第63話:コバルトブルーを目指して
「やぁ鏡子ちゃん。ホバークラフトはもうバッチリかい?」
「そりゃもう♪ カンのペキのロンよ」
今日は、窓咲公園に来ている。池のボートのラインナップに私特製のホバークラフトを作ったのだが、潜水モード中でも屋根が開いてしまうという仕様だったために修正した。またまだ夏休みも序盤。いい稼ぎになるだろう。
「今度こそ大丈夫なんでしょうね・・・」
鈴乃も一緒だ。試運転の時に一緒に水没した仲だもんね。
「当ったり前じゃん。私を誰だと思ってるのよ」
「鏡子だと思ってるから不安なのよ」
だから人を何だと思ってるんだよ。
「だいじょぶダイジョブ、まぁ見てなって」
「ホントに見てるだけだからね。行ってらっしゃい」
という訳で、私1人でホバーに乗せられて試運転。鈴乃とおっちゃんがタブレット画面で私を監視するなか、潜水モードにチェンジして池に潜る。いつも私がコバエ形ドローンでウォッチングする側なんだが、逆の立場になるとあまり気分のいいものじゃないな。だからこそ見る側になるんだが。
【まず、この前と同じようにモードチェンジのやつ押して】
鈴乃から指示が下りる。前は、モードチェンジボタンを押すと水中でも屋根が開いたためにとんでもない目に遭った。真っ先にそれを確認するのは当然のことだ。
カチッ、カチッカチッ。
何回かボタンを押し、それでも何も起こらないことを示す。水面に出ないと反応しないように改良した結果だ。
【そこは良いみたいね。じゃあ次は・・・】
私のことが信用ならないのか、その後もいくつか注文が入って言われた通りにした。もちろん何も起こらなかった。全てを終えて、再び陸に戻る。
「今度は大丈夫みたいね」
「だから言ったでしょ・・・」
なんせ、このボート乗り場の売上げが伸びればおっちゃんからの“お小遣い”が増えるんだ。テキトーなモンは作らんさ。
潜水機能付きのホバーができたのは良い。だが、せっかく潜れるようになったのに水中の景色が悪いのはもったいない。
「そんじゃ本題に入りましょっか。池の水、抜くことは決定事項だけど流れをもっかい確認するわよ」
ここへ来た目的はもうひとつ、池の水質改善だ。今日から明後日の3日間にかけてボート貸し出しを休業し、池の水を抜いて外来種の駆除とゴミ拾いをする。今日で水を抜き、明日で駆除と掃除して最終的に復元する。この一連の作業をかいぼりと言う。
夏休み前には市民にも告知されていて、明日は土曜日なのでタダで働いてくれる親子がたくさん来るって寸法よぉ。もち、私は水抜き等への協力で商品券などの謝礼がもらえる。おっちゃんからの“お小遣い”とは別に。
「よろしく頼むよ鏡子ちゃん。この夏休みの売上げが懸かってるからね」
夏休みに突入してまだ1週間。泳げはしないものの涼を取りに、池には客が来るのでおっちゃんとしても稼ぎ時だ。
「まっかせてよ。私にかかればコバルトブルーになるんだから」
「大丈夫なんでしょうね・・・」
水を差してくる鈴乃のことなんて気にしない気にしない。
再び、今度は3人でホバーに乗り込む。
「んじゃ、どんだけ酷いか改めて見て回りましょ」
以前のホバー試運転と今日の2回潜った印象から言って、潜る価値が大してないほどには汚い。遠くまで見渡すなんて無理だし、ザリガニがいるのは良かったがブルーギルとかの外来種もいる。ゴミも少なくない。
「うっわぁ・・・」
あれから3ヶ月ちょい、鈴乃も引いてるように相変わらずだった。
「いやぁ、見苦しいものを見せて申し訳ないねえ」
ホントだよ。
「人が落ちちゃうことだってあるんだから、もうちょっと綺麗にしてて欲しかったわね」
「人が落ちたのは鏡子ちゃんが絡んだ時だけだよ・・・」
そりゃ失礼。だがこれではせっかくの潜水機能も宝の持ち腐れだ。
「こりゃ掃除のし甲斐があるわね。ブルーギルも何匹いんのよ」
「ねえ、水抜いたら外来種以外も死んじゃうんじゃないの?」
「だから一旦ヒザの高さぐらいで止めるのよ。んで、みんなで捕獲大作戦。その後で水を完全に抜いちゃうから、在来種も水槽に移して避難させとくのよ」
「なるほど・・・」
何を考えてるのか、顎に手を当てる鈴乃。
「泥まみれになるからジャージか何かで来ることね」
「作業着の貸し出しもあるよ鏡子ちゃん?」
「あんな動きにくいのはヤ~よ。自前ので来るわ」
言うて明日は水槽周りの管理で手一杯だろうから大して作業はしないけどね。どろんこ遊びでワイキャイする子供たちの楽しみを奪うのも良くないし!
