第58話:集結、山田と3人の女たち
翌日、木曜日。
「厳木さん! ついにやりましたよ!」
「あらキンダイチくん、もしかして写真がゲットできたの?」
「そうなんですよ! ネオンサインの建物から2人で出て来るという、もはや言い逃れできないレベルのものがね!」
「あら奇遇じゃないの。私も昨日バッチリ撮れたのよ。おアツいキスシーンがね」
「なぬっ・・・や、やりますね。しかしどうせ、お得意の機械に任せたのでしょう。僕は、自分の足で現場に行って、自分の手でカメラを構えてますからね」
「確かに撮影はドローンでやったわね。だけど、道具を言い訳にするのは二流のすることよ。私は、自分で作ったものを使ってやってる。どう? 欲しいなら売るわよ?」
「必要ありませんね。そんなものに頼っていては、探偵としての腕がなまってしまいますから」
「そ。ま、今日はお互い、ターゲットをとっちめるのを楽しみましょ」
「生憎なことに、今日は依頼主の都合が悪くてですね、明日に回すことになりました。ですが、写真が撮れたタイミングが一緒ですからね、今回は引き分けということにしておきましょう!」
とか言いながら、随分と悔しそうだ。最後は運に見放されちまったな。
「今日は今日でターゲットを泳がせることにしますよ。昨日より凄いのが撮れるかも知れませんからね」
ホテルから出る現場を撮っておいてまだやる気かよ。
「それじゃあ厳木さん、明日は、今日どうなったか聞かせてくださいね」
引き分けで決まったんじゃないのかよ。これで私が今日失敗したとかなったら自分の勝ちとか言いそうだな。
「世の中いろんな人が浮気してるのね」
「ずっと同じ人だと飽きるんじゃないの? 知らないけど」
「だからってねえ」
「別にいいでしょ、今日は山田をとっちめられるんだから。奴の浮気プランがブッ壊れるのを楽しく眺めましょ」
古川にも、AB商事の女にも、写真データは渡してある。今日はお祭りだぁ!
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放課後。
「よっし、早速行くわよ」
鈴乃と共に、学校を出る。すると、校門を出た直後に1台の車が寄せて来た。
「え、何?」
「さあ」
立ち止まると、ウイーーーン、と車の窓が開いた。乗ってるのは運転手1人だけ。サングラスを掛けているが、古川のようだ。
「乗ってください」
花街道まで連れて行ってくれるらしい。私と鈴乃は後部座席に乗り込んだ。
「さすがは厳木さんですね。まさか、3日で突き止めてくれるとは」
「余裕ですよ。私なら、捜査のプロである警察官の浮気でさえも暴けますね」
「・・・・・・」
これには古川も言葉を返せなかったようだ。
「警察の人が浮気なんてしないでしょ・・・」
してるんだよ、目の前にいる奴が。
「というか、鏡子の依頼主って、古川さんだったんですね」
「ええ。警察官として多くの市民に顔を知られてますから、法人には頼みにくいんですよ」
よく言うぜ。
「鏡子でも役に立てることがあって良かったわね」
「私はいつも役に立ってるわよ? 金を取るだけで」
「え、ということは今回も・・・」
「厳木さんの性格は、私も熟知しておりますから。このことは、くれぐれもご内密に」
「・・・・・・」
善良な市民たる鈴乃ちゃん、警察官が賄賂まがいのことをした事実を知ってしまう。古川が浮気までしてることを知ったらどんな顔をするんだろうか。
「昨日も言ったかも知れないけど、昨日のピザ代はもらった前金から出てるから」
「うあ゛・・・」
これで鈴乃ちゃんも仲間入りだね!
「ところで、今日は休みだったんですか?」
古川が今日すんなり来れたのが気になったので、聞いてみた。
「この時間に私服パトロールを入れました。男性が複数の女性をたぶらかしているという情報が入りましたので」
なんて奴だ。税金でやってるパトロールで自分の彼氏の浮気現場を押さえに行くなんて。
「民事には介入できないんじゃなかったんですか?」
「このまま放置すると不幸な思いをする市民が続出すると予想されたため、解決に乗り込む判断としました」
つまり個人的な判断という訳だな。”組織の規定に沿って判断した結果です”みたいな言い方はやめろ?
