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第71話:めんつゆオールスターズ

「厳木さん、何か良い案はありませんかね・・・?」


「そうねえ・・・」


 私が来ているのは、めんつゆ専門の調味料メーカー、株式会社世界めんつゆブラザーズ。

 “世界は、めんつゆの兄弟だった”をキャッチコピーにめんつゆだけを100年作り続けている老舗メーカーだが、スーパーで大手のめんつゆが並ぶ隅っこに1品だけ置かれているような会社だ。好きな人は好き、でもみんなが買うようなものではないといったところだろう。


 そんな彼らの商品ラインナップは豊富で、ざるそば用、ざるうどん用、そうめん用、親子丼用、すき焼き用など料理ごとにブレンドされている。

 全て濃縮タイプなのだが、何℃の水を何対何の割合で加えたあと何分後が最も美味しくなる、といったことがラベルに書かれているなど如何にめんつゆの力を最大限まで引き出すかが追求されたものになっている。


 が、大半のスーパーにはざるそば用しか置かれていないのが実情である。稀に個人商店で他のも見かけるが、それもほとんど売れてない。「1種類しか作ってないのに何故か”ざるそば用”と書いてある」とまで言われる始末だ。

 あろうことかラベルには「本品はざるそば用です。他の料理に使用した際は美味しくご賞味いだたける保証ができません」と書かれているのも拍車をかけている。


 売れない理由としてもちろん希釈方法のクセも強く、推奨している水の温度が、ざるそば用こそ12℃なのだが、3℃だったり40℃だったり、専用容器まで売ってマイナス10℃の水を・・・なんてのもある。

 更には特定のミネラルが入った水があると尚良しというのもあるが、消費者がめんつゆのためにそこまでするとは思えない。めんどくさすぎる。



 そんな彼らの所在地は架空都市線南端の登戸駅近く。惜しくも窓咲市から外れていて、神奈川県川崎市だ。

 近いこともあって2年前に技術協力依頼が来た時に引き受け、ベストセラーの天然水を冷蔵庫で冷やしたものを1:1で混ぜる、に全商品を統一して改良した。希釈の条件が面倒だったのは自覚していたらしいが、技術不足によりできなかったんだとか。


 まぁ私の手に掛かれば万事解決♪ こだわりの強い連中が首を縦に振るまで2年かかったが。

 ちなみに報酬は1000株。ぶっちゃけ株価の動きは冴えないが、毎年3万の配当が入るのと優待でめんつゆオールスターズ(全種類詰め合わせ)が届く。


 株主総会も荒れに荒れ、「ざるそば用1つに生産を絞るべきでは?」と言われ続けているが、「頼れる協力者により利便性を向上すると共に宣伝を強化する」で押し切り、というか押し切れずついに前回は協力者たる私が表に出るハメになった。



 で、今に至る。新生めんつゆオールスターズは完成した。あとは売るだけだ。だが、そもそも店に並べてもらえないという問題がある。となれば、自分たちで売るしかない。


「駅前でゲリラ販売でもしましょっか♪」


「ゲリラ、販売・・・?」


「そ。めんつゆオールスターズを持ってって、駅前の歩道橋広場で屋台販売」


 駅前には暇人がたくさんいる。さすがに目に入れば立ち寄る人もいて、中には買ってく物好きもいる。人間とは愚かなもので、来ちゃったし何か買わなきゃ・・・とか考えちゃう人も少なくない。


 総勢20種類を超えるめんつゆオールスターズには冷蔵庫に入らないという問題もあるが、プラごみで捨てれるミニボトルタイプも用意し、当然バラ売りもある。とにもかくにも、一度試してもらわなければ世界めんつゆブラザーズの底力が分かってもらえない。という訳でゲリラ販売だぁ!