きったねぇ水の中を修理後のデビューしたての船で巡り、デカいゴミの位置とかをメモっていく。
「自転車はともかく冷蔵庫まであるのね・・・」
全くだ。十年は掃除してないだろここの池。
見回りを終えたところで外に出た。
「いやぁ~、やる前からゴミの場所まで分かるなんて、大助かりだよ」
そのゴミを減らす努力をして欲しい限りだが、お陰で図書カードとか商品券がもらえるからいいや。しっかしこの商品券、市内の個人営業店限定か・・・ちゃっかり市民に還元させようとしやがって。
ま、タダで工具とか買えるんならいいか。その分は働こうではないか。
「そんじゃ2人はこれを池に入れて」
鈴乃とおっちゃんにそれぞれ、太いホースを渡す。
「オッケー。これで水を抜くのね」
「そ。私はホバーで回って来るからよろしくぅ」
岸辺は2人に任せて、私はポンプから出てる大量のホースの先を船に積む。池のほぼ全域にわたってホースを散りばめ、まとめてギュィィンっと抜いていくのだ。ホースの入口に網目があるので魚は吸わない。
「ほぇぇ~~っ」
みるみる浅くなっていく池に、鈴乃が間の抜けた声を上げる。
「いやぁ~っ、鏡子ちゃんがいると作業がはかどるねぇ~っ」
「珍しく市から直接もらえる仕事だからね、張り切っちゃうってモンですよ」
貧乏自治体とは言えど、自治体は自治体。握ってる額のケタってやつが違う。今回は商品券で手を打たれてしまったが。
「鏡子に渡る報酬はどこから出るのよ・・・」
「そんなの市の財源なんだから税金に決まってるでしょ」
「堂々と言わないで?」
「市が持ってる公園の掃除に協力して、市民の憩いの場を作る。税金を受け取るには十分な行いよ。業者に頼んだって金かかるんだから一緒だし」
そして、ボートの利用客が増えればおっちゃんからもらえる小遣いも増える。これは、私がやるしかない。
「でもそういうのって、いくつか業者に当たって安いトコ選ぶんじゃないの?」
「私の方が安いに決まってるでしょ。図書カードと商品券で済むんだから。私の破格の見積額を前に、担当者は他に当たる気をなくすわよ」
いや~ホントいつも私に回してくれる担当者がいるんだよな~。私に回さない奴は自分か市長の知り合いがやってる会社に回してると見ていいね。
「でもさ、個人の高校生に頼むってアリなの?」
「そんなの内部で黙認してるに決まってるでしょ」
「ホント堂々と言わないで?」
知りたくなかったなら聞くな。
「その“内部”ではどんな報告がされてるのよ・・・」
「作業そのものはボランティア。で、リニューアル記念イベントで商品券などが当たる抽選会を実施」
「その景品が全部鏡子に渡ってるってこと?」
「いちいち誰に当たったかなんて記録残さないわよ」
「抽選会はあるのよね?」
「あるワケないでしょ。その予算全部私への報酬に消えてるんだから」
「ホントふざけてんの? 普通にダメでしょ」
「良し悪しなんて市が決めるんだから、市がオーケーって言えばオーケーになるのよ。 “抽選会”の文字も市民に見える場所には出ないし」
「はぁ、あたしの税金・・・」
いいじゃないかイイじゃないか、商品券が使われた店には券面と同額が還元されるんだから。私にしか商品券が来ないから私の贔屓にしてる店にしか還元されないが、知ったことではない。市がマジで抽選会をやれば良いだけの話だ。
「ウチの市が腐ってるのなんて今に始まったことじゃないでしょ。気にせず作業するわよ作業」
「腐らせてんのは誰なのよ・・・」
そりゃ懐が潤ってる人たちでしょう。私がいなくたって窓咲は腐ってると言える自信があるね。市長の知り合いの土木会社に大金が渡るよりマシだと思ってくれ。
やがて、水が膝丈ぐらいまで減ってきた。今日のところはここまでだ。
「それじゃあ鏡子ちゃん、明日はよろしくね」
「おっちゃんこそ、よろしく頼みますよ~? こっちの方をね」
私は手でマネーサインを作りながら言った。
「さっ・さ・と・か・え・る・わ・よ」
「分かってるって。今日の仕事はもう終わったんだし」
これ以上ここにいても金になんないんだから帰るに決まってるだろ?
