第61話:アクアティックパレード・ドリームウェイブ
パレードのある通りに着いた。通りというよりは、
「さっそくプールに入ろ~う!」
「ヤッホーーーィ!」
バシャン、バシャンと、飛び込む2人。テレビで何度か見たことがあるが、イズミーのパレードはほぼ川とも言える長いプールをキャストたちが船やサーフボードに乗って進む。プールには客が入るスペースもあり、それに入るも陸地から見るも自由だ。
「キョンキョンも、」
「鈴乃も、」
「「おいで~~!」」
「うわっ」
「きゃぁっ!」
バッシャーン。私と鈴乃は引っ張られてプールに落ちた。仙崎は1人余裕のある感じを見せて、腰を下ろして足だけをプールに入れる優雅な姿勢を取った。お前も落ちろやコラ。ロボットアーム召喚!
「わっ、ちょっと」
バッシャーン。仙崎も落下。どうせ借りもんのジャージと水着だろ?
「キョンキョンないすぅ!」
「例外はナシだよひとみん! お絵描きはこっちでもできるでしょ!」
「まあ・・・そうですけど」
諦めた様子の仙崎。マジでお前、どんな状況でも描けるもんな。
「内側行こう内側! そっちの方がポヨいよ!」
端っこの方は子供用なので浅い。1段階内側に行くと大人用の深さがある。
「肩しか出ない深さになるのはちょっと・・・」
「じゃあ浮き輪使いなさいよ。ホラ」
あまり深いと絵が描き辛いであろう仙崎に救済措置だ。浮き輪くん召喚!
「助かります」
浮き輪の輪っかに上からお尻を入れて漂うモードの仙崎。
「サイドにリモコンあるから、移動はそれでね」
「なるほど」
私の浮き輪はスクリュー付きだぜ? そのスタイルで乗れば手で水掻いて進むのしんどいからな。
「そんじゃレッツ・ゴー!」
パレードの到着を待つのはぽんぽんさんの性に合わないようで、移動。パレードが近付くまでは真ん中の方も遊泳可能だ。私も泳ぐのかったるいからイルカボート出すか。もちろん電動だ。
「あー厳木さんズルいー。落ちろー」
「おわっ」
バッシャーン。おのれ、田邊さん。
「ふふん、いい気味ね」
なんで鈴乃が得意げなんだよ。まあいい、とにかく田邊さんには反撃せねばな。これでどうだ。
パクッ。
「ほわ・・・ぽわわ~~・・・」
「え!? のんのんがポワッた!?」
後はイルカボートに乗せて、ブィィ~~~ン。さいなら~~。
「のんのーーーーーーん!」
あらぬ方向へ進んだ田邊さんは、ぽんぽんさんによって救助された。
「ハァ、アァ・・・あれがポワるって感覚なんだね・・・」
「ね! ヤバいっしょ!? クセになるっしょ!?」
「クセになっちゃダメなやつだかんね!」
「そん時はのんのんが介護してくれるからダイジョブだよ!」
「アタシ、ぽんぽんがどんな状態になっても見捨てないよ!」
この2人は何でたまにメロドラマを繰り広げるんだ? 面白いから同時に媚薬の欠片を飲ませて見るか。
パクッ。パクッ。
「「エンダァァァァァァァァァァァ!!」」
熱い抱擁。効果はすぐに切れて、2人が我に返る。
「何だったの、今の・・・」
「わからない・・・きっと、キョンキョンの薬の後遺症だよ・・・」
惜しい。今のはメインの効能だぜ。
「ホント何やってんのよ・・・」
一部始終を見ていた鈴乃が飽きれるように呟く。と、ここで、
「今の何? 最近の流行り?」
外野からそんな声が聞こえてきた。
「そうなんじゃない? 今どきのギャルって感じの子だし」
「ヤバいよ! 私たち乗り遅れてるよ!」
「まだ間に合うよ! 今からでも乗ろう! せーのっ」
「「エンダァァァァァァァァァァァ!!」」
マジか。伝播した。
「あれが今の流行りなのか!?」
「俺たちもやるぞ! 男も時代に遅れちゃいかん!」
「「エンダァァァァァァァァァァァ!!」」
流行ってるというだけで薬抜きでも出来るもんなんだな。いや、流行というものが一種の危険なクスリなのかも知れない。
「あなた・・・」
「幸子・・・若いころを思い出すな・・・」
「「エンダァァァァァァァァァァァ!!」」
「パパー、ママー、それはおうちでやってよー」
いかん、絶叫&抱擁がこの場で流行り出して収集が着かなくなってきた。
「え、何コレ!? どったの!?」
「わかんない! なんかハグがブームになった!」
火付け役となった2人はすっかりシラフである。
「ちょっと鏡子、なんとかしなさいよ」
「しょうがないなあ」
もうあちこちでハグが起きてて地獄絵図だ。パレードが来る前に冷ましておくか。
「あと10秒待ってください」
シャカシャカシャカシャカ。
仙崎、お前・・・。
「やはり人が理性を脱ぎ捨てた瞬間というものは、美しいですね」
お前も脱ぎ捨てたらどうだ?
