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第47話:団地の守護神キョウコ

 3日間白鳥家で寝泊まりさせてもらって、迎えた土曜日。MNCの連中は、暇なのか報酬が欲しいのか、土曜日だろうとやって来る。


「それじゃあ鏡子、ガツンとやっちゃって。“ほどほどに”なんて言わないから」


 午前中のうちから、鈴乃は来ている。


「言われなくたって徹底的にやるけどね」


「あっははは。頼もしいね」


「お願い、します・・・」


「私たちには、見てることしかできないが・・・」


 冴絵さんは部屋に籠っているが、白鳥さんと父親、それに母親もいる。


「お気になさらず。報酬の宿とご飯はもらってますから」


 私に気を使ってか、この3日間は豪勢な食事が多かった。昼飯の弁当もあった。部屋も綺麗で、洗濯も毎日してもらった。それに応えないとあっちゃあ、ビジネスマンじゃないでしょう。私のために地獄に落ちてくれ、MNC。お前らごときがマッドさで私に勝てると思うなよ?


 ブロロロロロ・・・。


「お、来たわね」


 望遠鏡で窓の外を見ると、1台の白い車。公共事業を謳うクセして儲かっているのか、セダンタイプだが随分と上等に見える。ナンバーも、事前に調べておいたMNCが持ってる車のうちの1つに一致。あれだな。



 ボォォォォォン!!



「「「「!?」」」」



 突然の轟音に、ビクリと体を大きく動かした4人。そして、窓の外、駐車場に沿う道で、何やら黒い煙が立ち込めていた。


「今の、鏡子・・・?」


「お出迎えは、派手でなくっちゃね」


 その煙のそばで停まっているのは、もちろんMNCの車。とりあえず退路は断たせていただいた。


「さぁ~て、土曜日なんだから遊ばなきゃ♪」


 --------------------------------


「い、今の、何だったんだ・・・?」


「う、後ろで何か爆発したっぽい。車動くか?」


「問題ねぇ。ちょ、ちょっと離れるか」


 ブロロロロロロ・・・。


「く、車は何ともないみたいだな。何だったんだ?」


「わ、わからん。そのうち警察とかが調べるだろ。面倒だし、さっさと済ませようぜ」


「だな。あの女子大生、さっさと契約しろって話なんだよ。スマホ持ってないとか今どき有り得るかっつーんだよ」


 --------------------------------


 私はタブレットで、他の面々はパソコンで、コバエ型ドローンが映す車付近の状況を確認。今日は2人掛かりか。気合い入れて来てんじゃねぇかぁオイ。奴らの車は、恐る恐ると言った様子で前進し、後ろを確認したのか一旦停まったあと、駐車場に入った。まだまだ、ファンファーレはこっからが本番だよぉ?


 ヒューン、ヒュンヒュンヒューン。

 パンパパパンパンパンパンパーーン!


 奴らが駐車場内を通るルートに沿って、プチ打ち上げ花火が上がって花道を作る。驚いたのか、再び停止する車。


【うわっ、今度は何だ!?】


 ドローンを車内に送り込んだので、奴らの声も聞こえてくる。これから悲惨な目に遭う彼らの情けない姿をみんなで見ようではないか。


【ど、どうせ子供のイタズラだろ。さっきの煙ももう消えかけてるし】


 へえ、鋭いじゃないか。子供のイタズラ、正解だよ。歩合報酬のために今日ここに来てる大人なお2人に、ご褒美を上げましょう♪


 ズン! ゴロゴロゴロゴロ・・・。


 小さな車に向かって転がる大岩! このままじゃペシャンコだ!


【う、うわ! 何だあれ! 早く曲がれ! 左だ!】


 車はすぐさま動き出し、左に曲がって難を逃れた。と思うなよぉ~っ?


