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第62話:麗しの毒リンゴ

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」


 自室の鏡の前で、1人の貴婦人が笑みを浮かべるのだった・・・。


 --------------------------------


「鏡子さん。今日は、あなたに相談があってお越し頂きましたの」


「ええ。何なりと」


 私は今日、とある貴婦人に呼ばれている。名は、西園寺晴美 (さいおんじ・はるみ)。フリマで物を買ってくれたり、たまにこうしてビジネスをくれたりする上客の1人だ。ケチな面を見せることもあるが、元の金銭感覚が庶民とは違うので収入源になる。


「それで、今回はどういったお話で?」


 提供された美味なハーブティーをひと口いただき、聞く。


「3日後に、とあるパーティーが催されるのですが、1つ問題がありまして・・・」


「問題、とは?」


「今度のパーティーは、当家のビジネスにも大きく関わるものでして、先方に気に入って頂けるかどうかが大変重要になっておりますの」


「ふむふむ」


 まあ、ありがちな話だな。


「ですが、先方はかなりの面食い。わたくし、毎日自室の鏡に問いかけて自信を維持しているのですが、今回同席する友人に、どうしても勝ち目のない方がおりますの」


 なるほど。晴美さんも十分に美人に分類される方なのだが、上には上がいるってことか。てか毎日鏡に問いかけるってどゆことよ・・・・。この人、確か子供もいたはずだけど、上流階級ってやつは結婚した後も大変なんだな。


「その方が出席すれば先方の目がそちらに行くのは必至。そこで、あなたへのお願いというのが・・・」


 何だろ、ちょっときな臭くなってきたな・・・。


「パーティーの前日、今から2日後に、その友人も含む4人でお食事を予定しておりますの。みな久方ぶりですから、事前交流という名目で」


 大きなパーティーの前に知り合いだけで一度会っておく。良いことじゃないか、これまでの前置きがなければの話だが・・・。“事前交流”とやらで何をするつもりなのかね。


「お食事の最後にリンゴが提供される手筈になっておりますから、それに眠り薬を仕込んで頂きたいのです」


 やっぱ危ない人だったかー。自分より美人がいても、消してしまえば自分が一番になる。高貴な存在でもそれを実行に移す人がいるとはな。高貴な存在だからこそ、という事情もあるかも知れないが。


「もちろん、その場で眠られても困りますわ。できれば夜の就寝後に自然に、丸1日ほど眠らせてもらえると有難いのですが」


「・・・なるほど」


 まあ、普通にできる。神経に溶け込むのに12時間かかるようにして、薬の強度も調整して24時間効果にするのは造作もない。だが、


「ところで、リンゴである必要はどこに・・・?」


 正直、薬を仕込むんなら液体の方がやりやすい。4人中1人を狙うとなると、配膳された後にコバエ形ドローンを使って落とすことになるからだ。

 しかし晴美さんの目を見ると、リンゴという点は譲らなさそうに見えた。一体、どんな理由があるというのか。


「様式美でございます」


「・・・・・・」


 しかし、クライアントの指示とあっては仕方がない。リンゴ果汁にすぐに溶けるようにしますかね。


「こちら、前金としてどうぞ」


 スッ、と晴美さんが封筒を差し出してくる。開けて確認するのは手間なのだが、札束を裸で出すような真似はしないか。毒リンゴでライバルを潰すのは平気でするようだが。


「確認させて頂きます」


 中には万札が10枚あった。貴婦人殿のビジネスに関わる割には微妙な額だが、労力に対するリターンとしては申し分ない。上客相手だし、受けよう。


「更に、成功報酬と致しまして、当家経営のレストランを1年間、全店ご自由にご利用頂けるように致しましょう。もちろん、無償にて」


 おぉぉ~~~~! 何のブランドのレストランかは知らないが、間違いなく高級ホテルに入るようなやつのはず。そこに1年間行き放題だと? 絶対に欲しい。


「友人をパーティーに出席できないようにして頂けるだけで構いません。パーティーの結果にまであなたに責任を負わせるつもりはありませんわ。ライバルは他にもおりますから」


(それでも、わたくしが頭1つ抜き出ておりますけれどね)