「しかし、そんなことをすれば問題になるのでは・・・?」


「問題になんてならないわよ。窓咲なら」


「でも警察が来たら・・・」


「警察も私の敵じゃないから大丈夫よ」


「それは大丈夫なんですか?」


「窓咲なら」


「はあ・・・」


 半信半疑の様子のブラザーズ面々。全員が視線を落として考え込む中、社長が顔を上げて言葉を発した。


「やむを得ないでしょう。いかんせん、何度交渉しても並べてもらえない。自前で店舗を構える余裕もない。ここはリスクを承知でゲリラ販売に踏み切りましょう」


 それに他の役員も続く。


「ですね。このままでは100年美味しいめんつゆを極め続けている私たちの魂が理解されないまま次の100年が経ってしまいます。ざるそば用1本で生き続けるよりは、この魂を懸けて死した方がよいでしょう」


「肚は決めた。虎穴に入らずんば虎子を得ず。警察やバッシングが怖くてめんつゆを作れるか!」


 はい決定。



 --------------------------------



 翌日。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! めんつゆを100年作り続けているブラザーたちの究極の逸品だよぉ!」


「ダシはカツオとコンブとその他もろもろ、そして職人の魂! 美味しくないはずがない!」


 元気のいい声は田邊さんとぽんぽんさんだ。売り子をしてもらうために呼んだ。いくらなんでも販売員が屈強なおじさんたちでは売れ行きに影響が出兼ねない。そこで、パフェを報酬に鈴乃とこの2人を呼んだというワケだぁ。


「よくもまぁめんつゆばっかりこんなに作ったものね」


「それは同感ね。手伝ってて私も思ったわよ。でも対価がもらえるからね。鈴乃も今日はパフェの分はちゃんと働きなよ」


「わかってるわよ。 ・・・美味しいめんつゆいかがですか~~!」


 なお今日の報酬は当然めんつゆを用意されたのだが、ぽんぽんさんの「スイーツだったら100倍頑張ります!」の一言でパフェになった。当のポンポンさんは、


「さぁめんつゆだよー! そばもうどんもフルーツたっぷりパフェに負けないほどの絶品になる最強のめんつゆだよー!」


 と、めんつゆを断りパフェを要求したとは思えない謳い文句で宣伝している。私たちもプロの女子高生だからな。約束には忠実でないと。


「へぇ、めんつゆ・・・こんな何種類も?」


「当ったり前だよお母さん! そば、うどん、そうめん、それぞれ素材が違うでしょ? だから素材に合わせたダシを使うことで旨味が最大限まで引き出されるの。

 あ! バッグにそうめん入ってるね! はい、そうめん用。これとお水を冷蔵庫で冷やして1対1で混ぜれば今までに食べたことのない究極のそうめんになるよ! 絶対にね!」


「そうかい? う~~ん・・・安物の乾燥麺だけど・・・」


「そんなの関係ナイって! 究極のめんつゆはねえ、素材を選ばないの!」


「ソバかソーメンかで変えなきゃいけないのにかい?」


「そこはホラ、素材のぉ~・・・種類が違うから! とにかくこれ買って! 絶対オイシイから!」


「そこまで言うなら、まあ・・・小さいのをひとつ」


「毎度ありぃ!」


 フッ、女子高生パワーは素晴らしいぜ。田邊さんはどうかね?


「いよっ、そこのお兄さん! めんつゆいかがですかー?」


「え、俺ッスか?」


「そっそそっそ。ほら、なんと総勢20種類以上!」


「20種類? いやめんつゆッスよね・・・どれも一緒に見えるんスけど」


「甘い! 甘いよお兄さん! パフェよりも、いやめんつゆよりも甘いよ!」


「そのめんつゆってパフェより甘いの?」


「そこはジョークだよ! とにかく、めんつゆはどれ使っても同じなんて甘すぎるよ。ダージリンとアールグレイが同じって言ってるようなもんだよ!?」


「え・・・!? そんな、俺はなんて・・・めんつゆに対して失礼なことを思い続けていたんだ・・・! めんつゆオールスターズ350mL瓶、1セット買わせてくれ!」


「さっすがお兄さん! わかってるぅ~!」


 絶好調だぜ。


「すごいわね・・・」


「なんのために連れて来たと思ってるのよ」


「何があの2人をあそこまでめんつゆ愛に溢れさせるの?」


「パフェね」


「現実は切ないわね・・・」


「ささ、私たちも売るわよ。 ・・・さぁさぁ我らめんつゆブラザーズ! これを使えばあなたもブラザー! 兄弟となってめんつゆを愛そう! お店には並んでない逸品ばかりだよ!」


