第65話:新生! コバルトブルー池!
「あ・・・が・・・」
私は、緊急用の救護エリアのマットに横たわっている。泥まみれになったはずだが、雑に水洗いでもされたのかビショビショだ。
「自業自得だな」
「全くよ。たかだか小学生の挑発に乗って行政の指示を無視するなんて」
散々小学生の挑発に怒鳴り返してた鈴乃に言われたかないね・・・つか、いってぇ。クーロン君、手加減ゼロだっただろ。彼も泥まみれになったろうに、今はサッパリした様子で君津にもらったであろうタコ焼きを頬張ってる。そして、
「あ、たた・・・」
隣では、私が始末した司会者が横たわっている。いい気味だ。
「よくも、やってくれましたね・・・」
「何がですかぁ? まさか公務員が市民のことをバカだとかロクでなしとか罵ってくるなんて思ってませんでしたしぃ~?」
「くっ・・・」
いくら私が台本を無視したからって、ねえ? そんなこと言っちゃっていいのかな~? それ以前に、市が電子部品屋に金回して特定の市民への商品に爆弾混ぜるとか完全にアウトだからな?
「ま、まあ今回はお互い様ということにしましょう。あなたもその有り様ですし、スッキリしましたよ・・・」
こいつ・・・ホントに公務員なのか? てかサクラの参加客はともかく、正式に役割が与えられてるこいつは休日出勤扱いになってるだろう。それで寝てるとかナメてる。しかもアンタ単にロボに掴まれて泥に漬けられただけじゃん。働けやコラ。
「おい、厳木。あと10分で休憩も終わりだぞ。起きる準備をしておけ」
「またまたぁ~。こんな状態になってる女子高生を働かせる気ですか?」
「準備をしておけ」
問答無用。なんて奴だ・・・しかもこうなったのアンタのせいだからな。爆弾だけで済んだのならこうはなってない。
しかし無情にも、時間になったらベッドから引きずり出された。
「うわーーん! 昼間っから先生が寝かせてくれませーーん!」
「お前が叫んだところでどうにもならないぞ」
鬼め。
さていよいよ池を元に戻していく。底は石で固められたりはしておらず土なので綺麗にするにも限度があるのだが、私の手に掛かればそんなことはない。
まず、表面1メートルの泥は全部除去。あれだけのゴミがあったから汚い油とかも混ざってて、捨てた方がマシだ。そして私特製の砂を新しく入れるのであ~る。もちろん自然由来の成分だけだよ? 汚染物質が分解されるよう色々と混ざってるだけであって。
シュコォォォ~~~ッっと、私のポンプで泥が吸われていく。結構な粘度だったが私のポンプならヨユー。
「「「おおぉ~~~っ」」」
事故防止のため全員池から出て待機だ。私も自分の存在価値をアピールできるってもんよぉ。もっとも、睨みを効かせて来る奴の方が目につくが。
計画段階では私を嫌う派閥から“あんなヤツに頼るな!”という声も出たらしいが、今日中に全ての作業を終わらせることを優先し市側が押し切った。こんな広い池、市販のポンプでやろうと思ったら100台あっても足りるかどうか。しかも子供たちなんてスコップでせっせとやるしかない。
それに、善良な市民がタダでやってくれると言ってもねえ、自治体も早く終わらせたいんだよ、こんなの。
「ほんと、余計なことさえしなければ鏡子は超善良市民なのにね」
「ところがどっこい。役に立つものを作れる人ってのは、余計なことをする生き物なのよ」
「何でなのよ・・・」
「そりゃもう発明家のサガよね。余計なことをする精神が、発明を生むのよ」
「どこかに、余計なことをしない発明家はいないのかしら」
「いないんだな~それが」
「鏡子が余計なことをしなくなるだけで良いはずなのに・・・」
無理だね。
さて泥はある程度吸い上げたが、特に見た目が変わる訳ではない。でも表面付近のとりわけ汚い部分は除去できた。そこに鏡子ちゃん製の砂を投入。スキー場の降雪機のように、これまた私特製の機械でブワァーーッと撒かれる形で池に降り注ぐ。岸から届かない分は大量のドローンで撒く。
「「「おおぉ~~~っ」」」
岸には池をぐるりと囲むように10台、さらに何十台というドローンもあり、中々に壮観なものになっている。砂も白くて綺麗なのにしたからな。
それも10分ほどで終わり、ついに水を投入。液体だから外周から注いでくだけで自然と馴らされていく。でもせっかくなので斜めに打ち上げて噴水みたいにしている。参加者が退屈しないようにするのも大変だぜ。
【ある程度の深さになったらボートを出しますので、皆様ぜひこの噴水の中に入ってみてください。ライフジャケットの着用はお忘れなく!】
「わ~~~~い!」
「浴びたら気持ちよさそ~~!」
ん~~~~っ、夏だねえ。
水が溜まってくるとボートが下ろされ、浮き輪やらイルカボートやらを持ち込んでた人なども飛び込み、プール状態になった。水深何メートルにもなるのでスタッフたちはてんやわんや。でもこりゃもう”泳ぐな”と言えるような雰囲気じゃない。事故が起こらないように頑張れ、公務員♪ ま、ライフジャケットあるから大丈夫っしょ。
てなワケで私も遊ぶよ? 水撒いてる装置の1台をスマホでチョチョイっと操作して? 仲睦まじいカップルをロックオ~ン!