【ハーッハハッハ、ハーッハハッハ、ハーッハハッハ、ハーッハハッハ、ハ~イヤ~~♪】


 声楽部に頼んで録音させてもらった不気味なコーラスを流し、演劇部から借りた舞台衣装を糸吊り状態にいくつも出して車を取り囲んだ。衣装だけなので首から上や手足がない状態の、ドレスにタキシード、吸血鬼や魔女などが、糸で操られたステップを踏みながら車の周囲をぐるぐると回る。その場所だけを薄暗くする視覚効果付き。


【うわぁ! なんじゃこりゃあ!】


【わ、わからねぇ! 車を進めろ! こんなもん蹴散らせ!】


 おっと、そうは行くか。奴らが強行突破を図ったので衣装たちには避けてもらい、一旦フェードアウト。車は白枠の駐車スペースに停まり、2人の男が出て来た。


「早くも彼らが可哀想に思えてきたわ・・・」


「本当にまだ早いわよ。準備運動はここまでだ、ってね」


 白鳥家の面々は・・・こちらもちょっと引いてるみたいだな。


【ったく、今日はなんか変な日だな】


【マジでさっさと終わらせようぜ・・・】


 この団地は4つの棟があるのだが、奴らはここA棟を目指して来た。白鳥家以外にも押し掛けるかどうかは知らんが、私のやることは一緒だ。


 ヒューン。


【【うわあぁぁぁぁ!!】】


 定番、落とし穴。2人して見事に落ちてくれた。こっちで遠隔操作でできるから外しようがないが。


【いてててて・・・クソ、何だよこれ。ガタ来てんのかこの団地?】


【く、う・・・ボロだしな】


 確かに、奴らの車とは違ってこの団地の建物は、随分と黄ばんでいる。MNCで働いていれば住むことのないものだろう。さて、奴らが這い上がって来る訳だが、


【バウ! バウバウバウ!】


【ひっ・・・! 犬・・・!?】


 穴の周囲を、ワトソンがかき集めた野良犬たちが囲い込み、中にいる2人の男を見下ろす。可愛い系のものはおらず、ボクサー犬やドーベルマンなどの屈強な戦士を揃えてある。


【【【バウバウバウバウバウバウ!!】】】


【【ひぃぃっ!】】


 落とし穴に落ちて、見上げたら大勢の犬に見下ろされてるって、どんな気分なんだろうな。まあ、見下ろされるだけじゃないんだけどね?


【バウッ!】


【【【バウバウバウバウバウバウ!!】】】


【【ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!】】


 ワトソンの合図で、犬たちが一斉にダイブ。マジでどんな気分なんだろ。


「うわ・・・」


 これには一同、同情するような視線をパソコンに向けた。おいおい、敵に情けは無用だぜ? 自分たちの娘や姉が受けた仕打ちを思い出せ?


【ゼェ、ハァ・・・。何だってんだよ、マジで・・・】


 犬たちの撤収後、ボロボロの様子で何とか這い上がって来た2人。


【今日、やめといた方がよくないか? なんか、厄日な気がする】


 明日に仕切り直しても同じだぜ? もち、今後は平日だろうと私が相手してやるからどんなに延ばしても一緒だ。


【馬鹿野郎・・・! こんな目に遭って今さら引き返せるかよ! 絶対に契約させるぞ!】


 なんとまあ、逞しいこった。


 2人が、エレベーターの前に到着。あ、そうだ、忠こ~く。エレベーターを呼ぶボタン、押さない方がいいと思いまーす。いいか、押すなよ? 絶対押すなよ?


 ビリリリリッ!


【あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!】


 だから押すなって言ったじゃ~ん。


【せ、静電気か!? こんな季節に】


 何十歳か知らないけど、生きてれば7月でも静電気に見舞われることもあるかもね。私17歳だから分かんな~~い。


 エレベーターが到着し、2人が乗り込む。


【よし、9階だな】


 ボタンが押され、エレベーターが動き出す。


【ピンポンパンポーン♪】


【あ?】


 放送チャイムの電子音が入り、これまで毎日このエレベーターに乗ってきたであろう2人が違和感を覚えたのか怪訝な表情を浮かべる。


【本日は、金町地区団地、A棟にお越し頂き、誠にありがとうございます。精いっぱいのおもてなしをさせて頂きますので、どうぞお楽しみください】


 声は、私の肉声だ。


【あぁん? 変な機能付けやがって。何がおもてなしだ。こっちは散々だっての】


 それはお気の毒に。悪いが、泣きっ面を見せる人に蜂を送り込むのがマッドサイエンティストという生き物なんだ。付き合ってくれ。


【ガコン!】


 エレベーター、途中で突然停止。同時に、照明も落ちた。


【何だ! 故障か!?】


 ポチッ。ポチポチポチッ。適当にボタンが押されるも、反応なし。


【みてぇだな。ったく、ツイてねぇ。何が“精いっぱいのおもてなし”だよ】


 これが私なりの“おもてなし”なの♪


【これより、アトラクション“グラヴィティフォール”を開始します。シードベルトの準備はいいですか?


【あぁ!? シートベルトだぁ!?】


【ンなもんドコにあるんだよ!】


 頑張って探せ。


【3、・・・2、・・・1、・・・】


【おい! ちょっ、待っ・・・!】



 ガーーーーーーーーーーーーー!



【【うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!】】



 エレベーター、急降下。そのまま1階まで落ちて、最後に減速して停止。ドアは自動で開いた。


【ぐ、おぉ・・・!】


【痛って・・・天井に頭打った・・・】


 それはお気の毒に。シートベルトしないからそんなことになるんだぞ♪


【何でこんな目に・・・】


 厄日にエレベーターなんて乗るからさ。アウェーの土地に来て密閉空間に入るなんて、無警戒にも程がある。


【か、階段で行くぞ・・・】


【きゅ、9階まで・・・!?】


【あんなポンコツエレベーターもう乗れるか!】


 エレベーターがあるだけ有難いと思って欲しいもんだな。ボンボンなMNC職員さんには分からないかも知れないが。


 仕方なくといった様子で、2人は建物の端の方にある階段へと向かう。


「鏡子どうすんの? 来ちゃうよ?」


「何言ってんのよ。本丸が近付くに連れて警備は強化されるに決まってるでしょ」


「警備って・・・」


 まあまあ、見てなって。


【うおっ!】


 階段は、半階上がって折り返し残りの半階を上がる、スタンダードなタイプだ。幅は1メートルぐらいで、人同士がすれ違うのがやっと。足場も壁もセメントのグレーな空間で、ヒビも目立つ。そんな階段を上り始めた彼らの前に立ちはだかったのは・・・、


【ガルルルルル・・・】


 ワトソンのお友達だ。ちょうど半階上がったプチ踊り場的な所に、コンビニにいるヤンキーのようにたむろっている。無論、なわばりへの侵入者を警戒するように威嚇する。


【こ、こいつら、さっきの・・・!】


【ええい、どけ! 犬っころが! ここは人様の住み家だぞ!】


 お前らの住み家ではないがな。


【【【バウバウバウバウバウ!!】】】


【【うわあぁぁ!!】】


 犬たちは一斉に、半階下にいるMNC職員に飛びかかった。


【くっ、この・・・放せ!】


【バウバウバウ!】


【あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!】


 噛むなり犬パンチをするなりして気が済んだ犬たちが、情けなく横たわるMNC職員を残して退散。


【が・・・あ・・・!】


【ちっきしょ・・・俺たちが何したって言うんだよ・・・!】


 押し売りと不法侵入。


【い、行くぞ。あいつらもどっか行ったし】


 気を取り直して、といった様子で立ち上がる2人。そこへ、


【ヒトセン流、武術】


【あ?】


【まだいたのか! てか犬がしゃべっ・・・!】


【旋輪打 (センリンダ) 】


【ぐぅふぉぁ・・・っ!】


 体を高速回転させたワトソンの裏拳が炸裂。あいつどこで覚えて来てんだよあんなの。


【お、おい!】


 裏拳を左頬に食らって地面に倒れ込んだ仲間にもう1人のMNC職員が声を掛ける。よそ見はしない方がいいと思うぜ?


【がぁはぁ・・・っ!】


 地面を蹴ったワトソンのタックルが腹に入った。更に、


【ビシッ】


【ぐえっ!】


 尻尾によるビンタで追撃。結局そいつも地面に倒れ込んだ。うわー、背中から思いっ切りいったねー。痛そ。


【ごほっ!】


【ぎゃう!】


 仰向けに倒れる2人の腹にワトソンがまた一発ずつ入れて、その場を離れた。


【あの犬ヤロー・・・】


【今度会ったらタダじゃおかねぇぞ・・・】


 言ったな?


【ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ、

 ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ、】


【こ、今度は何だ!?】


 軽快な小太鼓のリズムに、2人は立ち上がる暇もなく振り返った。彼らの後ろからは、ワトソンとその愉快な仲間たちが、リズムに合わせて行進しながら迫って来ていた。全員2足歩行で。


【う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!!】


【なんじゃありゃぁぁぁぁぁぁぁ!!】


 先頭こそボーダーコリーのワトソンだが、その後ろにはボクサー犬やらドーベルマンやらが控えているので、それらが2足歩行で肩を揺らしながら迫って来るのは、かなりの恐怖だろう。


【は、早く行くぞ!】


 幸いにもワトソンたちがいるのは奴らにとって後方。しかも、リズムに合わせてるので、遅い。2人は逃げるように階段を駆け上がった。だが、行く手を阻むのが犬だけだと思うなよ?


【べとっ】


【え?】


 触ると思ったよ、半階上がって折り返す時の柱。鏡子ちゃん特製の瞬間接着剤を用意させていただきました~。空気中に放置しても固まらないけど、固体が触れた瞬間ピッタリいっちゃうスグレモノだぞ♪


【お、おい! 何止まってんだ!】


 外回りゆえに接着剤を逃れたもう1人が、振り返って声を掛ける。


【ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ】


 後ろからはまだ、ワトソンたちが行進して迫って来ている。


【ひ、ひぃぃぃぃ!!】


【何やってんだ! 急げ!】


【でも手がくっついて・・・!】


【ちくしょっ! 何だこれ、ペンキじゃねぇな・・・!】


【いでっ、いででででっ!】


 腕を引っ張って引き剥がそうとするも、効果なし。


【ど、どうすれば・・・!】


 私は優しいから、救済措置を用意してるよん♪


【ん・・・? これは・・・!】


<入居者の皆様へ。壁には現在、テスト用の強力な接着剤が塗ってあります。もし誤って触れてしまった場合は、こちらのドライアイスを使えば剥がせます>


 という貼り紙と共に水筒が置いてある。


【は、早く頼む・・・!】


【ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ】


 そうこうしてる間にも迫るワトソンたち。間に合うかな?


【くっ・・・よし、開いた!】


 水筒を開け、中からドライアイスを取り出し、


【この、この・・・っ!】


 接着部分にぐりぐりと押し込んだ。


【パリパリパリ・・・パリッ】


【よっしゃ! 剥がれた! 行くぞ!】


【すまん! 助かった!】


 彼らは、未だに行進を続けているワトソンたちを余所に、階段を駆け上がった。無我夢中のままに4階まで辿り着いた彼らだが、


【う、うわ・・・っ!】


【どうした!】


【手、手が・・・!】


 あの接着剤、ドライアイスを使えば剥がせるには剥がせるんだけど、正確には完全に固まって割りやすくなるだけなんだよね。そしてドライアイスがなくなって常温に戻ると、少し柔軟性を帯びて簡単には割れなくなる。そんな訳で、彼の左手は固まったまま指が動かせなくなった。


【い、今はいい! さっさと9階に行って済ませるぞ!】


 そんな接着剤まみれの手で営業活動かい? MNCってのはどんな社員教育をしてるんだか。


「きゅ、厳木さん・・・」


「ん?」


 白鳥さんが、引きつったような表情でこちらを見た。


「も、もう、いいんじゃ・・・」


 その言葉に乗るように、両親も同じような表情を向けてきた。どうやら、心優しい白鳥家はもう十分らしい。だが、


「まだまだよ。このままじゃ、日を改めてまた来ちゃう」


 この期に及んで奴らが逃げ帰らないのが何よりの証。


「そ、そう・・・」


 そしてまた、パソコンの方に視線を戻す白鳥家。なんだかんだで、もうちょっと見たいという意識も多少はあるようだ。姉なり娘があんな目に遭えば当然だが。心優しくない鈴乃はもう、ご満悦の様子で眺めている。さすがは私の親友だ。