 うっし、だったら尚のこと余裕だぜ。例の美人とやらには悪いが、1日ほど眠ってもらおう。恨むなら友達を選んでくれ。


「こちらが、その友人の写真です。東郷茉里奈 (とうごう・まりな)さんと言います」


 晴美さんのスマホ画面に映し出される1枚の写真。この人が諦めるだなんて、どれほどなんだろうな。


「ふぉぉぉ~~・・・」


 こりゃタマげた。確かに、晴美さんには申し訳ないが別格だ。審査員が面食いじゃなくてもかなりのアドバンテージ付くぞこれ。


「それでは、よろしくお願い致しますね」


 --------------------------------


 迎えた、2日後のランチ。依頼主とターゲット含む4名は、明らかに格式のありそうな建物に入って行った。私はそれを、駅前の喫茶店にスタンバってコバエ形ドローンで追う。高級な建物はエレベーターのスピードも速いなー。


【本日は皆さまにお会いできて、本当に嬉しいですわ】


 特に、明日ライバルになるであろう友人にこのタイミングで会えたのは最上級に嬉しいことだろう。


【ぜひとも、我が西園寺グループ直営のスパニッシュにておもてなしをさせて頂きたいと存じます】


 ほぅ、ここも自社経営の店だったか。デザートにリンゴを出すよう手回しするのも簡単だったワケだ。

 にしても、毒リンゴ食わせることまで含めて“おもてなし”になろうとはな。絶対この人同じような手を何回か使ってるだろ。私も金になるからいいけど。


【こちら、前菜のパッションサラダにございます】


 スーツが決まってるウェイターが皿を置いていく。すげー真っ赤だなこのサラダ・・・まるで晴美さんの闘志を表しているようだ。


【やはり晴美さんも明日のパーティーに?】


【ええ。当西園寺グループも、先方にはご贔屓にして頂いておりますので】


 モブAが晴美さんに軽く挨拶。しっかし、こうして見ると腹の探り合いをしてるように見えてきたな・・・。いずれにせよ差し障りないことしか言わないだろうから厨房でも見とくか。画面をドローン2号機のものに切り替える。


【何だって・・・! 頼まれていたリンゴがない・・・!?】


 何だって・・・!?


【バカ、声が大きい。お客様に聞こえてしまうぞ】


【すっ、すみません・・・!】


【とにかく探そう。今日は絶対にリンゴを出すよう晴美さんに言われている。もし反故にするようなことがあれば・・・】


【ことがあれば・・・?】


【東郷家に拾ってもらうことも考える状況になるだろう】


【そんな・・・!】


 捨てられたらあっさり寝返るのかよ・・・。そんなことよりリンゴだリンゴ。お前らの人生がどうなろうと知ったことじゃないんだよ。上手く行ったらタダ券でこの店にも来てやるからさ、リンゴ探すぞ。


【しかし、東郷家には何か問題が・・・?】


 だからリンゴ探せよお前ら。


【東郷家は、東郷家はな・・・】


【っ・・・ごくり】


【裏で犯罪まがいの手回しをすることが多い。汚れ仕事も任されるぞ】


【そんな・・・!】


 それ西園寺家もやってるから一緒だぞ。知らされてないんだろうけど、今探そうとしてるのも毒を盛られる予定のリンゴだ。だからさっさと探せ。こうなったら私もドローン総動員だ。徹底的に探すぞ。


【くそっ。ない、ない・・・!】


【あまり物音を立てるな。何かあったのかと勘付かれるぞ】


 あたふたと動き回る2人。そこへ、同僚たちも数人加わってリンゴの大捜索が始まった。

 そんな最中、混乱に乗じて最初の2人のうちの後輩くんがトイレに入った。お前さぁ・・・やる気あんの? 東郷家に行って汚れ仕事する?


【はっはっは。全く、いいザマだぜ】


 ・・・あ?


【パーティーの前日に茉里奈様を呼びつけるなど、裏があるに決まってる】


 な、に・・・!?


【毎日のように鏡に問いかけるナルシストが、絶対にリンゴを出せと言っている。やることは1つさ】


 こいつ・・・!


【あのリンゴには、絶対に何かある】


 てめぇ! 既に東郷家の手先だったのか!


