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第54話:日曜日、喫茶店で

「こんにちは」


「ども~」


 日曜日、私は古川に呼ばれた喫茶店“ルルエール”に来た。


「約束通り、例のものを渡してください」


 警察官が言うセリフかよ。


「もちろん、データの削除もお願いします」


「分かってますよ。警察相手に嘘をついたら後々響きますからね」


「あら、今日はお互いの立場を忘れてのお茶ですよ?」


 単なるお茶で“例のものを渡せ”とか言う奴があるか。


「カフェゼリーフロートで」


「学生らしいですね」


「お互いの立場を忘れるのでは?」


「ふふふ、そうでしたね」


 なんだその笑みは。気持ち悪いんだが。


 古川が店員を呼び、注文。その間に私は腰を下ろした。古川の服装だが、まあ、大人の女性を表現したような感じだ。女子会に行くようにも見えるし、デートだと言われてもおかしくない。


「着替えて来なくて良かったんですか?」


 古川はいつも、この日曜のこの時間にここで浮気相手に会うために、駅のトイレで着替えていた。着替える前も今みたいな感じの服装だったが、着替え(+ウィッグでの変装)後は、恐らく彼氏にも見せたことがないであろう服に変わっていた。


「っ・・・見ての通り、今日は服装を整えてきたつもりです」


 微妙に眉がピクリとした古川。


「そうですか」


 ま、どうでもいいけど。


「それで、例のものは・・・?」


 はいはい、分かってますよ。と言いたいところだが、


「実のところ、印刷はしてないんですよ。なので渡せるものはありません」


 そう言うと、古川の眉間のしわが深くなった。


「それとも、わざわざ印刷して道中うっかり落としてしまった方が良かったですか?」


「う・・・いえ、そうですね。リスクは避けてしかるべきですね」


 諦めたように古川が息をつく。多分、どんな写真が撮られたのか気になっていたのだろう。


「そうなると、データを消すことだけでも約束して頂くしかないですね」


「調べますか? あなたにはそれをする“力”があると思いますが」


「まさか。“立場を忘れて”、と言ったでしょう?」


「そうでしたね。ですが、本当にデータを消したか不安だと思うので、それに写っていた事実を利用してあなたを揺さぶることをしない、というのを約束しましょう」


「それは嬉しいですね。噂通り、約束には忠実なようで」


「商売人ですから。信用第一をモットーにしています」


「素晴らしい心掛けですね。その年齢で商売を、というのは大変ではないですか? 障害も多いことでしょう」


 主な障害はあんたら警察だがな。だが今日は、お互いの立場を忘れるんだったな。気にしない。


「お陰さまで、なんとかやっていけてますよ。何かとトラブルの多い世の中ですからね。人の役に立てる術を持っていると、それなりに需要もあります」


「そうでしょうとも。私たちとしても大変手を焼き・・・ん゛ん゛っ、感心しているところです」


 おやおや、あなたの仕事は知らないですけど、私が障害となって商売に影響が出ているのですか?


「それはそれとしましてですね・・・」


 話題を変えるらしい。コトン、とホットコーヒーのカップを更に戻した古川は、真面目くさった顔をして私の目を見た。


「どうして、分かったんですか」


「・・・・・」


 よほどバレない自信があったのか、古川はそんなことを聞いてきた。


「街の至るところにカメラを置いて、日々ウォッチングしてますから」


「な゛・・・っ」


 どうした? “立場”ってやつを思い出しでもしたか? もちろん定設カメラなどはなく、コバエ型ドローンでターゲット(古川)の弱みを握るべく追いかけ回したに過ぎない。さすがの私も、街中にカメラ設置して監視するほど暇じゃない。


「あくまで、あ・く・ま・で・個人としての忠告ですが、」


 浮気するような小悪魔が何だって?


「そういうのは、まずいのでは・・・?」


 よく言うぜ。


「ジャーナリズムと言って頂きたいですね。事実として、これにより1人の人の悪事を暴くことができましたから」


「っ・・・・・・」


 ぐぬぬ、と睨みを効かせてくる古川。


「と、トイレにもですよ? ジャーナリズムにも倫理はあるでしょう?」


 こちとらマッドサイエンティストだ。だが、


「個室の中までは撮りませんって。でも、中に入った知り合いが、数分後に全然違う服装と髪型で出て来たものですから驚きましたよ。しかもそれを、毎週同じ曜日の同じ時間にやっていて、直後に特定の男性と会っている」