パクッ。
「エンダァァァァァァァァァァァ!!」
仙崎は抱擁相手にキャンバス代わりに使っていた木の板を選んだ。絵描き魂が成せる業なのか、ガチで人を愛せなくなってしまったのか。
「何やってんのよ!」
「まとめて冷ますから大丈夫よ」
つっても薬の効果で狂ってるのは仙崎だけなんだけどな? とにかくこの場を落ち着かせよう。せっかく大量の水があるんだ。巻き起これ! クーリング・コールド・ウェイブ!
グォォォォォォォォォッ。
大きな波が起こった。
「え、何あれ」
「摂氏0度のちょー冷たい波よ。これでみんな頭が冷えるでしょ」
「いやデカいって!」
「だってこれだけの人数がいるんだもん」
流行の伝播は凄いもので、範囲も結構なものだった。
「これじゃあたしたちも巻き込まれるでしょ!」
「当たり前じゃん」
「フザけないで!」
「何とかしろって言ったの鈴乃じゃん」
「言ったけど・・・言ったけどぉぉぉぉ!!」
ついに鈴乃までおかしくなった。
「ひぃぃぃぃ! 何アレぇ!」
「キョンキョン何とかしてぇ!!」
「ごめん、無理」
波を起こす術は持ち合わせてても、止める術はないんだなー、これが。
「どうしよう、どうしよう・・・!」
「ぽんぽん、こういう時はみんなで身を寄せ合うんだ!」
お、またメロドラマか?
「キョンキョンとリンリンも!」
「え?」
「ちょっと・・・!」
まあいい、4人固まってた方がいいだろう。仙崎は・・・、
シャカシャカシャカシャカ。
意識を取り戻していたようで、何やら描いていた。あいつ、死ぬ間際でも絵を描いてそうだな。
やがて、大波が迫る。ちょっとデカすぎたなー。10メートルはある。
「みんな、準備はいい!?」
4人で円陣を組んだ格好で、波を待つ。かかって来いやーーー!
「「「エンダァァァァァァァァァァァ!!」」」
「・・・・・・なんなの・・・」
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気が付いた頃には、私は水にプカプカ浮いていた。体を起こし、足を底に着ける。
「・・・ふぅ、何とかなったみたいね」
周りも結構な人数が水に浮いたり沈んでたりする状況だったが、さっきのハグ地獄よりはマシだろう。
「どの口が“なんとかなった”って言ってるのよ・・・」
「あら鈴乃、無事だったの?」
「お陰さまでね」
「アタシたちも無事だよー」
「イェイ! てかひーひーは!?」
「ここにいますよ」
声のした方を見ると、仙崎は浮き輪を持ってプールサイドをペタペタ歩いていた。あいつ、地味に強ぇな・・・。
周りの人たちも徐々に起き上がり始め、今のは何だったんだろうかという様子を見せている。プールサイドには一部始終を見ていた人と、今しがたやって来た人が入り乱れていて、スマホをずっと向けて動画撮ってたり、何が起きたんだと周りに聞いてたりだ。
とりあえず私らも一旦陸地に上がるかと思っていると、
♪・♪♪♪・♪・♪・♪♪♪♪♪♪♪・♪♪♪・♪~
今しがた波を起こした上流の方から、陽気な音楽が聞こえて来た。
「あ、パレード来たよ!」
そのようだ。色々あったが、ようやくパレード本番である。
(誰のせいだと思ってるのよ・・・) by大曲鈴乃16歳
さっきの波はカーブの手前から起こしていたので、そのカーブの向こうから、パレードの船のお出ましである。突然の抱擁ブームで我を失い波に呑まれた人たちも、パレードの登場で正気を取り戻し、船の通る場所を開けてパレードを待った。
やがて、カーブを曲がって船がやってくる。
「きゃーーっ! ミミーラビットーーっ!」
イズミーラビットのガールフレンド、ミミーラビットである。もちろんカップルで登場しているが、突然熱い抱擁を交わすような真似はしない。観衆に向かって手を振ったり水鉄砲かましてきたりと、実に微笑ましい光景が広がっている。
「やったなー、それーー!」
なお、こっちからキャストへの攻撃も可能である。それをした場合は船の大砲で狙われることになるが、それもイズミーパレードの楽しみ方である。
「ぎゃうん!」
ぽんぽんさん、大砲の攻撃を受けて沈没。
「おぉらっ!」
私には盾がある。せっかくイルカボートに乗ってるんだ、そう簡単に落とされてたまるかよ。
スチャッ。
「あ?」
イズミーラビットの友達、ズーフィーがバズーカみたいのを向けて来た。私とやろうってらしい。
「気を付けてキョンキョン! ズーフィー強いよ!」
なんで強さとかあんだよ。ただの水遊びじゃないのかよ。まあいい、付き合ってやろうじゃないか。
「鈴乃これ持ってて」
「え?」
イルカボートを鈴乃に渡し、ミニバルーンを使って浮上。自前の水鉄砲も2丁取り出して構える。
「おい! ズーフィーに挑む勇者が現れたぞ!」
「あいつ、死ぬ気か・・・!?」
どういうことだよ。テーマパークのキャラクターパレードじゃねぇのかよ。いずれにせよ、ズーフィーと近くにいるキャラが私に照準を合わせてきたので戦おう。
「おらっ!」
ドォン!
