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第48話:鏡子 対 MNC

「え、鏡子が出向くって・・・え?」


「そりゃそうでしょう。本件の最高責任者なんですから」


「そ、それはそうかもだけど・・・ほどほどにね」


 結局言うのかよ、そのセリフ。白鳥家の皆さんも、もうどうなっても知らないと言わんばかりの気の抜けた表情をしている。


 という訳で、面々をリビングに残して私は玄関でスタンバイ。鈴乃は、こっちも気になるのか顔を覗かせてきている。私は手持ちのタブレットで、奴らを映しているコバエ型ドローンの映像を確認。


【905だな、間違いない】


 来たか。さっきの反省からか、部屋番号を確認している。


 ピンポーン。


 もちろん、タブレットからだけでなく普通に呼び鈴の音が聞こえる。


 ピン、ポーーン。


 2回目。


「白鳥さーん、白鳥さーーん!」


 ドア越しに、声が聞こえてくる。


「また居留守ですかー? いるのは分かってるんですよー?」


 白鳥家がいるのは分かってても、私がいるのは分かっていまい? 画面に映るMNC職員の片方が、顔の横で拳を作り、ノックと呼ぶには勢いのある速さでそれを振り下ろし始めた、まさにその瞬間!


 バン!!


「ふがっ!!」


「おわっ、なんだ!」


 私は勢いよくドアを開けた。ドアを叩こうをしてた奴は尻餅を着いた。2人とも巻き込むつもりだったのだが、もう1人は少し横にずれていたようで外した。ちっ。


「いってて・・・」


 尻餅を着いた方はドアを顔面に食らったようで、痛そうに顔をさすっている。


「あら、ごめんあそばせ。ちょっと急いでまして」


「いや、でもピンポン鳴らしてた・・・あ!」


 そいつは、左手で顔を押さえながら、右手で私を指差してきた。人を思いっきり指差すとは失礼な奴だ。それでも営業マンか?


「私が何か?」


 この街では、私の顔と名前を知る人が多い。MNC職員ともなれば尚更だ。


「あ、いや・・・」


 まるで私への当て付けのように顔をさすりながら立ち上がるMNC職員。


「ここ、白鳥さんのお宅ですよね?」


 “なんであんたがいるんだ”と言わんばかりに怪訝な表情を見せるMNC職員。


「そうですよ? クラスメイトがいるんで遊びに来てました。何かおかしいことでも?」


「あっ・・・いえ、別に。そうですか、お友達でしたか。では、白鳥さんはご在宅ということですね?」


「私の友達は。けど、用があるのは誰です?」


 白鳥家は4人家族だぜ?


「あなたは関係ありません。お1人でもいらっしゃるのであれば話を伺うだけです」


 関係あるんだな~これが。なぜなら、あんたらにメンタルやられた人の妹に頼まれてここにいるんだから。それをこいつらに教える義理はないけど。


「ふーーん?」


 私は、胸ポケットにクリップで止めてある名札をわざとらしく覗き込んだ。


「MNC、ねぇ・・・。高校生相手に営業する気ですか? 無駄だと思いますけど」


 とりあえず、妹しかいないということにしよう。無論、いくら契約してない状態が法律違反だからと言って、高校生にサインさせることはできない。


「であれば、明日何時ごろに伺えばお姉さんがいらっしゃるか聞くだけです」


 日曜も来る気かよ。仕事熱心だねぇ。


「あ、そうだ。忘れてた!」


 私は、ポン、と自分の手を打った。


「今日スタートの限定パフェあったんだ! すぐ行かなきゃ! てなワケで、これから一緒に遊びに行くんで無理です。お姉さんがいる時間? そんなの出直してください」


「そ、そんなのとは何ですか! 私たちはこの街を支えるインフラを運営しており、それにかかる費用を負担しない人がいる不公平な状態を是正するためにですね・・・!」


 けっ、有料の街WiFiなんて誰が使うんだよ。それも、市外に出れば繋がらないんだから、大半の人が他の通信キャリアも契約してる状態だ。


「それでも私の友達は関係ないですよね? 貴重な休日の時間を奪わないでもらえます?」


「こっちだって休みの日に仕事してるんですよ! あなたには分からないでしょうけど!」


 大人が子供にこのセリフを吐くほど、みっともないものは無いな。しかし、悪いが、あんたらをここから先に通さないのが今日の私の仕事なんだ。既に3日のタダ飯とタダ宿をもらっている以上、手を抜く訳にもいかなくてね。ちなみにあんたらは、冴絵さんが契約したらいくら入るんだ?