花街道駅の近くのコンビニに着いた。まだ5時半にもなってないので、待つしかない。ドローン映像を見る限り、山田は普通に仕事をしている。花屋は、あの店が自宅も兼ねているようで中を覗かせてもらうと、一生懸命服を選んでいた。可哀想に・・・もう山田みたいな男に引っ掛かるなよ。
「あ、花屋さん出発」
まず、花屋が家を出た。5時半までには出ると決めていたのだろう。いつもの地味なエンジ色の服と黒エプロンではなく、全体的にクリーム色を基調としたコーディネートだ。7月も下旬だというのに薄手の長袖にロングスカートで、アピールは弱めだ。だが、山田のような男がひと晩だけ遊びたいと思えるような感じではある。
「たった今、彼氏から連絡が入りました。今日は、会社で飲みに誘われたそうです」
「今スマホを操作してるのはそれか」
そして山田は、5時半を過ぎるとすぐに帰り支度を始め、1人で退社した。”会社で飲み”ってやつはどうしたんだろうな。バレバレな嘘をついてる人間を眺めるのは中々に滑稽なものだ。
「人って、こんな平然と嘘つけるのね・・・」
気にしたら負けだぜ鈴乃ちゃん。
「それにしても、毎日毎日定時帰りとは良いご身分だこと」
古川が愚痴を漏らした。この2人、どういう経緯で同棲まで至ったのだろうか。
「ついでに言えば、2日連続でデート」
「しかも昨日とは違う人とでしょ」
山田だからしょうがない。
電車は帰宅ラッシュ時だと7~8分に1本はある。それでも花屋は時刻表に合わせて動いたようで、ほとんど待つことなく乗車。緊張している様子が、ひしひしと伝わってくる。
山田は駅に向かっている途中だ。さすがに多少は緊張の色が見えるが、どこか余裕のある面持ちだ。
まずは、花屋が花街道駅に到着。改札を出て、正面にある柱のそばまで行って止まった。あそこで山田を待つようだ。
「それじゃあ、行って来るので」
「はーーい」
古川が車を降りた。近くでスタンバイするようだ。山田の動きは私のスマホでしか見れないので、古川とは無線でやり取りを続ける。
「山田のもとに電車が到着しました」
【了解】
北窓咲駅に電車が到着し、山田が乗り込む。ここ花街道へは、5分もあれば着く。
古川は、花屋から10メートルほど離れた位置で、壁に寄っかかった。2人の間に障害物はないが、人通りが結構あるのと、古川はサングラスを掛けているので山田もすぐには気付かないだろう。AB商事の女も来てるとは思うが、どこにいるかは分からない。
チラリ、チラリと、花屋が時計を確認する。すっげーソワソワしてるな。
「あたしも山田って男をぶん殴りに行きたいんだけど」
「まあまあ、どうせ修羅場が見れるって」
5分後、山田の乗る電車が花街道駅に着いた。いよいよだな。
「電車、到着しました」
【了解】
古川は、スマホを見ているフリをしながら花屋の方に意識を集中させている。花屋は、電車を降りて来た人々が改札に押し寄せていることに気付き、そっちの方を向いて山田を探す。この中に山田がいることを花屋は知らないだろうから、健気なものだ。
【あっ】
山田が見えたのか、花屋の顔が明るくなる。
【山田さん!】
守りたい、この笑顔。と男どもに思わせるような笑顔で、右手を肩の辺りまで上げて軽く振った。山田もそれに気付き、微笑む。絵に描いたような浮気現場だな。残念ながら、花屋には一度現実を見てもらうことになる。
「後はご自由にどうぞ」
【了解】
写真データは渡してあるから古川のスマホにも入ってるはずだ。山田が改札を通過し、花屋のもとへ。
【すみません、お待たせしてしまいまして】
【いえいえ、私が早く来てしまっただけですから】