 その後も、


【ボワァ~~ン!】


【あ゛う゛っ!】


 落ちて来るフライパン、


【ピシャッ】


【目が、目が~~~!!】


 レモン果汁水鉄砲、


【【のわーーーーっ!】】


 風船雪崩からの、


【パンパパパンパンパン!】


【【ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!】】


 その中にある爆竹の破裂で風船も破裂など、私の用意した仕掛けを受けながら、奴らはここ9階を目指して来た。


【ゼェ、ハァ、ア゛ァ゛・・・】


【やっと、着いた・・・】


 どうやら、目的の階に到着したらしい。お前たちはよく頑張った。


【パッ】


【【ん?】】


 奴らが玄関の並ぶ通路に足を踏み入れる前に、これまで奴らが一生懸命上がって来た階段は滑り台へと姿を変えた。踊り場部分も例外ではない。


【【わーーーーーーーーっっ!!】】


 哀しいかな、傾斜45°で潤滑油まで用意されたセメントの足場の上では立っていられず、奴らは腹を打って倒れ、滑り始め、バタバタともがきながら何度も折り返して、下へ下へと落ちて行った。


 そして、2人は1階に投げ出された。


【ぐ・・・おぉ・・・せっかく上ったのに・・・】


 そんな彼らを待ち受けるのは、


【ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ、

 ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ】


 軽快な小太鼓のリズムと犬軍団。既に階段下でスタンバイしてたワトソンたちは、滑り落ちて来た2人を囲んで輪を作り、リズムに合わせて肩を揺らしながら2足歩行による行進を続けている。


【【ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】】


 悲鳴を上げる2人。


【食われるぅぅぅぅぅ!!】


 安心しろよ。不味そうな人間の肉など食いはしないさ。


【ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズン、チズッチ、ズンチッチッチ】


 ワトソンたちはそのまま30秒は2人の周りをぐるぐる回った後、行進の音頭はそのまま輪を解いて去って行った。


【な・・・なんなんだよぉ・・・】


【ママぁ・・・】


 あらま、挫けちゃった。2人のMNC職員は座り込んだまま、今にも泣き出しそうな目で項垂れている。


【今日はもう、やめとくか・・・】


【そ、そうだな。こんな酷い日にまでやるこたねぇ・・・】


 おっと、そうはいくか。“日を改めて”では、困るんだ。という訳で、そんな時のために用意したのが、


【ママー、エレベーター直って良かったねー】


【やっと外に出られるわね。美味しいデザート食べに行きましょっか】


【うん!】


 1000円で買収した親子だ。これまで散々な目に遭ってきたMNC職員の2人だが、


【え、エレベーターが直ったぞ・・・!】


【今度こそ行ける・・・!】


 もうボロボロであろう体を起こし、立ち上がった。この私が待ち構える場所を目指すとは、勇敢なこった。奴らはエレベーターへと向かい、乗り込み、”9”と書かれたボタンを押した。エレベーターが動き出す。


「どうすんの鏡子? あいつら来ちゃうよ?」


「ま、見てなさいって」


 エレベーターが止まり、奴らが外に出る。そして、白鳥家の部屋がある方へ向かう。


【ピン、ポーン】


 呼び鈴の音が、パソコンのスピーカーから聞こえてくる。


「あっ、来ちゃった。・・・て、あれ?」


 しかし、この部屋の呼び鈴はなっておらず、


【ピンポーン、ピンポンピンポーーン】


 音は、パソコンから聞こえてくるのみだ。


「え・・・どうなってんの・・・?」


 鈴乃と、白鳥家の面々が不思議そうな顔を向けてくる。


「奴らが今いるのは、8階よ」


「・・・なるほど」


 蜃気楼玉を使えばこれくらい余裕ヨユー。鈴乃はすぐに理解したようで、頭にハテナマークを浮かべ続ける白鳥家の3人に説明した。さて、この部屋の真下の住人は買収してない(MNCとは関わりたくないと言われて断られた)のだが・・・。


【はい】


 ボロい団地では部屋に居るまま応答などできる設備はなく、住人が玄関の扉をそろりと開く。


【うわっ】


 そこにすかさず、MNC職員は割って内側に入り込んだ。相手の顔も確認せずに、すげーなコイツら。


【な・・・なんなんですかあなたたち】


 当然のことながら、苛立った様子を見せる8階の住人。土曜日だと、セールスが来るのも想定外だろう。でもって? この人、MNCとは関わりたくないって言ってたなぁ? 悪いが利用させてもらうぜ!