「ええ、分かりません。民間企業である以上、そっちがやってるのは営利活動。私たちは、売り切れる前に新作パフェを食べたい。協力する筋合いなどありませんね」


「え、えいり・・・!」


 営利、という言葉に過剰に反応するMNC職員。


「営利とは何ですか! 私たちは、街の皆さんが市内どこでもネットワークに接続できるよう、大手キャリアも届きづらい隅々まで行き渡らせているんです! 他でもない、あなたたちの為ですよ!」


 だったらタダにしろ。ニュース配信やら動画配信サービスもいらん。ネットに繋がりさえすれば用意されてるものに余計なコストを割くな。それを言ったところで意味などないので、代わりにこう言った。


「パフェの方が、大事なんで」


「な・・・っ!」


 月1000円だが市内でしか使えないものより、何倍もかかろうとも日本全国で使える方を契約するに決まってるだろ? 使いもしないものよりも、パフェの方に1000円出すのは当然だ。まあ、新作パフェなんて作り話だからないのだが。


「ば、馬鹿じゃないんですか!? 法令順守よりもパフェの方が大事だって言うんですか!? 窓咲イチと呼ばれた天才少女が聞いて呆れますね!!」


「その“窓咲イチの天才少女”が用意したアトラクション、お楽しみ頂けましたか?」


「あぁ・・・っ!?」

「は・・・?」


 2人は、何言ってんだこいつといった様子で怪訝な表情をして固まったあと、


「「ああぁーーーっ!!」」


 とんでもない発明でもひらめいたかのように、目も口も大きく開いた。17歳のレディーの前で、下品な奴らだ。さて、種明かしをした以上、黙ってればガタガタ言われそうだからその前に


 ボワワ~~ン。


 私が床に叩きつけたそれから、真っ白な煙が立ち込める。


「ゲホッ、ゲホッ!」


「何だこれ!」


 さあ、何でしょね。


 煙が晴れた頃、この9階の廊下から奴らの姿はなくなっていた。その代わり、


「う、うわあああぁぁぁぁぁ!!」


「た、助けてくれえええぇぇぇぇ!!」


 私の正面にある手すりの先、10メートルほど離れた位置の、9階と同じ高さに、奴らは浮いていた。


 タブレットの画面では、奴らのそばでホバリングしているコバエ型ドローンが映す、奴らがみっともなく喚く姿がアップ流れている。そのドローンに付けたスピーカーを通じて、私は奴らにメッセージを送った。


「それでは、本日最後のアトラクション、パーフェクトフリーフォールをお楽しみください」


 生身のまま9階から落ちるなんて、そうそうできる体験じゃあるまい? しかし、そんな貴重な体験を経験させてあげようというこの私に、怒りの声をぶつけてきた。


「こ、こここ、こんなことをして許されると思ってるのか!!」


 コバエ型ドローンに気付く由もない彼らは、こっちの方を見ている。


「べっつに許してもらう必要とかないしぃ~。あ、パフェ売り切れたっぽい。もうコレこっちの方が許さないって感じっしょ~」


「ぱ、ぱぱぱ、パフェなんかと一緒にするな!!」


 じゃあもし本当に、一生に一度しかチャンスがない味のパフェを逃してたら、あんたらは私の怒りを受け止めれたのか? マジもんの役所や警察にだってケンカを売るぜ? 私は。 スイーツなめんな。


「こ、これはもう立派な犯罪だ! 暴力だ! 訴えてやる!」


「じゃあ私は、何年か前にウチの防犯用の落とし穴に掛かった人を不法侵入で訴えようかな」


「あ、あれは、公平なインフラ運営のための正当な理由であり、不法侵入と呼ばれるものではない!」


 あの時は既に民営化してたっけ。ま、どっちにしたって、正当だとか不法じゃないとか、あんたらの解釈でしかない訳だ。こっちからすれば、他人が許可なく敷地に入って来る時点で嫌だっちゅう話よ。そんなのはゲームの中だけにしな。


「あとさぁ、訴えるとか何とか言ってるけど、“死人に口なし”って言葉知ってる?」


 奴らの落下点に相当する、地面に大穴が開いた。暗く、深い。


「ひ・・・っ!」


「お、おい! 何をする気だ・・・!」


 ここまでくれば幼稚園児でも分かると思うんだけどなぁ。優秀なMNC社員さんも、実はおバカなのかな?