時間はまだ、約束の6時の10分前だ。浮気はしても遅刻はしない男、それが山田だ。
【それじゃあ、行きましょうか。お店は取ってあるので】
【はい・・・!】
2人が歩き出す。花街道駅は東口側にしかロクな飲食店がないので、山田たちは古川がスタンバイしてる方へ向かう。古川が、動いた。カツ、カツ、カツ、カツ、と早歩きで2人に近付いていく。
【こんな所で何してるの?】
まるで、彼氏の浮気現場を待ち伏せてた女のような言い方だった。実際そうなのだが。
【なっ・・・なん・・・】
山田が固まる。サングラスを掛けてても、さすがに目の前に立ちはだかった人物が自分の彼女であることぐらいは分かるだろう。
【え・・・】
花屋も固まる。どう見たって、元カノと偶然会っちゃったって状況じゃない。花屋の表情が、曇っていく。
【今日は、会社の人に飲みに誘われたんじゃなかったの? それとも、その人が会社の人? あなたの会社、スーツでの出勤が基本だったと思うけど】
【いやっ、そっ、れっ、はっ・・・】
さあどうする山田。花屋は山田が浮気中であることを知らないから、口裏を合わせるなんて無理だろう。協力するとも思えない。
【やま、ださん】
花屋が、冷たく言い放った。さすがにもう状況が理解できたことだろう。これが、普通に人の往来がある所で繰り広げられているのだが、通行人は“なんだなんだ”とチラ見する程度で、多くの人は通り過ぎて行く。待ち合わせ中の人にはガン見されているが。
【そちらの方とは、どのようなご関係なのでしょうか】
花屋は、顔を少し下に向けたまま山田の方を見ようともしない。
【いや、えっと・・・】
山田が弁解の言葉を選んでいると、代わりに古川が答えた。
【そちらの山田と同棲中の、古川と申します。本人の言葉を信じるなら、あなたは職場の同僚の方ですね。交際相手がお世話になってます】
“交際相手がお世話になっている”ことだけは事実なのが、皮肉な話だ。
【いいえ、私はこの方の職場では勤めておりません。近くで花屋を営んでいるものでして、本日は、個人的にお食事にお誘い頂いておりました】
【なっ、あっ、あっ・・・】
山田、為す術なし。ここへ更に、古川がトドメを刺しにいく。
【昨日のこちらの方も、会社の同僚さん?】
古川は、右手を目いっぱい前に伸ばしてスマホを山田に向けた。そこには、昨日のおアツいキスシーンが映っていた。
【なっ・・・やっ・・・それは・・・っ!】
山田が手を伸ばすと、古川はスマホを引っ込めた。
【山田さん】
【ひぃっ!】
花屋は、とんでもなく冷たいオーラを放っている。
【昨日、お誘い頂いた時は本当に嬉しく思いました。その日のうちにあなたは、別の女性と素敵な夜を過ごしていたのですね】
【いやっ、これは向こうから勝手に・・・!】
【あれぇ~~? 山田さんじゃないですかぁ~~】
【!?】
山田が苦しい弁明をしている所に、もう1人女がやって来た。無論、AB商事のあの女だ。
【昨日私をこっぴどく振ったと思ったら、もう新しい人とデートですかぁ~? しかも今、“昨日お誘い頂いた時”って聞こえましたよぉ~? この人をデートに誘った直後に、私の誘いに乗ってイタリアンを食べてキスまでしたんですかぁ~~? それもぉっ、2回目はぁっ、あんなにもっ、応えてくれてぇっ♪】
わざとらしく、興奮した様子で言う女。声も結構デカいから、周囲からの注目も増えた。
【それで、そっちの人とは同棲中?? 私たち、ここ3ヶ月ぐらい良いフンイキでしたよねぇ??】
【いやっ、でもそれはそっちの方から…】
【だったら彼女いること隠して思わせぶりな態度取るんじゃねぇ!!】
パチィィィィン!!