私の水鉄砲はそこいらのやつとは違うぜ?
シュバッ。
「なにっ!」
しかしズーフィーは華麗な身のこなしでそれを避けた。くそっ、周りのザコから散らすか。だが連中も私も狙撃しようと撃ってくる。
ドォン! ドォン! ドォン!
前後左右に動いて連中の攻撃を避けて、まずはあのリスからだぁ!
ドォン!
「いよっしゃあ!」
リス撃破。その後もズーフィーと同じ船に乗ってる取り巻きを沈めていった。
「すごい! なんかヤバい人いる!」
「これズーフィーやっつけれるんじゃない!?」
よくわからんのだが、やっつけるタイプのゲームだと考えてよさそうだ。さぁズーフィー、一緒に遊ぼうぜ? と思った矢先、
ピィィイィッ!
ズーフィーは指笛を吹いた。すると、
ズズズズズズズズズズズズズズズズ・・・!!
「あ!?」
ズーフィーの船の後ろにもパレードは続いているのだが、その船たちが道を開けるような形でデカい戦艦が現れた。
「あ、あれは! ズーフィーを追い詰めた時に出て来るという、闇の泉の魔女!」
「マジか! 噂には聞いてたが、初めてだ・・・」
周囲の声を聴く限り、あの戦艦には闇の泉の魔女が乗っているらしい。このキャラクターは、とあるイズミー作品の悪役であり、プリンセスに死の呪いを掛けたりする。で、なんで主役の友人であるズーフィーが悪役を呼ぶんだよ!
どんな攻撃を仕掛けてくるのかと警戒してはみたものの、一瞬で諦めた。砲台が30は同時に出て来たからだ。こうなったらヤケだ! ぬぅぉぉぉぉおおおお!!
「鏡子!」
鈴乃、あとは任せたぞ。もし私の屍が流れ着いたら、拾ってくれ。
ドドドドドドドドドドドドドドドド・・・!!
「ごっ、ハァ・・・」
私はハチの巣にされるがごとく無数の水の砲弾を受けた。気付かぬうちに体はプールに落下し、水中を漂っていた。くっそが・・・。
流されてるうちに、誰かに引っ掛かって止まった。
「あ、厳木さん大丈夫?」
田邊さんだった。
「何とかね。にしてもあの魔女強いわね」
「あー、あれ絶対倒せないようになってるから」
「マジ?」
「マジ! ホラあれ!」
田邊さんが指差した先では、未だに戦艦があったのだが、周囲がやけに盛り上がっていた。
「イズミーラビットが登場してやっつけてくれるってイベントだから!」
「あぁ~~」
理解した。どうやら客が頑張れば魔女が登場して、それをイズミーラビットがやっつけるってイベントらしい。ズーフィーが魔女を呼んだことだけは理解できないけどな!
