第46話:MNCをやっつけろ!
「わ~~ん、なんでなんでぇ~~~」
ドン、ドン、ドン。
私は、学校の自席で左腕を枕に屈伏し、拳を作った右手でドンドンと机を叩いている。
「もう3日目よ? いつまで嘆いてんのよ」
3日も連続でそう声を掛けて来たのは、鈴乃だ。
お菓子メーカー“まどさキャンディ”に新味開発を頼まれ、次の1粒に手を出したくなる魔力を持った、極限まで薄めた媚薬を混ぜたものを提供したところ、バカな社員どもはその成分を取り出し、社内恋愛はおろかトラブルまで起こしたため、白紙にされた。売上の1%相当のクオカードが半永久的にもらえる取引だったためにショックは大きい。
「ぜったい上手くいくやつだったのにぃ~~」
ドン、ドン、ドン。
「自業自得ね。あんなのでひと儲けしようなんてするからよ」
「だってあのバカどもがさぁ~、いい歳こいてクセしてさぁ? も~~~う」
その“バカども”の顔は知らないが、きっとロクでもない奴らだ。
「人の家庭まで壊しといて何言ってるのよ。社員さん、かわいそ」
「可哀想なのはこっちですー。支給した材料の成分を勝手に取り出された上に契約白紙になったんですーー」
とは言っても、個人の女子高生という立場上、契約書を交わした訳ではないので違約金など請求できない。文字通りの泣き寝入りだ。
「大の大人がさぁ? 社会に出てる組織人がさ~ぁ? 媚薬ごときに惑わさるなよぉ~~。ば~か~~ぁ」
ドン、ドン、ドン。
「その“媚薬に惑わされる”のを使って日々稼いでるクセに。マッドサイエンティストともあろう者がそれを計算してなかったの?」
「だぁってさぁ~~。も~~~ぅ、“ドロップス”の1%が~~ぁ」
ドン、ドン、ドン。
「ふん、これに懲りたらもう少し真っ当にお金を稼ぐことね」
(鏡子がこんな拗ねてるの、なんか気持ちいい・・・!) by大曲鈴乃16歳
「そういえば、図書館のやつもタダ働きになったんだって?」
「そーなよぉ~。もう踏んだり蹴ったりなのよぉ~~」
図書館が空を飛んでからもう3週間経つが、私が作ったプロペラがないと成り立たないのでメンテについて揉めたのだが、私のせいで電気代ほか維持費がかさんだとかで無期限の無償メンテという形で賠償させられることになった。マジふざけてる。金にならない以上やる意味がないので適当な技術者に教えて撤退するつもりだ。市立図書館は公共事業なんだから、市民に給料が入るようにしないとね。
「はぁ~~~~」
骨折り損に終わった時の虚しさよ。
ガラッ。
「よーしホームルーム始めるぞー。今日も厳木はその調子か。今週は本当に気持ちが良いな」
くっそてめー教師のクセに生徒の不幸を喜びやがってぇ。
--------------------------------
そんな日の放課後。
「えっと・・・申し訳ないんだけど、聞いて欲しい話があって・・・」
気分の乗らない日でも、ビジネスの話はやって来る。今日のお客さんは、白鳥さんだ。
「元々、テストが終わったら相談しようと思ってたんだけど・・・」
私がこの調子だから、今日になったらしい。というか、多分鈴乃が「別にいいわよもう」とか言って白鳥さんをそそのかしたに違いない。まあ、こっちとしても、いつまでも引きずって休業を続ける訳にもいかない。ビジネスモードに切り替えて、私は白鳥さんの顔を見た。
「それで、話ってのは?」
「えっと、今年大学生になった姉がいて・・・」
ふーん、姉がいたのか。別に意外って訳じゃないのだが、なんか、兄弟姉妹がいるって聞くと、この人物と同じ家で生活するのはどんな気分なんだろうなと思うことがある。
「姉が意味もなく絡んで来て困ってるとか?」
大学と言うのは、小中高と比べると何かと自由な面がある。気の弱い白鳥さんに対して意地悪にマウント取って来るような真似をしてもおかしくない。だが、