【このまましばらく待って、リンゴが見つかったフリをして新しいのとすり替えてやろう。そして、配膳も俺がすれば問題ない】


 なんてこった。既に汚れ仕事の真っ最中だったとは。


【にしてもあいつ、自分の雇い主もやってることを知らずに汚れ仕事が嫌だとか、笑わせてくれるぜ。プライドなんかで生き残れるほど、甘い世界じゃねぇんだよ】


 マジかー。まあいい。わざわざ探さなくっても、こいつがリンゴを戻してくれるみたいだからな。すり替えでも何でもすればいいさ。まだリンゴには何もしてないのだから一緒だ。配膳した後も虫1匹料理には近付けないようにしないと、茉里奈様は24時間オネンネだぜ?


 それから10分後、


【ありました!】


 東郷家の手先が声を上げた。


【バカ、静かにしろ。それで、見つかったんだな・・・!】


【はい、こちらに】


【うむ、間違いなく西園寺グループが仕入れている種のリンゴだ。よくやった】


【いえ、この程度、朝飯前です】

(すり替えるとこまで含めてな)


【早速厨房に運べ。シェフが待っているぞ】


【はっ!】


 全く、とんだ茶番に付き合わされたものだ。すり替えるだけのつもりなら最初に言えってんだ。


 客席のモニタリングに戻る。店の方針なのか、ランチタイムになっても7割近くは空席で全体的に広々としている。ターゲット含む4人のテーブルには、メインディッシュの煮込みハンバーグが乗っている。やっべー、すげぇウマそう。あの女1人眠らせるだけであれが食べ放題になるのか・・・じゅるり。


 そして、いよいよ主役となるデザートが運ばれて来る。


【こちら、デザートの“アルハンブラの城壁”にございます】


【まぁ・・・♪】


 へぇ、リンゴだけでこんなのも作れるんだな。白い本体部分で宮殿っぽい形を作り、その周りを皮付きのもので城壁のように囲んでいる。


【ふふふふ♪ 当家自慢の一品にございます。ぜひご賞味ください】


 特に、茉里奈様のもとへ行くのは、感動のあまり24時間目が覚めないほどのものですぜ? 西園寺家と厳木家が織りなす究極のハーモニーを、ぜひその身で体感くださいませ。


 テーブルを離れた後輩くんが、壁際に寄って止まり、茉里奈様の方を注視する。


(まだ、あの西園寺が何をするか分からない。最後まで見張っていなければ)


 敵は西園寺だけにあらず。さあ、私のコバエ形ドローンを見つけてみろよ。と言っても既に、茉里奈様の“アルハンブラの城壁”の真上にいるがな。あまりにもチョロ過ぎる城壁だったぜ。そのままドローンから、肉眼では見えないほど細かくした粉末を散らした。仕事完了っと♪


【では早速、頂きますわ】


 茉里奈様もコバエや粉には気付かず、何の迷いもなくデザートを食べた。他の面々もそれに続く。


(うむ、西園寺に怪しい動きはなさそうだな)


【おい、何を突っ立っている。早く戻って来い】


【はっ】


 このまま、4人の会食は何事もなく終えた。



 --------------------------------



 翌朝。


「茉里奈様、茉里奈様!」


「おい、一体どうした!」


「茉里奈様がお目覚めになりません!」


「何だと! 医者は、医者を呼んで来い!」


「くっ、心臓は動いている。しかし、何故・・・!」


「何としても茉里奈を目覚めさせろ! 今日は大きな案件が確実にモノになるのだぞ!」


「「「はっ!」」」


「このままでは西園寺に取られてしまう・・・ハッ、そうか! 奴らが! おのれ西園寺、茉里奈に何をした・・・!」


「総帥! ここは!」


「分かっておる! 奴の通りそうなルートを、全て交通事故で潰せ! 茉里奈はワシが病院へ連れて行く!」


「「「はっ!」」」



 --------------------------------



 パーティー当日の朝、うちに郵便が届いていた。切手も消印もなく、個人的に入れられたものだが、差出人は分かった。封筒に西園寺グループの印字があったからだ。中には、チタン製のカードと手書きの紙が入っていた。


<昨日はありがとうございました。東郷家に送っている者より、茉里奈さんが目覚めない旨の連絡が入りました。お約束通り、1年間当グループ全店をペアでご利用できるVIPカードをお渡し致します>


 うっひょー! マジもんだぜ~! へぇ~、こんなカードがあるもんなんだな~!