にしても、私は必敗イベントに特攻してたってことか。くっそが。
「でも凄いよ! 闇の泉の魔女出すの難しいんだから! 超レアなんだよ!?」
「あ、そうなの?」
ファミリー向けイベントとしてそれはどうなんだ。でも家にあった、イズミーランドを冒険して回るアクションゲームも異様に難しかったもんね・・・。
「アタシも近くで見よ~」
田邊さんは泳いで戦艦に向かって行った。私は疲れたし、そろそろ陸に上がるかね。服が貼り付いて泳ぎにくいのなんのって。
戦艦の近くでは、ぽんぽんさんや田邊さん、観衆たちがイズミーラビットを応援していた。イズミーはついに戦艦に乗り込み、魔女とのとの直接対決を迎えている。何気に緊迫感が漂っているのだが、鈴乃と仙崎はそれぞれ、イルカボートと浮き輪でプカプカ漂いながら呑気に見ている。
「いっけぇー! イズミーラビットー!」
「意地を見せろ! 魔女ぉぉぉl!」
「さっきのお姉ちゃんどこー? 死んじゃったのー?」
死んでねーよ。全く、近頃の子供は恐ろしいぜ。それに対する母親の返事はというと、
「きっと、闇の泉の魔女を出せる人が中々いないから用意されたアルバイトなのよ」
バイトでもねーよ! 全く、人が苦労して魔女を呼び出したってのにテキトーこきやがって。
やがてショーはクライマックスを迎え、イズミーラビットが魔法のステッキを使って魔女をやっつけた。
パッパラパー♪ パッパッパッパ~~♪
「「ワーーーーーーッ!!」」
「「キャーーーーーーッ!!」」
「「イズミーーーーーーッ!!」」
ファンファーレが上がり、歓声も沸いた。めでたしめでたしである。
♪・♪♪~♪・♪♪~♪・♪♪・♪♪~~
また別の音楽が流れ、パレード再開。
「キタよキタよ! ドリームウェイブ~~!」
「マジで!? 俺ら超ラッキーじゃん!」
なんか知らんが、周囲は異様に盛り上がっている。初めてだの久々だの、これから起こるものをワクワクしながら待っている感じだ。あの魔女が出ること自体が超レアらしいから、それ専用の演出があるのかも知れない。
「来るぞ~! ううぇぇ~~い!」
早速始まったようで、パレードが進むプールで波が起こった。もちろんさっき私がやったのよりは小さく、良心的な大きさだ。
「ヤッホーーーイ!」
浮き輪とかで波に揺られて遊ぶ人、サーフボードで波乗りに挑戦する人、陸地で波に合わせてジャンプする人など、みなそれぞれのやり方でパレードを満喫している。水鉄砲合戦も小規模ながら続いてるから、まだ服乾かせないな・・・。てかあの魔女、もうイズミーと和解して観衆に手ぇ振ってるし。
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「いやぁ~! 楽しかった~~!!」
全てが終わり、着替えも済ませた帰り道。多くの客がぞろぞろと駅へと向かう。
「ね! ドリームウェイブも見れちゃったし!」
「めっちゃポヨってたよキョンキョン!」
そりゃどうも。
「鏡子が役に立ったのが解せないんだけど・・・」
「だから遊びに来たって言ったでしょ。ズーフィーも魔女も強敵だったわ」
次はあの魔女を倒すもんでも仕込んどくかね。でもなぁ、イズミー怒らせたら怖いんだよなぁ・・・。
「ひーひーは今日ポヨかった?」
「あ、はい。ポヨかったです。お蔭さまで良い絵も描けましたので」
1日この人と過ごすことでもう順応したな仙崎。そんな君にポヨ検定1級を授けよう。
「でも全部水で消えたんじゃないの?」
恐ろしいまでの画家魂を見せた仙崎だが、水をかぶるアトラクションばかりなので描いたその場で消えていたはずだ。
「最後の1つは、残せました」
仙崎が1枚の絵を見せた。あの状況でどう紙に描いたのか、最後の1つとやらはスケッチブックに収められていた。
「おぉ~~~っ!」
「ひーひーポヨい!」
描かれていたのは、魔女が乗っていた戦艦だった。
「って、上に乗ってたイズミーと魔女は描いてないの・・・」
鈴乃からツッコミが入る。
「あまりに戦艦のデザインが良かったものですから」
「そ、そう」
「あはは・・・」
これにはポヨの伝道師も苦笑いである。
そんなこんなで、夏休み初日のイズミーランドを遊び尽くした私たちは家路に着くのであった。そういえば、何か忘れてるような・・・あ、思い出した。
「ところで田邊さん、テニス部へのお土産は買ったの?」
「「「「あ」」」」
一同が固まる。うん、売店なんて寄らなかったもんね。
「あ・・・あ゛あ゛~~~!! 忘れてた~~~~~!!」
時計を見ると、無情にも閉園時間ちょうどだった。駅までの道中にもお土産屋はあるが、園内限定品を買って来いとのお達しらしい。
「ちょっと待って! 厳木さん時間戻して!」
「そんな道具ないわよ・・・」
「ウソ~~~~~~~!!」
「ダイジョブだよのんのん! 超レアなドリームウェイブの写メ見せれば許してもらえるよ!」
田邊さんは1週間、筋トレとランニング2倍になったらしい。
次回:麗しの毒リンゴ