「あ、いや、そんなんじゃなくって・・・」
両手をブンブンと胸の前で振って否定する白鳥さん。姉にいじめられてるんじゃないとすると、あれだな。
「お姉ちゃんは1人暮らしをしてるんだけど・・・」
白鳥さんの性格からすると、姉自身が困ってて助けたいとかだろう。
「ストーカーに遭ってるとか?」
白鳥さんの見た目は悪くない。その姉ともなれば、考えられる話だ。
「ううん、そうじゃないんだけど、あ、でも、そうとも言えるかも・・・」
最初は否定したが、後半でぼそぼそと何か呟いた白鳥さん。
「それが、最近ふさぎ込んじゃってるみたいで、電話も出ないし、部屋に行ったら入れてくれるけど元気ないし・・・」
「ふーん・・・」
つまり、あれか。大学生活が上手くいかなくて鬱になってるとかか。
「心配よね・・・」
元から相談を受けて知っていたのか、鈴乃はただ一言そう付け足した。そして、その様子から察するに、これから話されるであろう、白鳥さんの姉が悩みの種を知っているらしい。さっさと聞くか。
「それで、お姉さんを何とかしたいってことだと思うけど、何で塞ぎ込んじゃってるのかは分かる?」
「うん。前からずっと愚痴も言ってたし、今も辛そうにしてるから・・・」
「そ。なら話は早いわね。とにかくその原因を取っ払うのが一番よ。こういうのは」
ストーカーではないもののそれと似たようなものかも、って言ってたな。1人暮らしを始めたばかりの人が抱えるストレスとして考えられるのはご近所トラブルがあるが、この街にはもう1つ、窓咲市民共通のストレス源と言えるものがある。
「・・・MNC、でしょ」
こう言うと、白鳥さんはハッとしたような反応を見せた。図星らしい。鈴乃も、静かに目を伏せるような態度を示した。
MNCとは、窓咲ネットワークセンターの略で、一言で言えば街WiFiだ。それ自体は珍しくないのだが、MNCの最大の特徴は、市内のどこにいても繋がるというものだ。他の自治体だと駅周辺とか商店街だけだったりするのだが、MNCだと、さすがに地下は無理だが、山の中だろうが人里離れた河川敷だろうが繋がる。
しかし、それと同時に大きなデメリットを抱えており、それは、有料だということだ。月に1000円だが、外食1回分には匹敵するし、年で1万2千ならゴールドカードだって作れる。そして、あろうことか、無線を受信できる端末を持っている人は強制加入というものが市議会で可決され、大絶賛施行中だ。
建前としては、市内のどこでも繋がるようにするためにコストが掛かる、そして、公共のものだから”人の少ない場所には整備しない”などできない、といったものだった。しかし市民の反発は防げず、当時の市長は次の選挙で落ち、その後の市議会によりMNCは民営化されたのだが、それも策略だったようで、前市長は見事に天下り。市議の多くはまだ前市長の手下だから、例の強制加入義務も残っている。
当然素直に契約する人ばかりではなく、厳木家もそうなのだが、MNCの一番厄介なところは、とにかく営業がウザい。条例で定められていることを盾に契約しろとまくし立て、無視し続けても毎日のように訪れる。居留守を使っても呼び鈴がウザいし、応答しようものならもっとウザい。ドアを開けようものならすかさず内側に入って来る。そして、話など通じない。自前でプロバイダを契約していてMNCを使っていなくとも、“条例で決まってる”の超理論を押し付けて来る。
正直、MNCが原因で鬱になったという人が出たと聞いても驚かない。
「じゃあ、奴らが毎日来るのを何とかすればいいのね?」
「うん・・・お姉ちゃん、しばらくうちに帰って来てるんだけど、それでも来ちゃって・・・」
タチわりぃぃぃぃ。どうせ、住所が別にあるんだから契約が必要、とか言ってるんだろう。しかし、賃貸契約を3ヶ月で解消するなんて大損だ。なおMNCは、賃貸の空き部屋が埋まると、どこから情報を仕入れるのか3日もあれば来る。