「あら鏡子、それは何?」


 おっと、親に見つかっちまった。まあいい、どうせペアで行く必要があるし。


「ちょっと色々あって高級レストランの1年利用券をもらったのよ。ペアまでオッケーっぽいから、今度行く?」


「持つべきものは娘ね」


 潔い回答が私の母そのものだな。


「おい、俺の分もあるんだろうな」


「あぁるわよ。1人がKYOKO KYURAGIなら後は誰と行こうが自由なんだから。3人じゃ行けないけどね~」


「まあ、今さらお父さんと一緒に行ってもね」

「まあ、今さら母さんと一緒に行ってもな」


 仲が良さそうで何よりだ。



 --------------------------------



 夕刻。


「ふっふふ、ふっふふふふふふ♪」


 ヘリコプターに乗って笑みを浮かべる、1人の貴婦人。


「今日は随分と交通事故が多いですこと。どこかの東郷さんがわたくしの足止めをしようとしているのかしら。相変わらずやり口が野蛮ですこと。おぉ~っほっほっほっほ!」


 貴婦人の笑いが響く中、ヘリコプターは何にも邪魔されることなく、目的地へと向かう。



 --------------------------------



 今日のディナーから早速西園寺グループを利用することにした。結局今日はジャンケンで勝った母と行くことになった。ドレスコードがあるから止む無しだがガラにもなく優雅に決めておられる。


「それで、何があってVIPカードなんてもらったのよ?」


「今から見せてあげるわよ」


 今日はそのパーティー当日だからな。レストランも個室で押さえたし、プロジェクターで壁にでも映しますかね。この店のオーナーが、華々しく次のビジネスを勝ち取るであろう瞬間を。せっかくなので、例のパーティーが行われるという六本木にある店舗に来ている。


【ニッポンのミナサーン? ホンジツは? ワガシャシュサイの? partyにオコシいただき? アリガトーゴザイマァ~ス】


 ふーん。これが晴美さんの言う“先方”とやらか。あんまり女に興味無さそうにも見えるけど、子供みたいな感じでカワイイとかキレイとか言うんかね。


【ついセンジツ? ワガシャケーレツhotelの? ニッポンのイチゴーテンを? openすることがキマリまぁ~した~。 ゼヒ? コヨイは? タノシンデッテくださぁ~い】


 なるほど。外資系系列ホテルの記念すべき日本1号店か。ってことは、西園寺グループとしてはそこにレストランを入れたいワケだ。もちろん、今後2号店3号店となった場合にも影響してくるだろう。


【ふ・・・ふふ】


 妙な笑みを浮かべる晴美さん。参加者を見て回ってみると確かに、主催者が相手の容姿でビジネスパートナーを決めるタイプだったら、晴美さんに分がありそうだ。無論この場に東郷茉里奈は来ていない。

 あとは晴美さんが既婚者であることがどう響くかだが、主催者にも指輪があるし、単純に美人と仕事がしたいってだけかも知れない。


 乾杯の音頭と共に、パーティーが始まった。


「こっちも乾杯と行きましょうか、鏡子」


「はいはい。・・・かんぱい」


 カツン、とお互いのグラスがぶつかる。母はシャンパンで、私はサイダー。仕事上の付き合いでは飲むと聞いているが、母が酒を飲む姿は滅多に見ない。父はたまに家で缶ビール飲んでたりするが。


【アナァ~タが? サイオンジgroupの? トリシマリヤクですか? ウワサにタガエヌ? ウツクゥ~シサでぇすね~】


 主催者が晴美さんに接触。


【存じて頂き、光栄に思います。日本国内はもちろん、欧米諸国の日系ホテルでも飲食店を展開しております。もし今後、日本での事業展開をご検討でしたら、ぜひ当グループにお手伝いさせてくださいませ】