鈴乃とも別れ、家路に着く。帰宅するなり私はラボに向かった。明日までに用意せねばならないものがあるからだ。
「こ、んど、っは、こっ、ち、かな~♪」
歌いながら、小袋に入った粉末を取り出す。薬でもなんでもなく、ミネラルだ。あの池は多分、掃除したぐらいではコバルトブルーにならない。だから特定の成分を溶かし込むことによって実現するつもりだ。実在する湖と同じ成分だから、本来あの公園の土壌にはない成分だが問題ない。外来種の魚を持ち込むよりずっとマシだ。
「う~~ん、まだイマイチかな~」
ちょっと青が濃すぎたか。次は違うブレンドでやってみよう。こうして、綺麗な青を追求する作業は、夜遅くまで続いた。
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翌日。
ずぼらな生活を送っているであろう夏休みにもかかららず、10時から多くの少年少女が集まった。土曜日だからか、お盆ぐらいしか休みがないであろう保護者も一緒だ。よくもまあ金ももらえないのに来れるもんだ。
あるいは、遊園地や動物園と違って金が掛からないから来てるのかも知れない。はたまた、市の職員が休日手当もないのに駆り出されてるのかも知れない。
でもまあ、何だかんだで子供たちはそれなりにワクワクしてるようだ。
「いやぁ~っ、子供たちの笑顔があると朝から頑張った甲斐があるねぇ~っ」
隣でおじちゃんが気持ちよさそうに汗をぬぐっている。今は10時だが、この池はヤマカガシなどの毒ヘビが出るので私らは8時入りして駆除作業をしていた。
「外来種の駆除も私がやればすぐなんだけどね」
「そこはほら、“ボランティア”のイベントだから」
おじちゃんが苦笑いしながら言う。そういえばそういう名目だったな。名目に載ってるはずの抽選会は行われないが。
「鏡子にばっかり稼がせる訳にはいかないのよ」
鈴乃も8時にここに来て、ボートにも同乗して作業を見守っていた。なぜ、何の報酬もなく夏休みに8時から働けるのか。
(誰かさんが毒ヘビをポケットに仕舞わないか見張るためよ) by 大曲鈴乃16歳
【それでは皆さん、今日はお集り頂きありがとうございます。これから・・・】
司会がメガホンを取り、つまんない挨拶と今日の一連の流れの説明をした。私らは今が休憩時間だ。市が用意してくれたホットドッグとミルクティーを口にしている。昼飯は、イベント参加者全員にそうめんが振舞われる。バーベキューぐらいすれば良いものを。
時間の無駄でしかなかった開会式的なやつが終わり、イベント開始。希望者は作業着に着替えに行き、そうでない者はTシャツなり水着なりで泥底の浅い池に入る。
「あ! 魚いた! つかまえろー!」
本当に、タダで働いてくれるとは、子供とは無邪気なものだ。などと考えていると鈴乃に怒られそうだが、大の大人だって子供を利用して金儲けしてるんだから同じだ。
「あたしたちもやるわよ」
「わかってるって」
いつまでも椅子に座ってミルクティー飲んでたら、それを見たノーコスト労働力がやる気なくしちまうからな。
かと言って私がガチでやると魚ジャンジャン捕まえちまうからそれでも皆やる気なくしちまう。ほどほどにしよう。モチベーション管理は大事だ。参加者が捕まえた魚を回収するための中型ドローンを10体飛ばし、私たちも池に入った。
「ほい、まず1匹」
網で捕まえていくことにした。棒の先に網を付けたものだが、ターゲットの下に忍ばせて手元のレバーを握れば巾着袋のようにキュッと締まって罠に掛かったウサギのごとく捕まえられる。この程度のことならば私がやっていても周囲は気にしない。鈴乃はせっせと手で捕まえておられる・・・。
「こういうのは、自分の手でやってこそ意味があるのよ」
「私にとっては、自分の手で作った道具で効率良く作業できる喜びの方が大きいのよ」
「つまんない人生よね、何でもできる発明家って」
「自分の発明で金儲けができるってのは、とっても楽しいことなのよ」
「ホントつまんないわね・・・」
いいじゃないか、喜びは人それぞれだ。この場にいる子供たちは楽しい時間を過ごす。私は市から報酬がもらえる。ウィンウィンだと思うね。