「鏡子んちはMNC契約してないのよね? どうしてんの?」
「庭の落とし穴にハメた。文句言ってきたけど、許可してないのに敷地に入って来たのは向こうだしね。脅したら引き下がったわ」
「それができるのが鏡子よね・・・」
良くも悪くも、MNCは民営化された。人に市の条例を守らせるために自分は国の法律を犯すなど、話になるまい。
「全ての人がそうできればいいんだけどね」
チラリと白鳥さんに目を向けると、自信のなさそうに下を向いた。だが、鈴乃のとこも契約してるようだが、とにかく営業がウザいから、月に1000円ぐらいなら払った方がマシとかで契約する家庭は多い。それ狙いでウザい営業をしてる可能性さえもある。
MNCを相手取って裁判を起こした人もいるが、勝った人はいない。MNCの電波が入らないような改造を頼まれたこともあるが、そうするとMNCに裁判を起こされ、負ける。そろそろ、始めからMNCの電波が入らない端末を街の電気屋に頼まれるかなと思っていたところだった。それも私的にはビジネスになるしアリなのだが、
「お姉ちゃんはもう、スマホも解約しちゃったのに・・・」
それでも来るのが奴らなのだ。
「“スマホ持ってないなんて人として有り得るんですか”、とか言って・・・」
白鳥さんは悔しそうに言った。人格否定など、MNCからすれば呼吸と同じようにできる。だが実際、“持ってない”ことを証明するのは難しい。ほぼ生活必需品となっているスマホともなれば尚更だ。
「んじゃ、白鳥家からMNCを撃退するってことでいいかしら」
「うん・・・。お礼は、何だっていいから・・・」
そこまで言うとは、よっぽど姉の状態が良くないみたいだな。
「んじゃ、解決するまで晩ご飯ごちそうして。あと白鳥さんちにも泊めて」
「え?」
そんなんでいいのか、みたいな顔をする白鳥さん。
「安くないと思うわよ? 長期化すればずっと私の分のご飯も作ることになるんだから。もし“これ以上無理”ってなったらいつでも破棄してくれていいわ。最善を尽くすことだけは約束するけどね」
「お願い、します・・・。それしか、ないから・・・」
脅したつもりだったのだが割と即答だった。
「んじゃ、決まりね」
商談成立。ま、MNCの連中ムカつくし、久々にちょっと遊んでやりますかね。
「でもどうすんの? 雪実んちって団地でしょ? 落とし穴とか無理なんじゃない?」
確かに、一軒家とは違って玄関のドア自体が境目になる。安いとこならオートロックさえないだろう。だが、
「問題ないわ。落とし穴だけが撃退法じゃないでしょ」
やり方はいくらでもある。
「いや、あの、鏡子? 知ってる? 団地って、集合住宅・・・」
「だったら、白鳥家はおろか団地ごと奴らから守れるわね」
「いや、だから・・・何する気?」
「そりゃあ二度と白鳥さんとお姉さんに近寄ろうなんて考えないようにするのよ」
撃退できれば勝ちって訳じゃない。相手の心を折ってこそ、真の勝利となる。
「うわ・・・そう言えば鏡子って、“絶対に敵に回したくない四天王”だったわね。ほどほどにって言いたいとこだけど、MNCには同情する気になれないのよね。なんでだろ」
奴らの日頃の行いが悪いからだろ。
「そんじゃ早速今日からお邪魔するわ? どうせ毎日来てるんでしょ? あいつら」
「うん・・・お父さんが仕事休んで追い払ってるから、大丈夫だとは思うけど・・・」
姉がインターホンに応じるとは思えないからな。だが居留守を使おうとも何度も鳴らすのがあいつらだ。おそらく姉に負担を掛けないよう、すぐに出て奴らの超理論に付き合ってるはずだ。