 パッ。


「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 2人仲良く、落下。そのまま、地面に開いた真っ暗な穴へと向かって行き、



「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛・・・!!」」



 今、私の目の前で、廊下に尻餅を着いたまま、上を向き、すがるように手も上に伸ばし、口を大きく開き、目ん玉ひん剥いて絶叫する2人の姿があった。蜃気楼玉を使って見せていた光景を覚ましたのだ。

 蜃気楼玉の影響を受けたのはこいつらだけではなく、私自身と、鈴乃たちに映像を送るドローンにも大しても効果は出ていた。鈴乃たちも今頃、頭にハテナマークが浮かんでいることだろう。あと、目の前にいるこいつらに対しては、扇風機による風も添えている。


「あああぁぁぁぁ・・・・・・あ?」


「あ・・・れ・・・・・・?」


 違和感に気付いたのか、2人が絶叫を止める。


「快適な空の旅は、いかがだったでしょうか?」


 私は、CA風にニッコリとしてみた。


「な・・・・・・あ・・・・・・」


「生きて・・・る・・・・・・?」


 まだ、腰が抜けているらしい。


「あらあら、大人の方まで涙を出してしまうなんて、発明家冥利に尽きますね~」


 挑発してみたのだが、反応は薄い。


「か・・・・・・あ・・・・・・」


 あー・・・どうすっかな。


「えっと、大丈夫ですか?」


 思わず、そう声を掛けてしまった。


 ぽん、ぽん。


 肩を叩いてみる。


「おーーい」


 目の前で手をひらひら振ってみる。


 げしっ。


 横腹を蹴ってみる。


「あいった! 何すんじゃこの・・・あれ?」


 あ、戻って来た。


「いきなり大声なんて出して、どうしました?」


「あ・・・? あ、いっ、今のは、まさか・・・」


「パフェ売り切れたんで暇になっちゃいました。もう少し私と遊んでくれます?」


「ひいっ・・・!」


「おっ、おい! 逃げるぞ! 今日はもうどうしようもない!」


 悪夢から覚めたのを自覚し、私のそばを離れるべく立ち上がる2人。


「あ、私、しばらくここに泊まるのと、授業も通信なんで♪」


 いつでもどうぞ、と普段の商談でも使わないであろうニッコリ笑顔を見せた。無論、通信授業などない。こいつらがまた来たという連絡が入れば更なる恐怖を植え付けに来るだけだ。


「な・・・っ、なん、で・・・・・・」


「高校生が友達の家で寝泊まりするのが、そんなに変ですか? 学校も、こないだ窓割っちゃって、しばらく来るなって言われたんですよぅ」


「とっととっ、当然だ! 子供なら自分の家に帰りたまえ!」


「私がそんなのに従うと思ってるんですかぁ?」


「なっ、なら、学校にも行けばいいじゃないか!」


「だって、おじさんたちと遊んでる方が楽しいんですもん。明日も来てくださいね♪」


「ちっ、ちくしょおおぉぉぉぉ!!」


「覚えてろよーーー!!」


 2人は慌てるように走り去る。今どきそんな捨て台詞吐く奴がいるんだな。エレベーターの前で立ち止まって階段にするかどうするかと話し合ってる姿は滑稽だった。



 MNCの撃退が完了し、白鳥家のリビングに戻った。さっきまでいた4人に加え、冴絵さんもいた。どうやら、どのタイミングからかは知らないが、見ていたらしい。


「あの・・・ありがとう。少し、すっきりしました」


 その言葉に合わせて、両親と妹が頭を下げた。被害者からすれば、いじめっ子が成敗される姿を見るのは爽快だっただろう。成敗人たる私にとっても爽快だったが。


「とりあえず、明日までは泊めてください。遊んだらお腹すいちゃって」


「ええ、ぜひ・・・!」


 私の返事に立ち上がりながらそう言ったのは母親だ。


「大曲さんも、夕ご飯一緒にどうですか?」


「はいっ!」


 被害者でも何でもないのに、一番爽快感に溢れてるのは鈴乃だった。


「やっぱ、学校行かないってのは嘘?」


「まあね。学校行かなきゃビジネス入って来ないし」


 一応、街の掲示板には<お任せあれ!>とか書いてあるチラシ出して専用メルアドも載せてるが、効果はほとんどない。冷やかしメールに対して受信と同時にフリーズさせるプログラム乗っけた返信で反撃して遊んでるだけだ。


「てなワケで、また来るようなことがあれば教えてちょうだい、白鳥さん。今度は奴らの拠点に殴り込んでトラウマ植え付けるから」


「あっはは・・・教えるようには、するけど・・・」


 ほどほどにしろって?