 こんな調子でノリに任せて販売を続けた。女子高生が店員をやっているというだけで人が集まってくるものであり、やがて人だかりができるまでになった。もはや商品説明をする時間もなく、とにかく客の「これちょうだい」に合わせてレジを回す状態になった。めんつゆブラザーズ社員たちもてんてこ舞いで、私たちの手元に商品が無くならないよう慌ただしく動き続けている。



 そして、その時はやってきた。


「何をしているのですか。ここでは無許可での物品販売は禁止されていますよ」


 警察だ。これだけの人だかりにもなれば当然か。その場が盛り上がってるにしても素通りする人はいるし、迷惑に思って交番に行く人もいる。これは時間の問題だった。


「厳木さん、またあなたですか」


 古川だ。


「知ってて来たんじゃないんですか?」


 駅前の交番に古川はいない。私がいることも伝えられて、私担当である古川が派遣されたのだろう。あとの2人は交番の人かな。


「あなたこそ、こうなると分かった上でこんなことをしてるのでしょう。これは警察に対する挑戦状と受け取らざるを得ませんね」


「あーやだやだ、最近のお役人ときたら好戦的なんですから」


「好戦的な女子高校生がよく言いますね」


 会話の内容だけはピリピリしているが私たちにとっては挨拶である。でも集まってた客は少し距離を取り、ブラザーズの面々は“恐れていた事態が・・・”という感じで怯えている。せっかく盛り上がってたのに水を差すなんて、どんな神経をして警察官なんてやってるんだか。まぁ客の方は窓咲市民だから私が警察に囲まれるぐらい何とも思わないだろうが。


「それで、用件はなんですか?」


「そんなことあなたも理解しているでしょうけど、まず、何故こんなことをしているかを聞きましょうか」


 この場の責任者は私ではなくめんつゆブラザーズ社長なのだが、私がいる時点で古川の目は私にしか向かない。


「めんつゆです」


「見れば分かります」


「めんつゆの何を知ってるんですか?」


「・・・何が言いたいのですか」


「私たちは、ただ金儲けのために売っている訳ではありません。これまで日本の、いや世界の食卓を支えてきためんつゆの秘めたる最大限の力を引き出すことに成功したので、それを多くの人に知ってもらうために、こうして販売を行なっているのです」


「それは素晴らしいことだと思いますが、やり方に問題がありますね。無許可でお金の動くやり取りをするお店を構えるのが認められると思っているのですか?」


「許可なんて出るんですか? 個人の農家や八百屋さんならまだしも、普通に活動している一般企業に。出すつもりもないものを、私たちが手続きを省いたみたいな言い方しないでもらえます?」


「企業として活動されているのであればそれに沿った販売方法を検討すべきでしょう。あるいは、無償でのサンプル配布であれば許可も下りるのではないですか? これでよく“お金儲けのためではない”なんて言えますね」


「職人の魂をタダで売れと? 冗談じゃないですよ。100年かけて、めんつゆとだけ向き合って、日本の伝統料理をより美味しく食べられるようにと、カツオを削り、体力を削り、寿命を削り、試行錯誤を重ねてここまでのものを作り上げたんです。無償配布なんてしてしまえば、それだけで職人の魂が安く見られ兼ねないんですよ。試してもらうことが重要というのは大いにありますが、お金を取るからこそ伝わる“めんつゆ1滴の重み”というものがあるのですよ。