 割と直球でアピールしに行ったな。でもこういう場だと逆に、この程度のビジネストークはするのだろう。


【イエェ~~ス! ワタシ? ビジンには? メがナイのでぇ~す。ニッポンは? ウツクシーひと? オオクテ、コマッチャイまぁ~すね~】


 へぇ、好感触だな。確かにこりゃ晴美さんの顔を気に入ってるっぽく見える。あんまり社交辞令な気もしない。


【あらあら、お上手ですこと♪】


【オセジなんかじゃアーリマセンよ? ニッポンのジョセイ? ココロまでウツクシイのでぇすね~】


 なんだかんだで晴美さんと主催者の会話は盛り上がっている。レストラン選定の折に西園寺グループに引き合いが行ってもおかしくない。


「上流階級の人たちも大変なのね~」


 母が大して興味無さそうに見ながら呟く。


「グルメ家のあんたは、ああいうとこの生まれが良かった?」


「全然。庶民の方が金儲けしやすいし」


 いくら美味い料理が出るからって、それ食って育ってたら何とも思わないだろうし、あーいう場への顔出しと営業を頻繁に求められるのは勘弁だね。


【ホンジツはオヒトカタ? トーゴーgroupのオジョウサマがケッセキされているのは? ザンネェンでぇ~すね~】


 ジャパニーズビューティーが好きなこの人としては、出席者の顔ぐらいチェックしてるのだろう。しかし、写真は加工が利く。実物を見ての判断ともなれば、目の前にいる晴美さんでも十分なのかも知れない。


【そうですね・・・東郷グループはわたくしにとってライバルなのですが、居ないなら居ないで張り合いに欠けてしまうのが、正直なところです・・・】


 毒リンゴで潰しておいてよく言うぜ。


【オォ~ウ! サスガはニッポンのオカタでぇ~す! すばらし~⤴ブシドーセーシンでぇ~~す】


 こんな純粋に言われると恥ずかしくなってきたな。すまない、目の前にいる日本代表は魔女みたいな人なんだ。


【いえいえそんな、正々堂々と戦ってこそのビジネスですから】


 あなたはなぜ堂々とそんなことが言えるんだ?


「この人、ちょっと裏がありそうね」


 母は違和感に気付いたようだ。普段から人の闇に接していると、そういうオーラは画面越しでも感じてしまうのだろう。


「・・・あんた、何かした?」


「その報酬を一緒に食べてるのだから同罪ね」


「・・・料理って、気分次第で本当に味が変わるのね」


「今のを聞いて美味しくなった?」


「あんた、自分の親を何だと思ってるの」


「自分の親だから言ってるのよ」


「・・・・・・」


 恨むなら自分か旦那の血を恨むんだな。


 その後も、豪華フルコースを堪能しながらパーティーの行く末を眺める。主催者は色んな人と話して周り、晴美さんは晴美さんで、他のホテル系列の関係者とも接触しているようだ。営業しながら食うメシが美味いもんなのかね。


 やがて、宴もたけなわを迎えた。


【ミナサァ~ン! ホンジツは? どうもアリガトーゴザイマァ~シタ~】


【ちょぉっと待ったぁ!!】


【What’s!?】


 何だ? まるで結婚式を阻止するみたいに。


【オォ~ウ! アナァ~タは!】


【東郷グループCEO、東郷和弥にございます】


 東郷だって!? CEOってことは、眠らせた令嬢の親父か!? 現地も相当にザワついている。


【そんな、なんで・・・】


 驚いた様子の晴美さん。しかし、眠らせたのは娘だけ。親父が出て来ても何の不思議はない。


【本日、欠席となり大変申し訳ありません。娘は体調を崩し、未だ眠っております。しかし、このパーティーは非常に楽しみにしていた様子だったので、病院の帰りに、雰囲気だけでもと寄った次第です。 お前たち、いいぞ】


【ガラガラ、ガラガラガラガラ・・・】


 ストレッチャーか何かを転がす音。まさか!


【眠っており大変恐縮です。娘の茉里奈です。是非、声だけでも掛けてやってください】


 現地が更なるザワつきを見せる中、ついにストレッチャーが白衣の男たちに押されて姿を現す。


【オォ~ォウ! ナントユーコトデショウ!】


 ストレッチャーの上で眠る東郷茉里奈は、まるで人形のようだった。花も何も添えられておらず、服も部屋着なのか他の参加者と比べると見劣りするものなのだが、その姿は正に一輪の花。腹部の上で組まれた細くて白い手が儚さを増強している。