「ああいうのはね、痛い目に遭わなきゃ変わんないのよ。有り得ないっしょ? 使いもしないモンを勝手に構築して法律まで作って金取るなんて」


 人の依頼に応えて金を取るビジネスをしている私から言わせれば、奴らのやってることは“人から金を取る”ということを明らかに軽視している。パシリとかカツアゲと大して変わらん。


「そうそう。私だってめっちゃイライラさせられたんだから。親いない時もあーだこーだ言ってくるのよ?」


「やっぱりどこの家庭もそうなんだなあ」


「他のママさんからも愚痴しか聞かないわよ? 厳木さんを紹介しちゃおうかしら」


「どこへでも、出張サービス致しますよ」


 MNCまじムカつくトークは、大いに盛り上がった。でもって、今日は顔色の良くなった冴絵さんも交えて、美味しい晩ご飯をいただいた。


 --------------------------------


 翌日、日曜日。

 昼飯まではいただこうかと、白鳥さんちでくつろいでいる。


「さすがに今日は来ないよね?」


 鈴乃は、昨日わざわざ帰ってから今日また来るという中々に非効率な行動を取っている。確かに着替えとか持って来てなさそうだったけど。


「さすがの奴らもそこまで神経図太くないでしょ」


 これで今日同じ奴が来たらビビるぜ?


「だね」


 鈴乃が買って来たアイスを食べながら、白鳥さんの部屋で3人くつろいでいる。


「ごめんね、何もなくて。暇じゃない?」


「別に。最近のゲームってのも侮れないのよ」


「部屋に1個しかない椅子に座っといてよく言うわね」


 白鳥さんのお勉強用デスクは私が占領していて、ぽちぽちとスマホゲームをやっている。2人はちっこいテーブルに座布団。


「白鳥さんの方こそゴメンね? 今日黒田くん部活休みでしょ? 邪魔しちゃったわね」


「え・・・!? えと、大丈夫、だから・・・」


 手を小刻みにバタバタ振る白鳥さん。もうすぐで付き合って3ヶ月なのにまだこの反応とは、かわゆいのう。


「黒田君とこはどうなんだろ? 雪実知ってる?」


「お母さんが耐えられなくてすぐに契約しちゃった、って」


「はぁ~・・・。ホント、仕事に対するあの姿勢はどこから来るのかしら。市役所の人より真面目なんじゃない?」


 たまには良いことを言うじゃないか鈴乃。

 その後も、昨日に続いて鈴乃と白鳥さんがMNCに対する愚痴を展開した。私たち3人しかいないからか、鈴乃からはクソだのボケだのといった汚い言葉も出てた。あんたやっぱ、私の親友だわ。


 --------------------------------


 そんな感じでまったり過ごしていたのだが、


【ピン、ポン、パン、ポーン】


「あ?」


 これは、防災無線か。


「何だろ?」


「さあ? お年寄りが行方不明とかじゃないの?」


【窓咲、ネットワークセンターです】


「あ??」


「MNC!?」


 私に続いて鈴乃が声を上げた。白鳥さんも、無言だが両手を口に当てて驚いている。民間企業が防災無線まで使って何の用だ。


【窓咲ネットワークセンターでは、未契約の方への契約、及び、未払いの方のお支払いを、日々、職員よりお願い申し上げております。しかし近頃、当社の営業に対する暴言や暴力が発生しており、非常に困っております。当社の電波を受信できる機器をお持ちのご家庭は、契約が法律で義務付けられておりますので、速やかなご契約と、お支払い手続きもお願い致します。