 濃縮しているのはダシだけではありません。これまで削ってきた寿命、めんつゆに捧げてきた私たちの想い、人生、ここに至るまでの100年が、この液体のひとしずくに詰まってるんですよ。このボトル1本に全てを詰めるのが、私たちめんつゆブラザーズなんです!」


「「「おぉ~~~っ」」」


「いよっ! 鏡子ちゃん! それでこそニッポンの職人だ!」


 なんか味方が付いたのが、この程度で引き下がるような古川ではない。


「・・・前線に立っているのが女性のみのようですが?」


 そうだね。ブラザーズ社員の面々は裏方に回っちゃってるね。しかも警察が来たことで余計に引っ込んだ。


「では私たちが“めんつゆシスターズ”として自力で作っためんつゆを売るのは認めてくれますか?」


「未成年なら尚のこと、食料品の生産と販売をさせる訳にはいきませんね。せめてフリーマーケットにしてください。もちろん、民間企業の製品の販売や宣伝は認められませんが」

(これ以上厳木さんの建前を聞いてもしょうがないわね)


「正規での販売ルートで私たちブラザーズの想いを伝える場がないからこうしてるんですよ」


 そろそろ片付けにいくか。古川に何を言ったところで“どうせ報酬もらってやってるだけの癖に”としか思われない。まぁ実際、ブラザーズの本心はどうあれ私はそうなんだが。


「その手段が強引だと。そもそも、めんつゆが素晴らしい調味料だというのも個人的思想の1つに過ぎず…」


「あーーっ!! ぽんぽん何やってんの~~?」


 私と古川が色々と言い合っている場に1人のギャルが割って入った。無論サクラで、パフェで動員したぽんぽんさんフレンズだ。


「ちょっとあなた…」


 古川が詰め寄ろうとした瞬間に、


「なにやってんの~? 早く駅行くよ~~? あっ、ぽんぽ~~~ん! どったのバイト?」


 ぽんぽんさんフレンズその2を投入。古川がいることもお構いなしに、めんつゆを手に持つぽんぽんさん&フレンズその1のもとに駆け寄った。


「あの、ちょっと今取り込…」


 まるで古川なんてその場にいないかのように、3人は会話を始めた。


「そそ、バイトバイト。知ってる? めんつゆブラザーズ。アタシも初めて聞いたんだけど、めっちゃポヨいのココのめんつゆ。飲んでみる? そうめんもあるから」


「え、でもいいの? 売りものでしょ?」


「あのですね、そもそもこの場での販売許可が…」


 古川も勢いがなくなってきた。そしてガン無視で続けるぽんぽんさん&フレンズ。


「いいのイイのブラザーズは優しいから後でちゃんと説明すれば。とにかく激ポヨなめんつゆを試してみてよ。キョンキョンそうめん出して!」


「はいよ」


「厳木さんあなたは私との話の途中だったはず」


「邪魔しないでください今いいところなんで」


「いいところも何もこちらは公務のまっさいちゅ…」


「キョンキョンありがと~~!」


「う、ちょっと・・・」


 小型クーラーボックスを召喚するとぽんぽんさんが駆け寄って来た。中には適正温度に保たれためんつゆと水、そして既に茹でてあるそうめんがある。後は任せよう。


「2人ともまじビビッてポヨるよ! ブラザーたちの100年の汗と涙の結晶なんだから!」


「ぽんぽんそんなこと言って~。たくさん売るほどバイト代もらえるだけなんじゃないの~?」


「どうせ小腹すいてるからもらうけど、後でバイト代でパフェおごってよね!」


 そんなこと言ってるこの人もサクラなのでパフェがもらえることは既に決まっている。


「2人こそ、そんなこと言ってられるのも今のうちだよ~~?」


 そして、ぽんぽんさんにより至高のめんつゆwithそうめんが振る舞われる。2人が取る反応は、言わずもがな。


「んん~~~~~~っ!!」

「やっば~~~~~~~~~~~~っ!!」


 まるで、超絶品パフェを食べたかのように目を見開いてお互いを見ている。そしてぽんぽんさんは得意げな笑みでそれを見る。