ついに、ビンタ炸裂。女は、パンパンパンと自分の手を払い、尻餅をついた山田を蔑むように見下ろした。
【あースッキリしたっ。世のなか浮気するような男も多いから気を付けなくっちゃ。あなたも、気を付けた方がいいですよ】
後半は、花屋に向けて言ったものだ。
【はい。身に染みて、痛感しております】
花屋もこれで、甘いマスクには簡単に掛からないようになっただろう。
【さようなら、三股オトコさん♪】
AB商事の女は、それで去って行った。
【私も、ここで失礼させて頂きます。もう、お店にも来ないでください】
花屋も、改札に向かって立ち去って行った。店は山田の会社と駅の間にあるが、ちょっとルートを変えれば回避できる。もっとも、山田が店の前を通ろうとも華麗にスルーできることだろう。
その場には、浮気がバレて打ちひしがれている山田と、仁王立ちを続けていた古川だけが残った。
【あなたの帰る場所、もうないから。荷物はとっくに、あなたの実家に送ってますので】
【っ・・・・・・】
どうやら、同棲中の愛の巣は、基本は古川の拠点らしい。警察官の方が収入いいだろうしね。
【さよなら】
古川までも、山田を見捨ててその場を去ろうという、正にその時だった。
【ちょっと待てよ、茜!】
山田が叫んだ。許しを乞うつもりか? とも思ったが、そんな様子ではない。こっちはこっちで怒ってるように見える。
【何?】
古川が振り返った。サングラス越しでも、冷めた目つきをしているのが分かる。
【お前こそ、これ、どういうことだよ】
【!】
相変わらず尻を地面につけたままの山田だったが、自身のスマホを持ち、それを古川に向けた。そこに映っていたのは・・・、
【昨日は、お楽しみだったみたいだな】
ネオンサインきらめく建物から、2人の男女が出て来るところだった。1人は、古川が大絶賛浮気中の相手。もう1人は、古川がこの男と会う時に変装した姿だ。もちろん写真の中の女は古川に似ても似つかないが、山田にも策があるのだろう。
【家から、この服とカツラも見つかったぞ】
山田が画像を切り替えた。古川が変装中に着てる服と、カツラだ。同棲中の家から見つかったともなれば、言い逃れはできない。
【な、んの、はな、し・・・】
今度は、古川がうろたえる番になった。これは、マジのようだ。あいつ、昨日、浮気相手に会ってたのか・・・! なんでそんなリスキーなことを、と思ったら、昨日山田はAB商事の女とデートで帰りが遅かった事実に行き着いた。
しかも、私からも古川に伝えたから、山田が古川を嵌めるための罠という線も消える。古川からすれば、堂々と浮気ができる訳だ。人に浮気調査させて彼氏の監視もさせてる間に自分も浮気相手に会うとは、なんてヤツだ・・・!
ていうか、昨日、ネオンサインの建物から出る現場を捕らえたということは、
「まさか、キンダイチ・・・!」
もちろん色んな人が浮気をするから絶対とは言い切れない。でもキンダイチの奴、月曜もチャンスだったとか言ってたな。職質されて写真が撮れなかっただけで。
月曜と言えば、山田が三鷹に行ってAB商事の2人と飲んでた日だ。もちろんこれも、山田と私の双方から古川に伝わっている。彼氏の帰りが遅いのが確実という安心を利用して浮気相手に会ってても不思議じゃない。キンダイチかどうかは別として、山田は山田で探偵に頼んでたって訳だ。
【っ・・・・・・】
そして古川は、油断した。私が山田を見張ってた月曜と昨日、キンダイチか他の探偵が自身を追ってるとも知らずにネオンサインの建物に行ってしまったのだ! あまりにも、バカ過ぎる。1週間でも待ってりゃ私が山田の浮気を暴くから綺麗サッパリ別れられて、それからは毎日のように新しい男を家に呼べるってのに、それさえ待てなかったのかよ。
【何とか、言ったらどうだよ】
いや、お前ら、マジでお似合いだと思うぞ?
「・・・ねえ、鏡子」
鈴乃が、さっきの花屋と同じように冷たく言い放った。
「もしかして、知ってたの?」
「いやー驚いたわ、まさか古川さんまで浮気してたなんてね」
「自分の担当になってる婦警の弱みを握るために調べたら浮気してることが分かって、何かやらかした時にそれで脅して見逃してもらった。そして、古川さんは浮気相手と付き合いたいから山田さんと別れたくて、鏡子に調査を頼んだ。こんなところかしら?」
さすがは私の親友だ。だいたい合ってるぜ。
「こんな茶番、付き合ってらんないわ。ピザ、ご馳走さま」
鈴乃はそれで、車を降りた。まあ、茶番なのは確かだな。だが、全てを知った上で観測者の立場になるのも、結構面白いけどな。しかし鈴乃はマジで、冷めたような目つきで山田と古川の様子を見ながら、駅の改札を通って行った。
古川と山田はしばらく口論していたが、やがて決着が着いたようで古川が車に戻って来た。
「お疲れさまでした。上手く別れられて良かったですね」
「・・・・・・」
結局2人は破局したが、古川の表情は冴えない。山田から慰謝料でも取るつもりだったのだろう。
「それじゃあ、お願いします」
私は、手を開いて古川に見せた。
「・・・何です? それは」
「何を言ってるんですか。成功報酬の、10万円をお願いします」
「あなたこそ何を言ってるんですか。こちらもバレてしまったんですよ」
「関係ありませんね。彼氏さんの浮気を暴いたら、10万円。そういう契約でしたよね。あなたの方がバレないことまでは、約束してません」
それに、バレたのはてめーが迂闊なことをしたからだろ。私には一切責任がない。
「・・・忘れたのですか? 探偵業は、届け出が必要なのですよ」
そう来たか。ここで金を受け取れば、警察官としてタダでは置かないってか?