「うわっ!」
「きゃあぁぁっ!」
おいおいカレシぃ、我が身だけ防御かよぉ。そんなんじゃフラれちゃうよ?
「何しやがんだこの! 俺にトモミを守れる力があるワケないだろ!」
「それでも守ってぇ!?」
なんて堂々と情けないことを言うんだあいつは。面白かったからいいけど。よーし次は、付き合う前ぐらいのウブな奴らを狙おうかな。そりゃっ。
「させない!」
「佐藤さん!!」
なんとまあ、女の方が前に出て大の字で盾になったぞ。男が草食系っぽかったから、そっちが盾になればギャップ萌えを演出できるかと思ったのに。まあいいや、耐えられるもんなら耐えてみな。
「あぁっ!」
ふん。ちょっと威力上げただけでそのザマか。水に押されバランスを崩した女は後ろにいた男の方に倒れ込み・・・
「「あっ・・・」」
倒れながらも守ろうとしたのか、上から覆いかぶさる形になった。
「佐藤さん、その・・・」
「ん・・・っ」
え、なに甘酸っぱい雰囲気出してんの。沈んでみる?
「「わああぁっ!」」
ザッパーン。転覆させてやり、2人とも池に転落。ライフジャケットですぐに浮かび上がってきたが、
「さっさささささささ佐藤さん・・・!」
「がっがががががが我慢して・・・!」
ライフジャケットがあるというのに、女の方が両手でがしっと男の二の腕をつかんで離さない。中々に過保護そうな女も湯気が出そうなほど赤面している。
「がっがが我慢してるとかじゃなくて嬉しんだけど佐藤さんがあまりに近すぎてその・・・」
「うっうぅ嬉しいとか言われると私もその色んな意味で我慢できなくなっちゃうというかその・・・」
なんなの。ライフジャケット切り裂いてやろうか? もっと密着したいだろ?
「何してるのよ」
「あっ」
鈴乃にスマホを取り上げられた。
「カップル成立しそうなうちにやめときなさいよ」
「このまますんなり行かれるとつまんないじゃ~~ん」
「あれはどうあってもダメにはならないでしょ。もう十分にいいもの見せてもらったし」
鈴乃もちゃっかり楽しんでたんじゃねえかよ。
「お前らなあ・・・他人ばっかり観察してないで自分も相手を探したらどうだ。夏休みだぞ」
君津だ。女子高生のプライベートに切り込んでくるとは失礼な奴め。
「そういう先生こそ、そろそろお嫁さん探したらどうですか?」
「大人には大人のペースがある」
「女子高生にも女子高生のペースがあるんですよ」
「お前は男より発明ってだけだろ・・・」
「でもホントに顔を鑑賞させてもらう以外求めるものがないんですよね」
「そう言ってるような奴こそ、男が1人できるだけで変わるんだけどな」
「そりゃそうですよ。その時は発明よりも向き合える存在に出会ってることになるんですから」
「こんな話を吹っかけておいて難だが、想像できんな・・・」
だろ?