「あ、マドコーのヤベェねーちゃん! それ何だ!?」
ガキが来た。確かタカシっつったか。
「アンタみたいな悪ガキを捕まえるものよ?」
私は振り向きざまに網も回しながら、タカシに迫ったところでレバーを引いた。タカシは網にスッポリ収まった。
「うわー! やめろー! 食われるー! クスリのダシにされるーー!」
「人間の子供ってどんな味がするのかしらねぇ?」
「ぎゃーー!! 魔女だーー!!」
「何やってんのよ・・・」
私たちの様子を鈴乃が呆れながら見ている。
「スキンシップよスキンシップ」
私は網を開けながら棒も振り、タカシを放り投げた。
バシャン。
「ふぎゃっ!」
タカシは背中から池に落ちた。
「網で捕まえて放り投げるののドコがスキンシップなのよ」
「高校生が小学生の体をベタベタ触る訳にはいかないからね。時代に則した触れ合い方よ」
「高校生が小学生投げるのもダメでしょ・・・」
おっと、もうそんな時代になったのか。私としたことが時代に追いつかれてしまったな。
「いってー!」
ズブ濡れかつ泥まみれ状態で立ち上がるタカシ。
「やったなこのー!」
「ほーれほれー」
「ふぎゃっ!」
1回。
「あぎゃっ!」
2回。
「ごぱっ!」
3回。立ち向かって来たタカシをなぎ倒してやった。
「魚獲りなさいよアンタたち・・・」
言うて泥遊びしてるやつ結構いるけどな。
「こういうことしながら魚捕まえるイベントなのよ」
「そーだぞー、地味なねーちゃん」
「じ、み・・・?」
“それってあたしのこと?”みたいな反応を見せる鈴乃。そして苦笑いしながら、
「ヤバくない方のねーちゃん、って言おうか?」
と返した。ぶっちゃけ鈴乃も結構ヤバい方だと思うぞ?
「知るかー、これでもくらえー!」
「わっ!」
タカシはそう言いながら手で泥水を飛ばして鈴乃にかけた。腕を盾にするも、大して効果なし。
「あ、ん、た、ね・・・!」
ピキ、ピキピキ。鈴乃の眉間にシワが寄る。
「鏡子、それ貸して」
鈴乃は私の手から網を奪い取り、
「真面目に、働きな、さい!」
「あぁぎゃぁっ!!」
タカシを網に閉じ込めた上で、その場になぎ倒した。網はすぐに開かれ、私の手に戻された。タカシが肩から上を水面から出して、鈴乃を指差す。
「やっぱお前ヤバくなくないじゃん! ヤバい奴は友達もヤバいんだ!」
「さっさと行きなさい!」
「うわぁぁぁ!!」
頭からツノが出てるような剣幕で鈴乃が迫るとタカシは逃げ出した。
「あっちの方がヤベー! もっとヤベェねーちゃんだーー!」
「なんですってぇー!!」
今度は特に追わず、鈴乃はその場で叫ぶだけだった。
「全く・・・ホントに悪ガキね」
「今のはナイススキンシップだったわよ、“もっとヤベェねーちゃん”さん?」
「誰のせいだと思ってるのよ・・・」
子供に泥水かけられた程度で怒った鈴乃のせいだろ。あんなん子供の思うツボだって。あいつぐらいだとちょうど、ねーちゃんと遊びたい年頃なんだよ。
そんなこんなで、魚の捕獲作業はつつがなく進んだ。私はそろそろ水槽の管理に戻るか。みんなが獲った魚が集まってきたし、外来種と在来種の仕分けが必要だ。
「あーやっと足キレイにできる」
水槽の水で足を洗いながら鈴乃が言う。
「どうせまた汚れんのに」
「気持ち悪いじゃんなんか」
まあね。でもこの後はいよいよ泥に埋まったゴミ拾いだから、手も汚れるぜ。文字通り手を汚す仕事だ。
その前に、魚の仕分けだな。私と鈴乃、そしておっちゃんでこれをやる。
「はいこれ、外来種の写真」
タブレットを鈴乃に渡した。
「そこに載ってるのと同じやつをあっちの水槽に移すわよ」
「オッケー。任せて」
大した作業じゃない。3人でそれぞれが網付き棒を使い、ドローンにも外来種を記憶させて捕獲を進める。300人は居るであろう捕獲部隊にも引けを取らないペース、というより魚が減ってきたからみんなペースが落ちてきた。
ここで、司会によるアナウンスが入って捕獲作業終了となった。まぁ一匹残らず獲るなんて無理だしな。水引いた後で出てきた分はドローンに保護してもらおう。という訳でこれから、池の底大掃除大会だ。
次回:池の底の大掃除