 繰り返します。窓咲ネットワークセンターでは、・・・】


「「「・・・・・・」」」


 とりあえず3人とも、黙って聞いていた。繰り返しで同じ文章を言った後、放送が止まる。しばらく沈黙が続いていたが、


「え、あいつら何なの?」


 最初に口を開いたのは鈴乃だ。


「どう考えても、昨日のことに対する警告でしょうね。市民全員に念を押してくるとは思ってなかったけど」


「向こうだって、暴言みたいなこと言ってたのに・・・」


 さすがの白鳥さんも、ちょっとむくれ顔だ。


「とりあえず様子見だけど、1週間もすればまたここに来そうね」


 営業担当個人を脅かしても意味ないってことか。向こうはいくらでも弾持ってるだろうからな。どうすっかな・・・と思ってると、


 タンタラタンタラタタララララララ♪


 電話が鳴った。


「誰だよこんな時に」


 見ると、母からだった。


「もしもし? ちょっといま忙しいんだけど」


 さっさと用件を言ってくれ、というニュアンスを全力で入れたが、


【あんた、MNCに何かした?】


 母は第一声からそう返してきた。どうやら、話を聞いた方が良さそうだ。今の放送だけで電話を掛けてくるとは思えない。


「昨日友達んちに来たのを追い払っただけだけど?」


 とりあえずオブラートに包んで伝えたのだが、


【ハァ、やっぱり・・・】


 溜め息をつく母。


「クレームでも来た? 面倒だから適当にあしらっといてよ」


 放送のみならず家にクレームまで入れるとは、メンドくせぇ奴らだな。


【昨日あんたに追い払われた営業担当2人が、鬱になったそうよ。精神科医の診断書まで出てる】


「は?」


 マジか。


【向こうの要求はこうよ。社員2人を一時的に失う損失と、2人に払う傷病手当金による損失の補償】


「はぁ!?」


【それから、厳木家のMNC契約。これらを行う意思を明日の午前9時までに示さなかった場合、警察への被害届の提出、それに民事訴訟も起こすそうよ】


「あぁっ!!?」


 何言っとんじゃワレぇ!!


【私に向かって叫ばないで頂戴。どうするの? 手続き自体はこっちでやるけど、あんたの金でやってよね。せっかく放置されてたのに余計なことしたんだから】


「チッ・・・」


 あいつら、まじブッコロ。


「明日まで、黙って待ってろっつっといて」


【・・・全部、あんたで片付けなさいよ】


 “明日まで待ってろ”はどちらとも取れる言葉だが、私がどうするつもりかなど母は分かってるだろう。


「・・・どう、したの・・・?」


 私が大声を出したからか触れない訳にもいかずと言った様子で、鈴乃が遠慮がちに聞いてきた。


「昨日の2人、精神科に行くハメになったっぽい。その損害補償をしないと、警察に被害届出すし裁判も起こすってさ」


「えぇっ!?」


「うそ・・・っ!」


 驚く2人。私は、「メンドクセーことになったなー」と呟きながら、スマホを仕舞う。その直後、鈴乃が、バン! とテーブルを両手で叩いた。


「なんであいつらだけ!? 雪実のお姉さんだって・・・!」


「こういうのはやったもん勝ちよ。かと言って、私に頼らず裁判起こしてりゃ良かったかと言うと、そうでもないけどね。金も掛かるし。一方で向こうは、みんなから集めた受信料があるから裁判なんて簡単」


「あぁっ、もう! マジでムカつく!」


「っ・・・でも、実際に、病院に行くことになっちゃったんだよね・・・」


 心優しい白鳥さんからすれば、昨日はやりすぎたとも思ってるだろう。その結果あの2人が冴絵さんのような状態になったのなら同情する気持ちも分かる。だが、


「精神科の診断書なんて、演技でも手に入るから実際のところは分からないけどね。それでも診断書さえあれば実害を主張できるから、裁判になったらまず勝てないわ。

 しかもそれで奴らは、“営業担当が精神疾患になった事例もありますので、今後は当社従業員の指示に速やかに従ってください”って堂々と言えるし、そこに司法のお墨付きも付く。下手すれば “帰れ!” って怒鳴りつけただけで精神科に駆け込まれて損害補償を請求されるわよ」