「どうよ~~。世界めんつゆブラザーズのジツリョクは」


「もうヤバいヤバい! 100年の血と汗と涙と寿命はダテじゃなかったね!」


「それなのにどこのスーパーにも置いてもらえなくて、こうして駅前で売るしかないんだって。かわいそうでしょ?」


「え、マジ!? これ売ってくれないとかスーパー何のためにあるの?」


「でも知名度上がったら置いてくれるかも知んないからさ、拡散してよ!」


「しちゃうしちゃう拡散しちゃう!」


「これでぽんぽんのバイト代が増えるにしても関係ない! もうパフェなんていらないよ~? さっきの冗談だかんね!」


 めんつゆブラザーズの面々は世界中から、それこそパフェに100年捧げたような人が作ったものを準備するように。


 と、ここで、


「あの、皆さん、申し訳ないのですが」


 さすがに古川も強引に割って入る手段に出た。だが、それで何とかなるとは思わないことだな。


「ん? あれま、警察? どうしたんですか?」


「こちらの販売はですね、現在許可がなされていないという問題がありまして」


「こんなに美味しいのに?」


「いえ、美味しさの問題ではなくてですね・・・」


「こんな美味しいのに売っちゃダメって何でですか? あ、食べます?」


「食べません。ダメな理由はモノの質とは関係なくてですね、自分たちの思想、技術、あるいはそれを形にしたものを世間に知ってもらうには所定の手続きが必要になってましてですね・・・」


「でもそれもケーサツの人の思想ですよね? 手続きさえすればマズいものでも売っていいって方が変じゃないですか? 美味しいものはオッケーで、マズいものはサヨナラ。それでいいじゃないですか」


「質の悪いものは現行でも自然に淘汰されていくでしょう。それに手続き云々の話は思想ではありません。公けに定められたルールです」


「それもギインの人が決めたことですよね? 勝手に決めたことを押し付けないでくださいよ~~」


「議員は選挙によって選ばれています。他でもない、あなたたち市民の投票によって」


「アタシ選挙権ナイんですケド」


「っ・・・・・・」


 さあ、どうする古川。てか何を言っても無駄だ。ぽんぽんさんフレンズを納得させる言葉を持ち合わせているにしても、こっちは今から次の段階に移行するし、警官を増員するにももう間に合わない。


「あぁ~~っ! あったあったバズってためんつゆ! まだ残ってるよね~~?」


「急ご急ご! あんな野良販売すぐに無くなっちゃうよ!」


 更なるサクラの投入だ。それも、1人や2人じゃない。


「やばっもう人集まってる! ダァッシュ!!」


「私もうめんつゆブラザーズ買うまで眠れないよ!」


「ブラザーズを買うんじゃないよ! ブラザーズになるんだよ!」


 パフェをダシに協力を募った女子高生たちが、こぞってこの場に押し寄せて来た。


「ちょっと、何事・・・」


 古川たち警官3人が、女子高生の波に呑まれていく。こうなったらもう、サクラも必要なくなる。


「え、何あれ? シャンプーの無料サンプル?」


「可愛い雑貨かもよ? 行ってみようよ」


 女子大生を始めとした若い世代の女性はもちろん、


「おいアレめんつゆだってよ。俺たちも行って良くね?」


「あんな女子人気あるめんつゆってどんだけヤバいんだよ」


 SNSで情報を得た男の若者、


「ママー、あれ行ってみたーい!」


「めんつゆだって噂ねえ。若い子が集まるなんて気になるし、行ってみようかしら」


「我が家も行くぞみんな。きっと良いものに違いない」


 そしてファミリー。この場にいる大半の人がめんつゆを求めて群がり始めた。何故か分からないのだが、若い女性の間で話題になっているというだけで世間は食いつくものである。こればかりは本当に不思議なのだが、人間心理は私の専門外。そうなるという事実だけを受け止めて利用させてもらおう。