【なんとウツクシィ! これがジャパニーズビューティー! ジャパニーズヤマトナデシコ! オォ~ウ! What a beautiful!!】


 主催者はかなり興奮している様子だ。無理もない。今の東郷茉里奈はさながら、王子の口づけを待つプリンセスだ。誰しもが認める、麗しの姫。


【な・・・あ・・・】


 一方の晴美さんはもう魂が抜けそうな顔だ。どうあっても勝てない。いっそのこと起きていた方が、失言したり大和撫子とは正反対の振る舞いをする可能性もあったが、眠っている以上はそれもない。ただただ、その美貌で見る者を魅了するだけである。眠っているからこそ醸し出される美しさもある。


【オォ~ウ! 近くでも見てもウ~ツクシィ!】


 ダメだ。主催者の目はもう完全に東郷茉里奈に行っている。


【そ・・・んな・・・】


 膝をついてへたり込む晴美さん。


「・・・・・・」


 その様子を冷めた様子で見つめる母。だいたいのことはもう察しているだろう。


【どうされたのですか? 西園寺の取締役殿?】


 東郷和弥が、晴美さんに声を掛けた。おい、まさか・・・。


【い、いえ・・・何も。・・・茉里奈さんのあまりの美しさにクラリとしてしまっただけです】


 そりゃもう色んな意味でクラリときたことだろう。


【ほほぅ、それは嬉しい限りですな。昨日も娘と会っていたそうですが、それでもなお見惚れてしまうほどなのですな】


【っ・・・・・・】


 まあ、親父ともなれば大事なパーティーの前日の娘の予定ぐらい把握してるか。


【さ、昨日は目を覚ましておいででしたから・・・。こうして、眠っている姿を拝見するのは初めてですの・・・】


 しっかしまあ、傍から見ても分かるレベルで青ざめておられる。


【ところで、娘の体内からは睡眠を増強する成分が検出されております】


【な・・・っ!】


 やっぱマズいな・・・病院に行ったとか言ってたからな。それぐらいは調べてるか。


【昨日のランチで導入された可能性が高いという見解だったのですが、何か心当たりはございませんか?】


【っ・・・・・・!!】


【ハルゥ~ミさァん!?】


 晴美さん、大ピンチ。


【いっ、言いがかりでございます! それに、その場に出席していたのは4名! 茉里奈さん以外わたくしも含め何ともないではありませんか!】


【ですが、食事の場所は西園寺グループの店舗。特定の人物を狙うことも可能だったのでは?】


【ちっ、違います! これはきっと罠です! 誰かが私を罠に嵌めるために仕組んだものです!!】


 あぁ!? 何言ってんだコラ!?


【ここまでシラを切れるとは、むしろ尊敬に値しますな。 おい、出せ】


 和弥氏が後ろを振り向く。すると、黒服たちが1人の黒服を縛り上げた状態で続々と現れた。


【こいつから全て聞いた。よくもまあ、妙な薬を混ぜてくれたものだな】


 バレた・・・! 密偵が捕まったんだ・・・! 東郷家もあちこちに密偵送ってるからな。多分、西園寺のようなみみっちいレベルじゃない。ありとあらゆるところに派遣しているのだろう。汚い手を使うにも、リソースが多い方が有利なのだ。


【ハルゥ~ミさァァん!? ホントーな~ので~すかァ?】


【ま、まさか・・・! そ、そんな人、知りませんわ・・・!】


【それはどうかな】


【シャッ。チャラチャラチャラチャラ・・・】


 和弥氏が1枚のプラスチックカードを投げた。チャラチャラと乾いた音を立てて転がり、晴美さんの足元で止まる。


【・・・・・・!!】


【当家の使用人の自室に、西園寺グループ本社ビルのIDカードがある理由を、お聞かせ願いますかな?】


【ハルゥ~ミさァん!! ウーソだーとイッテくーだサァ~~イ!!】


 晴美さんはただ、その場で項垂れるだけだった。それを眺める母が、手元にある“アルハンブラの城壁”を食べながら呟く。


「あんた、次は東郷グループから仕事もらって来なさいよ」



 --------------------------------



 翌日。

 晴美さんのことは気の毒だったが、パーティーの結果に対する責任は私には一切無しという契約になっている。今日は父と行く約束になっているから、近場で店舗を探すべく西園寺グループのサイトを開いた。



<誠に勝手ながら、西園寺グループは当面の間全店休業致します>



 あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!!???


次回:コバルトブルーを目指して

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