しっかし、父親が毎日仕事休んでんのか。1人暮らしを始めた娘が鬱になって帰って来れば当然かも知れないが。“市民の豊かな生活のため”と謳ってるMNCが、大半の市民のストレス源になってるどころか思いっきり市民の生活崩してるのが笑いもんだ。
そんな愉快なMNCの皆様には、喜劇の登場人物になってもらって大いに笑わせて頂きましょう。
--------------------------------
白鳥さんの家に到着。MNCの連中は昼間に来るから勝負は土曜日なので、一旦家に帰って着替えとかと取って来た。鈴乃は自分ちで寝るらしいが、とりあえず今は一緒だ。
「娘のために、わざわざありがとうございます」
と、父親。娘に門限を与えてもおかしくないぐらいには厳格そうな父親だ。MNCの奴を前にどんなやりとりをするのかは知らないが、奴らもよくこの人相手にめげずに来るもんだ。
さて、今日は水曜なので木金は普通に乗り切ってもらうとして、まずは、
「お姉さんの様子を見せていただいても・・・?」
反撃という形をとる以上、白鳥さんの姉がどんな状況に追い込まれたかは知っておきたい。極論を言えば奴らが二度と来なくなれば万々歳なのだろうが、クライアントの心情を把握し、より満足いただける内容するのがベストってもんだ。お客様の心に寄り添うのがマッドサイエンティストさ。
「わかり、ました・・・」
手伝ってもらうからこれくらいは、といった様子で父親が承諾。
「こちらへ」
白鳥さんの姉がいると思われる部屋へ案内された。
コンコン。
「冴絵、少しいいか」
「・・・・・・」
反応はない。
「・・・雪実が、MNCと戦ってくれる人を連れて来てくれた。厳木さんだ」
家族そろって、私のことは知ってるらしい。
「・・・・・・どうぞ」
ぼそりと、冴絵さんはそう言った。
ドアを開けて、中へ。電気は点いていたが、冴絵さんはベッドに座ってぼんやりしていた。顔が上がり目はこちらに向けられたが、どうも焦点が合ってる気がしない。顔に疲れの色が見えるのと、頬が窪んでるようにも見えるが、体形の方は痩せ細ったりしておらず、食事は摂れているようだ。
「こんにちは。厳木鏡子です」
「ええ、こんにちは・・・」
コミュニケーションは何とか取れるようだ。
「MNCの連中は、3日後に私が退治します。それまでここで休んでてください」
会わせてもらったはいいが何話すか考えてなかったな。本人も1人でいる方が楽だろうし、サクッと終わらせよう。
「・・・お願い、します・・・・・・」
冴絵さんの返事もそれっきりだった。
「では、これで」
ドアの内側に入ったのは父親だけだったが、そのまま閉めてもらって退室。
「う~~ん、確かにちょっと参ってしまってますね。病院には?」
「っ・・・一応、精神科の方に。休学するのに診断書が必要でしたから・・・」
「薬とかはもらってます?」
「あ、はい。ですが、あんまり効果がないみたいで・・・」
「ならもう飲まなくていいです。お金の無駄ですから。あれくらいなら、MNCさえ来なくなれば時間とともに回復しますよ」
「本当、ですか・・・? ADHDも診断されてしまったのですが・・・」
「ああ、それは気にしないでいいです。私たちが受けても”あなたはADHDです”って言われるような問診ですから」
「ほぉっ・・・それは良かった・・・」
「それ、問診としての意味あんの・・・?」
「あるんじゃないの? 医者が儲かるとか」
少なくとも、ADHD診断をしたってだけで金取られる。それをそうと言わず問診票を渡す医者もいるんだよなあ・・・。
「とにもかくにも、奴らが二度とここに来ないようすにするのが全てです。そうするに当たり、冴絵さんがどんな目に遭わされたのか知りたいのですが、動画を撮ってたりは・・・」
しないよな、と諦め半分で聞くと、
「あ、あります。何かに使えるかと思いまして・・・」
お、マジか。
「見せていただいても?」
父親は首を大きく盾に振った。