 気にもなるってもんですよ。


「っ・・・さ、さすがは天才発明少女ですね。あなたの前では、どんな悪事も成り立たないでしょう」


 さすがに自身の行いに負い目を感じたのか、古川は引き下がった。


「風の噂では、あのMNCの崩壊にもひと役買っているとか」


 何が“風の噂”だよ、白々しい。


「まあちょっと、営業の人と色々ありましてね。ですが大体は警察による捜査で崩れていったものと思ってます。隕石が落ちたのも大きいですが」


「そうですね。隕石で注目を集めたことで批判の声が強まったのも、一助となったでしょう」


 それまで捜査しなかったのは警察だがな。


「ストレスを感じてた人も多いので、これで1つ、大きな枷が外れたような気もしますね」


 警察官も人だ。放置してたなりにも思うところはあったらしい。


「実際、私のところに相談に来る人もいましたよ。MNCの電波が入らないように改造してくれとか、追い払うためのトラップ作ってくれとか」


「まあ。本当に、発明家ならでは相談を受けていたのですね」


 わざとらしく手を合わせて感心したような反応を見せる古川。


「数年前は、業界でも注目されていたんだとか」


「・・・よくご存じで」


 中学の頃は、学会や展示会に出たりもしていた。理系ゆえか男が多く、女子中学生の登場には注目が集まった。結果、祭り上げられそうになったので表舞台に出るのをやめて、母の名義を借りてお忍びで様子を見に行く程度に留まっている。大手メーカーの開発で課長をさせられている母を見る限り、あのまま続けたら業界の看板娘にされるのが目に見えている。


「噂の絶えない天才発明少女に対するジャーナリズムも、必要かと思いまして」


 それは個人としてか? 警察官としてか?


「“マッド才媛”なんて呼ばれ方もされてますからね。そういう目が向けられるのも止むなしです」


 とりあえずそう答えた。


「ええ、私の職場にも相談の電話がありました。猫がドローンで空飛んでるから自分ちの子も心配だとか、図書館が空飛んだとか、学校で乱闘騒ぎが起きてるとか」


 そこでちょっと、にこりと笑みを見せた古川。どうやら、我が家へのクレームだけでなく通報も行ってたらしい。


「横浜のオフィスからも、ゴムボートで海上にいるのを見つけたと知らせが入ったこともありましたし」


 あー・・・あれか。出港した豪華客船から脱出したあと漁師に拾われた時のか。あの時お世話になったのは現地警察だが、窓咲署への連絡ぐらいするだろう。実際週明けに君津に呼び出されたし。


「しかし聞けば、エアコンを直してもらったなどの声もありますから、悪い噂ばかりではないようですね」


「そりゃあ、こっちも商売ですから」


 “お小遣い”がもらえるんだったら家電の修理ぐらいするさ。


「ふふ、さすがですね」


 さっきとは変わった不敵な笑みを見せる古川。なんか不気味だ。ただの世間話とは思えないんだが。


「あれだけの注目を浴びておきながら、息を潜めて市内での活動に留まっているのは、やはり地域貢献の意図が大きいのですか?」


「いえ、単純に金になるからですね。組織に属してしまうと、自分の取り分が減ってしまいますから。一方で、組織の運営コストや上層部の取り分を稼ぐ必要もなくなるので、割安で対応できます」


「なるほど。win-winといったところでしょうか」


「競争相手は顧客ではなく同業者なのですが、どっちも喜ぶという意味では、そうですね」


 なんだかさっきから、古川の口調が明るくなってきている。やはり警察官として、私本人から聞けるだけ聞いちゃえということか。弱みを握られるようなヘマはもうできないだろうな、とかも思ってるかも知れない。

 いずれにせよ私には、こいつの浮気現場を捕らえた証拠があるので、私が脱税しようと無許可で人んちの工事をしようと見逃すだろう。


「ちなみに、割安、というのはどのくらいのもので?」


「場合によりますけどね。少なくとも、業者の相場よりは下で。それから、現金以外の形で受け取ることもあります」


 現金で受け取る場合もあるって警察に言っちまったよ。でも今日は、お互いの立場を忘れて、っていう話だったはず。


「なるほど。まさしく、地域の味方、といった感じですね」


 そのお墨付きを、警察から頂けると嬉しいんですけどねえ。

 にしても、なんだか、事業についてインタビューされてる気分だな。あくまで個人的に“お手伝い”してそのお礼として“お小遣い”をもらってるに過ぎないんだが。そんなことを知って何に利用するつもりだと思っていると、


「それで、ですね。そんなあなたを見込んで頼みたいことがあるんです」


 古川はそう言った。どうやら、商談を持ち掛けられるらしい。


「頼み、ですか?」


「はい♪ 今日はお互いの立場も、これまでの経緯もぜぇんぶ忘れて、個人と個人、ということで♪」


「はあ、まあ・・・」


 それは構わないのだが、ここまで嬉々として言われるとなんか不気味だ。作ったような笑顔を見せていた古川は、「ん゛ん゛っ」と咳ばらいをしたのちに、それまでの笑顔とは打って変わって真剣な目をしてこう言った。


「・・・彼氏が、浮気してるかも知れないんです」


「・・・・・・」


 あんた、よく太陽の下で警察官として生きてられるな。

次回:定番の浮気調査

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