【あれ・・・えっと、冴絵さんのお母さん、でしょうか・・・】


 そうか、あいつらは白鳥家母の顔を知らない。部屋間違ってることにまだ気付いてねえ。


【は・・・サエ・・・?】


 更に表情を険しくする8階の住人。このご時世、真下の部屋に住んでても顔も名前も知らんのは普通だ。


【えっと・・・白鳥さんのお宅ですよね・・・?】


【いや違いますけど】


 もはや顔に“間違っんじゃねぇぞボケ”と書いてある8階の住人。


【え、あ、ここって何号室ですか・・・?】


【805。ちゃんと見てピンポン押してくださいよ】


【す、すみません。間違えました・・・!】


 平謝りするMNC職員。そのままそそくさと出て行こうとしたが、


【チッ。それもありますけど、ドア開けた瞬間にそんな滑り込むように入って来て、それってちょっと非常識じゃありません?】


 8階の住人は苛立ってるようだ。どう見ても営業マンっぽい奴がそんな入り方して来たんじゃな。ムカつくってか防衛本能働くわな。


【あ、いえ、我々MNCの者でして、法律に定められた契約を守らない方がいらっしゃいまして少々・・・】


【は?】


 MNC職員の言い訳を遮るようにして放たれた言葉は、冷酷なものだった。


【【・・・?】】


 その反応を、不思議そうに眺める2人。


【アンタらさあ、二度と来るなって約束したよね?】


 ついにタメ口になった8階の住人。こりゃ相当にキレてんな。いいぞ、やっちまえ。


【契約して金払うから二度とここに入って来るなって約束して、その誓約書まで書かせたよね? ほら、その壁に!】


【バン!】


 壁が叩かれる音が響く。てか、そんなことがあったのか。営業のウザさのあまり月1000円を捨てて契約したらしい。


【し、しかしそれは当時の担当者で・・・】


【これは、個人との約束じゃない。アンタらMNCとの約束。今、破られた。解約ね】


【いや、ですから法律で・・・】


【誓約書で決めたこと破る奴が法律語ってんじゃねぇ!!】


 8階の住人、激怒。


【誓約書にも、今度入って来たら解約するって書いてある。そしてアンタらは、これにハンコを押した。法律がどうとかは、知らない】


【ひ、ひぃ・・・】


 今日は不幸な目に遭いまくりのMNC職員。もう、萎縮しきっている。


【とにかく、これから解約の連絡入れっから】


 有無も言わさず、8階の住人が話を進める。


【あ、あの~・・・】


【何だよ】


 怯えるように肩の前で手を開きながら声を掛けたMNC職員に、8階の住人は鋭く冷たい視線を送る。


【部屋を間違ってしまっただけなのでお許しいただければと・・・】


【テメェらのミスだろうがボケぇ!!】


 最後の言い訳がそれかよ。ウケる。“過失による場合は除く”って誓約書に書かなきゃいけなかったね。


【ハァ・・・】


 トボトボとエレベーターに戻って行く2人。この件がどうなるかは知らないが、こいつらが上司に怒られるのは間違いないだろう。


 さて、8階の住人の協力もあり、奴らのメンタルはもう随分とキていることだろう。こいつらだって冴絵さんを精神科送りにしたんだ。当然の報いと言える。そして今度こそ、奴らが9階の地に降り立った。


「今度は何があるの?」


 もはや心配する素振りさえみせず、そんなことを聞いてくる鈴乃。何があるってそりゃあ、奴らが目と鼻の先まで来てるんだから、


「私が出迎えるわ。大船に乗ったつもりで見てて」


 最後の守護神、“私”、始動。

次回:鏡子 対 MNC

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