様子で、こっちを振り向きもせずに進む笹山さん。
「それに、何かあったらセンセと厳木さんで何とかしてくれるんでしょ?」
おい!! さっきの“ヤバいこと起きても何とかなる”って他力本願だったのかよ!
「しかし誤魔化せなくなったら怒られるのは厳木クンと私・・・!」
何で私まで数に入れてんだよ!!
「なんにもないからダイジョブだって。ほら~~」
あっさりと、水色の球体まで辿り着いた笹山さん。本当に、警戒するだけ無駄だったのか・・・? 慎重にことを進めようとしすぎるあまり損をしてしまっているのか? 実は、“万が一”が起こるにしてもリスク回避なんて考えない方がトータルで見ればプラスなんじゃないのか? そんなことさえ、頭をよぎる。
あとはその、魅惑的な光沢を放つ球体を手にするだけだ。
「そんじゃ、いっただきま~~・・・」
「やめるんだ笹山クン!! せめて私たちが近くまで行くのを待っ…」
尾峰の叫びも虚しく、笹山さんは球体に両手を伸ばし、
「す!」
笹山さんの体で隠れて見えないが、ガシッと球体を掴んだのだろう。その時だった。
ぼわーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「えっ!!?」
細身の笹山さんの体の向こうで、うねうねと液体のようなものがうごめき始めた。あの球体が変化した・・・!? 位置的に、中心は笹山さんの手だ。しかも、あの様子だと多分、
「手が抜けないよ~~~!!」
まるで重い物を引っ張るかのようにもがく笹山さん。だが、外れる様子はない。しょうがない、助けに行くか。と思った矢先に、
「え・・・!!??」
うねうね動く液体が、明らからに大きくなっていっているのが分かった。これはマズい!
「鏡子はや…」
鈴乃の”鏡子早く”の声が途中で止まる。私とて“救助を”と思ったが、その頃にはもう手遅れだった。
「笹山クン!!」
「笹山さん!!」
「「「「笹山先輩!!」」」」
笹山さんは、完全にあの液体に取り込まれてしまった。液体の肥大化は止まったものの、最終的に直径2.5メートルぐらいの球体となり、その中に笹山さんが閉じ込められる格好になった。
【わ~~~~~ん! 助けて~~~~~~~~~~~!!】
良かった、呼吸はできるみたいだ。だが、どうする。迂闊には近づけないぞ。
「今行くぞ笹山クン!」
「ダメです巻き込まれます!」
「ぐっ・・・!」
よく止めたセルシウス。尾峰を戦力して数えちゃいないが、助ける相手が増えるのは単純に面倒だ。
【センセ~~~~~~!! 厳木さ~~~~~~~~ん!!】
泣きそうな目で、液体の内壁(?)をバンバン叩く笹山さん。果たして、助けられるか。
次回:捕らわれた笹山さん