「うぅっそ・・・そんなのメチャクチャじゃん!!」


「・・・・・・」


 鈴乃は激昂、白鳥さんは、多分あの2人の状態が分からないためにコメントが出ないんだと思う。


「裁判になって負ければ、奴らはまたここに来る。だから、そうなる訳にはいかない。もちろん、奴らの要求を呑むなんて真似をするつもりもないわ」


 あんな奴らに屈するぐらいなら死んだ方がマシだ。それに、厳木家が屈したともなれば、益々MNCが勢いを付けてしまう。


「当ったり前でしょ! もうやっちゃえば?」


 そのつもりだ。せっかく昨日はお遊び程度で済ませてやったのに、足りなかったらしい。


「勝手に組織を作って市民にストレスを与え続け、“公共”だの“法律”だのを振りかざして我慢を強いる。鬱になる人が出てもお構いなし。そのクセして、自分たちはちょっと反撃された程度で医者と裁判所に泣きついて損害賠償請求? ナメてるでしょ」


 そもそもが、営業の仕事として住宅訪問をしており、交渉が難航したり怒鳴られたりするのは、職業柄避けられないことだ。鬱になるなとまでは言わんが、なったとして、それは労災で処理さするべきだし、顧客に責任を負わせるなど論外だ。


 しかも奴らは、私を相手にしていることを知った上で、この強気な姿勢を取って来た。


「この私にケンカ売ってる時点でもう、ナメてるとしか言いようがないよね」


 もしかすると、ただのお騒がせ女子高生ぐらいにしか思ってないのかも知れない。力関係ってやつを、見せつける必要がありそうだ。もっとも、奴らがそれを見る頃には壊滅してることにもなるのだが。


「ここいらが、奴らの年貢の納め時ってこったね。これ以上みんなが年貢を取られ続けるのも癪だし、私をナメてかかるような存在も邪魔だし、潰すわ」


 これ以上奴らをのさばらせても、マイナスにしかならない。


「っ・・・でも、どうやって・・・?」


 自分が頼んだことからこの状況に発展したためか、白鳥さんは不安そうな表情で聞いてきた。鈴乃に視線を送ると、“任せといて”というアイコンタクトが返ってきた。白鳥さんのケアは鈴乃に任せるとして、質問には答えよう。


「医者、警察、裁判所、そして市議会。全てが奴らの味方でしょうね。正攻法でいっても勝てないわ」


 それどころか、これがチャンスだと言わんばかりに私を吊るし上げに来る可能性もある。


「じゃあ、どうやって?」


 さすがに鈴乃も気になるようだ。


「奴らの本拠地ごと、物理的に潰す。電波さえ送れなくなれば契約の義務は消滅するでしょ。“MNCの電波を受信できる機器”はおろか、電波そのものがなくなるんだから。サービスが継続できなくなる以上、契約者も支払いの必要がなくなるはず。

 でもって、奴らの本拠地は廃墟になるけど、今さら建て直しとかやるとは思えない。市議会にどれだけ子分がいようとも、2度目ともなると市民の怒りが爆発する。あんな強引な営業をされた後じゃ尚更ね。そうなれば市政は崩壊するから、それだけは絶対に避けたいはず。MNC抜きでもオイシイ日々を送ってる人もいるだろうしね」


 とりあえずひと通り話したが、鈴乃と白鳥さんの顔からハテナマークは消えない。


「鏡子ならできるんだろうけど・・・いきなり建物潰したらもっと大変なことになっちゃわない・・・?」


「なるでしょうね。私が直接ブッ潰しに行けば」


「ってことは、直接はしないの? 間接的にやっても鏡子の仕業だってバレそうだけど・・・」


「そうね。明らかに機械仕掛けの攻撃をすれば、疑われる」


「そうよね・・・じゃあ、天変地異とか?」


「ま、そんなところね。都合よくピンポイントで隕石が落ちて来るとか」


「都合よくって・・・それも鏡子ならできそうな気がするけど・・・」


「さすがの私も、1日や2日でそれ用意するのは無理よ」


 奴らが警察なり裁判所なりに駆け込めば、それだけでかなりの不利に立たされる。奴らは明日の朝までは待つと言ってるのだから、今日中に仕掛けるしかない。


「じゃあ、どうするの?」


「神頼み」


「はぁ??」


 よほど予想外だったのか、鈴乃は半ば呆れたような顔をしている。白鳥さんも、顔に書いてあるハテナマークが増えた。


「いるじゃないの。私たちの近くには、神様が」


「近くに? 鏡子がそんなこと言うなんて珍し・・・あ」


 気付いたか。


「まさ・・・か・・・」


「その“まさか”よ」


 出番だぞ、ゴッド星岡。

次回:神降臨

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