「待ってください。この場は・・・う・・・」


 もはや私にも手の付けられない状態になり、古川たち3人は奮闘も空しく人混みに呑まれ始めた。こうなると増員を呼ぶ意味もなく、自然に収まるのを待つ判断になるだろう。

 古川の姿が完全に見えなくなる直前に目が合って、その時彼女は全てを察したような睨みをきかせてきた。


 悪いね、古川。あんたは正しい。だけど、正義が勝つとは限らないのが世の中だ。倫理観を捨てた者、あるいは初めから持ち合わせていない者が勝つのが現実さ。


「田邊紀香16歳、めんつゆブラザーズのうた、いっきま~~す!」


「「「わーーーーっ!」」」


「ん゛ん゛っ。・・・スーーッ、

 せ~か~い~めんつゆ~ブラザ~ズ♪ まいに~ちの、しょ~~くたくに~~

 こ~れいっぽんあるだけで~~♪ い~~~~ろどるラ~~~ンチ♪

 めんつゆ~ブラザ~ズ♪ れいぞう~こに~は~にじゅっしゅるい~

 りょうりが、ひ~ろ~~~が~~~る~~~~~~♪」


「「「わーーーーっ!」」」

「イェ~~~~~~ッ!」

「ヒューーーーーーーッ!」


「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」


「「アンコール! アンコール!」」


「「「「アンコール! アンコール!」」」」


「それじゃあ、いっくよ~~~!」


「「「「「わーーーーーーーーっ!!」」」」」


「わ~れ~ら~めんつゆ~ブラザ~ズ♪ ざ~るそば、うど~ん~、にくじゃが~~

 そ~れぞ~れ~のかたちで~~♪ お~~~~~どりだす~~~よ♪

 めんつゆ~ブラザ~ズ♪ せーかーいじゅ~うが~きょ~~うだいさ~~

 めんつゆ、ブ~ラ~~~ザ~~~ズ~~~~♪ 最後はみなさんご一緒に!」


「「「「「めんつゆ、ブ~ラ~~~ザ~~~ズ~~~~~~♪」」」」



 --------------------------------



 翌日。


【窓咲市より中継です。現在、窓咲市ではめんつゆが空前絶後の大ブームとなっており、ご覧のように朝早くからスーパーが大行列となっています。こちらで調べた限り市内ほとんどの場所でこのような状態となっており、一体めんつゆの何が窓咲市民をここまで動かしたのか、早速話を聞いていきたいと思います。

 すみませ~ん。おはようございま~す。お早いですねえ。そんなに凄いめんつゆなのでしょうか?】


【それだけは間違いない。わしゃ80年生きて来たがこんなウマいめんつゆ食べたことがない。何で今まで知らなかったのかは自分を責めてやりたいわい】


【そうなんですか! お年寄りの舌をも唸らせるほどの逸品ということですね。 若い方にも話を聞いてみましょう。おはようございます~】


【おはようございまーす! 昨日めっちゃバズっててえ、試しに買ったらホントもう凄くって、夏休みはめんつゆ三昧だーってオトナ買いしに来ました! でもこの調子だと1人1本とかになっちゃいそうですね~】


【ですね~。私も話題の品の行列、というのは何度かレポートしたことがあるのですが、めんつゆで、というのは初めて聞きました】


【【ううぇえ~~~い!】】


【あぁ~っはっは・・・後ろにいた方がカメラに入って来ました。朝からお元気ですね】


【【めんつゆ、ブ~ラ~~~ザ~~~ズ~~~~~~♪】】


【本当の兄弟なのでしょうか。息の合ったデュエットを披露しています。さて本当は店長さんからも話をお聞きしたかったのですが、仕入れ作業に追われてそれどころではないとのことでした。

 なんでも、昨日のうちから要望が殺到してメーカーの方に急きょ頼んだそうです。メーカーも在庫だけでは足りず、夜を徹して生産を回したという話ですよ】


 その日から1週間、世界めんつゆブラザーズの株価は毎日ストップ高だった。

次回:地学部合宿!

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