「できれば、分かち合いたいと思ってるものなので」
マジでイライラするからな、あれ。
「こちらです」
ビデオカメラだ。どっかに置いて隠し撮りでもしたのだろう。それを拝借し、パソコンを取り出して接続、動画を再生する。
--------------------------------
適当に早送りで進めると、冴絵さんとMNC職員が向かい合う場面になった。MNC職員の名札が映るようにか、そっちの腹と胸辺りが映っていて、手前に冴絵さんと思われる人物の背中が見えている。しっかし、MNCの奴、扉も完全に閉めて内側に入って来てるな。
場所が、冴絵さんが1人暮らししてるというアパートではなくここの玄関なのだが、多分、この動画を撮るために無理に出てもらったのだろう。
【白鳥、冴絵さんですね?】
動画の中でMNC職員が言う。普段は父親ばかりが出たであろうにこの日は本人が出て来て、ちょっと期待している様子だ。
【・・・何か、ご用ですか】
完全に光を失った瞳を相手の腹の辺りに向けて、冷たくそう言い放った冴絵さん。
【何かご用って、ご存知ですよね? 裏和泉町にお住まいの分のご契約がまだのようですので、お願いに参りました】
ちょっとイラッとした様子のMNC職員。こいつらの、こういうところも嫌われてるんだよな~。
ちなみに、裏和泉町というのは、窓咲市南部の方にある地域だ。どうやら冴絵さんのアパートはそこにあるらしい。
【言ったはずです。スマホ、解約したんです】
冴絵さんは尚も、視線を上げないままに答えた。
【ですから、そんなはずがなぁいでしょう。あなた大学生ですよね? スマホ持ってないなんて有り得るんですか? いいですか、契約は法律で決まってるんです。嘘を言って逃れるのは詐欺と一緒なんですよ?】
【嘘じゃないです。持ってないんです】
【ハンっ、だから、そんなのが通る訳なぁいじゃないですか。スマホなしでどうやって生活してるんですか? 大学生ですよね?】
呆れたような溜め息と共に、諭すようにそう言ったMNC職員。あくまでも、冴絵さんがスマホを持ってないことを認めないつもりのようだ。やっべー、見てるだけでイライラしてくる。てかコイツら、冴絵さんが大学生だって情報をどうやって仕入れてるんだ? 確証なしに言ってるのかも知れないが、当たってるからキモい。
【っ・・・休学してます】
一瞬だけピクリと眉を動かした冴絵さんだったが、何を言っても無駄と言わんばかりに淡々と答えるにとどまった。
【そうですか、体調を崩されたのですね。お大事になさってください】
お前らのせいで崩してんだよ。何とも思ってない癖にペコリと腰を曲げる仕草を取るのが不快指数を上げに来る。ここまでくるとウケるな、コイツら。被害者の妹たる白鳥さんは険しい表情を浮かべているが。
【ですが、法律がありますので、契約して頂かないと困ります。それは分かりますよね? 私にも、未契約者に契約してもらいに回る義務があるんです。法律を守ってない人に守らせるのも、公共の務めですから】
大義名分を言ってるが、奴らの報酬は歩合制なので結局は自分の金のためである。薄汚い本心を隠して“公共”とのたまうなど、マッドの風上にも置けないヤローだ。
【っ・・・ですから、スマホがないので、法律を破ってることには、ならないはずです・・・】
【だからそんなこと言っちゃダメですって。ちゃんと払ってる人たくさんいるんですから、あなただけそうやって嘘ついて払わないなんて人としてダメですよ、本当に】
何故こんな奴らに人としてのダメ出しを食らわねばならないのか。
【だから持ってないって言ってるじゃないですか。通信会社に確認してみれば分かります】
冴絵さんも、父親にそうするよう言われたのか、相変わらず相手の腹の辺りに視線を向けたまま“持ってない”の主張を続けた。MNCごときにどこまでの権限があるかは分からないが、法律違反を疑うのであれば通信キャリアに確認ぐらいはして欲しいものだ。