「そもそも男子高生なんて可愛いカノジョに頼られたいだけでしょうし」
「またそんな偏見を・・・まあ大人の男も似たようなもんだけどな」
「いいトシして女の腰に手ぇ回してるの見るとうげぇ~ってなりますよね」
「大目に見てやれ。若者だけの特権じゃないのさ」
まぁ若者でも見苦しいけどな。俺のものアピールしてるように見えて。とか言ってると、独り身の強がりみたいになっちゃうんだよな~。
「鏡子の場合、カップルにイタズラ入れたりするから尚のこと僻みに見えるわよね」
「でも楽しいんだよねカップルおちょくって遊ぶの」
「ほんっとその性格をなんとかしなさいよ」
む・り・だ・ね。
さて、「ね~ちゃ~~ん! こっちも水~~!」などと言われながらガキを池に落としたり、私を嫌ってそうな奴をドローンで池に投げ込んだり、クーロン君に気合砲だけで水をかき消されたりしながら過ごし、やがて元通りの深さまで水が溜まってきた。
「すっご・・・どこかの観光地みたい」
いやぁ~~っ、いい色になったねえ。ミネラルの粉は10種類作ってて、溜まってく水を見ながら混ぜる粉を変えたりもしてたけど、中々のブレンドになったみたいだ。水色に、ちょっと緑が混ざったような澄んだ色。これはコバルトブルーって呼んでもいいんじゃないですかね。
一部の派閥が“なんだこれは!”とか突っかかってきそうな気もするし、何ならもう既に喚いてる奴もいるが、知らん。自分好みにする特権ぐらいなきゃ、つまんないからね。
「キレイだけど、毒とか混ざってないでしょうね?」
「私を何だと思ってるのよ・・・」
「マッドサイエンティスト」
「合ってるけど、さすがに中毒でも起こされたら仕事こなくなっちゃうからね」
「微妙にバランス取るとこもヤラシイわよね」
「バランスは大事よ。仕事が来てこそ楽しめる発明家人生なんだから」
「鏡子のことを毛嫌いする人の気持ちも分かるけどね」
「そぉんな奴らは無視ムシ。仕事が無くならない限り考えを改める必要なんてないわよ。私を頼る人は定期的に現れる。それが全てよ」
「頼らざるを得ない時があるのが腹立たしいのよね・・・」
知らん。そんなのはそっちの勝手だ。気に入らないなら頼らなければいいだけの話。私のことを毛嫌いする奴らの方がよっぽど理に適ってると言えるね。まぁ私もそいつらのこと嫌いだけど。
【それでは皆さ~ん! 魚を池に戻していきますよ~~!】
コバルトブルーの池が多くの人で賑わうなか、退避させていた魚たちが戻されていく。うっひょ~~。水族館みたいだなこれ。潜水機能付きホバーなんてもう行列。夏休みいっぱいは予約制になるんじゃないのか? レンタルのおっちゃんからの小遣いが楽しみだ。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
「ん?」
おやおや、これはこれは、今日の作業で意地でも私の道具に頼らなかった皆さん。
「随分と綺麗な池にしてくれたね? 素晴らしいよ」
「そりゃどーも」
お気に召したようで何よりだ。
「この出来栄えは何点だい?」
「そりゃもう100点以外に付けられようがないですよ。私、完璧にやったんで」
「そうかい、そうかい。100点にできたってことは、自分が落ちちゃっても問題ないってことだね?」
もちろん♪ ただ、もしアンタらに落とされたらそれは納得いかないけどね。シャキーンっとロボットアームを取り出して臨戦態勢に入る。
「いつまでも自分が一番だと思うなよ?」
一番だと自称した覚えはないさ。誰よりも“厳木鏡子が一番”だと思ってるのはアンタらじゃないのかい?
「相手は単なるトンデモ発明家1人! ここで一矢報いようぞ!」
「「「うおぉーーっ!」」」
その“トンデモ発明家”に、アンタらにやられるような腑抜けはいないのさ。
「せっかく100点にできたから、おじさんたちもたっぷり堪能してね」
「減らず口を!」
おじさんたちは喋れなくしてあげるよ。
「やっちまえぇーーーっ!!」
こうして、多くの市民が池で憩いの時間を満喫する中、一部の区画では殺伐とした争いが始まった。
「楽しそうだナ! オラも混ぜロ!」
当然のごとく乱入者が現れ、当然のごとく市民にも被害が波及したりしながらも、まずはオッサンどもが沈み、次に私が、ロボットアームをクーロン君の「奥義! 昇滝天針 (ショウロウテンシン)!」に千切られ私自身も投げ落とされた。
私はロボットアームを千切られた驚きで気付かなかったのだが、どうやら昇滝天針でかなりの量の水が打ち上げられたらしく、その水の落下による衝撃でほとんどの市民のボートが転覆した。
人がドボドボ落ちてくる様子を池の底から見るのは中々に面白い光景だった。これだけの被害が出りゃどうせ君津に怒られるんだし、もうちょっと眺めてるか。ほら、皆さんも、目を開けたらたくさんの魚が見れますよ? 潜水艇で窓越しに見るだけなんて、もったいない。
で、潜水艇の人たち? 私は見世物じゃないですよ?
次回:頭のおかしくなる帽子屋