「そちらこそお忘れのようですね、昨日は熱い夜を過ごしたことを」
私は、自分のスマホ画面を古川に見せた。さっき山田が古川に見せたのと同じものだ。あの様子をドローンで撮っていたから、山田のスマホ画面にフォーカスした静止画も当然確保してある。これまでは喫茶店で会ってる姿だけだったが、より強力な武器が手に入ったぜ。もしこれをキンダイチがやったんなら、少しは認めてやってもいい。
「・・・10万で、いいですね」
まいどありー。
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翌日。ホクホクの金曜日。
「いやー、昨日は面白かったねえ」
「どこがよ。お互いに浮気しながら揃って浮気調査まで頼んでるなんて」
「それが面白いんじゃな~い。傍から見ててこれほど愉快なものはないわよ? 金もガッポリ儲かったし。今日もピザ食べ行く?」
「やめとく。警察官からの賄賂で食事するなんて」
「賄賂じゃないわよ。それに、警察官じゃなくて個人としての依頼だったんだから」
「一緒よ。プライベートでも公けとしての立場を完全に捨てられる訳じゃないでしょ?」
それは古川に言ってやりな。
【ピン、ポン、パン、ポーン】
昼休みに校内放送が入ることは珍しくない。ただ、それなりに重要な事務連絡が入ることもあるので、耳は傾ける。
【2年2組の厳木鏡子さん、職員室まで来てください。君津先生がお呼びです】
「あ?」
「なにやらかしたのよ」
「なんにもやってないわよ。てか昨日一緒だったじゃん」
「ひと晩あれば、鏡子が呼び出されるには十分よ」
「人をもっと信用しろよ・・・」
「信じてるからこそ言ってるのよ」
ったく、言ってくれるぜ。
「失礼しまーす」
職員室に入るなり、君津がクイッと親指で端にある区画を指した。あっちで話すぞってことか。こりゃ、昨日の晩じゃなくて夕方のことだな。痴話喧嘩の現場にいたぐらいで何を疑ってるんだか。
パーティションの奥に来るなり、君津は“座れ”と言わんばかりに椅子を指差した。そして、座ると、
スゥッ。
1枚の写真を出してきた。
「・・・・・・!!」
昨日あの後、車の中で古川から報酬を受け取り、中身をチェックしている姿が映っていた。バッチリ、万札の角の”10000”も見えている。
コトン。
君津は無言のまま、後ろにある棚に乗っていた箱を両手で取って私の目の前に置いた。その箱に書かれていたのは・・・、
<青い夏共同募金>
「・・・・・・」
私は、顔を引きつらせたまま固まるしかなかった。ここで、ようやく君津が口を開く。
「前金も含めて、全部ここに入れろ。今は持ってないだろうから、明日、間違いなくだ」
「・・・・・・」
目の前にある募金箱が、悪魔のように見えた。私が頑張って稼いだ20万を、一瞬にして奪い去ろうという悪魔。
「1枚でも誤魔化してみろ。一緒に映ってる婦人警官も含めてタダでは済まないぞ」
写真を見る限り、そこに10万ぐらいありそうなのは分かる。前金がいくらだったかなんて誰も分からないだろうが、ことと次第によっては古川の口から明かされる。写真の古川は私服でサングラスもあるが、車のナンバーを撮った写真もあるだろうから言い逃れはできっこない。現役警察官が、一般人相手に現金を渡している姿が、そこには映っている。
「写真の提供者は、お前が素直に募金に応じるならこの写真をくれてやってもいいと言っている。もちろん、データの消去には俺も立ち会おう。
人の浮気を暴いて、高校生としては破格の募金で社会貢献もできる。立派なものじゃないか。さすがは我が校ナンバーワンの成績の持ち主だな。担任として誇りに思うぞ」
「・・・・・・!!」
まじ、泣きそう。
山田に頼まれて古川の浮気調査をしていた人物が、あの場所にいても不思議ではない。山田と別れてからの古川を追えばこの写真を撮ることも簡単なことだろう。興信所なんて、いくらでもある。個人的に浮気調査をしている人もいるだろう。しかしその中で、撮った写真を公けに明かさず窓咲高校の教師に渡すことができるのは・・・、
きーんーだーいーちーのーヤローーーーーーーーー!!
次回:夏休みイズミー!