【持ってないんなら持つべきです! 今のこの現代社会でスマホがないなんてダメです! あなた今後生きていけませんよ!?】
そうきたか。1人1台スマホを持つとこまで法律で定められてる訳じゃなしに。コイツらどんな脳ミソしてるんだろうか。興味はあるが、美しくなさそうなので解剖する気にはなれない。
【そこまで言われる必要はありません! 帰ってください!】
ついに冴絵さんが声を荒げた。ここまで言われれば、精神的に参ってなくても当然だ。というか、普通ここまで言われる前にキレる。キレずに辛抱するから参ってしまうことになるのだが。
それはそうと、ここで重要になるのは“帰ってください”と言うことにある。MNC職員は完全にドアの内側に入って来ており、住人から退去を求めれたのに応じない場合は、それこそ法律違反になる。悪徳セールスと同じだ。
【優しく言ってれば何ですかその態度は? あなたが今まで未納してきた分は見逃すと言ってるんですよ?】
MNC職員、逆ギレ。ちょっと前までは冴絵さんもスマホを持ってたかも知れないが、契約してない以上は未納もへったくれもない。
【帰れと言ったのが聞こえなかったのか!!】
父親登場。さすがに、見るに見兼ねたようだ。
【っ・・・いたんですか。あなたの娘さんがやってること、完全に犯罪ですからね。どういう教育してるんですか。まあ、平日の昼間に父親が家にいる時点でタカが知れてますけど】
【おぉ前らこそどういう教育をしてるんだぁぁ!!!】
凄い剣幕だ。家にいるのは他でもなく娘をMNCから守るためだし、家庭の教育まで否定されたんだから当然だが。
【出て行け!! これ以上居座るなら通報するぞ!!】
【っ・・・次の訪問もありますから今日はここまでにしますけど、契約して頂くまで来ますからね】
【もう来るな!!】
気圧される形で、MNC職員退撤収。毎日あの父親を相手にしてきたからか、ちょっと慣れた様子も見えるが撃退したと言ってもいいだろう。
だが、これが毎日続くのはストレスでしかない。奴の言う通り市民の8割近くは契約してるのだが、はっきり言ってあのウザい営業から逃れるためのもので、不運な納税といった感覚になっている。
--------------------------------
「・・・ひどかったわね」
最初に口を開いたのは鈴乃だった。
「っ・・・・・・」
白鳥さんも、これは初めて見たようで、うつむく表情に怒りが滲んでいる。
「大丈夫よ雪実、鏡子がやっつけてくれるから」
「ああいう奴って、いじめがいがあって楽しいのよね」
「うん・・・おね、がい・・・・・・」
「まっかしといて♪」
「私からも、・・・よろしくお願いします」
動画を見て改めてあの時のイライラを思い出した様子の父親だったが、丁寧に頭を下げてきた。
「やっぱり、土曜日にするの?」
「そうだけど、今日からぼちぼち色々と仕掛けていくわ。土曜日はもちろん、この私が自ら迎撃する。白鳥家の玄関のドアには、指1本触れさせないわ」
「随分とやる気ね。ま、あんな奴らブチのめして欲しいけど」
「私としても、私情が混ざってるのを否定できないわね。あいつらにはフラストレーション溜められたし、キャンディで上手くいかなかった鬱憤も晴らしたいのよ」
ちょうどここ数日、モヤモヤしてたのよね。せっかくだしMNCの連中と遊んでウサ晴らしするかね。
「ありがとう、厳木さん。それじゃあ、約束のご飯作るね」
落ち着きを取り戻してきた白鳥さんが立ち上がる。手料理を振る舞ってくれるらしい。それで英気を養わせてもらって、MNCの連中と遊ぶとしますかね。ちょっとぐらい楽しませてくれよ? MNCさん♪
次回:団地の守護神キョウコ




